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闇口そぼろと幽々しき奇録  作者: 燈海 空
ふざけんな、なにが血だよ
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ー8ー

ふざけんな、なにが血だよ


 今度は台風のような強い風が吹いた。やっと目を開けていられる。あたりの木々が激しく揺れ、葉っぱがぶちぶちとちぎられ、風に巻きこまれていく。


 風はだんだんと収縮していき、ついには小規模の竜巻になった。大の男ひとり分くらいの竜巻が、すぐ正面でびゅうびゅうと吹き荒れている。何枚もの葉っぱを巻きこむ、緑色の竜巻だ。なかにだれか……、なにかいるのだろうか。


「霊体放ちとヘビ。しておまえは……」


 竜巻がしゃべった。そしてぴたりと止んだ。

 風を失った何枚もの緑葉が、紙吹雪のように舞い散る。

 そこの現れた妖怪の登場を派手に飾るように。


 赤い天狗面を被り、真っ黒な翼を大きく広げ、右手には大げさな錫杖。その石突が地面を突くと鈴の強い音がした。絵に描いたような天狗は片足だけを使って、けんけん——師匠のそばに歩み寄った。


「おまえは……、ほう。翡翠の炎を持つか……」


 赤い天狗面をずらして、半顔を晒す。色白で青眼。真っ白な前髪は妙にうねっている。まるで二次元からそのまま飛びだしたようなイケメンだ。イケメンすぎて現実味がない。実際こっちの世界の住人ではなさそうだが。


「じろじろ見るな」師匠がのけぞる。

「ふうん……。なるほど……。興味深い」

「おれのことはいい。天狗、こいつの血の源流へ、おれたちを運んでほしい」


 師匠が言うと、天狗はこちらに視線を流した。片足で下駄を鳴らしこちらへ——胴についている四つの白いぼんぼんが、けんけんのたびに揺れる。ウサギの尾みたいでかわいい。


 しかし全体の雰囲気は異様で迫力がすごい。人間とも、獣ともつかない、妙な雰囲気が全身から溢れている。


「血の源流。なれば、血をよこせ」天狗が言った。

「え……、血……!」わたしは慄く。

「痛いのはきらいか?」

「それはもちろん……。な、なんミリリットル必要なんですか?」


 問うと天狗は顔面を硬直させた。

 たぶん、横文字が苦手なのかもしれない。

 ミリリットルって、日本語でなんというのか。


「そぼろ。血じゃなくてもいい。髪の毛でもいい」見かねた師匠が横から言う。

「え……?」

「人間など、所詮血からなる生き物」


 天狗はアイドルのダンスみたく一回転をして、わたしから離れた。それだけで軽い竜巻が発生した。どこから取りだしたのか、黒い羽で作られた団扇うちわを持っている。それで一度、顔面を隠す。団扇を横へとゆっくり動かし、イケメンの顔を静かに見せつけてくる。


