黒い犬と青い髪ゴム
鮎里はどんどん鞠斗の生活に入り込んできます。
「ごめんください。真子学園長いらっしゃいますか?」
朝早くから薫風亭に鮎里の声が響き渡った。
最近、当直が多い京が面倒くさそうに地下から出てきて、応対した。
「学園長はまだ寝ている。夕べも遅かったから、後2時間くらい眠らせてやってくれ」
「ああ、すいません。京君だっけ?2時間くらい待たせて貰ってもいいかな」
「京君?」
京は長い髪をゆったりと三つ編みにして、大きなTシャツをまるでワンピースのように着ている。京は首をかしげた。今まで自分を男扱いした人を見たことがなかったから。
白萩地区から続いている地下通路から、晴崇が顔を出した。
「おはよう。京、マーと二人とも朝ご飯は食べた?」
「いや、マーは夕べ遅かったのでまだ寝ている。俺は客が来たので、応対に出ただけだ」
「客?ああ、鮎里さん。マーに用事ですか?」
「学園長が起きるまで待たせて貰っていいだろうか」
「いいですよ。あれ?鞠斗も薫風庵にいる?2日ほど顔を見かけないんだけれど」
京が鮎里に視線を移して、小声で答えた。
「いるけれど、トイレ以外、自分の部屋にずっと引き籠もっている」
鮎里が口を挟んだ。
「鞠斗は何も食べてないのかい?こういうことはよくあるの?」
京も晴崇も顔を見合わせて、首を振った。
「様子を見に行かなくていいの?」
晴崇が答えた。
「あいつの部屋は立ち入り禁止なんだ。誰も入ったことがない。合鍵はあるけれど・・・。普通は自分で出てきて、一人でなんか食べて、また引き籠もる」
「ふーん。合鍵があるなら、1回様子を見たらいいかもね」
京は肩をすくめて、関わり合いになりたくないというように、地下室に戻った。
晴崇は少し悩んだが、真子の寝ている部屋に行って、真子の許可を得て合鍵を持ち出した。
「マーは開けてもいいって」
晴崇と鮎里は静かに2階に上がった。晴崇が鞠斗の部屋の合鍵で部屋を開けた。
部屋の中から、ぷんとテレピン油の匂いが廊下に流れ出してきた。
鮎里が「油絵?」とつぶやいた。
部屋の中は遮光カーテンが閉めてあって、真っ暗だった。
鮎里は躊躇なくカーテンを開けた。
部屋は真っ白な壁に囲まれていて、中央に書きかけの50号のキャンバスがイーゼルに立てかけておいてあった。
絵は、噴火の炎に包まれた山を背景に、そこに飛んでいく髪の長い女性が描かれていた。
女性の身体は、白く薄い布に包まれているが、広い背中や形のよい臀部が透けて見えていた。
女性の足下にはお決まりの竹林が広がっている。
竹林から出てきた黒い犬が心配そうに山に向かって吠えている。
イーゼルの横の机には、病室で自ら切り取った鮎里の髪の束が置いてあった。
何も置いていない冷たい床には、鞠斗が丸くなって眠っていた。
鮎里はそっと鞠斗の額に手を当てて、熱がなく、呼吸をしていることを確認すると、カーテンを静かに閉めた。
鮎里は、晴崇と目配せをすると、静かに部屋を出て鍵を閉めた。
その直後、鮎里が力強く鞠斗の部屋の戸を叩いた。
「マリリン!起きてる?朝だよ。今日は髪を切ってもらいに来たよ」
そんな約束はしていなかったが、鮎里はしつこくドアを叩いた。
また、ドアを叩きながら、鮎里は晴崇に口の形で、「朝ご飯作って」と指示を出した。
部屋の中から、ごそごそ動く音が聞こえて、鞠斗がドアを細く開け、眠そうな顔を覗かせた。
「何度言ったら分かるんですか?俺は美容師ではありません。髪を切る約束なんて、そもそもしていませんよ」
眼鏡の奥から冷たい灰色の目が覗いている。
「2日間も食事してないって?医者として許せない。朝食に降りてこなかったら、ドアを蹴破ってマリリンを引きずり出すよ」
「わかりましたよ。1階に降りていてください。うるさくしたら、マサちゃんが起きちゃうじゃないですか」
閉めたドアの奥から、深いため息が聞こえた。
