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闇口そぼろと幽々しき奇録  作者: 燈海 空
なにこれ、おかしいよ
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ー7ー

なにこれ、おかしいよ


「今回のオススメラインナップ、すごいですよね」あづきちゃんがいう。

「全部、おなじ作家さんだね」わたしは缶カフェオレの蓋を開けて、「堂々島霹靂——この人、何年か前にミリオンセラー出したよね?」

「そうなんです! わたしファンなんですけど……。ミリオンセラーになった〈天は魅知る〉は、それはもう名作で! ラストシーンを回想しただけでも鳥肌が立ってしまいますぅ!」


 きゅぅ、と顔をしかめて、あづきちゃんは両上腕をさすった。


「先輩は読みましたか?」

「いや、堂々島さんの本はまだ触れてないな」


 あまりにも人気でだれもが読んでいる作品ほど、自分はなかなか手にとらない……、という謎の反抗心だ。たぶん損をしているだけだと思われるが。


「実は堂々島霹靂って、ペンネームではなく、本名なんじゃないかってうわさがあるんです」

「ええ、ほんとうだったらすごいね。作家さんになるために生まれたような名前だ……」


 するとあづきちゃんは、すぅ、と息を溜めた。


「どうせペンネームでしょぉ、っていう意見がネットでは過半数なんです。でも、処女作から数えて三作目のあとがきで、作者が書いていたんですけど——」


 あづきちゃんは人差し指を天井にむけて、目をつむった。そして暗唱をする。


「己はこんな名前なので、どうせ作家になるだろうと思っていたし、そうならなければならないと思っていた。この名前のおかげで、いらぬ苦労をしたことは幾度もある。子供の時分はひどかった。まず名前の画数が多い。テストで名前を書き終わるのは、クラスのなかでいつも最後だった。


 まだ名前書いてんのか、と教師に言われたのは小学三年のころだったと記憶する。さらに歳が進めば、あんたといると、いつか雷が頭に落ちそうで落ちつかないわ、と吐き捨てられ女性にフラれたこともある。


 とかく、この名前のおかげで、一般的な娑婆生活というものを半ばあきらめていた。此度、多方からの助力を賜りながら、出版という流れとなり心から感謝している。なぜなら、しばらくのあいだは履歴書というものを書く必要がなさそうだからだ。預金通帳を見るかぎり、どうやらそういう状況らしい。


 企業の面接にて名前を呼ばれ、その度にささやかな嘲笑が耳に入らないこの状態が、できれば一生つづくことを願う」


 まず記憶力がすごいと思った。

 ここまでの長文を丸暗記して、暗唱できるなんて。


「おお……」わたしの口はポカンだ。

「そんなこんなで、霹靂という名は本名なのではないか、とうわさされているんですよねぇ……」

「あづきちゃん全部覚えてるの? すごいね……」

「い、いえ! これは一部なんです。全五ページに及ぶあとがきは、それこそが名作短編ではないかといわれるくらい秀品でして……。しかし、それすらも彼の作品とするならば、書いてある苦労話もフィクションではないのか……、と」


 堂々島霹靂がミステリアスであるが故に、いろんな憶測が飛び交っているようだ。


「ちなみに、あづきちゃんのオススメは、ある? 堂々島さんの作品のなかで」

「そうですね……。彼の小説はどれも素晴らしいんですけども……。あえて

 挙げるとするなら、〈かぶれや一次郎〉ですね……」

「それって、どんなお話? あ、ネタバレは極力なしで」


 わたしがおどけると女子らしい笑いがそろった。

 あづきちゃんの笑い方は控えめな感じで、かわいい。


「時代劇ものなんですけど。心霊探偵——その当時では陰陽師といわれることもある職種ですが、主人公の一次郎は宗教観もなにも関係ない、フリーのやさぐれ屋さんでして」


 なんの気なしにあづきちゃんは言ったのだろう。わたしはいま霊とか、心霊という単語にひどく敏感になっているようだ。ゆっくりと深呼吸をしてみる。


「周囲が勝手に陰陽先生やら、占星師さまだと呼んだりしますが、本人は決まって——《《おれはただのボンクラでい、ちょいとあっちの世界に近いだけだい》》、と突っぱねるんです」

「へぇ……。そんな人が現代にいたら、それこそ個人事務所の心霊探偵さんだね」


 ほんとそんな感じですぅ、とあづきちゃんは楽しそうに笑んだ。そのテンションで口がさらにまわる。


「一次郎は、あるアレルギーを持っているんです。それが霊障アレルギーというやつでして……。幽霊に近づくほどに、自分の右腕がかゆくなってしまうんです。しかしその症状こそが、幽霊を察知するセンサーのような役割になる……。地縛霊がどこにいるか。だれに幽霊が取り憑いているのか。一次郎自身は事件の原因をすぐに把握するのですが、読者は最後までわからない。一次郎がちょこちょこ置いていく伏線を、こちらは血眼で拾っていく感覚が、また面白いんですよねぇ」


