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闇口そぼろと幽々しき奇録  作者: 燈海 空
なにこれ、おかしいよ
9/10

ー9ー

なにこれ、おかしいよ


「それでも、あなたがきてくれなかったら……」


 ナンパ野郎とのやり取りは、あきらかに長引いていたはず。


「声をかけてくれただけでも、十分に助かったよ」


 ほんのすこし、間を置いてから。

 彼は空中を指差して、ゆっくりと口を開いた。


「そこに女が立ってる。両目に赤布を巻いた黒い着物の女だ。見える?」


 本来なら、なにを言っているのか、とあきれる場面だろう。実際そんな女は見えない。しかし頭ごなしに否定するのも、どこかちがう気がした。


「ううん、見えない……」

「そっか」


 後ろ姿で顔は見えずとも、彼が微笑んだような気がした。


「あなたは見えるの?」

「他人よりは、ね」


 じゃあ、と片手を上げて去ろうとする。——どうしてもここで別れてはいけない気がした。数歩進んだ彼を追いかけて、長袖の裾をつまんだ。


「待って、教えて。わたしきょう変なの。見えないはずの人が、見えているような……。たしかではないけど、そんな感じがするの。なにか原因を知っている……?」


 染めたにしては自然すぎる白髪のマッシュが風に吹かれて、さらり、と揺れる。雪のような彩が耀いて見える。


 彼は、静かにこちらをむいた。この世のすべてを見透かしたように微笑み、白いワイシャツの襟をすこしだけ直す。黒のガウチョパンツについた砂埃を気にしてから、もう一度、わたしの顔面に視線を置いた。


「きみがほんとうに困ったとき。ぼくじゃない助け人が現れる。その人の名は、一十冬夜。とある心霊探偵事務所の主人で、ぼくの兄だ——いちおう、ね」


 そう言って、ふたたび背をむける。


「あなたの……、名は?」

「ぼくは、一十白夜いちじゅうじびゃくや。きみほどではないけれど、不思議な名前だろ? ね? 闇口そぼろさん」


 この子が、あづきちゃんの言っていたミステリアスな男子だったと知った瞬間、背骨に電流が走った感覚がした。運命というか。巡りあわせだろうか。


「なんで、わたしの名を?」

「そこ。落ちてるハンカチ。きみのだろ? 名前が書いてある」


 どさくさでポッケから落ちたらしい。きょうにかぎって小学生時代から使っている骨董品レベルのハンカチを持ってきている自分を恨んだ。恥ずかしい。


「また会えるかもね」


 そう言って去る彼の背中を、こちらは呆然と眺める。

 真白に凍った枝垂れ桜が脳裏に浮かんだ。

 白銀の枝葉が美しく、ほのかに春の香りがする桜の木——。


 彼の姿が見えなくなってからも、その悄然とした一本桜がしばらく頭から離れず、なぜか、どうしてかわからないけれど、とても寂しくて、締めつけられるような痛みが胸に満ちて、満ちて——。

