凶弾
帝国陸軍中央司令部に、一報の訃報が響き渡った。
亡くなったのは、少将のファルガ・シャリー。
情に厚く、気前のいい好々爺であったため、その死を心から悼む者も少なくなかった。
ルイスは件の少将とは面識もなく、名前を存じている程度だったのだが、エレナは違うようだった。
「短い期間だったが、補佐官を担っていたことがある。女を理由に悪く言うこともなく、孫のように接してくれた」
心から悲しむように、そっと花を棺に入れる。
「捧げ銃!」
指揮官の号令と共に、青空に空砲が響く。
エレナが悼むファルガという少将。名はかろうじて知っているが、声すらわからない。
ただ、氷のようなエレナが、その死を悲しむような人なのだ。どうか、安らかに眠ることを、ルイスは願わずにはいられなかった。
「物騒な世の中だと言うべきか…こうも相次ぐとは思わなんだ」
「今月から始まって、4人目です」
将校が一人死ぬ程度であれば、さほど問題ではない。不思議なのは、今月に入って四人の将校が、相次いで暗殺されていると言うこと。
犯人は未だ見当もつかず。階級も少佐から少将までバラバラ。
共通しているのは、遠距離からの狙撃による一撃で死んだと言うこと。
国内の反戦派か、もしくは敵国の工作員か。
「大佐も、帰路は気をつけてください。階級を鑑みても、大佐は狙われてもおかしくありません」
「…気をつける」
いつになく素直である。よほど少将の死が響いたのであろうか。
葬儀があるからと言って、仕事は無くならない。午後の分の仕事も、今日中に終わらせなければいけない。
「勘弁してくれよな…」
傷心のエレナが、ため息混じりにそう呟く。
「よかったですね。今日はいつもに比べて少ないですよ」
いつもの書類の山は、今日は一段と低くなっており、この分ならば今日中に終わらせることができるだろう。
「あの人には随分仕事を押し付けられたな…。いつも調子のいい言い訳で仕事をほっぽかすものだから、結局私がやる羽目になるんだ」
例の少将の話をするエレナは、随分楽しそうだった。
「仕事を押し付けられたのに尊敬してるなんて、随分良くしてもらったんですね」
「あぁ、『お前が女性将校として功績を上げるほど、軍に女が増えるから俺の為に頑張れ』と、いつも暗に応援してくれていた」
女性であることを理由に、白い目で見られることもあった中、不純であれどまっすぐな激励が、エレナの心に響いたのだろう。
「生きてるうちにお会いしたかったです」
「お前であれば、すぐに気に入られそうだな」
本当に、生きてるうちに会って、話をしたかった。
エレナは、何かに囚われている。おそらく、陸軍元帥である父のことで。
未だ溶けきらぬその心を、少しでも溶かした少将は、一体どんな人だったのだろうか。
珍しくも、二人は定時で仕事を終えた。
せっかく仕事が早く終わったので、二人は何を言うでもなく早急に帰ることになった。
ルイスも、慣れない葬儀で疲れていた為、手早く片付けを済まして帰ろうとした。
ふと、棺に寝かされたファルガの顔が思い浮かぶ。
「大佐、気をつけてお帰り下さい」
「あぁ、お前もな」
怯えすぎだと言われると思ったが、エレナは単なる挨拶と受け取ったようだった。
濃い一日だった。いつもの帰路は人通りが随分少なく、閑静としていた。
疲れているはずなのに、足取りはゆっくりになっていた。
気づけば、いつもの帰路とは別の場所に出ていた。
煉瓦敷きの、街灯が立ち並ぶ広場だった。
気づくなり踵を返すと、元の道に戻ろうとする。
その時、いきなり左肩に尋常でない衝撃が響いた。
一拍置いて、肩の一部が火の玉に変わったように熱くなり、痛みに悶えた。
心臓の拍動が凄まじいほど早くなる。
撃たれた。
ルイスは咄嗟にそう判断した。どこかに狙撃手がいる。
ルイスは走り出した。
路地裏に潜り込み、ただひたすらに走る。どこを目指すでもなく、少しでも留まることを防ぐ為に。
路地裏を抜けると、人通りの激しい通りに出た。
賑わう人々を見た途端、ルイスの意識は安堵で沈んだ。




