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闇口そぼろと幽々しき奇録  作者: 燈海 空
ふざけんな、なにが血だよ
46/56

ー6ー

ふざけんな、なにが血だよ

 

 狂っている。

 自分勝手にもほどがある。

 だれだって長生きしたいけれど、他人の命を食ってまで……。


 かたや、人間として生きつづけ。

 かたや、幽霊としてありつづけ。

 永遠に愛しつづける。

 それが——錫の契り。

 いつまで殺しつづける気だ。

 いつまで生きつづける気だ。

 これがほんとうに、ひいおじいちゃんの所業なら、殴ってやりたいと思った。




 ・…………………………・

【もっとも最近、現時点から数えて最後の殺人現場にて・続説】



「どうだい。気が済んだかい」


 実弥が言った。


「ええ。よく眠れそうです。もうすこし、母に顔が似た人を殺したかったですけど。年齢が近ければそれでいいんです。気が楽になります」


 マキは安らかな笑顔を見せる。


「そうか。よかった」

「これでまだ、一緒にいられますね」

「そうだね。きみを感じられるうちは死にたくないね」

「ふふ」マキは笑った。「何歳いくつまで生きたいですか?」

「さすがに、一五〇にもなればまわりがさわぐだろうね。おかしな研究所に入れられて、解剖されるかもしれない。そうすれば死んでしまうかも」

「そうなったら、白衣の人、みんな殺します」

「だめだよ。祟り神の原理を忘れちゃいけない」

「なりませんよ。自信があります」

「それは過信だ」

「あら、怒られた」

「怒っちゃいないよ」

「ところで……、わたしの妹も、まだ現世で生きているようなのです。どうして、会えないのでしょう」


 マキが問う。実弥は視線を流した。


「波長が合っていないんだよ。双子でも、おなじ幽霊どうしでも、波長がちがえば会うことは叶わない。でも感じているだろう? きみの姉が、いまなにを思っているのか」


 マキは顔を沈めた。ノイズだらけのラジオをどうにか調整するように、姉の存在を探した。その感情を探した。


「……泣いている。わたしがきょう、人を殺したから」


 陽が昇り、雲間から差しこむ帯の陽光が川面をきらつかせる。そんな明朝の煌びやかさは、マキにとってうっとおしい光でしかない。幽霊は闇が好きだ。人殺しの怨念を抱えつづける幽霊なら、なおさら。


「おねぇちゃんのために殺しているのに、おねぇちゃんのために殺しているのに、なんで、なんで、なんで泣くのよ。なんで、なんでぇええ」


 マキの念が、捻り曲がった死体を強く締めつける。その力によって関節が折れて、骨が皮を突き破って血がまた流れた。


「やめなさい」


 実弥は静かに手刀を切った。すると、マキは水をかけられたように大人しくなった。霊能かなにかが作用したようだ。


「……ごめんなさい」

「いいんだよ。それが普通だ。けれど感情のままに人を殺していたら、すぐに祟り神だ。そうなるとぼくとは会えなくなる。ぼくを認識できなくなる。それはいやだろう?」

「ええ……」

「こう考えよう。ぼくのために殺している。ぼくの命を永らえさせるために」

「……ねぇ? あなたはいま幽霊の姿で、そこにいるでしょう?」

「いまは幽体離脱だよ。さすがに殺人現場で物理的な証拠は残せないからね。遠くから、この姿で会いにきている。一〇代のすがたでね」

「ほんとうに幽霊になったらいいんじゃない? 幽霊どうしで、ずっと一緒に——」


 マキが言った。そのひとことは実弥をひどく不快にさせた。


「ぼくに死ねというのかい?」

「……そのほうがおなじ——」


 瞬間、実弥は霊体を移動させて、マキの首をがしりと掴んだ。痛みも苦しみもないが、マキの魂はひどく怯えた。


「錫の契りなんだ。それは生者と死者の婚姻なんだ。一〇年に一度、人を殺さないといけない契約を、ぼくらは結んだ」


 奥歯を潰すような語調で実弥はつづける。


「これは祝われるべきではない。大罪だ。僕が死んだらどうなる? 契りは破綻して、どうなるかわかったものじゃない。それに肉体があったほうが霊力は強い。霊体だけの存在になるよりはね。血が通っているというだけで人間は、うそみたいに力が出せる。さっきみたいにきみが暴走したとき、こっちもただの幽霊だったらと思うとゾッとする。肉体が死んだあとも、君を止めるほどの余力が残っている保証などない……っ!」


 実弥はマキを突き飛ばした。尻を打つでも、背中を打つでもないが、彼女は全身が焼ける感覚を覚えた。


「ぼくらは不確かな現象を身をもって実験しているのと変わらない。ここまでは、どうにか古い記述どおりの流れに沿っている。破綻はきらいだ。寿命を維持したい。これ以上の冒険はいらない。ぼくは生きつづけて、きみは時と共に膨れる怨念を消化する。それでいいだろう?」

