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26年を、貴方と

「話をしたい…父、カリスの事と、私の…弱さについて」


すでに日も暮れ、二人を照らすのは頭上の電球のみ。エレナはいつになく神妙で、そして頼りなかった。


「随分つまらなく、情けない話になると思うが、どうか聞いてほしい。お前は私の部下なのだから」


一瞬、隣にいる彼女はいつも背を追う上司ではないのかと疑った。

少なくともいつものエレナは、こんなにも自嘲気味に笑う人ではなかった。凛々しく強い「いつも」を捨てるほど、この話は痛く重い物なのだろうか。


「…私の父は、軍人としては類を見ないほど優秀な人だったらしいが、父親としては類を見ないほど最悪な人だった」


父と語るにしては、どこか他人事のような口調だった。余程関わりが薄かったのか、もしくは余程嫌っているか、判断しかねる。


「父親としての役目を、一切知らないような人だった。稼いだ金の一部を与えれば、勝手に育つものだと思っていたのだろう。家では冷たい家政婦がいつもいて、その家政婦も何度も代わるから、いつも寂しかったのを覚えている」

「大佐…」


「父は、母のことは愛していたのだろう。先の大戦が起こり母が死んだ時は、ひどく悲しんでいたから。でも、私のことは毛ほども気にしてなかった」


エレナが言うのは、7年前に終結した世界大戦のことだろう。シルリア帝国、ウルドゥワ共和国、そして主な戦場となった西の大国クハライ。これら帝国主義の三国を中心とした連合軍と、社会主義国との戦争が、世界を巻き込む大戦となった。


発端は、社会主義国であるナウリアの、クハライとの国境近くでの軍事演習。

一人のナウリアの兵士の整備ミス、ミサイルの暴発、国境近くの村の住人数十名が死亡。クハライはこれを宣戦布告と受け取り、世を分つ大戦はこうして幕を開けた。


「当時の戦況は知っているだろう。大陸全土に発生している特殊な妨害波のせいで、通信機の類は互いの国で使うことができなかった」

「だから、帝国軍は戦場に簡易的な司令部を敷いて、将校がそこで指揮をとった。そして、原始的な白兵戦が行われた‥」

昔、学校で習った文言を暗誦するようにして言った。


「当時の戦場では、帝国の指揮官である将校が立て続けに戦死した。敵国に与えた被害も大きかったが、与えられた被害も大きかったんだ」


事実、当時の戦況の変動は凄まじいものだったらしい。戦線は後退と前進を繰り返し、死体は量産され続けた。

帝国主義国側が勝利したのも、社会主義国側の主要な一国の降伏が原因で、決して余裕のあるものではなかった。


「当時軍に配属されたばかりの私は、上が立て続けに亡くなったせいで、戦後数ヶ月後には20で大尉になっていた。父親がその時の帝国軍の少将、士官学校での成績も首席であったから、特例での出世だった」


すごいことなのだ。自分なら、もっと誇って自信を持つだろう。なのに、エレナの口調にはそう言ったものが一切含まれていない。

代わりに、自虐的な暗さを孕んでいた。


語りを終えたエレナは、再びルイスに向き直り、哀れむような笑みをこちらに向けた。


「これで分かっただろう。私には何もない。ただ人より運と、要領がいいだけだ。いつぞやの誰かが言っていたことは本当だ。自分の力で掴んだものは一切無い。もう私を敬うのはやめろ。分不相応な立場をもてはやされると、より自分が惨めになる」


全てを出し切るように、そう述べた。

本当に、自分のことが嫌いなのだと分かる。聞いてるだけでこちらも痛く思うのは、自分までも否定されてるように思えるからだ。

分かってほしい、貴女がいかに素晴らしい人であるかを。どれだけ貴女に惹かれているかを。


「…俺は、大佐の過去のことを何も知りません。俺が出会ったのは、今の大佐です。どんな過去でも、今の大差に価値があるんです」


「…何が、言いたい?」


「えっとですね。俺が言いたいのは、昔のことなんて、どうでも良いんじゃないかってことです」


自身がたとえ嫌っても、ルイスはエレナの良さを知っている。それだけで価値があると、分かってほしかった。


「…じゃあ、私の26年はどうなる?誰からも認められず、地位と名誉を求めて歩んできたこの人生は?」


エレナの顔は、俯いていて見えない。時折小刻みに体を震わすが、それ以上の動きはない。


「重ねて言うようですが、大佐の今に価値があるんです。たかだか26年です。お望みなら、これから取り戻せば良いと思います」


もう何も、言うことはないと思った。


「そうか…」

エレナの両腕が、ルイスの右手に伸びた。

冷たい。誰からも温もりを受けずに育ってきた手だ。

握った右手を引き寄せ、肩を震わす姿に、凛々しい大佐の姿は見えない。

年相応に見せられなかった、少女の姿だった。


手持ち無沙汰の左手を、エレナの背中に送る。


静寂が少しの侘しさを含んで、執務室を優しく包んだ。







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