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闇口そぼろと幽々しき奇録  作者: 燈海 空
なにこれ、おかしいよ
6/10

ー6ー

なにこれ、おかしいよ


「あ、ああ!」

「そぼろちゃんですか!?」

「あづきちゃん、だよね? ほら、小学生のとき裁縫クラブで一緒だった!」

「そうです、篠村あづきです! 山口そぼろ先輩ですよね!」


 闇口ね、といい直すところだが、いまは放置することにした。篠村あづきちゃんはひとつ下の後輩だ。彼女はすこし郊外に住んでいたから、バスで小学校に通っていた。家は近所ではないが、学校では仲良くしていた。


「この学校だったんだ!」

「はい、そうなんです。お久しぶりです! 覚えていてくれてうれしいです」

「覚えてるよぉ! 大人っぽくなったね!」

「身長はあんまり伸びなかったですけど、えへへ」あづきちゃんは恥ずかしそうにして、「先輩は定時制ですか?」

「ん……?」


 質問の意味をすこし考えてしまった。この学校に定時制と通信制の両方があることを、すっかり忘れていた。


「あ、そうだよ、そうそう。あづきちゃん、通信のほう?」

「そうなんです。通信制で入学しまして……。きょうは週に二回あるスクーリングの日なんです。普段は日曜日ばっかりきているのですが、単位の関係でめずらしく登校しなければならなくて……。といっても、もう授業は終わって、あと帰るだけなんですけど」


 えへへ、と笑う仕草を見て、小学生のころの記憶がはっきりと蘇った。彼女は鼻の頭をすりすりと触りながら、かわいらしい笑い方をよくしていた。その拍子に手がメガネに当たってナナメに傾いてしまうが、それに気づかないのが小学生時代のあづきちゃんだった。


 いまは両手が本でふさがっているが、そうでなければ右手が鼻の頭に向かっていただろう。


「そっかぁ、どおりで会わなかったわけだ。通信制の授業は、そもそも棟が違うもんね」

「実習系の授業になると定時制の棟に行ったりもしますが……、わたしが選択しているのは家庭科くらいで……。しかも日曜日で……。えへへ」


 かわいらしく笑うあづきちゃんだが、その表情のなかにも、ほのかに緊張の香りがした。この子もきっと、人と話すことが苦手なんだ。それでも必死に話題を探して、投げようとしてくれる。


「本を読む時間と、バイトの時間が欲しくて……。といいながら、実は学校という空間が苦手だからなんですけど……。えへへ」


 こちらが歳上なのに、話題を探させてしまうのは申し訳ない気持ちになる。だが彼女から感じる似たような空気感が、妙に心地いい。気は合うはずだ。


「あ、ちょっとまって、あづきちゃん、それ重くない?」

「え、あ、この本ですか? そうですね、重いといえば、重いかもですが……、本が好きなので苦にならないです」

「よかったら座って話そう? 図書室、ちょうどだれもいないし……」

「いいんですか? あ、ありがとうございます。通信制の友達もいないので嬉しいです、あっ——」


 あづきちゃんは丁寧にお辞儀をしてくれたが、その際に抱えていた本が一冊滑って床に落ちてしまった。その表紙には、現代語訳源氏物語と書かれている。


 わたしは本を拾って、「この本、なんだか難しそう。あづきちゃんすごいね」

「そんなことないです。ほんとうは原文で読みたいのですが、古文のまま読むのは洋書を読むのとおなじくらい大変で……。そこまでの知識もないので、現代語訳に頼っています。ちなみに先輩はどうして図書室に?」

「えとね、あれが目当てなの」


 わたしは、飯島先生が作成したオススメ本のポップに目配せをした。するとあづきちゃんは、きらきらとした目でこちらを見た。


「あー! わかります! この図書室で唯一のナマモノですよね!」

「ナマモノ?」

「あ、はい。ほかの本は化石というか……」


 たしかに、フレッシュな本は見当たらない。


「この図書室自体が化石みたいなものなので。つまり死んでいるというか。化石だからこそ価値があるというか……。でも、生きている先輩とここで会えたのは奇跡だと思います!」


 あづきちゃんは両手の本たちをカウンターに置いた。

 どす、と重い音がする。

 ほこりのにおいもする。


「あ、ちょっと、これ書いておきますね」


 彼女は慣れた手つきで帳簿に記入をはじめた。数えると、本は全部で七冊だった。どれも分厚い単行本だ。紙が白い本はひとつもない。黄ばんでいるのが普通のようだ。


 ちらりと帳簿を覗くと、あづきちゃんの名前ばかりがならんでいた。ほか本を借りた生徒がいないのか、借りたとしても記入をしていないのか。どちらにせよ、あづきちゃんの真面目さがよくわかる帳簿だ。