「ごめんなさい……」


 風が吹いた。

 優しい風だ。


 死体の髪がわずかになびき。

 地面を汚す血液が凝固を早める。

 川の水面がざわめく。


 しかし霊体である実弥と、幽霊であるマキにはその風は当たらない。感じられない。


「ぼくは現実で結婚をした。それは、闇口家に生まれた呪いのようなもの。血を絶やしてはいけない。跡を残さなければいけない。だから好きでもない女を抱いた。——でも、いちばんはずっときみだ。きみ以外の人を、どうして愛していられようか。苦痛だった。ぼくがずっと冷淡に振る舞っているから、娘の性格も、きついものになった。心よりもことわりをとる、そんな人になった。ほんとうは、きみとの子供を育てたかった。きっと優しい子に育っただろう」


 そんなの知っている、わざわざ言わなくてもいい——やりきれない感情を振り散らすようにマキは首を横に振った。


「これからも、このままで。いつまでも、このままでいたい。それ以上は望みません」

「そうだよ。ぼくらは在りつづける。在りつづけるんだよ」

「また、次の一〇年後。六月六日に人を殺しましょう……」

「ああ。一日たりともずれたら錫の契りではなくなる。決めごとは、しっかり守らないとね。閻魔さまの逆鱗には触れたくない」

「そういう、真面目なところが好きなんです。契りを交わしたのが、あなたでよかった」


 ・…………………………・




「でだ」師匠は背筋を整えて、「次の殺人はどこで起こる。それを訊きに来た」


 堂々島さんは、ほれきたか、と眠そうな体を起こした。


「そうだなぁ。そんじゃぁ、マリの体の一部に触れさせてくれやぁ、持ってるんだろう?」


 わたしはマリちゃんの遺骨——乳歯を差し出した。山で見つけた鞠のなかに入っていたものだ。受けとった堂々島さんはそれを指でつまみ、宝石を見るように眺めた。しばらくして、目を閉じて、うつむく。


「どこだぁ。人殺しぃ……。顔を見せろ……」


 強い風が吹いた。外から吹きこんだわけではなく、堂々島さんの周囲に突然発生した。ろうそくの火がいくつか消えた。


「おう……。おう……。おう……。いたなぁ、いるなぁ」

「どこだ?」上田さんが言った。


 堂々島さんは片手のひらをぱっと広げてみせた。

 話しかけるな、という仕草だ。

 風がさらに強くなる。

 部屋のろうそくがすべて消えた。

 真っ暗になったかと思った瞬間——

 青い炎が見えた。

 煌びやかに燃えて、光を燻らす。


「なにが起こってんだ?」上田さんには青い炎は見えていない様子。

「いいなぁ。よぉく見えてやがるぜぇ」


 堂々島さんは集中を増していく。

 青い炎はさらに大きくなり堂々島さんの全身を包むほどになった。

 大きな炎——そのなかに映像が浮かぶ。

 プロジェクターみたいな薄い動画が流れる。


「え、ここって」

「まさか……」師匠もおどろいた。

「うそ、なんで」


 家が映った。

 わたしの家。

 人が映った。

 キッチンの椅子に座って、まばたきひとつしない。

 お風呂に入る時間を過ぎているはずなのに、髪の毛はぼさぼさのまま。

 テレビの青白い光が、その人の頬を明滅させる。

 その人はスマホを手に持った。

 なにか文字を打った。

 わたしのスマホが鳴った。


 〈おかあさん、こ〉

 〈おかあさん、ころしたい〉


「やだ、うそ、どうして——」


 しばらくして青い炎が消えた。師匠は、炎のなかに見えた映像をそのまま上田さんに伝えた。すると、上田さんは携帯を片手に外へと飛び出し、慌てて電話をかけた。


「闇口さんちの! そうだよ! お母さんをすぐに保護しろ! あ!? 理由なんかいらねぇんだよ! なんだっていいからすぐに!」


 怒鳴り声が響く。一同は、すぐにヘリコプターに乗って、わたしの家に向かう——と思ったが、ちがった。


「じゅういち」堂々島さんは立ち上がった。「このまま、おっかさんを捕まえようとしても、たぶんおせぇ。ヘイリーコプターじゃ間に合わねぇ。まだおっかさんの意思が抵抗しているから、憑依は完成してねぇ。が、時間の問題だぜぇ」


 師匠は深く考えている。返事はない。

 堂々島さんがつづける。


「今回は妙だぁ、考えてもみろ。闇口実弥が延命するために、どうしてその子孫を殺す? いままでは中年の女性ならだれでもよかったのに、なんでわざわざ自分の家系を傷つける? それに現場は川じゃねぇ。《《いつもとちがう》》」


 どうして母が……、なんで……。

 ひいおじいちゃん、なにを考えているの?


「それに、どうやら勘繰られたようだ」

「あんたの霊視がか?」

「そうだ。相手がわるかったなぁ、今回は。高位霊能力者さまの息がかかってやがる。朝になろうがなるまいが、こっちの動きを感じられたなら、あっちも動くだろうさ」


 堂々島さんは右手に青い炎を灯らせた。それは、さっきの炎よりは小ぶりだが、例の映像を観る分には十分だった。


 ついにキッチンのテーブルに頭を叩きつける母の姿が映った。何度も何度も。ごつん、ごつん——


「お、お母さん、やめて! いやぁっ!」


 わたしは叫んだ。炎を見ていられなかった。

 こんな映像を信じたくなかった。


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