4. 異世界でもやっぱり社畜だった件
翌朝──
まるでベッドとの戦いに完敗したかのような気分で目を覚ました。
全身がバキバキに砕かれたようで、骨たちが結託して反乱でも起こしたんじゃないかと思うくらいだ。
「今日の訓練が、お昼寝集会とか、王室風のティータイム講座だったらいいのになぁ……」
そう心の中でそっと祈った。
──でも、現実は非情だった。
年に一度の『魔力適性試験』の日。
魔法使いか、それともただの兵士か。それを判定する試験。
正直、ワクワクしてた。可能性は限りなくゼロに近いけど、もし魔法が使えたら……ベッドにテレポートとかできるかもしれないし。
いや、せめてこの筋肉痛を吹き飛ばす魔法とかでもいい。
そんな淡い期待を抱きつつ、西の訓練棟へと足を運んだ。
そこにいたのは──
長い白髪、煌めく紫のローブ、そして人の口座残高すら見透かしそうな鋭い目を持つ老婆。
名を『イルヴァラ師』という。
イルヴァラ師は全員を見渡し、こう言った。
「これより魔力の有無を測る。順番にこの《マナ結晶》に手をかざしなさい。魔力の資質があれば反応する。なければ……兵士として貢献してもらうだけよ」
一人、また一人と前に出る。
青く光る者、水属性。
赤く光る者、火属性。
緑に光る者、風属性。
会場の緊張は増す一方だった。
──そして、私の番が来た。
冷たい汗が手のひらを濡らす。深呼吸をして、結晶に手を置いた──
……
何も起きない。
……
ちょっと強めに押してみる。触り方が悪いのかも?
……
やっぱり何も起きない。静寂。気まずい。脳内にコオロギの合唱が流れ始める。
イルヴァラ師が私を見た。
無表情で、ただ一言。
「……魔力反応、なし。よくあることです。あなたは兵士として配属されます」
周囲の視線が、同情の色を帯びる。
この世界では、魔法の有無がすべて。
そして私は──
またしても、ただの一般人。何の取り柄もない存在。
部屋に戻った。
体はまだ痛いし、心もちょっと砕けた気がする。
「……異世界に来ても、やっぱり私はただの社畜か。スキルもチートも、最強設定もなし」
でも、ふと気づいた。
魔法が使えないってことは、退屈な座学や呪文の暗記からは解放されるってことじゃない?
もしかすると──
魔法使いでも知らない“別の力”がこの世界にはあるのかもしれない。
* * *
朝は、死人すらバク転して起きそうなほどの戦のホルンの音で始まった。
目覚ましなんていらなかった。
というのも、筋骨隆々な兵士がドアをぶち破る勢いで入ってきて叫んだからだ。
「全兵士!訓練準備ッ!!」
半分寝ぼけたまま、岩みたいなベッドに座り込む。
髪は鳥の巣みたいになってるし、「今日も体力訓練……?昨日やっと回復したのに……」と虚ろに呟いた。
着替えて、他の兵士たちとともに訓練場へ。
空は曇り、風は冷たく、地面は泥だらけ。
完璧な条件。──転んで死ぬには。
中央には既にカエル隊長が立っていた。
その声はまるで戦場の太鼓のように響く。
「グラウンド十周ッ!遅れた奴は腕立て百回!例外はないッ!!」
目を見開いた。
十周!?三歩走っただけで息切れする私には、もはや死刑宣告じゃないか。
でも、やるしかなかった。走り始める。
一周目:まだイケる。
二周目:そろそろ息が……
三周目:心臓が骨と交渉を始めた。
四周目:ズルッ! ──泥に顔面からダイブ。うん……恥ずかしい。
その時だった。
アーケルが通り過ぎていった。あの自信満々の天才魔導士。
「ほう、これが“兵士の実力”か。興味深い」
テメェ……今度こそ蹴っ飛ばす!
……けど何も言わなかった。
泥の中で顔を埋めながら、私は心の中で叫んだ。
「……バカンス、まだかな……?」
立ち上がろうとしたけど、足が震えてる。
──その時、誰かが私の腕を掴んだ。
カエル隊長だった。
相変わらず無表情で、静かに言う。
「諦めるには早い。立て。まだ終わっていない」
私は砂漠の猫のような目で彼を見た。
──でも、立ち上がった。
そして、走り続けた。
なぜかは分からないけれど、体がボロボロで、呼吸が風船の空気漏れみたいになっても──
それでも諦めたくなかった。
だってこの世界で──
私には、それしかできないのだから。