 ついに両手を合わせて、あづきちゃんは天を拝んだ。


「堂々島さんの作品は、どれも浮世離れしていて、それが妙に癒されるんです。オフィス街にいる人でも、満員電車で押しつぶされそうな人でも、堂々島さんの作品を開けば、とたんに現実から逃避できる。自分がいかに他人の評価を気にして、かぎられた時間を無駄使いしているのかと、考えさせられる……。本を閉じて現実にもどるのが嫌になる本、だなんて。よく考えられたキャッチコピーだと思いますぅ」


 究極の現実逃避論がそこにあるのだろうか。


「ひとりでゆっくり読書するのは、やっぱりいいよねぇ」

「そうですぅ。わたし、ほんとうにそればっかりで……。大勢の人間に囲まれての生活がだめで、だめで、どうしようもなくて……。中学をほとんど行ってないんです。だから先輩のなかで、わたしに関する記憶が小学校で止まっているのも、無理ないんです」


 かくいうわたしも登校日数が多いわけではない。わたしが登校を拒否した理由の主は、やはりこの闇口という苗字にある。二、三日学校を休んでから登校すると、《《闇からの使者が帰ってきた》》と茶化されるのは茶飯事だった。


 名前に苦労するという意味では、堂々島霹靂もおなじなのか……。

 なんだか親近感が湧いてきた。このままファンになる流れだな。


「そっかぁ。わたしも中学はあんまり行ってないから、あづきちゃんの仲間だよ」

「え、そうなんですか……。知りませんでした、というか、知れるわけがないんですけども」

「それならそれで、学校行ってないどうしで、もっと早く仲良くなれたらよかったね」

「ありがとうございます。そう言ってもらえるだけでも、救われます」あづきちゃんはほのりと笑った。「……中学生後半にもなれば、完全に、わたしの友達は本のなかの登場人物だけでしたね……」


 あづきちゃんは組んだ両手をテーブルに置いた。

 一気に物悲しい空気感が漂う。


「小学生時代に仲良くしてくれていた子も、中学で新しい友達を作って、《《そっちばっかり》》になりますよね。一年生のころはたまに遊びにきてくれたり、祭りに誘ったりしてくれてたんですけど……。そのうちに、わたしのことなんか、みんなが忘れてしまって。担任の先生から電話がきて言われたんです」

「ん? なんて……?」

「教室の机と椅子、邪魔だからどかしていい? 学校くるときになったら電話してよ、って……」

「ああ……」


 たしかに、毎日空席の机と椅子があるのは、そこにいる人間にとって煩わしい場面もあるかもしれないが。もっと別の言い方があるはずだ。もっと寄り添える言葉は、たくさんあったはずなのに。


 学校にきている生徒だけの面倒をみるのが教師なのだろうか。そうでない先生も、世のなかにはいるはずだけど……。


「その連絡を機に、完全に行かなくなってしまって。それでも高校卒業の資格はほしかったから、親のススメで通信制に……」

「そうだったんだ……。でも、そういう経緯があったからあづきちゃんに会えた。結果として、わたしは嬉しいよ」

「うぅ……」あづきちゃんは目を潤ませて、「先輩とここで会えて、ほんとうに救われました。わたしHSPだから、一対一になるとしゃべりすぎちゃって、ごめんなさい」


 いわゆる繊細さんと呼ばれる人たちのことだ。視覚や聴覚などが敏感で、外からの刺激を受けやすい。


 ひとつの物事をより敏感に察知して、深く思慮するので、心が疲弊しやすい傾向にある。が、その分、芸術面での類まれな才能を発揮したり。心配しすぎる部分が、危機管理の分野で大いに役立ったりするらしい。


 HSPについては一時期精神科で診てもらっていたときに、医師から教えてもらった。わたしもHSPの傾向が強いらしい。


 たぶんあづきちゃんは、わたしをはるかに超えた繊細さんだろうと思う。


「知ってるよ、HSP。わたしもその気があるみたいで。むかし精神科の先生に診てもらったときに、教えてもらったの」

「あ……、いや、ごめんなさい」あづきちゃんは顔を沈めて、「HSPだから優しくしろとかそういう意味ではなく……。なんというか、自己紹介の一部といいますか……。こいつ見た目が地味なのにしゃべりまくるからどうなってんだよ、と思われていたら嫌だな、と思って……」


 あづきちゃんは壺のなかに沈んだように、突然しゃべらなくなってしまった。



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