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帝国陸軍中央司令部の女大佐

初投稿です

帝国陸軍中央司令部

シルリア帝国の首都トルクスに位置する帝国陸軍の本拠地。名だたる将校が集い、日々国防にその英知を尽くしている。


そんな司令部の最奥に、押しやられるようにしてその部屋は存在していた。


帝国陸軍大尉、ルイス・ベルデンは、今まさにその扉を叩こうとしていた。


この部屋は、帝国陸軍大佐の執務室である。ルイスがその部屋にある用とは他でもない。つい先日、この部屋に居る大佐に補佐官として任命されたのだ。


大佐以上の将校は、少なくとも1人、補佐官をつけることが定められている。この部屋の大佐も、つい先日補佐官を解任したため、新しくルイスを補佐官として任命した。


ルイスは、マホガニー製の黒いドアに手を伸ばし、ドアを軽く叩く。


帝国陸軍大佐という響きから、ルイスが想像していたのは、30代ごろの屈強な男性といった人物像だった。


「入れ」


しかし、その声はルイスの予想とは程遠い、女性の声だ。それも、若い。


扉を開くと、そこには軍服に身を包んだ女性の姿があった。

大きいながらも切長な緋色の瞳を携え、目鼻立ちは整っている。薔薇色の髪は高く二つに結ばれており、余計に若く見える。

全体的に凛々しく、美しい。


想像していた人物像と現実のギャップに、ルイスはその場に立ち尽くしてしまった。


「何をやってる。早く入れ」

うら若き女性将校に叱責され、ルイスは慌てて扉を閉める。


一呼吸おき、ルイスは右手を額に持っていき、敬礼をする。

「大尉、ルイス・ベルデンです。拝命に預かり参上いたしました」


「結構、大佐のエレナ・シャーダウッドだ。よろしく頼む」

毅然とした態度でそう告げるエレナの言動に、ルイスへの敬意は含まれていなかった。ただ形式的に挨拶をしている、そんな印象を受けた。


エレナは机の上に置かれた一枚の書類を取り上げる。

「士官学校次席、24歳で大尉、優秀なんだな」

自分より若いであろうエレナに言われると、皮肉にしか聞こえない。一応褒められてはいるので、


「光栄です」

とだけ返しておいた。


「早速ですが、私は何をすればいいでしょうか?」

「あぁ、話が早くて助かる。私からお前に任せる仕事は無い。勝手にしていてくれ」

あまりにもきっぱりとしたその物言いに、言葉が詰まってしまった。


「任せる仕事は無いというのは…?雑用ということですか?」

「いや、私からお前に仕事を任せることはないということだ。勤務中は自分の仕事をしてくれて構わない。この執務室に居なくとも結構だ」


補佐官という以上、何らかの仕事を任されると思っていたルイスは、急に突き放された気分だった。仕事を任せないというのなら、補佐官である意味がないではないか。


「失礼ながら、それでは補佐官を取る意味がないのではないでしょうか?」

「あぁ、私に補佐官は必要ない。最低1人は取らなきゃいけないというルールだからな、一番従順そうなやつを人事局に探してもらった」

思いがけない自分の評価に驚きつつも、やる気のあるルイスを暇にさせることに若干の不服があった。

どうせ使わないのなら、従順な奴よりも無能を取るべきではないか。


「用が済んだらオフィスに戻れ。私は仕事がある」

そう言うと、エレナは机に戻り、黙々と机の上の資料に目を通していく。

その一瞥以降、エレナはルイスを少したりとも見なかった。


しばらく呆然とその場に立ち尽くして、ルイスの心に少しばかりの意地が芽生えた。


ルイスは生来、真面目ながら意地っ張りという性情を持っていた。

どうせなら役に立ってやろうと、部屋の中を見回してみる。


机の上に積まれた資料、雑に本が収納された本棚、部屋の所々には埃も溜まっている。

どうやら、事務が忙しくて掃除ができていないと見える。


手始めに、倒れた本棚の本を整理していく。

それほど手間ではなかったが、とにかく数が多い。多くは過去の事件のファイルや、駐屯地からの報告をまとめたバインダーだった。


「おい、勝手に何をやっている」

本棚の整理が終わる頃、エレナに声をかけられた。

勝手にやっているというが、あなたが勝手にしてくれといったじゃないか。


「す、すいません。勝手にしろとおっしゃっていたので」


本心そのままに、言葉を変えて反抗した。エレナは数秒ルイスを睨んだ後、隠す気のない舌打ちを放ち、再び事務に取り掛かる。

正直、怖い。そのままでもうっすら怖いのに、嫌悪を隠さずにいるとさらに怖い。


しかしながら、ここで辞めてしまったら根性がないと思われる。ビクビクしながら、ルイスは部屋の掃除に取り掛かった。



数十分後、すっかり綺麗になった執務室を見て、ルイスは腰に手を当てた。

ルイスが掃除をしている間、エレナは資料に目を通していたり、判を押したりし続けていた。


一度も、ルイスに目を向けることはなかった。


エレナはおそらく、普通よりもかなり多い量の仕事を受け持っている。机の上の書類の量は、どう考えても今日中に終わる量ではない。それでも、疲れたそぶりを見せず淡々と仕事をこなすエレナに、ルイスは尊敬の念を覚えた。