 まじまじと帳簿を見つづけるのもどうかと思い、わたしはくるっと周囲を見渡した。なにを見たいわけでもなかったが、目についたのは一枚の貼り紙だった。


 ——飲み物の持ちこみ、OK! お弁当とお菓子はダメよ♡——


 お茶を飲む女性のフリー画像が印刷された、かわいらしい貼り紙だ。書かれている字は手書きであり、まちがいなく飯島先生の筆跡だ。オススメ本のポップと、まったくおなじ字体。


「ねぇねぇ、あづきちゃん」わたしは貼り紙を見て、「ここって、飲みものオッケーになったの?」

「そうなんですよ」あづきちゃんは帳簿にかじりつきながら、「せめて、本が読めるカフェみたいな空間にしよう、って飯島先生が言ってくれて。教務室のなかでも、どうせうちの図書室なんてあってないようなものだから、好きにしたら? っていう意見がほとんどだったみたいで。それで最近オッケーになったんですよ。飲みものだけ、ですけど」

「それなら、わたし、一階の自販機でなにか買ってくるよ。あづきちゃん、なに飲みたい? カフェオレとかでいい?」

「え、えええ!」


 あづきちゃんはまるで銃をつきつけられたかのように両手を上げて狼狽えた。


「な、先輩をパシリに使うなんて、そんなことできません!」

「そんな、一歳くらいの年齢差大したことないよ」こちらは困り笑顔で、「うーん、それなら一緒に行こうか」

「あ、はい! そうしてください! 先輩とおつかい、嬉しいです! えへへ」


 あづきちゃんは飛び跳ねるように帳簿を書き終えた。よほど嬉しそうに見えたので、こちらも嬉しくなった。


 いまは授業中だから、自販機に向かう道中は静かだった。たまに、どこかの教室から先生の声が聞こえてくるくらいで。


 一階に降りる階段を降りているとき。

 ふと、ある質問を思いついた。


「ねぇ、あづきちゃん?」

「はい?」

「幽霊って、見たことある?」

「幽霊……」あづきちゃんの歩調が遅くなった。「わたしはまったくなんですよ。死んだおばあちゃんが見える人だった、と母は言っていましたけど……。どんな感じなのか一回くらい見てみたいな、とは思います……。好奇心でしょうか」

「そっか……」


 見えます、という返事を期待していたわけではない。が、見える人というのは、そうそういないのだと改めて実感した。


「もしかして、先輩は見えるんですか?」


 その問いにどう返事すればいいのか、はっきりとしない。

 霊が見えることを認めたくないのか。

 勘違いだと思いたいのか。

 自分にそんな能力などない、あったとしても一時的な幻想のようなものだと信じたいのか。

 いずれにせよ、あづきちゃんに返す言葉は決まっていた。


「ううん。見えないよ。気配すら感じない」


 するとあづきちゃんは、なにかを閃いたようにハッと表情を開いた。


「そうそう! 幽霊といえば、同学年の一十白夜君が、なんでも霊能関係の家系らしいんです。彼自身、とてもミステリアスな男子でして……。わたし正直、ああいう人タイプなんですぅ」


 そんな子が入学していること自体知らなかった。彼もあづきちゃんとおなじ通信制の生徒だろうか。——考えていると、あづきちゃんから質問が飛んできた。


「先輩は、どんな人がタイプですか? あ……、なんかすいません、わたし、柄でもないのに恋話こいばななんかしてしまって」

「恋話はみんなするよ、気にしないで。そうだなぁ……。わたしのタイプは……。徳川家康みたいな人かな」


 パッと思い浮かんだのがこれだよ。

 わたしの脳内には現代の男子はいないのか。


「おお、それは……!」


 こちらを向いたあづきちゃんのメガネが、光に反射して真っ白になった。まるでアニメみたいだ。


「なるほど、耐える人が好きなのですね!」キリッとした口調だ。

「秀吉みたいな賢さよりも、信長みたいなオラオラ? よりも……。じっと待てる人、というか。木みたいに大人しい人がいいかなぁ」


 自分でもなにを言っているのか、と思ったが伝わりはするだろう。たぶん。


「鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ホトトギス……。けっきょく忍耐の人がいちばん強いということは、歴史が証明していますよねぇ。そんな家康さんにも、大敗して敗走をする場面があったわけですけど……。それでも負けず、立ち上がった精神というか。意地というか。その意味でも耐える力って……、す、すごいな、って思います」


 あづきちゃんは歴史にも明るいのか、すごいな……、と感心する矢先、自販機が視界に入った。それぞれに温かい飲みものを買って、図書室にもどった。相変わらずだれもいない空間だ。カビとほこりのにおいに妙な安心感がある。


 斜め向かいで席についたわたしたちの最初の話題といえば、やはり飯島先生のことだ。




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