鮎里が1階に降りると、真子が涼しい顔をして食卓に座っていた。
「おはよう。鞠斗を起こしてくれてありがとう。ところで、私に何か用があったのかな?」
「はい。薫風庵の竹で作業する許可をいただきたくて、早朝から参りました」
「何の作業をするの?」
鮎里は、にやっと笑って、持ってきた図面を開いた。
「薫風庵が立っている岡の麓に、このような作業小屋を作りたいんです。その脇に竹で出来た家も作ります」
「竹の家?」
「いやあ、『竹林亭』という名前も候補にはあるんですが」
「どうして作りたいの?」
真子は楽しそうに聞いた。
美味しそうな味噌汁の匂いに釣られて、地下から京が上がってきた。鞠斗も頭をかきむしりながら、嫌そうに階段を降りてきた。
「まあ、以前から家というものを作ってみたかったと言うのもあるのですが、
理由の1つは、私の住む家が欲しいということ。
2つ目の理由は、家づくりの技術を身につける集団を作りたいということ。
そろそろ白萩地区の家がほぼ完成しますよね。
そうすると大工の仕事がなくなります。ここに来ている方は高齢の大工がほとんどで、これを最後に引退されるんだそうです。
でも、古民家再生が出来るほどの技術が、このまま失われるってもったいないですよね。
先日、1人の棟梁に竹を使った家の話をしたら、面白がってくださって、『秘密基地を昔から作ってみたいと思っていたんだ』っておっしゃって」
「長い話になりそうね。まずは食事を始めましょうか?晴崇、圭と朝ご飯食べてきたんでしょ?
悪いね。私達の分の朝ご飯作ってくれたんだね。ああ、そう、京と交代の時間だから来てくれたのね。
京も鞠斗も一緒に食べよう。ご飯もお粥にしてくれているなんて、気が利くね」
2日断食をしている、鞠斗の胃に合わせて、今朝はごま油の香りが香ばしい中華粥である。
「鮎里さん、そもそも、あなたはN市のお祖母様の家に住むという話ではありませんか?」
鞠斗が中華粥をふうふうと冷ましながら、他人行儀に鮎里に尋ねた。
「そのつもりだったんだけど、桔梗学園に来るなり、緊急呼び出しが多くて、いっそここに住んでしまったほうがいいという話になったんだ。母も賛成してくれました。まあ、顕現教に狙われているなら、しばらくこの中にいるほうが安全かな?とも思ってね」
鞠斗は、鮎里や飯酒盃医師も、顕現教に狙われる可能性があることに今気づいた。
「そうね。窮屈な思いさせて済まなかったわね」
そういうと、真子は温泉卵を粥に掛けて、蓮華で粥と一緒にすすった。
「いやぁ、そこで桔梗学園の中で楽しむにはどうしたらいいか考えたら、『秘密基地作り』だったわけですよ。以前、建築家の坂茂さんの紙管を使った『紙の建築』作りに参加したことがあるんですが、竹でも同じことが出来ないかと思ったわけです。取りあえず、避難所にも出来る小屋をいくつか作ってみたいと思っています」
「桔梗学園にある竹だけで出来るの?」
「まずは、竹の性質を理解し、試行錯誤するには十分かと思っています。春以降、ここの竹林って手が入っていないんですよね」
「そうね。鬱蒼としているから、伐採して貰うだけでも嬉しいな。一人で大工さんに習うの?」
「今『カーペンターズ』という仲間を集めていて、もう3人くらい集まっています。みんな、研究員で、なかなかごついメンバーですよ」
「いつから始めるの?」
「私の右手の皮が再生するまでは待てないので、今週の土曜日に『食堂会議』で仲間を募って、部活動も立ち上げようかと考えています。軌道に乗ったら中高生も仲間に入れようかと考えています。秘密基地を大量に作れたらいいですよね?」
それはもう秘密基地ではない。
真子は鮎里の顔をしばらく見つめてから、意味ありげに微笑んだ。
「ところで、クライミングクラブの噂も聞いているんだけれど」