 わたしの心臓はしばらく落ち着かなかった。



 放課後、一葉はうちにくる予定になっていた。そのため一葉は一足先に自宅へもどって、着替えを済まし、わたしに読んでほしいという漫画を数冊持ってきてくれた。


「へぇ、一十くんねぇ」

「なんでわたしの名前を知っていたのか、謎で……」

「まぁ、イケメンに名前を覚えられて、嫌な気はしないよねぇ」


 海苔が巻かれた煎餅をかじりながら、一葉は上の空を見た。八畳ひと間の天井に広がる木目模様はその目にどう映っているのだろう。


「彼、その界隈ではかなりの有名人だよ」

「その界隈って?」自然と首を傾げてしまう。

「うーん、校内の女子界隈?」


 あまり中身のない界隈のようだ。


「白髪の髪……。あれは染めているのか、染めていないのか……。地毛だとしたら、彼の過去に一体なにがあったのか。そもそも妖怪の類なのではないだろうか……!」


 なんてね、と一葉は括ってみせる。

 冗談と本気を半分ずつ混ぜたような顔だ。


 放課後に遭遇した怪現象のことを一葉に言ってしまうと、めぐりめぐって白夜くんの迷惑になる気がした。


 自身に関するうわさ話など、気にも留めなさそうな彼だけれど。それでも、念力のようなものをあつかう、恐ろしい妖怪だと揶揄されて、いい気はしないだろう。


「あ……、ナンパ野郎……」


 あいつが変なことをいいふらす可能性は、ありかも……。


「え、そぼろナンパされたの!?」


 一葉が食いつく。


「されてない、されてない」

「やっぱモテ期到来してんじゃん!」

「してないから……」

「またまたぁ」


 いい寄られていたのは、あなたなのよ。

 わたしは巻き添えを食らっただけなのよ。


「一十くんって、何年生だっけ?」


 ひとまず話題をそらしてみる。


「彼は一年生だよ」

「一個下、か……」


 たしかに、あの髪色は一度見たら忘れない。

 すくなくとも昨年は見かけなかった。


「定時制高校だと、あの髪色はそこまで浮かないけれど。もし小中学校から白髪だったとしたら、そうとう苦労してそうだね……」

「聞いた話だと、彼の偏差値、おとなりの高校を軽く飛び越えられるほどらしいよ」


 その情報源がどこなのか気になった。が、彼が頭よさそうなのはすごくわかる。


「知性的な感じはすごくするね……」

「だから、定時制高校に入ったのは、なにか別の理由があるのかもね。学歴とか、あまり興味なさそうだし。うちも興味ないけどねー」


 あっけらかんとして、一葉は二枚目の煎餅を手に取る。


「頭のいい高校に入るには、白髪をいちいち黒く染めなければいけない、とか……」


 横ならびに座る教師たちから、その髪色はなんだね、うちの高校に入りたいなら黒く染めなさい、と言われる彼を想像した。


「そこまでしちゃうと、なんかちがうよね」


 煎餅をかじりながら話すから、かすが口からこぼれて、胸元に落ちた。それをつまんだ一葉は、ゴミ箱の上で指と指をこすった。


 まるで自分の部屋にいるみたいに、リラックスしてる。小型犬のような彼女には、見てるだけで癒されるなにかがある。


「あ、ところでだよ……」一葉はスマホを手に持って、「サカキンの動画、音声つきで見てみようよ」


 にやにやと不敵な笑みを浮かべ、一葉はわたしのそばに来た。フルーツ系の香水が、鼻腔の奥をふわりとくすぐった。爽快感と甘さを備えたいい香りが、彼女の首筋から漂ってくる。


 ラフなプリントTシャツは隙だらけで、胸の谷間にホクロが見えた。わたしが男だったら、危うい場面だ。


 再生リストに保存されていた動画が開かれると、一葉はスマホ側面の音量調節ボタンをぽちぽちと押した。


 音声があることによって、サカキンの慌てっぷりは、ことさらに伝わってきた。声の震え方からしても、これが演技でないとわかる。もし演技だったら、それこそ迫真だ。


「サカキンって、俳優の経験あったっけ?」

「ああ、一回だけ連ドラにゲスト出演してたよ」一葉が答えた。「そのときは、大根役者ならぬ丸太役者とかって叩かれてた。わたしも出演シーン観たけど、かなりの棒読みで、観てるのもしんどかったくらい。もし演技してたとしたら、視聴者に絶対バレてるって。自然な演技なんか無理だもんこの人」


 まるで自分の彼氏の話をするみたいだ。


「待って、しっ……」静かにしろ、の指示だ。「もうすぐだよ。音量上げるね」


 ——こわいよ、まじなんなの? みんなからかってるでしょ。


 サカキンが視聴者に向かって恐怖を訴える。ウェブカメラを手持ちして、部屋のあちこちを映してまわっている。映像がぐわん、ぐわん、と動くから、ブロックノイズが画面に走った。解像度も安定していない。トラブルに出くわした生配信らしい、いかにもな雰囲気だ。


 ——まじでこわいよ、やめてよ……。


 サカキンは席にもどって、コメント欄のチェックを再開した。スマホの音量がマックスだから、声が耳に刺さる。わたしは顔をしかめた。大きい音は苦手だ。


 ——怖くないよ。


「いまの! 聞こえた!?」


 一葉の声もでかい。


「聞こえた……、かな。もっかい聞きたい」


 わたしがいうと、一葉は画面をダブルタップして動画を巻きもどした。一〇秒ずつもどせるやつだ。


 ——まじでこわいよ、やめてよ……。

 ——怖くないよ。


「これはまちがいないね」


 どんなに疑り深い人間でも、こればっかりは認めるしかないだろう。それくらいにはっきりと、子供の声は聞こえていた。もしこれが仕込みなら、どれだけ巧妙な手品を見せられたのか、と思うばかり。


 そのまま数秒の尺を経て、切り取り動画は終了した。関連動画には心霊現象を検証するものや、〈サカキンに送られた霊界からの重要なメッセージ〉などと題した、スピリチュアル系の動画などがならんだ。〈音声解析で見えた真実〉という、音響学の専門家が投稿しているものもあった。


 あとは、モノマネ芸人が例のシーンを徹底的に再現するものや、ひろあき、というひげを生やした中年男性が、〈これたぶん仕込みです〉と言ったところを切り取った動画もあった。


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