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闇口そぼろと幽々しき奇録  作者: 燈海 空
ふざけんな、なにが血だよ
49/56

ー9ー

 

「これまで、かならず六月六日にひとりを殺していた。かならずだ。実弥が約束を守る人間であるなら、なぜ六月五日に殺そうとする」

「はっ……」


 すみれは顔を横に向けた。


「そんなもの、大安か仏滅を信じるようなもんさ。何度も繰り返したから、身あり神さまも、めんどうくさくなったんだよ」


 師匠の頭が高速で回転しているのがわかる。おでこの熱が伝わってくるようだ。緊迫した空気のせいか、ほんの三秒ほどのが、ずっと長く感じられた。


「高位霊能力者の息がかかっている——堂々島はそう言った」

「堂々島……。はっ、三原色のひとりか……」

「息をかけたのは、やはりあんただ。あんたひとりだ。実弥ですら、息をかけられた側だった。——やつはいま《《どうなっている》》」

「どうって……。ゆっくりおやすみさ。時間を考えなよ、不法侵入者め」

「闇口の本家に無断で侵入したのに、あんたひとりしか、いまここにいない。この部屋でなければ、あんたは大声で家族を呼んでいるはずだ。ここは、あんたしか知らない場所。家族にも悟られてはいけないなにかがある」


 ふん……、とすみれが鼻息をついた。


「しかも結界が貼られている。音も光も、周りに漏れないようになっている。やはり身内にもばれてはいけないことが、あるんじゃないのか。ふすまの奥にはなにがある」


 師匠が問い詰めると、すみれの眉間が次第に険しさを増した。


「うるさいねぇ。うるさいんだよ、部外者が」


 がたん、と部屋全体が揺れた。


「あーあ。あきらめた。いいよ。どうせここにいる全員を殺すなり黙らせるなりすればいいのさ」


 この瞬間、わたしは確信した。目の前にいるのは、理想的なおばぁちゃん像からかけはなれた、親族とは呼びたくもない、ひとのすがたをした悪魔か化け物だと。


「闇口の血は薄くなっているんだよ。そぼろの母——しずえ。その弟。そして兄。男ふたりが家を守っているがね。どっちも弱いんだよ。結婚してから、もっと弱くなった。霊媒家業といいつつ、簡単な霊視しかできない。やっていることは占い師だよ。ばからしいさ。霊を祓うでもなく、他人を呪い殺して政治を動かすでもない。ただのボンクラふたりが、この家を守っている。守っちまっている」


 吐き捨てて、すみれはかんざしを頭から外した。それが床に落ち、すぐに念力かなにかに踏み潰され、中央からまふたつに折れた。髪が解けたすみれは、山姥の形相だ。


「強い霊媒師どうしじゃないと、霊力の強い子供は生まれない。あたいが無感の旦那に惚れちまった罰だよ。婿選びを失敗したのさ。霊感のなさにむかついたから、もう死んでもらったよ。われながら情けない」


 この人は自分の旦那を、殺した……?


「霊感の強い男はそうそういない。一十に股を開くなんて、もってのほか……。しかもあたいは、三八には子宮の病で子供は産めないときた。だからね、可能性を探した。これしかなかったんだよ。来るかもわからない未来に期待して、備えていたのさ。まさか天から降ってきたのが、自分の子孫だったとは思わなかったけどねぇ」


 妖怪みたいに笑っている。

 ほんとうに、いやだ、背中が寒い。


「でもね、そぼろはね……。そんな気がしていたのさ。ばかなしずえは、わたしの本心も汲めないで、そぼろが霊感に目覚めましたぁ、なんて言って電話なんかかけてきて! あれは傑作だったよ! でもねぇ……。受話器のむこうから感じていたよぉ、あぁそうさぁ、あんたのみるみる湧き出る霊力の強さをねぇ……」


 母がそんな電話をしていたなんて。

 でも母は……、ほんとうにばかだ。

 こんな人に助けをもとめちゃだめ。

 絶対にだめだよ……。

 考えすぎて暴走してしまうところ、ある。


 満足したような顔で、すみれはわたしをにらんだ。

 さらに気味わるく微笑む。

 筆舌にならない寒気が極限に達している。


「強い霊感を持つ女。そいつがうちに来ること。いつか生まれること。それが、あたいの本願だった。だからばか兄弟ができそこないの嫁を連れてきてもいい顔で、なんでも買ってやったよ。内心煮えくり返っていたけどね!」

「おい……」師匠は苦い顔をした。これまでにない苦い顔だ。「変なこと言わないよな、ばばぁ……」

「なにが変なんだい? 実弥さまの子種をそぼろに宿して、いい霊媒師を作る——それのどこが変なんだい? ほら、冷凍庫に実弥さまの種があるから。そぼろ、こっちへおいで」