「骨身に養を流すのは、さしずめ真っ赤な血よ……。黒い髪も、白い肌も、源を辿れば真っ赤な血……」


 困惑したわたしは師匠を見た。視線で助けをもとめた。


「小動物みたいな目で見るな」師匠は息をついて、「髪の毛でいい。一本、あいつにやるんだ」

「そ、そんなのでいいんですか?」

「行かぬのか。行かぬのなら、わしは風にもどろう」


 天狗はふたたびくるりとまわり、今度は月を見た。片足一本で体幹をぴたりと支えるその身のこなし。歌舞伎で食っていけそうだ。


「——さておき、いかがする、霊体放ち。髪の毛一本、神隠しひとつ。……いや、ふたりは、髪の毛二本で勘定しよう。主の血が、行き先を知らせん」


 この期におよんで迷う気はなかった。

 わたしは側頭部の髪の毛を二本千切った。

 毛根がじんと痛んだ。

 それを渡すと、夜空を覆うような笑い声が響いた。

 天狗は天高く飛び上がり、団扇を真下にひと扇ぎ。

 視界のすべてが竜巻に包まれたが、体には風を感じなかった。

 なにか、カプセルのようなものに守られている感覚がした。


 ものの数秒で、わたしたちは別の場所にいた。

 知ってはいたけど、来たことがない場所、闇口家の本家——


 囲炉裏がある和室だ。

 広さは二〇畳ありそう。

 広いようで、狭いような……、変な感じがする。

 壁には額縁が何枚も飾ってある。

 歴代の当主かなにかだろうか。

 この写真の列のなかに、ひいおじいちゃんはいるのだろうか。

 いや、まだ死んでいないとしたら、写真にはなっていないか……。


「邪魔をするんだね。あんたのためと思っていたのに。母親に似て、ばかなだよ」


 正面のふすま、その奥から老婆の声が聞こえた。

 わたしの背後にもふすまがある。

 前からも、うしろからも、妙な気配を感じる。

 ——急に鐘の音がして、肩がびくりと震えた。

 右にある柱時計だ。それが鳴った。

 時間は午前〇時。

 つまり、いまは六月六日。


「あんたか。実弥に入れ知恵をしたのは」師匠が声を投げる。


 正面のふすまが勢いよく開いた。手で開けられたにしては不自然で、自動ドアにしては乱暴すぎる勢いだ。念力かなにかで開けられたのか。


 頬が痩せた、髪を高く結った、目つきの鋭い、紫の着物を着た老婆——


「おばあ……、ちゃん?」

「見るなら孫の顔だけにしたかったよ」


 老婆は、つま先を畳にこするようにして部屋に入った。和服を着ている人特有の歩きかただ。そのタイミングで、ふすまが勝手に閉まった。怒りのような音をたてて。


「はじめましてだね」行儀のいい礼をして、「あたいは闇口家現当主。闇口すみれ。いちおう、あんたの祖母にあたるね」


 やっぱりおばあちゃんなんだ……。

 こんな会いかたって、ありなの……?


「一七の孫に対して、はじめまして、か……」師匠は目を流して、鼻で笑った。「由緒ある霊能家系らしい、ばかげたごあいさつだな」

「実家に勘当されたやつに言われる筋合いはないね。一十の青二才や」

「勘当されているなら、願ったり叶ったりだ。血に縛られるのはごめんだ。あんたのようになりたくない」

「その血のおかげで商売ができるんだろう? 竹林の奥。お花に飾られたおうち。ヘビの美人とふたり探偵ごっこ……。おままごとにわたしの孫を巻きこむんじゃないよ」


 おばぁちゃんの言葉に対し、師匠は深いため息を返した。


「プライバシーなんて、あったもんじゃない。まぁ……、さすがだ。この短時間で視るとこまで視たわけか。その優秀な霊視を、別のことに使えよくそばばぁ」

「あーあ、まったく! まったくだよ! 口のわるさは一十の伝統だね! ひさびさに因縁の喧嘩ができて、血が喜んでいるわ!」


 師匠とおばあちゃんは、絵に描いたような犬猿だ。わたしもなにか言わなくては、と思い、まずは意を決した。


「あ、あの……」

「なんだい」

「おばあちゃん、なにを知っているの? おかあさんが幽霊に憑かれて死にそうになったよ……」

「そうさ。そうするように、あたいが頼んだ」


 最初は意味がわからなかった。それがほんとうだとすると、血の気がさぁ、と引く思いがする。


「頼んだ?」

「そうさ。身あり神であられる、実弥さまにね」

「なんで? 説明してよ、意味わかんない」

「あんたをうちに呼ぶためさ。あたいの使えない三兄妹とちがって、あんたには霊感があった。覚醒した。それも強い霊感じゃないか。いまも、いまも肌にひしひしと感じるよ、溢れる清泉のような、強い力を……」


 母が死ねば……

 わたしは身寄りがなくなる。

 そこを狙って、本家から声がかかり。

 わたしは霊能家系の仲間入りをする。

 そういう算段で、

 そんなことのために、

 母を殺そうとした……?


「おいでよ。そぼろ」おばあちゃんは、急に優しい声になった。「あんたは強い。あんなばか親の下にいることはないよ。お金なら、毎月いくらでもあげる。毎日だっていい。車も、家だって買ってやれるよ。そのすばらしい血を、どうか無駄にしないでおくれよ、ねぇ、こっちにおいで……」


 なんだろう、気持ちがわるい。

 率直に言うとそれだ。

 心臓が警告音を鳴らしている。

 子猫をなでて愛でるような声だから、という単純な理由じゃなくて、もっと本能的な深いところで、ひどい嫌悪を感じた。


 わたしは視線を横に外した。

 おばあちゃん——すみれの顔を見たくなかったのか。

 こっちの顔を見せたくなかったのか。


「身あり神と言ったな」師匠が横槍を刺す。「実弥はどこにいる」

「あんたに教えることはないよ」


 ぺっ、とつばを捨てるようなすみれの声。


「いや……。おかしいな」

「なにがだい? 右手にヘビを巻いたあんたよりおかしいものがどこにある」

「日付だ。日付だよ」

「きょうは六月六日——ただの梅雨じゃないか」

「そぼろの母親が頭を打って死のうとしたのは昨日だ。それだと錫の契りは危うい」


 ぎくり、とすみれの顔が鳴ったような気がした。


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