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なにこれ、おかしいよ
「うん」あごを持ち上げて、声を返す。
「きょう、資源ごみの日だから。運ぶの手伝ってくれる?」
「いいよ」
「じゃ、玄関に出しておくから」
「はーい」
なんだか事務的だな、と思った。いつもより早く起きたのねとか。どうしたの? 健康的ねとか。他愛のない会話をしてくれてもよさそう——いや、母も母で大変なんだ。
父は早くに死んでしまった。無駄に広い一軒家と、はたから見たら労しいのであろう母子家庭をせっせと守ってくれている。その苦労を察して、 できるかぎりの協力をするのも娘の役目だ。
女手ひとつで育ててもらった恩返しをしたい。早く高校を卒業して稼ぎたい。が、わたしの適職ってなんだ?
「ちょっとあんた着替えもしないで。ご近所さんに会ったらどうするのよ」
台所に行くや否や、母からのお叱りをもらった。
さすがにパジャマ姿は、だめだったか。
「いいの。だれにも会わないよ」
「そんなのわかんないわよ。むこうの小杉さんだって早起きなのよ。あっちの加藤さんだって、犬の散歩に歩いているし」
世間体を気にする母らしい言葉だ。
「ゴミ捨て場はすぐそこだし。さっさと行ってくるよ」
「ひとりで大丈夫?」
「おっきいダンボールがなければ大丈夫」
「雑誌ばっかりで重いわよ?」
「お母さん最近、腰痛そうにしてるから。わたしがやるよ。全部運ぶ」
「あら……、やっさしい。男運はないけど」
会話の途中で、変な球を投げてくるから困る。
「いま、男運関係ある?」
「うーん」母は上の空を眺めて、「ないわね」
「だれかさんの血を引いているから。恋愛に向いていない体質なの」
「ごもっともだわ」
「じゃ行ってくる」
「はいよ、よろしく」
お互いの裸を毎晩見ているような母娘の会話なんて、所詮こんなもんだ。
母はそのへんにあったリモコンを手にとって、テレビを点けた。その流れで音量を上げる。均整のとれたアナウンサーの声がリビングの空気を変えた。
外に出る前に用を足そうを思ったわたしは、ついついスマホと一緒にトイレに向かってしまった。これはわるい習慣だと思う。が、朝イチでスマホを確認するのと、用を足すのを同時にこなすのは効率の面で優れているといわざるを得ない。
しかし衛生面では最悪なので、母からは《《それやめろ》》と言われているし、わたしもやめなければと思っている。
LINEを開いたが、だれからもメッセージは入っていなかった。通知がきていない時点でそれはわかっていた。わかっていて開いてしまう。
通っている学校が違うからあまり会わない友達、通っている学校がおなじだからよく会う友達、そして母。あわせて三件のトーク履歴を開いたところでなにも起きやしない。
トーク画面に毎回表示される二行文のニュースが完全に非表示になってくれれば、わたしにとってLINEの評価はかなり上昇するのに、といつも思う。芸能人が結婚したとか、怪我をしたとか、不倫したとか、こちらが知ったところでどうしようもない記事ばかりだ。
しかしきょうは毛色が違った。あまり見かけない記事だった。しかも、わたしが住んでいる地域の名前が載っていたから反射的に目が奪われた。
《一〇年に一度 生明町で 六月六日にかならず発生する怪死事件 今年発生か 警察だんまり——》
怪死というとオカルト関連だろうか。記事をクリックして、適当に画面をスクロールした。警察からは未だはっきりとした発表のない未解決事件——。
いままではネットの掲示板界隈を中心に有名だった。が、動画投稿サイトでの取り扱いが増えたことで、LINEのニュースにまで顔を覗かせたようだ。
「一〇年に一度、似たような歳幅の女性が、川辺で自分の頭を石で殴り、死ぬ。他者に襲われた形跡が皆無なので、すべての件が自害であると結論されている……」
画面をスクロールして、記事を読み進める。