拒絶されているのがわかっていても、どうにも嫌いにはなれない。


この軍という男社会で、若くして大佐という地位に着くまでに、どれほどの苦労があったのか、ルイスには想像もできない。


懐中時計を取り出して見ると、時刻はすでに正午を回っていた。

「すみません、昼食をとってきます」

「知らん、勝手にしろといっただろう」

厳しさに拍車がかかっているような気がする。見るからに不機嫌そうなエレナに怯え、ルイスはそそくさと執務室を出る。

少し、目障りだったかもしれない。そう思いながら、ルイスは食堂へと向かった。



広く騒がしい食堂で、ルイスは1人飯を食べていた。

この春中央司令部に来たばかりで、友人もいなければ、頼れる先輩もいない。

いつも通り、1人で寂しく飯を食っていた。


上層部の将校が事務員にセクハラをしたらしい。ウルドゥワ共和国の軍備がまた拡大しているらしい。軍舎近くの飯屋がうまいらしい。北部司令部で警戒が強まっているらしい。北の植民地シャールにも、ウルドゥワの圧力がかかっているらしい。


1人で飯を食べていると、こういった噂話が耳に入ってくる。上層部のセクハラや飯屋の話云々はともかく、近年、シルリア帝国と北方のウルドゥワ共和国の緊張が高まっていることは、ルイスでも知っていた。

先の世界大戦で多大な戦果を出し、発展し続けてきた両国だから、お互いがお互いに目障りなのだ。最近では、両国の関係は日に日に悪化している。

なので、ウルドゥワ共和国に最も近い北部司令部が警戒するのは当然のことである。


「あのエレナって女大佐、七光りで、コネで大佐まで上り詰めたらしいぜ」


覚えのある名前に、思わず声の方向を見てしまった。前方にいる若い男性2人だ。茶髪の一方が、ニヤニヤしながら一方に話している。

2人の会話は止まらない。


「陸軍のカリス・シャーダウッド元帥の娘があのエレナって大佐なんだよ」

「確かに苗字同じだな。あれだろ?最年少で大佐に昇格したっていう。それと、お前が前まで補佐官だった人」

「そうだよ。あいつ、ちょっと愚痴を人にこぼしたくらいで首にしやがって。顔だけはいいんだけどな」

「だけど、コネで大佐にっていうのは本当かよ?」

「じゃなきゃ、女が俺の上司になれるかよ」


一連の話を聞いたルイスは手早く定食を胃に押し込む。食器を片付けた後、ルイスはずかずかと先ほどの2人の元に向かう。


テーブルの横に立ち、先ほどの茶髪をしっかりと見据える。一瞬たじろぐ姿を見せたが、構わずルイスは口を開く。


「先ほどのエレナ大佐の侮辱、撤回してくれませんか」

「あ?誰だよあんた」

やはり、反省しているようには見えなかった。

「大尉のルイス・ベルデンです。先ほどのエレナ大佐への侮辱、前任といえど見過ごすことはできません。」

「前任って、お前が今の補佐官か?」

「はい」

「へぇ、ってことはあれだろ?初日に何もしなくていいって、勝手に突き放されただろ?勝手だよなぁ。未来ある若者の能力潰してるも同然だよ。あんな奴庇う必要ある?」


相変わらず、自分に非がないと思い込んでいる顔だった。ヘラヘラと軽薄な顔は、見ているだけでも腹が立ってくる。


「仕事を与えられないということは、何もしなくていいということではありません。潰されたと思うのは、あなたが自分からは何もできない指示待ちだからです」

「テメェ…」

「エレナ大佐は、男社会の中で懸命に仕事をしている敬うべきお方です」

その時、茶髪の男の顔が、青くなるのを感じた。構わずに、ルイスは続ける。

「まるでエレナ大佐が親の力で大佐になったというのは…」

「そこまでだ。ルイス」


背中に投げかけられた凛々しい声に、ルイスは思わず後ろを振り向く。

そこには、軍服に軍帽、腰にはサーベルを差した、エレナが立っていた。


「大佐…」

「これ以上、騒ぎを大きくするな」

辺りを見て見ると、周囲の視線が集まっている。


「これ以上は、私の恥だ」

エレナの声には、ルイスをたしなめるような声色が含まれていた。

エレナがやめろと言うのだから、ルイスはそれに従うしかない。


「いくぞ、ルイス」

踵を返して去ろうとするエレナに、やるせない思いでついていく。

「あぁ、それと」

思い出したように、エレナは立ち止まり首だけで振り返る。


「新しい補佐官は、前任よりもよっぽど優秀だ」

ニヤリと笑いながら言うエレナに、男がどんな顔をしたのかは知らない。興味もない。その笑みが、その言葉が、何よりも嬉しいものだったから。


エレナの後から、執務室に向かっていく。歩きながら、少し身を震わせたかと思うと、高らかに笑い出した。気でも狂ったかと疑ったが、どうやらそんなことはなさそうだった。

「気づいたか、ルイス。食堂に人事局のお偉いさんがいたぞ。上官の悪口をあそこまで堂々と言えば、評価は間違いなく下がるだろうな!」

心なしかテンションが高い。数時間前までは不機嫌そうだったのに、やはり、勝手な人なのかもしれない。

ただ、ルイスにはエレナの強かさが羨ましく思えた。同時に、敬意も一層強まった。


執務室の前に着くとエレナは扉の前に立ち止まった。何をやっているのかとルイスは戸惑う。


「開けろ」


その一言で、エレナの言わんとすることがわかった。ルイスはすぐに扉を開け、エレナは中に入る。


「駐屯地からの報告書をまとめて、バインダーに仕分けてくれ。各司令部の軍備の資料に目を通し、できるならまとめろ。あとで要約して伝えてもらうからな」

「え?」

入るやいなや、エレナは机の上の書類を束でルイスに渡してくる。


「え?じゃない。頼んだぞ」


それまでルイスに頼らなかったエレナが、初めて頼った瞬間だった。

認められたような気がして、微笑むエレナを見て高揚した。


「はい!」


___これは、帝国陸軍にて始まる、大佐と補佐官の、少し遅れた青春物語。


















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