立春
春は別れの季節ですね
出産が重なった12月と1月は嵐のように過ぎ、暦は2月になった。保育施設ではピーナッツを使って豆まきをした。節分が終わったら春である。桔梗学園のメンバーも、旅立ちの春を迎えている。
狼谷柊は志望の大学に合格し、4月から東京に行くことが決まった。
榎田涼は桔梗学園から通学できる、幼児教育学科のある短期大学への進学が決まった。
琉は希望通りKKGへの進学が決まり、蹴斗と紅羽は5月にオーストラリアに旅立つことが決まった。渡豪を前に、紅羽は舞子の応援の練習をこっそりと行っていた。そして舞子の練習には、紅羽プロデュースの曲がかかるようになった。試合の場面に合わせて、曲を演出してあるのだそうだ。
横浜で雷に遭った日、紅羽が大学教授からレクチャーを受けてきた成果を、実際の場で生かそうと、紅羽なりに頑張っている。「音楽や表現の人間の心理に与える影響」という教授からのレクチャーが、大会でどんな成果を上げるか、日本での最後の仕事だと張り切っている。
大神玲は九十九農園に正式に就職した。山田一雄は九十九農園に籍を置きながら、野球部の監督の二足のわらじを履くことに決めた。
一雄は女子も入れた新チームのコーチングの研修で、京も連れて2月いっぱい岐阜分校に行って研修することになった。
京と一雄の間でどんな話し合いがあったかは、晴崇も知らないが、一雄はいつもと変わらず、温かい目で京を見つめ、京は猫のように一雄に懐いている。
2月は京が出張の間に、京の代わりに地下室で働くのは、なんと小学6年の深海由梨と板垣啓子になった。啓子は圭の出産後、1ヶ月で帰ると言っていたが、圭と晴崇が深夜勤務で疲れているのを見て、助っ人を申し出てくれたのだ。
「柊は、いつここを出て行くの?」
琉は何気ない風を装って柊に尋ねた。
「卒業式があるわけでもないから、いつでもいいんだけれど、ここで心残りが2つあるんだ」
「彼女が出来なかったことか?」
「琉に言われたくないわ。茶化すなよ。
心残りの1つは熊猟の失態を挽回していないことだ。熊じゃなくてもいいけれど、冬眠あけの動物の駆除が1回でも出来れば、トラウマから解放されると思うんだ。それで今、飯酒盃師匠について、毎朝、山に行っているけれど、なかなか上達しないんだ。
たまに鮎里さんも行くけれど、彼女はもう2頭は猪を仕留めている。僕はやっぱり足が竦んじゃうんだよ。でも、猪をさばくことは出来るようになったんだ」
琉は柊がトラウマから抜け出そうとしていることが嬉しかった。
「もう1つは?」
「これは琉に初めて言うんだけれど、結婚式を挙げないか?」
「俺はどんなに女日照りでも、お前と結婚する気はないぞ」
「僕もないよ。舞子と涼、紅羽と蹴斗、晴崇と圭の3組合同結婚式」
「大神家はもう宗教行事には関わらないぞ」
柊も、琉が顕現教のことを、こうやって冗談に出来るようになったことに安堵した。
「何、ボケまくっているんだ?最初は舞子と涼の結婚式だけを考えていたんだ。舞子の試合が終わった後に挙げてやろうって。でも蹴斗と紅羽も5月にオーストラリアに行っちゃうだろ?」
「晴崇と圭はついでか?」
「琉は憧れの『K』の門出を祝う気はないのか?」
「晴崇のやり口は反則だがな」
「先手必勝だよ」
「じゃあ、鮎里さんに告白しようかな」
「『下僕』は相手にされないんじゃないか」
「お前だって相手にされてないじゃないか」
「僕は、子リスちゃんのような彼女を見つけるんだ」
「俺は鮎里さんならゴリラでもいいな。守って欲しい」
「冗談はともかく、桔梗学園らしい、みんなが楽しめる結婚式をしたいんだ」