「ああ、それも手が治ってから、東棟の壁面と体育館に今、綱を下げる手はずを整えています。その内にワイヤーで昇降も出来ればいいかな?」
鞠斗は会計担当としては少し口を挟みたくなった。
「綱やワイヤーの予算請求がまだ出ていないようですが」
「今、何カ所かに見積もりだしているんで、すぐ出しますよ」
鮎里は、キュウリの漬物をバリボリ囓りながら、何事もなかったように答えた。
「じゃあ、食後に鞠斗君に髪を切ってもらいましょうか」
「マリリン」からやっと「鞠斗」に昇格したが、髪を切る話は簡単には承服できない。
「はあ?」
「このざんばら髪では、人前に出られないだろう?食堂会議には清く正しく美しい姿でデビューしたいので」
京が珍しく話題に入ってきた。
「鞠斗、俺も髪を切ってくれないか?頼む」
「ん?京君も『清く正しく美しい姿』で誰かに会いに行くのかな?」
珍しく京の頬が紅潮した。
食後は、縁側で昼寝を始めてしまった鮎里を差し置いて、京が先に鞠斗にカットして貰った。
冬とは言え、暖かな日差しが薫風庵を照らしているお陰で、庭に椅子を出して、鞠斗は京の髪を切ることにした。
「どのくらい切りたいんだ?」
「自分で結べるくらい。肩より下かな?」
「どうしたんだ?急に。失恋でもしたのか?」
「逆だ。失恋しないために、勇気を出すために切るんだ」
「そっか、上手くいけば京も引越しかな?」
「寂しいか?鮎里で妥協すればいいだろう」
「妥協?何言っているんだ」
「鞠斗は年上の女性が相性がいいと思うんだが」
「その年上の女性ってあそこで、いびきかいている人のことか?」
京の髪が切り終わった頃、鮎里はやっと目を覚ました。
「私の番かな?美容師君」
京は髪を一本に結んで、一雄に会いに出かけた。真子もいつの間にか外出してしまっていた。
薫風庵の庭には、鮎里と鞠斗の二人が残された。
鞠斗は、鮎里のぐちゃぐちゃになっている髪に、10本の指をすき込んで、髪を切らないように慎重にほぐしていった。
「さっき、俺の部屋に入ったでしょ?あなたの髪が部屋に落ちていましたよ」
「それは、君が私の切り落とした髪の束を、部屋に持ち込んだ時に落としたんじゃない?」
「髪の束を見たんですね?」
折角秘密にして置いたのだが、簡単に暴露してしまったので、隠すのは諦めて、鮎里は白状した。
「うっ・・・・。入ったよ。絵も見たよ。ああいう趣味があるとは思わなかった」
髪をほぐし終わった鞠斗は、髪に水をスプレーして丁寧に濡らしていった。
「絵を見たんですね」
「うん。まだ、女性の身体を描き慣れていないと思った。
今度ヌードモデルになってやろうか?」
「何考えているんですか。
俺を馬鹿にしているんですか?からかうにしては悪質ですよ」
そう言いながらも鞠斗の手は止まらなかった。鮎里の毛をなるべく長い状態で残すには、どのくらいの長さで切ったらいいか、真剣に悩んでいた。
「バッサリいっちゃっていいよ」
「この毛は短くすると、爆発したみたいに膨らみますよ」
「そうなんだよね。だから伸ばしているんだけれど、髪が多くて手に負えなくなる。いっそ、丸坊主にしたくなる」
鞠斗は鮎里の髪をしげしげと見ていた。
「こんなに綺麗なウエーブなのに」
「始めて言われたよ。『家で飼っている犬の毛を思い出す』って言って、やたらと私の髪に顔を埋めたがったヤツはいたけれど」
「昔の彼氏ですか?」
返事がなかったので、鞠斗は質問の答えを諦めた。
そして、間が持たなくなったのか、鮎里からカット用のケープを外し、大きな音を立てて髪を払うように振った。
「ちょっと待っていてください。ドライヤーを取ってきますから」
一人庭に残された鮎里は、椅子の上でぼんやり竹林を眺めていた。
「鮎里さん。手はもういいんですか?」
竹林の中の小さな小道から、蹴斗が上がってきた。人なつこい笑顔がまぶしい。
「蹴斗、どうしたんだ?」
ドライヤーを持って戻ってきた鞠斗が、蹴斗に話しかける。
