ー11ー
ふざけんな、なにが血だよ
「妖怪に飛ばされた。すまん。第三者がいるから種は明かせん」
師匠は冷静に答えた。
「ええ、いえ、こちらこそすいません。非現実的な事象には理解があるつもりです……」藤治は武士みたいに頭を下げた。「かあちゃんを止めてくれなかったら、もっとひどいことになっていたと思います……。それに、歴代当主の霊がどういうわけで顔を出したのか……。末裔であるそぼろちゃんに願掛けして、殺しをうながすなんて。身内の恥を晒した気分です」
歴代当主……?
そんなのがあの地下室にいたのか。
まったく気づかなかった。
「闇口の霊だというからかまえたが、祓ってみると容易かった。虫ほどの相手に思えた。最後の力を振り絞って、そぼろに怨念を送るくらいが関の山だったらしい」
「かぁちゃん、言ってたんです。歴代当主の霊力をあたいの身に宿し、溢れるその力をあんたたちに分けてやったんだよ、って……。冗談だと思って聞いていましたが、真にうける必要があったようですね……」
「だからあんたら兄弟の霊力が、いまこの瞬間も隠しきれないくらい溢れているのか」
「やはり、わかるんですね……。一十さんの目には敵いません」
謙遜して苦笑する藤治さんに対し、師匠は鼻でひと息を捨てて、視線も横に捨てた。
「正直、スカッとしました。霊体戦でボロ負けするかあちゃんを見れただけでも……」
「気づかなかったのか? あんたの母親が狂っていることに」
「身をもって気づいていました……。それはもうずっとむかしから。だからこそ、おれたち兄弟は、闇口から霊能を絶やす決意をした。完全には絶やせなくても、せめて霊能家系としての〈力〉を弱らせようとした……」
「血を薄めるのは容易ではない。現に霊感のない母親と、おそらく無感だったであろう父親のあいだに、そぼろが生まれたんだ。——まぁ世間のイメージを下げるくらいは、あんたらにも可能だったろう」
「ええ……。それくらいしかできなかった、といわれれば、それまでですが……」
本来は犬猿の仲なのであろう闇口の人間と、一十の人間が膝を突き合わせているこの光景は、なんだか見ごたえがあるものに思えた。わたしはいま、完全に我関せずの傍聴人だが。
「あんたらの努力には、なるだけ賛同したい」
師匠は冷めた口調で言う。霊能家系に苦労しているからこそのセリフだ。
「おれたち兄弟は、霊が見える自分がきらいでした。そこは完全に同意していた。まったく能力のないしずえが、うらやましかった」
「おれもうらやましい」師匠は肩をほぐした。
「能力はあっても、ないふりをすることなら、できるんじゃないか……。そう思って、兄弟でどうにか立ちまわっていました」
頼りの後継ぎである息子ふたりの霊感が頼りないとくれば……。すみれのひどい血相が想像できる。
「中学生くらいから、霊能力を全開にすることはしませんでした。やはりそのころから母は怪訝でした。竹刀でぶっ叩いたり、包丁を喉に当てたり、桶におれたちの顔を沈めたりして……。どうにか死に近づければ、もっと強い霊能が覚醒するのではないかと必死でした」
《隠すんじゃないよ、どこにしまっているんだい! さっさと見せな! あるはずだよ! 闇口たらしめる霊力が!》
どうしてか、頭のなかですみれの声が響いた。
わたしの記憶ではないはずだ。
けれど、はっきりと聞こえた。
「——いま思い出しても、くちびるが青くなる思いです」ほのかに呼吸を荒くしながら、藤治さんは言った。「かぁちゃんの狂気に、おれたちふたりは耐えた。自分たちの使命であるかのように、霊能力をひた隠し、押し殺した……」
「霊能家系は、どこもおなじだな……」師匠が言った。
「物理的な抵抗をしたことは何度もあります。あまりにも辛くて、かあちゃんを殴ったことも……」
よく殴るくらいで済んだな、と思う。
「でも、霊能での反撃はしなかった。就職も、霊能とまったく関係ない方向を目指しました。占い程度の副業で、闇口の名を使うようにして……」
それが正解だろう。すごくいい判断だ。
兄弟ふたりがすみれみたいな思考だったら、と思うとゾッとする。
あんなのが三人もいることになる。
「そうしていると母も疲れてきたのか……、とくに四〇歳の手前くらいには、急に投げやりになったんです。たしか病院でなにかの検査をした日。そのあたりから心ここにあらずでした。おれたちのことも、どうでもよくなった様子で。見切りをつけられた感じです。変に優しくなったのもそのあたりで……。きのうのことのように覚えています」
それくらい、すみれの心象の変化が印象的だった。
「そこからです。やたらとじいちゃんをかまうようになった。じいちゃんの精子を病院で検査する、とかいって……。急にどうしたんだ? と訊いてもも、精巣のがんを早期発見するんだ、って。じいちゃんもしぶしぶ、協力していましたけど……」
で、その精子がいま冷凍庫にあって、わたしに注入されるとこだったっていう、考えるだけでクソみたいな話に繋がるわけだ。ばからしい。
——ふすまが開いた。知らない女性が入ってきた。こちらを見て申し訳なさそうに頭を下げる。その手には丸いお盆。黒い髪をうしろで結んだ、清楚で大人しそうな女性。藤治さんの嫁だろう。身長が高めだ。
「現場はどうだ?」あぐらの藤治さんが、見上げて言った。
「うん、大丈夫。高次と泉美が、うまくやってる」
「おふたりのことは大丈夫だよな?」
それ、わたしも気になる。万一逮捕されたらわりに合わない。
「一十さんは、霊能のことで急遽カウンセリングにきてくれた、ってことになってる。そぼろちゃんは帰省よろしく、うちにきて……。狂ったすみれさんに連れられた地下室で、ひいおじいちゃんの姿を見せられて、卒倒したことになってる。すみれさんは、興奮したせいで心臓に負担がかって倒れたのだろうって、救急の人が言っていたから……。都合いいな、と思ってそういうことにしておいたよ」
実際のところは霊体をぶつけて全力で喧嘩をしたが、物理的に争った証拠はない……。わたしとすみれは、ぶっ倒れただけ、ということになるのか。
「そうか……。ありがとう」藤治さんが言う。
「あとで、ここにも警察がくるみたいだけど、大丈夫?」お嫁さんが言った。
「むしろ、そこで話してしまえばあとが楽だ。すいません一十さん、そぼろちゃん、少々おつき合い願えますか?」
「かまわない。事情聴取なら、きょうですっきり終わってほしい」
師匠は淡々と答える。
「助かります」藤治さんは頭を下げた。「かあちゃんも、救急車で運ばれるときには意識があったけど……。どうなるか」
そっか、あいつも自分の肉体にもどったんだ。
わたしが殺したことにはなってないみたい。
よかった。
——いいのか?
ああ、責任逃れか、わたしの。
「そぼろは殺してない。危害を加えた証拠などでないから、安心しろ」
師匠が言ってくれた。けれど、わたしは返事する気にもなれない。
「あ、あとね……」お嫁さんがお茶を置きながら、慎重な口調で言った。「さっき上田って刑事さんから、この家に連絡があったの。そこにじゅういちがいるなら伝えてくれ、誠子さんがもどった、マリちゃんは成仏したって、言ってたけど……」




