ー5ー epilogue
終わり、終われど、終わんなよ
なんかこう、すっごい微妙なラインだな!
なんだこれ!
だったら闇口って名前使ってくれよ!
それでいいよ!
どうせわたしがモデルでしょうに!
「せ、先輩、大丈夫ですか……」
「う、うん。大丈夫。たぶん」
「これで先輩みたいな人が主人公だったら、運命感じますよね」
瞳をきらめかせるあづきちゃんには申し訳ないが、心当たりがありすぎてどうしたもんか。
「しかもですね、この作品、町の郊外にある日流山をモチーフにしているらしいんです。なんでもあの山には、土砂災害で消えた村があって。しかしながら、その災害の直前に大量殺人で村人が惨殺されていたのではないか、って都市伝説が……」
ああ、ええ、その通りですよ。わたしも襲われました。はい。
「日流山の伝承をどこまでいじってくるのか。そこは堂々島さん次第ですよね、楽しみですぅ」
一ノ一って、どっから来たんだろ。
一と、ノ一。
一と、十。
一十……。
この確信犯めぇ!
「早く読みたいですぅ」あづきちゃんはくねくねと求愛の動きをした。「あ、そんな先輩におすすめの堂々島さんの作品はですね……」
——なんか変な感じが拭えなくて、堂々島さんの作品を一〇冊も買ってやった。悔しいから全部読んでやろうかと思って。
楽しい時間はあっというま。夕方になり、大好きな友人ふたりと別れたあと、わたしは母の職場に向かった。例のごとく仕事終わりの母と帰路をともにする。軽自動車の助手席が、いつもより固く感じた。お尻に筋肉がついたのだろうか。
「お母さん、頭は?」
「もう痛くないよ」
「なんか……。ごめんね」
「なんであんたが謝るのよ」
「おばあちゃんのこと……」
ふう、と息をついて、母はラジオの音量をしぼった。
「わたしがばかだった。あの人が狂人だったことを忘れてた」
「視えるようになったことを、わたしが隠したからだよ。すぐに言わなかったから。——無駄に慌てさせた」
「不安になって暴走してしまうのが、わたしのわるいところ。あんたはわるくない。心配させまいと気を遣ってくれた、それだけ。もう過ぎたことだよ」
母はラジオの音量をもどした。しばらく走ると交差点の信号に捕まった。ウインカーの音が、かちかちと鳴る。
「ねぇ、あんたそんなに本買ってどうしたの?」
「ん? 読んでやろうと思って」
「なにそれ、作者と喧嘩するみたいな言い方」
「読んでやるんだ。なんか、むかつくから」
「そういえば、堂々島って有名人の新刊。あんたの名前とおなじだってね。会社の友達が言ってたよ。それ読んだら?」
「もちろん読んでやる」
「なにそれ、喧嘩するみたいね、やっぱり」
いつもの親子の会話だ。
だが、これがいい。これでいい。
この会話がいつまでできるのか、わからないのだから。
人は死ぬ。
けれど想いは残る。
それはときに幽霊の姿となって。
あるいは悪霊の姿となって。
わたしは死んだら幽霊になりたいだろうか。
答えは決まっている。
わたしはなりたくない。
けれど、母の幽霊には会いたいと思う。
上田さんや、一葉、あづきちゃんが幽霊になったとしても、会いたいと思う。
わたしですら、そんなわがままを考えるのだから。
やっぱり人間は身勝手だ。
家に着くと、路肩に見慣れた黒い車があった。
それを越して母はいつもの場所——敷地内に車を置いた。
わたしはドアを開けて、小走りをした。
黒い車の運転席から、上田さんが降りた。
こちらに手を振るだけで、いつもの笑顔だ。おれぁきょう、ただの運転手だよ——そう言っているように見える。
後部座席から師匠が降りた。
家の敷地前まで師匠は歩いてきた。
その手には白い封筒が。
ずっと会いたかった。
けれど、ここでなにかが終わるような空気が鼻の奥をツンと責めた。
喉が詰まる。
「ど……、どうしたんですか、急に……」
「これを渡しに来た」
目を伏せながら師匠が差しだした封筒には、破門状と書かれていた。
「なんですか、これ……」
「見たままだ。おまえを破門にする」
風が吹いた。強い風だ。
だれかに笑われているような風。
「破門……」
「師匠などと呼ばれる筋合いはない」
破門状をわたしに押しつけて、師匠は背を向けた。
「待って……、待って!」
師匠は一瞬、足を止めた。
しかし風に逆らうように歩を進める。
インバネのコートがなびく。
「おねがい! 待って!」
今度はちゃんと足を止めてくれた。
「こっちを見て」
振り向かない。
なんでも自分のペースで進めて、決めて。
最後もわがままに終わらせる……。
勝手じゃないか、いい加減にしろ。
わたしにも意思がある。
願いがある。
想いだって、ある……。
「こっちを、見ろって、言ってんの! ばか! ばか冬夜!」
「な……! だれが下の名前を呼んでいいって……!」師匠はこっちを見た。
いまだ、と思ったわたしは見せつけた。
幽体離脱をして、封筒を掴んだ霊体を五メートル浮かせる。破門状を花火よろしく紫の炎で焼いてやった。黒い煤が舞う。
ただ、計算してなかったのが肉体のほうだ。ぐわりとその場に倒れたわたしは、あわよくばコンクリートに頭を打つところだった。けど、そうはならなかった。師匠がすぐに駆けて体を支えてくれた、その拍子に片膝を地面に擦ってまで。
わたしたちは、お姫さま抱っこに近い構図に——
手の温かさが、首のうしろに伝わる。
腰を支える腕にはいやらしさのかけらもない。
ただ、ただ、頼もしさがあるだけ。
「ばかか……。幽体離脱をするなら、まず肉体の安全を確保しろ」
「こぅ、今度から気をつけます……」
「花火を見る余裕もないな、まったく」
師匠は笑った。
この人の、こんなに綺麗な笑顔ははじめてだ。
安心したような、すごくリラックスした笑顔。
「次の依頼。わたしも同行します。させてください」
「ばか言うな」
「ばかじゃない」わたしはさえぎって、「そうしたい。あなたと心霊探偵をつづけたい……」
チャイムが鳴った。
五時を知らせる生明町のチャイムだ。
そのなつかしい音色に、なんか、ちょっと、ロマンが薄れた。
でも、きっとこれがわたしたちの空気感なんだ。
なんかしまらないけど、なんかうまくいく。
色々あるけど、どうにか進んでいく。
気づいたら事件が解決している。
それを繰り返していく。
繰り返していきたい。
師匠と。みんなと。
「今度の進路相談、就職先は一十探偵事務所って言います!」
わたしが言うと、師匠は腕に力をこめて体を起こしてくれた。こちらが自分の足で立ったことを確認して、ふっ、と軽快に微笑んだ。この笑い方のあとに軽い冗談を言うことは、そこでハンカチを濡らしている上田さんで何度も実証済みだ。
「わるいことは言わん。やめておけ」
闇口そぼろと幽々しき奇禄・稿了




