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終わり、終われど、終わんなよ
「知人に、おれよりも優れた霊能のやつがいる。今回の件ではそいつの助力もあったんだが……」
冬夜が言うと、篠田は急に慌てた。
「そ、その方にも依頼料を……!」
「払わなくていい。こっちが勝手に助力を求めただけだ」
それならよかった、と篠田は肩をすとんと落とした。
「そいつから聞いた話しだが」冬夜はつづける。「日流山で見つけた鞠。そのなかに入っていた乳歯。それはたしかにマリの遺骨ではあったが、マキの遺骨である部分もあったとか」
「それはどういう?」
あくる日、マキの乳歯が抜けた。ちょうどおなじタイミングで、マリのおなじ乳歯が、これまた自然と抜けた。
「で、思いついたのが歯の交換移植だ。なにを思ったか、面白半分だったのか、いたってまじめだったのか——ふたごはおたがいの歯を、それぞれの歯に埋めた。医学的なことは知らんが、身体的特徴が似ている者同士だから、多少の定着はあったのだろう」
姉の歯は、妹の歯に。
妹の歯は、姉の歯に。
「ほんの一時的なことだけど、骨の情報を共有していた……。歯はもちろん骨だから、交換した乳歯はふたりの遺骨でもあったのね」
シラツユが皿を洗う音は、川のせせらぎのよう。
「年月を経ても形を保っているものには、人の情や念が溜まりやすい。自分の骨でもあり、一時期は妹の骨になった歯を、マリが探し求めるのはなんら不思議ではない」
冬夜が言うと、篠田はさらに納得を深めた。そして思い出したように、椅子の脇にあるトートバッグを見た。
「あ……、そうだ、家系図と一緒にメモみたいなものが仕舞われていたんです。——これです」
篠田はバッグからクリアファイルを取りだした。節々にカビが生えている和紙を手にとって、冬夜に渡す。
しばらく目を通して、冬夜は息をついた。
「なるほどな……」
「なにが書いてあるの?」シラツユは濡れた手を拭きながら近づく。
冬夜は片手を持ち上げて、内容を見せた。
姉ノ所業 許スマジ
一族ヲノロイカラ守ル
元凶タル 日流ノ山二
遺物ヲフウジル
カノタマシイ ヤスラカニ
「誠子の祖母いわく、その文を書いたのは篠田節夫だそうです。姉を許さないといっているくらいですから、まちがいないと思います。長女を殺した芦茅かや。母を殺したマキ——そのふたりの遺骨に関しては日流湖に放流された、とのことで……」
つまりふたりは埋葬すらされなかった。
「せめて最初の被害者であるマリの遺骨だけは、丁寧に弔いたい。だから日流村跡地に墓があったのか……」
しかめた眉をこれみよがしに、冬夜が言った。
「それでも読み方によっては、マリちゃんの遺骨ですらも、呪いの一部のように考えていそうな節もあるわね……」シラツユが言った。
「一連の禍々しい事件にまつわるものはすべて、日流山に葬り去りたい——それが、篠田節夫の意志だったのかもしれません。でも一十さんがおっしゃるように、せめてマリちゃんは丁寧に弔いたい——というのは、正解な気がします」
——話していると、カフェの入り口に人の気配が。
ノックの音とほぼ同時にノブが回り、現れたのは上田だ。
がつがつと汗を撒き散らしながらのご登場で心地よい静けさが逃げていく。
「お、おい、じゅういち、すげぇ事実がわかったぞ!」
まるでクイズの答えがわかった子供だ。
「シラツユ、鍵を閉めなかったのか?」冬夜は無愛想に言った。
「あら、だれも来ないと思って。くるとしても上田さんくらいかなって」
「上田がくるからこそ閉めないとだろ」
「お、篠田さんじゃねぇか! ちょうどいい、聞いてくれ!」
聞いておどろけ、と言わんばかりに上田は発表した。
「マリとマキは、誠子さんと血縁関係にあった! なんかよくわかんねぇが、点と点ががしっとつながったんじゃねぇか!? なぁ!」
「でかい声で吠えるな」冬夜は家系図を見せて、「知っている」
「あ!?」上田は大口を開けて、「あぁぁあああ!?」
深々と礼をして、篠田はカフェをあとにした。
冬夜は厚みのある銀行封筒をシラツユに渡して、あくびをした。
「依頼料って、どんくらいなんだ?」上田が訊く。
「無粋だな」と、冬夜。
「無粋ね」と、シラツユ。
「おぅ、すまん……」上田は後頭部をぼりぼり掻いて、「気になっちまってよ……」
「あんたの月給よりは安い」冬夜が言った。
んなこたねぇだろ、と上田は苦笑を返した。
「今回の事件、なぁんだかタライの上でぐるぐる回っていた気分だったぜ。あそこまでの案件はなかなかねぇよなぁ」
上田は席に座って、ハンカチで額を拭いた。
六月も半ばだ。気温はすこし上がっている。
「なぁ、堂々島さんの言葉だが……」
「ああ。日流村には近づくなってやつか?」
冬夜はコップに水を汲んだ。それは上田のためではない。自分が飲むためだ。
「マキの遺言らしい」
「そのようだな」