 わたしは知った。

 幽霊なんかこわくない。

 人間こそがいちばんこわい。

 生きている人間がいちばん狂っている。

 わるい幽霊は祓える。

 祓えばいいんだ。

 けど、わるい人間を、すぐには殺せない。

 殺したいと思ったとしても。

 どんな嫌悪を抱いたとしても。

 どんな、狂った人間だとしても。

 私情で人を、殺しては、いけない。


「あんた……。狂ってる」

「どうしてだい? 大真面目だよぉう、そぼろ、ほら、生理は終わっているかい?」

「ふざけんな!」

「ねぇ、ほら、血を、優れた血を絶やしたくないだろう?」


 この女は、どうにかしなくちゃいけない。

 血がなんだ?

 そのために、わたしの母を殺そうとした。

 あげくには、わたしに、ひいおじいちゃんの子供を産め?


「ばかも大概にしろよくそばばぁ」


 部屋が揺れた。揺らしたのはわたしだ。


「そぼろ、落ち着け……」師匠の諭す声。

「うるさい!」


 師匠はなにかに突き飛ばされて、壁に背を打ちつけた。


「冬夜!」シラツユさんの声。

「おれは大丈夫だ——、でもそぼろが……。この空間は幻なんだろ! シラツユ」

「ええ。土の匂いがすごく濃い。たぶん地下室」

「天狗の風が乱されたのか?」

「いえ、ちがう。的確だったの。天狗は、わたしたちをいちばんいい場所に運んだ。けれど、すみれが土壇場で幻を作った。まずは術を解かないと!」


 まわりがなにかしゃべっている。

 わたしにはどうでもいい。


「なら、こうしようじゃないか。あんたのその霊体と、わたしの霊体、どっちが強いか勝負しよう。あたいが勝ったら、言うとおりにしてもらうからね!」


 勝負? 

 わらえる。

 試合なんかじゃない。

 殺し合いだ。

 ——色の薄いすみれが、すみれの肉体から飛び出して、紫の炎をぶつけてきた。

 わたしはそれに突っこんだ。

 腕を思いきり振った。

 熱かった。

 どうでもいい。

 気づいたらわたしは、しずえの首を絞めていて——


「どうすんの、冬夜!」

「だめだ、霊体どうしの戦いに介入できない! 手元が狂えばそぼろが死ぬ!」


 両手が熱くなる。

 紫の炎。

 わたしの炎。

 消えろ。

 母を殺そうとした罪を。

 狂った考えで生きてきたいままでを償え。


「あ、あああ、こんなに、こんなに強いんだねぇ、そぼろ、そぼろやぁ、あたいの、闇口の、血を、血をぉぉぉぉお」

「うるさい、うるさい、うるさいっ!」


 驚くほどに体が軽い。


「そぼろ、殺すな! 手を緩めろ! そんなやつのために、自分の未来を壊すなっ!」


 師匠がなにかを言っている。

 わたしは——

 冷静さを失っている?


「冬夜!」シラツユさんの声が。「そぼろちゃんの、倒れた体のまわり! 見て!」

「なんて数の霊……! なぜ気づけなかった!?」

「闇口の霊よ、腐っても高位霊能力者、自分たちの《《ホーム》》で気配くらいいくらでも消せる」

「あいつらがそぼろに怨念を憑入しているのか!? ただでさえ怒れる場面で余計なこと——!」

「祓うわよ! そぼろちゃんがもたない!」

「くそっ……! 血筋なんてろくなもんじゃない!」

「わたしの霊力をぜんぶあなたの腕にあずけるわ! やられないでよ! 冬夜!」

霊界あっちの老人ホームに強制入居させるさ!」


 《一族の恥を殺せ》

 《闇口の膿をあらえ》

 《穢れた血を訂せよ》

 《霊媒への冒涜を許すな》


 ——なんだ?

 いろんな声がする。

 景色が……、変わった。

 土の壁……?

 目が渇いているのかな。

 涙が止まらない。


「兄貴! 畳の下が揺れてる!」

「早く起こせ、畳を!」


 上からごそごそと物音。

 うるさい。

 ぜんぶがうるさい。

 頭がじんじんする。


「くそ、なんだこれ、知らないぞこんな場所!」

「封印だ、解ける?」

「五星か? 目隠しの術式も施されているが、かなり弱ってるな……。高次、揃えるぞ」

「ああ」

「——陰!」


 天井が開いた。

 真上に別の部屋がある。

 照明の光がまぶしい。


「かぁちゃん!? なにやってんだよ!」


 片方の中年男性が叫んだ。真上からこちらを覗きこんでいる。


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