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闇口そぼろと幽々しき奇録  作者: 燈海 空
終わり、終われど、終わんなよ
56/56

ー5ー epilogue

終わり、終われど、終わんなよ

 

 なんかこう、すっごい微妙なラインだな!

 なんだこれ!

 だったら闇口って名前使ってくれよ!

 それでいいよ!

 どうせわたしがモデルでしょうに!


「せ、先輩、大丈夫ですか……」

「う、うん。大丈夫。たぶん」

「これで先輩みたいな人が主人公だったら、運命感じますよね」


 瞳をきらめかせるあづきちゃんには申し訳ないが、心当たりがありすぎてどうしたもんか。


「しかもですね、この作品、町の郊外にある日流山をモチーフにしているらしいんです。なんでもあの山には、土砂災害で消えた村があって。しかしながら、その災害の直前に大量殺人で村人が惨殺されていたのではないか、って都市伝説が……」


 ああ、ええ、その通りですよ。わたしも襲われました。はい。


「日流山の伝承をどこまでいじってくるのか。そこは堂々島さん次第ですよね、楽しみですぅ」


 一ノ一って、どっから来たんだろ。

 一と、ノ一。

 一と、十。

 一十……。

 この確信犯めぇ!


「早く読みたいですぅ」あづきちゃんはくねくねと求愛の動きをした。「あ、そんな先輩におすすめの堂々島さんの作品はですね……」


 ——なんか変な感じが拭えなくて、堂々島さんの作品を一〇冊も買ってやった。悔しいから全部読んでやろうかと思って。



 楽しい時間はあっというま。夕方になり、大好きな友人ふたりと別れたあと、わたしは母の職場に向かった。例のごとく仕事終わりの母と帰路をともにする。軽自動車の助手席が、いつもより固く感じた。お尻に筋肉がついたのだろうか。


「お母さん、頭は?」

「もう痛くないよ」

「なんか……。ごめんね」

「なんであんたが謝るのよ」

「おばあちゃんのこと……」


 ふう、と息をついて、母はラジオの音量をしぼった。


「わたしがばかだった。あの人が狂人だったことを忘れてた」

「視えるようになったことを、わたしが隠したからだよ。すぐに言わなかったから。——無駄に慌てさせた」

「不安になって暴走してしまうのが、わたしのわるいところ。あんたはわるくない。心配させまいと気を遣ってくれた、それだけ。もう過ぎたことだよ」


 母はラジオの音量をもどした。しばらく走ると交差点の信号に捕まった。ウインカーの音が、かちかちと鳴る。


「ねぇ、あんたそんなに本買ってどうしたの?」

「ん? 読んでやろうと思って」

「なにそれ、作者と喧嘩するみたいな言い方」

「読んでやるんだ。なんか、むかつくから」

「そういえば、堂々島って有名人の新刊。あんたの名前とおなじだってね。会社の友達が言ってたよ。それ読んだら?」

「もちろん読んでやる」

「なにそれ、喧嘩するみたいね、やっぱり」


 いつもの親子の会話だ。

 だが、これがいい。これでいい。

 この会話がいつまでできるのか、わからないのだから。

 人は死ぬ。

 けれど想いは残る。

 それはときに幽霊の姿となって。

 あるいは悪霊の姿となって。


 わたしは死んだら幽霊になりたいだろうか。

 答えは決まっている。

 わたしはなりたくない。

 けれど、母の幽霊には会いたいと思う。

 上田さんや、一葉、あづきちゃんが幽霊になったとしても、会いたいと思う。

 わたしですら、そんなわがままを考えるのだから。

 やっぱり人間は身勝手だ。



 家に着くと、路肩に見慣れた黒い車があった。

 それを越して母はいつもの場所——敷地内に車を置いた。

 わたしはドアを開けて、小走りをした。

 黒い車の運転席から、上田さんが降りた。

 こちらに手を振るだけで、いつもの笑顔だ。おれぁきょう、ただの運転手だよ——そう言っているように見える。


 後部座席から師匠が降りた。

 家の敷地前まで師匠は歩いてきた。

 その手には白い封筒が。


 ずっと会いたかった。

 けれど、ここでなにかが終わるような空気が鼻の奥をツンと責めた。

 喉が詰まる。


「ど……、どうしたんですか、急に……」

「これを渡しに来た」


 目を伏せながら師匠が差しだした封筒には、破門状と書かれていた。


「なんですか、これ……」

「見たままだ。おまえを破門にする」


 風が吹いた。強い風だ。

 だれかに笑われているような風。


「破門……」

「師匠などと呼ばれる筋合いはない」


 破門状をわたしに押しつけて、師匠は背を向けた。


「待って……、待って!」


 師匠は一瞬、足を止めた。

 しかし風に逆らうように歩を進める。

 インバネのコートがなびく。


「おねがい! 待って!」


 今度はちゃんと足を止めてくれた。


「こっちを見て」


 振り向かない。

 なんでも自分のペースで進めて、決めて。

 最後もわがままに終わらせる……。

 勝手じゃないか、いい加減にしろ。

 わたしにも意思がある。

 願いがある。

 想いだって、ある……。


「こっちを、見ろって、言ってんの! ばか! ばか冬夜!」

「な……! だれが下の名前を呼んでいいって……!」師匠はこっちを見た。


 いまだ、と思ったわたしは見せつけた。

 幽体離脱をして、封筒を掴んだ霊体を五メートル浮かせる。破門状を花火よろしく紫の炎で焼いてやった。黒い煤が舞う。


 ただ、計算してなかったのが肉体のほうだ。ぐわりとその場に倒れたわたしは、あわよくばコンクリートに頭を打つところだった。けど、そうはならなかった。師匠がすぐに駆けて体を支えてくれた、その拍子に片膝を地面に擦ってまで。


 わたしたちは、お姫さま抱っこに近い構図に——

 手の温かさが、首のうしろに伝わる。

 腰を支える腕にはいやらしさのかけらもない。

 ただ、ただ、頼もしさがあるだけ。


「ばかか……。幽体離脱をするなら、まず肉体の安全を確保しろ」

「こぅ、今度から気をつけます……」

「花火を見る余裕もないな、まったく」


 師匠は笑った。

 この人の、こんなに綺麗な笑顔ははじめてだ。

 安心したような、すごくリラックスした笑顔。


「次の依頼。わたしも同行します。させてください」

「ばか言うな」

「ばかじゃない」わたしはさえぎって、「そうしたい。あなたと心霊探偵をつづけたい……」


 チャイムが鳴った。

 五時を知らせる生明町のチャイムだ。

 そのなつかしい音色に、なんか、ちょっと、ロマンが薄れた。

 でも、きっとこれがわたしたちの空気感なんだ。

 なんかしまらないけど、なんかうまくいく。

 色々あるけど、どうにか進んでいく。

 気づいたら事件が解決している。

 それを繰り返していく。

 繰り返していきたい。

 師匠と。みんなと。


「今度の進路相談、就職先は一十探偵事務所って言います!」


 わたしが言うと、師匠は腕に力をこめて体を起こしてくれた。こちらが自分の足で立ったことを確認して、ふっ、と軽快に微笑んだ。この笑い方のあとに軽い冗談を言うことは、そこでハンカチを濡らしている上田さんで何度も実証済みだ。


「わるいことは言わん。やめておけ」








 闇口そぼろと幽々しき奇禄・稿了








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