篠田から諸々の話しを聞いたあとでもあるし、日流村で自らが経験したことをふまえても、マキの遺言には賛成すべきだと思える。
「なぁじゅういち。日流山で、そぼろちゃんと姿を消しただろう? あのとき、おまえたちがその……、異世界? みたいなところに行ったってんだろ?」
「ああ。そこで狂った女の霊と対峙した」
「それだよ、その狂った女の霊だよ」
「なにか知っているのか?」
「おうよ、おうよ」
「似てない」すかさず冬夜が刺す。
「あら、堂々島さん?」シラツユが笑う。
恥ずかしくなった上田は頬を赤らめた。モノマネを後悔したようだ。
「き、聞いてくれ」上田は、んん! と喉の鳴らして整えた。足元のかばんからマル秘の資料を取りだし、テーブルに置く。「兵働咲良——大正に行方不明になった女性だ。写真がある。モノクロでかなり古いが……」
それは現物ではなく、B5の紙にコピーした写真紙ではあった。が、顔を把握するには十分だった。花柄の着物を身につけて、両手を下腹部に置いている。とても行儀がいい立ち姿だ。なにか、祝い事の写真だろうか。
「ああ……」
冬夜はあからさまにいやな顔をした。
「こいつをぶん殴ってなけりゃ、おれはいまごろ行方不明で遺体すら出てない。シラツユも、そぼろもな」
「マリちゃんの魂も、完全に消失していたわね」シラツユがつなぐ。
「やっぱり、会っていたんだな」上田が言った。「兵働咲良……。日流村の人間に拉致されていた、という部分だけを見れば被害者だ。しかし彼女は元から狂っていた可能性が高い。無許可で動物を狩ったり、部屋のなかも手足を切った人形やら、小動物死体の瓶詰めやらで溢れていたそうだ」
だろうな、くらいの反応で冬夜はうなづいた。
「拉致するほうもどうかと思うが、相手がわるかったな」冬夜はあきれた様子で、「兵働咲良は儀式の隙をついて刃物を奪った、自分を殺すはずだったものをな。それでもって、村人を殺してまわった。そんなところだろう」
当時の日流山は雷鳴り荒ぶ豪雨に見舞われていた。
まず、儀式の執行人たちが兵働咲良の反撃によって、殺された。
悲劇の山に降り荒ぶ豪雨は、音も、血も、大量殺戮で悦に浸る兵働咲良もすべて飲みこんだ。証拠も現場も土砂に沈めて流してしまった。
「その……、じゅういちは見たんだよな? 死んだ村人たちを」
「ああ。みーんな、死んでいた。刃物のせいでな」
やっぱり土砂災害で死んだわけじゃない、と上田は確信し、うなずく。
「たまたま出稼ぎに行っていて生き残った男が、のちにマリちゃんの父親になる——。巡り合わせってのは不思議なもんだよなぁ」
この話しはここで終わりだ、と言いたげに冬夜は自室にもどろうとした。あとはシラツユのカレーを食べて上田は帰るだけだ、と思って。
「お、おいじゅういち」その背中に上田が声を投げる。「なぁ、いいのか?」
いいのか? が、なにを意味しているのか。冬夜はわかっている。
「あいつはもうこない」
「解雇したのか?」
「ちがう」
「三日くらい、過労で入院していたみたいだが……。いまはもう元気だぜ。学校にも行ってる。会いに行かなくていいのか?」
「来たくないやつに、会いに行く理由はない」
「来たくないって、本人から聞いたのか?」
「……」
「あの子も似たようなことを言ってたぜ。師匠はきっと、わたしに疲れていると思うって」
「そんなことがあるか……」
「なら、それを伝えてやれよ」
「余計なお世話だ」
冬夜はのれんをくぐって自室にもどった。余韻で、そよ風に吹かれたようにその紺色の布がゆれる。
「はぁ……」上田は天井を見上げる。「あわよくば、きょうにもじゅういちを連れて行こうと思ったのによぉ」
テーブルにカレーを置きながら、シラツユはくすりと笑った。上田は一礼を返す。
「そぼろちゃん、あれからどんな感じ?」
「そうだなぁ……」腕組みをして、上田は眉をひそめた。「幽霊には慣れたみたいなんだ。ただ、自分がこわくなるときがあるって。闇口すみれは、けっきょく搬送先の病院で心肺停止——死んじまった。それが関係しているのか、そぼろちゃんは自分が殺したような気がするって、それを言うんだよ」
カレーから昇るスパイシーな香りに食欲がそそられるところだが、上田はまだスプーンに手を伸ばさない。
「わたしはその場にいたけど。仮によ? すみれに致命的なダメージを与えたのが、そぼろちゃんだったとしても、それは正当防衛よ。先に手をだしたのは闇口すみれ。自分の父親の四肢を切断するような人間よ? しかも、そぼろちゃんにひどい仕打ちをしようとした……。制裁は下って当然よ」
それにしても上田には思うところがある。
「やっと会えたおばあちゃんだぜ? そぼろちゃんの辛さを考えたらよぉ……」
「身内であれなんであれ、狂人は狂人よ。かまうことないわ」
「そうか……。まぁ、そうだよなぁ……」
胸を焦がすような不快感を振り払うように、上田はカレーにがっついた。




