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闇口そぼろと幽々しき奇録  作者: 燈海 空
ここはどこ、あなたはだれよ
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ー4ー

ここはどこ、あなたはだれよ


 両目に赤い布を巻いた、黒い着物の女性のことだろう。


「それが、まったく……」

「そうか。やはりこいつの霊視はそこまで優秀じゃない」


 今度は納得した様子。


「なんだ、わかるように言ってくれ」


 上田さんは顔をしかめている。


「白夜についている霊は特別だ。そこらに漂っているやつらとはちがう。並の霊視能力じゃ見ることすら叶わない」

「おまえには見えてんのか?」と上田さん。

「あたりまえだ」

「それは、白夜が自らの意志で《《見えないように》》しているのか?」

「ちがう。あの霊はかぎりなく死に近い次元に存在している。だから、並の霊能力者では視認できない」


 説明されたところで、理解できたのはシラツユさんくらいではないか。


「——わかっていないような顔だな」


 一十冬夜は、わたしと上田さんの顔を流して見た。


「いいか——」彼は背筋を伸ばして、腕を組んだ。二の腕の筋肉がいい具合に隆起した。「おれたちが生きているこの世界を、霊媒師界隈では〈生界せいかい〉と呼称している。死んで成仏した魂は、死の世界——〈死界しかい〉に逝く」


 つまりあの世のことだろう。


「死界に逝かず漂う存在。それが幽霊だ。彼らは生界に存在していない」


 淡々と語る一十冬夜。

 シラツユさんは眠そうにあくびをした。

 この手の話題を熟知しているのだろう。


 理解しようと必死の上田さんの顔はもはや鬼の形相だ。険しいなんてもんじゃない。脳みそが丸焦げになっていそうだ。


「なら、どこに存在してんだ? おれたちとおなじ次元にいるんじゃないのか?」

「生界と死界の狭間——狭界だ」

「キョーカイ? キリスト教の信者が行くところか。なんだって教会が生と死の間にあるんだよ。すぐそこの街にもあるじゃねぇか」


 まったくわかっていない上田さんはついに仏の顔だ。脳が思考を放棄したらしい。


「教えるのキョウではなくて、挟むのキョウだ」

「ああ、そっちか。紙にでも書かなきゃよくわかんねえ……」

「その汚らしい身なりのまま、なぜか刑事をつづけていられるあんたよりは狭界のほうが単純でわかりやすいだろう」

「たぶん身なりは関係ねぇぜ、おい!」


 ふとシラツユさんはなにかを思い立った顔をした。


「ね、あの話、してもいい?」

「だめだ。おれがいないところでしろ」一十冬夜が答える。

「いなくなったら、してもいい?」


 問われた彼は、鼻をふんと鳴らしてそっぽを向いた。まるで機嫌のわるい犬みたいに。


「勝手にしろ」

「わかった」


 ふたりにしかわからない会話。


「なんだ? なんの話だ?」


 困惑した上田さんがたずねる。


「あんたには関係ない。だが闇口の末っ子なら、知ってもいいことだろうな……」


 にわかに口調を曇らせながら、一十冬夜は顔を伏せた。動悸をしているようにも見えたが。気のせいだろうか。


「なんだよ、無感のおれは仲間はずれかよぉう」


 口を尖らせて、上田さんは両手を頭のうしろで組んだ。体重をかけられた木製の椅子がきしんだ。


「……すまない。気分がわるくなった。寝直す。シラツユ、おれが起きるまで適当に頼む」


 一十冬夜は静かにそう残し、そそくさと暖簾のむこうに去っていった。わたしは唖然とした目で追うしかなかった。その背中は、さっきよりもずっとずっと丸まっていて、体調不良を隠そうとしている猫の背みたいだった。



「なんだか、急に具合わるくなったみたいだが……」上田さんが心配そうに暖簾を見つめる。「大丈夫なのか? あんなじゅういちを見たのは初めてだぜ」

「なんてことないわよ。いつものことだし。そぼろちゃんに失礼なことを訊いたツケは、払わせないとね」


 つまりシラツユさんは、一十冬夜の気分がわるくなる話題をあえて投げた、ということか? なかなか毒のあることをなさる、ヘビだけに。


「まぁ、これから冬夜とつき合っていくんなら、そぼろちゃんも知っておいたほうがいいわよ。彼の過去と、白夜の過去はね」

「それは……」わたしは恐縮を肌に巻いて、「聞いてもいいことなのですか?」

「あら、冬夜が言ってたじゃない。おれのいないところなら、話してもいいって」

「あいつの過去については、おれも知らない部分が多い」上田さんは腕組みをした。「この際、ちゃんと知っておいたほうがいいのかもな」

「《《じゅういち》》のことなら、なんでも知っているのかと思いました」


 わたしが言うと、上田さんは困った顔をした。


「それがそうでもないんだよ。あいつは謎だらけだ。事件解決には何度も貢献してくれているが、あいつ自身がいちばんの謎だよ。おれも初対面のときなんかは、とくに疑ってかかってたもんだ。霊視能力なんてほんとうにあんのか? あったとして、どれほどの影響力がある? ってよ」


