第1王女エリス
夢を見ていた。
それは地獄のような戦場で次々と仲間が死んでいき、最も大事な人が目の前で朽ち果て、最期に自分が巨大な爆発に巻き込まれる夢だった。
気がつくと俺は、馬車の中にいた。
「よう、青年!やっと目を覚ましたか!」
野太い男の声。
「ここは……」
「ここは、ユグドラシル王国、王都アルカディアに向かう途中の馬車の中だ」
「俺は一体……」
記憶がない。自分が一体何者なのか。自分の名前すらも。何もかも。
「道端に転がってたお前を、俺たちが拾ってやったのさ」
馬車の中には4人の傭兵に、フードを被った体型的に女の人が2人いた。
傭兵の格好は戦士っていう感じで、急所を守る鉄の鎧を付けた歴戦の猛者って感じだ。
「お前さん、名前は?」
「名前……覚えていない」
「そうか……記憶喪失ってやつか、なら深くは聞かねぇさ。俺たちは『さすらいの傭兵団』さ。旅をして日銭を稼ぐ、ゴロツキよ。ちなみに俺が団長、バルカンだ!」
「助けてくれたみたいで、その、なんだ……感謝する」
「おう、感謝の言葉なんかいらねぇ、いつか恩を金で返してくれりゃあな?」
4人傭兵達はギャハハハハと笑っていたが、苦笑しか出来なかった。
――良い奴らに拾ってもらったみたいで幸運だったのだろう。
「ところで姉ちゃん達は、王都にどんな用事だい?」
「答えてやる義理は無いが、暇つぶしだ。話してやる」
「それはありがたいこったい」
彼女達の話は長かったが、まとめればこうだ。
近々、王国軍は復活した魔王率いる魔王軍との戦争をするつもりらしい。ユグドラシル王国はこの世界もう1つの人間族の国、オルニアス帝国と連携を取り、優秀な兵士を王都へと集めているらしい。
「つまり嬢ちゃん達は、兵士になるために王国に来たってわけか。俺たちと一緒だな!」
急に馬車が止まった。
「お客さん!あんたら兵士志望なんだってな!?すまんがコイツらどうにかしてくれ!」
「なんだなんだどうした!?」
傭兵達4人が外に出ていき、女子2人とは気まづいので俺も外に出ることにした。
「ウルウルフの群れか!」
それは大型犬よりも一回りデカイ、白い狼の群れだった。推定10匹。
バウバウ!
1匹が団長に噛み付く。
「大丈夫か!」
俺がそう叫ぶと、噛み付かれた傭兵はすんでのところで大斧の柄の部分で狼の口を抑えていた。
「おらよ!」
その瞬間、鍛え上げられた下半身と体幹から繰り出される別の傭兵の大斧による薙ぎ払いが、狼の胴を真っ二つにした。
そのカバーの早さには熟練度を感じる。
他の2人は、その2人がその狼を倒す事を確信していたようで、邪魔が入らないように警戒していた。
「……凄いな」
――俺が出る幕はないな。
何故かふと、そう思った。戦った記憶など無い。自分の能力も知らないはずなのに。
「おらぁ!」
団長が最後の1匹の頭と胴を切り落とすと、
「まぁ、ざっとこんなもんだったな」
と、馬車に戻っていった。
「ここがユグドラシル王国、王都アルカディアか!」
王国領土は120の村、20の街を含み、王都には聖樹ユグドラシルが立っている。聖樹の恩恵により魔法体系が発展し、王族はユグドラシルを最初に植えた人間の子孫である。王都の北部にはエルドラの森が広がっており、エルドラの森には精霊族と呼ばれるエルフが住んでいるらしい。
馬車での話を聞く限りだと、さすらいの傭兵団は主にオルニアス帝国で冒険者として活動していたらしい。
冒険者でもあり、傭兵団というのは名称がそうなっているだけらしい。かなりめんどくさい集団だ。
「お前はこれからどうするんだ?」
「何も決まってない……」
――これからどうするか。何も決まっていない。
「ならとりあえずは俺たちに付いて来るか?王様と第1王女様がこの商業区まで凱旋をしに来るらしいぞ」
「分かった。ひとまず俺もついて行こう」
「アリスト・ヴァルディアス王の御前だ!皆、頭を垂れよ!」
鉄鎧の騎士が並ぶ道を黄金の馬車に乗りながら、手を振る王。鋭い目つきと白髪交じりの黒髪に王族としての権威を感じられるが、いかにも戦闘民族という感じで王冠はあまり似合っていない。
「民たちよ!頭など下げなくてもよい!我はただ聖樹を植えた人間の子孫でしかない!今ではこの国の代表を務めているが、この国は今魔王の脅威に晒されている。これは私の責任だ。どうか、このとおり」
王は頭を下げた。
「王よ、頭を上げてください!」
「王のせいではありません!」
王は民達に慕われているようだ。頭を下げた王に涙する人もいた。
「今日は我が娘を紹介したい。第1王女――エリスだ」
瞬間。爆発が起きた。訂正、俺の中にのみ、あまりに重厚な衝撃が走った。
「……………………千代?」
俺の幼馴染であり、許嫁であり最愛の、俺の人生のまごう事なき光、だった人。
――そうか俺、異世界に転生したんだ……
彼女は俺と同じ21歳で亡くなったが、第1王女は千代の高校生くらいの容姿と完璧に酷似していた。
「なぁ、バルカン、決めたよ。俺、兵士になる」