「食堂会議には出せないぞ」
「勿論極秘だ」
「お前は5月にはいないだろう」
「大学は科目登録が終わらなければ、授業は始まらない。3月ギリギリまで準備をしていって、後はリモートで結婚式の打合せをする」
琉はまだ柊と一緒に何か出来ることが嬉しかった。
「で?どんな結婚式を考えているんだ」
「インタラクティヴ結婚式」
「は?双方向的っていうこと?」
「そう、日本の結婚式ってさ、参列者に感謝を表すとか言いながら、自分たちの幸せを見せびらかすみたいじゃないか」
「まあ、昔はゴンドラで降りるなんて言うしょうもない式もあったって話だからね」
「いつの話だ?まあ、でもお色直しとか言って、客を放っておく時間があるのも、変だしな」
「だから、今回は『俺達が俺達の好きなやり方で祝ってやる』ってスタンスでやりたいんだ」
「大迷惑な企画だな」
「だいたい酒も飲まないんだから、素面で出来る、新郎新婦も参列者も楽しめる式をしようじゃないか」
「ちょっと待て、柊がすべて決めると、なんか怖いものが出来そうだからアドバイザーを入れようぜ」
柊は適任者を考えた。
「鞠斗は?」
「微妙」
「女性だよな。年上の」
「鮎里さんは駄目だぞ」
「ああ、一番駄目だ」
可愛そうに、鮎里は駄目人間扱いされている。
琉がアドバイザーの条件を挙げていく。
「乗りが良くて、客観的で、革新的で、かつ、秘密が守れる」
「まず、ドレス関係は糸川研究員。食事関係は九十九珠子さん」
「医者の中からは?」
「誰を選んでも、『何故私を選ばなかった』って、もめそう」
「取りあえず、この2人に話を持って行って、2人から他に適任者がいたら推薦して貰おうぜ」
「2人に相談に行く前に、まずインタラクティヴの実際を教えてくれよ」
「僕があるサイトで見たんだが、アメリカの有名なゲームプログラマーが、日本人女性通訳と『インタラクティヴ結婚式』をやったんだって。式の中のイベント2つに選択肢があって、参加者の拍手で選択肢の中から1つを決めたんだって」
「司会者も大変だな」
「『入場』は①日本の伝統にのっとり男が前、女が後ろ②2人仲良く並んで③夫婦の力関係同様、妻が前、夫が後ろという3つの選択肢があったんだって」
「まあ、面白いのは③だけれど」
「そう、参列者は当然③を選んだんだ。そして、虎ロープにつながれた新郎が、ドレス姿の新婦に引きずられながら入場してきたんだ」
「受けるね。最高じゃん。舞子なんて涼を担いで入場しそうだ。それで次は?」
「ケーキ入刀。新郎新婦はチェーンソーで入刀したかったんだそうだが、流石に式場にクリームが散乱するから叱られて辞めたそうだが。
司会者が提示した選択肢は①のこぎり②レプリカの日本刀③空手チョップだったけれど、参列者が手を挙げて、④「全部」という選択肢を挙げたんだ」
「まさか、④が選ばれたの?」
「そう、だから①のこぎりで切って②刀で切って③最後に空手チョップをしたらしい」
「ケーキの原形をとどめなかったんじゃないか?」
「ぐちゃぐちゃになったみたいだよ」
「それって、現代のインタラクティヴよりアナログだよね。拍手で決めたんでしょ?」
「でも、アナログだからこそ、選択肢④を出しても受け入れたんだと思う」
「会場はどんなところでその人たちはやったの?」
「広いホールで立食式パーティー形式にして、周囲には椅子も置いてあったらしい。高齢の方のために」
「ふーん。じゃあ、柊はこの結婚式も食堂で開く予定なんだね。招待客はどこまで呼ぶの?」
「クラスメート、ファーストチルドレン、医師、世話になった研究員、それに真子学園長達お偉いさんと新郎新婦の家族?」