 いま思えばひどく失礼だったよなぁ……、とつけ加えて、上田さんは後頭部をぼりぼり掻いた。


「おっと、すまねぇ」上田さんは真顔にもどして、「じゅういちの過去についてだよな」

「そうねぇ。簡単に言うとね。冬夜も白夜も一回死んでいるのよ」


 冗談のようだが、シラツユさんは至ってまじめだ。


「それってどういう……?」わたしは探るように言った。


 そもそも、いったん死んで帰ってくるなんて芸当が可能なのだろうか。


 これから話す言葉を準備するように、シラツユさんはゆっくりと呼吸をした。


「一十家はね、カラギリ草といわれる薬草を代々栽培しているの。漢方の一種よ。それを煎じて飲むと、仮死状態になれるの」

「おい、それってやばいんじゃねぇのか?」上田さんの顔がひきつった。

「法律的に?」シラツユさんは笑顔のままだ。

「おう……。なんだか麻薬のにおいがぷんぷんとするんだが……」

「あら」シラツユさんは目を見開いた。「あたし、上田さんを信じているから話したのだけど。……信じちゃいけなかったのかしら」


 そして満面の笑みを浮かべる。口外したら殺すわよ、という圧が滲み出ている。


「わ、わりぃ」上田さんはのけぞって、「ただ、ひとつだけ確認させてくれ。それを家族以外に使ったりとか、まずないよな?」

「それは誓ってないわ。一十家の家宝みたいなものだから。おかしな犯罪に使うわけがないでしょう?」

「お、おう……。だよな」

「ふふ……」


 シラツユさんは妖しく微笑んだ。これ以上、カラギリ草については下手にたずねないほうがよさそうだ。


「一十家では、一五歳の誕生日に仮死薬《カラギリ草》を飲む儀式をするの。《《死に還りの儀》》というものよ。体重や健康状態に合わせて適切な量を煎じて飲む必要がある。その用量は絶対にまちがえてはいけない。いけないんだけどね……」

「いけないんだけど……?」


 話の内容に吸いこまれるように、わたしは前のめりになった。


「冬夜はね、致死量を処方されたのよ」

「致死量?」上田さんは怪訝な顔で、「死んじまうための薬なんだから、致死量でいいんじゃねぇのか?」

「ほんとうに死んでしまったら、意味がないでしょう?」


 シラツユさんは呆れた顔をした。上田さんに対して、というよりは、その致死量を処方した当人に対してだろう。


「仮死量を越えた、致死量……」わたしは視線を落とした。「致死量を飲んだ冬夜さんが、どうして蘇ったのですか?」

「——彼の母親が、慌てて蘇生の術を使ったのよ。それは禁断の術。絶対に使ってはならない術。自らの寿命をすべて、冬夜に与えたのよ」

「なら……、その瞬間に、冬夜さんのお母さんは亡くなったのですか?」


 問うと、シラツユさんはこくりとうなずいた。


「冬夜が飲むはずの薬は、すでに準備されていた。彼がそれを処方される予定日の三日前からね。でも、だれかが薬の量を狂わせた——」

「なるほどな……」上田さんは妙に納得をした顔で、「おれの勘でしかないが、薬の量を変えたやつってのは、たぶんあいつなんだろう?」


 わたしの頭に浮かんだのは白夜くんの顔だった。

 しかしその想像はまったく的を得ていなかった。


「一十家、現当主。冬夜の弟にして、白夜の兄——刹夜こそが、冬夜を殺そうとした犯人だと、あたしはにらんでいるわ」

「だよな……」上田さんは険しい顔をした。「たしか冬夜は、自分のせいで母が死ぬことになったから、勘当されたと言っていたな」

「仮死量の薬にすら耐えられず、母を殺すような役立たずは一十家に必要ない——。そう言われたのよ、父親からね。まぁ、そもそも冬夜がわるい部分もあるのだけど……」


 ふう、とため息をついてから、シラツユさんはつづける。


「当時十四歳の冬夜は、儀式の日を待てなかった。あの人はね、もともと霊感が弱かったの。刹夜よりも、ずっとね。だから強い霊感を早く手にしたかった。儀式とか、形式みたいなものが嫌いなあの人らしい、ともいえるけれど……。深夜、薬を補完してある部屋に忍びこんで、冬夜は薬を飲んだの。勝手にね」

「おい、ちょっと待ってくれ」上田さんが食いついた。「ひとりで飲んだのか?」

「そうよ」


 シラツユさんはくすりと微笑んだ。


「言いたいことはわかるわ上田さん。ひとりで仮死薬を飲んだとしても、《《どうやって蘇るつもりだったのか》》、でしょう?」


 おう、それだ、と上田さんは人差し指を立てて振った。


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