「最後のは難しいね。秘密も守れなさそうだし、碧羽も来るんでしょ?」
「招待客も要相談だな」
「だいたい、6人にバレないように秘密を守りきれるか?」
柊は眼鏡を少しあげて自信ありげに答えた。
「それには秘策がある」
「紅羽と圭に、『舞子と涼の結婚式を挙げるんだが、協力して欲しい』って言うんだ。
そうすれば、相談の中で彼らの結婚式に対する希望も分かるじゃないか」
「うまくいくかな?」
「まずは、珠子さんのところに行こう」
翌日、2人はレストラン九十九の2階を借りて、珠子に相談を持ち込んだ。
「面白いわね。日にちは舞子の試合が終わった4月の最終日?いや、舞子が試合で怪我しているかも知れないから、5月GWの最終日あたりがいいわね」
珠子はもう結婚式ありきで話を始めた。
「ドレスは希望のものを着せてあげたいけれど、3人並ぶから被らないことも大事だけれど、圭がやっぱり見劣りするかもね」
「いや、珠子さん、そこまで言っては」
琉が冷や汗をかいた。
「花嫁花婿3組がひな壇にいるっていうから、比較されるんですよね。みんなと同じテーブルでもいいですよね」
「じゃあ、3人の花嫁が入場して、婿さんを捜してお膝に座るって、どう?婿さんも花嫁が気に入ったら、お膝でKissするの」
珠子さんの暴走は止まりません。
「勿論花嫁さんの席は、後から花婿の隣に用意してあげますよ。ずっとお膝じゃ可愛そう」
そういうことでは・・・・。
「そして乾杯して食事ね」
「早いですね」
「その後、ケーキ入刀して、ファーストバイト」
柊が話し合いの流れを自分に持ってこようと苦労している。
「ファーストバイトって、最近は両親が新郎新婦の後でやらされるのよ」
「舞子や圭のところに難ありです」
舞子の父は服役中だし、圭の父は遠洋漁業に出ていて帰って来られないかもしれない。
「じゃあ、新郎新婦にくじを引いて貰って、その人に食べさせてあげるってどう?」
「くじとは?」
「食べさせたい人をあらかじめ5人くらい書いて貰っていて、それを選ぶ」
「何故自分を選ばないって、文句を言うやつがいても、『くじだから』でごまかせる」
「食べさせたい人が、1人しかいなかったら、5枚同じ人を書けばいいんだな」
「後は?」
「花嫁花婿が自由に動いて、挨拶に回る」
「それはさ、立食パーティーなら、もっと自由に回れるよ」
「待って、最初のお膝に座るのは?」
「珠子さん、別に膝に乗らなくてもKissは出来ますよ」
「最後に、3組が順番に壇上でそれぞれ全体に挨拶する」
「インタラクティヴが足りない」
柊が抗議の声を上げた。
「ドレス着て、ケーキ食べて、おう、ブーケトス」
「いやあ、それは桔梗学園でいるか?」
「鮎里さんがジャンプして花束を奪い取って、鞠斗にプレゼントする絵しか思い浮かばない」
「琉、お前さ、鮎里さんのこと好きな割に、ゴリラ認定しているね。そもそも鮎里さんは呼ばないよ。
多分医者をたくさん式に呼んだら、病院でお留守番じゃないかな」
急に冷静になった珠子が会を締めくくった。
「ドレスは糸川さんに依頼するんでしょ?柔道着もあるから、ソーイング部の皆さんの協力がいるわよ。松子さんや勝子さんも協力したがるわね」
「わー、すいません。一遍に話を広げると危ないんで、まずは糸川さんに話を持って行きます。
後は、真子学園長以外に話しはしないでください。珠子さん!」
後日、柊と琉は「秘密が守れる」の条件に、珠子が全く適合していなかったことを知るのであった。
寂しい男どもが考える結婚式は、果たして舞子達の気に入るのでしょうか。