「俺の部屋から、新居に運ぶものがあって、取りに来たんだ」
「ああ、部屋からすべて運び出すのか?」
「いや、お前のために漫画は置いておくよ。俺も一人になりたい時は戻るし」
鮎里が話題に入ってきた。
「蹴斗も薫風庵に部屋があるのか?」
「はい、2階の角が俺の部屋です。でも日当たりがいいんで、鞠斗がたまに漫画読みに来ていますけれど」
「私も昼寝にいっていいか」
「駄目です!」
鞠斗がきつい声を出した。
「ヌードモデルも休憩時間は昼寝・・・」
鞠斗が鮎里の口を、大きな手で塞いだ。
「ヌードモデル?」
「蹴斗、この人は三焼山で頭も打ったみたいだ」
「なんだかよく分からないけれど、仲がよくてよかったな」
そう言うと、蹴斗は肩をすくめて、薫風庵に入っていった。
鞠斗は、何も返事が出来ず、蹴斗を見つめていた。
鮎里は、絵の中の黒い犬は誰を描いたか、理解した。
鞠斗は、ドライヤーのスイッチを入れて、何も言わずに鮎里の髪を乾かし始めた。
ゆっくりと丁寧に、作業をすることで心を落ち着かせようとしているかのように。
「鞠斗、このゴムで髪を結んで貰えないか?」
鮎里は白衣のポケットから、髪ゴムの束を持ち出した。どのゴムも50㎝ほどの長さがあって、紺、青、水色と青系統の色ゴムが揃っていた。
「どの色がいいんですか?」
「3色選んで三つ編みにして使ってくれるか?」
「ゴムも三つ編みにですか?」
「髪が多いんで、一本では結べないんだ」
鞠斗は少し考えると、髪ゴムの束を受け取った。
「薫風庵の中に入りましょう。ゴムの三つ編みに必要な道具もありますし・・・」
そう言うと、鞠斗は薫風庵の2階にどんどん上がっていった。
振り返ると、鮎里が階段を上がってこようとするので、手で制した。
「居間で待っていてください」
鮎里は仕方なく、縁側に座って、竹林を見ながらぼーっとしていた。
冬の風が、竹林の中を駆け抜け、ざわざわと不穏な音を立てた。
2階で鞠斗と蹴斗が何やら話す声が聞こえる。
「じゃあ、また来るからな。鞠斗も白萩地区に遊びに来いよ」
鞠斗は小さく手を振って、蹴斗を見送った。
「仲良しだね。彼は黒いラブラドール・レトリーバーみたいだね」
鮎里が言う黒い犬が、鞠斗の絵の犬を指しているかは分からなかった。
しかし、鞠斗は自分の心の中を、土足で歩かれたような気になった。
鞠斗は何も言わず自分の部屋から持ってきた、黒いダブルクリップを居間の椅子の背に留めた。そこに3色のゴムを留めて、緩みのないようにしっかりと三つ編みにし始めた。
手首にぐるっと巻けるほどの長さまで三つ編みをすると、根元をしっかり緩まないように結んでまとめた。
「うまいもんだね。私がやると、最後にまとめる時に、折角編んだ三つ編みが緩むんだ」
「涼がたまに、舞子のために作っているのを見たことがあったから」
「もう一組、作ってくれるか?」
鞠斗は残りのゴムをまた丁寧に編んで、鮎里に渡した。
「どう結べばいいんですか?」
「小さくお団子にまとめてくれ」
鞠斗はしばらく考えていたが、鮎里の髪を一本に結んで、それをくるっとまとめてもう一本のゴムを上から掛けてお団子にした。
部屋の姿見で髪を見た鮎里は、小さく笑った。
「これこれ、あいつもいつもこうしてくれたよな」
「彼氏ですか?」
竹林がざわざわ音を立てた。
鮎里がささやくような声で話し出した。
「あの日もこんな冬のよく晴れた日だったんだ。私と山岳部の部長とあいつの3人で、四国の雪山に登ろうと出発した」
鞠斗は鮎里が包帯が巻かれている右手をさすりながら話すのが、気になった。
「登る前は、ものすごい晴天だったのに、山頂に向かうにつれて、雪雲が湧いてきたんだ。部長は危ないから戻ろうと言ったんだけれど、あいつが『すぐ晴れる』と言って、どんどん先に進んでしまったので、私達もしょうがなくついていった。
山の天気は本当に急に変化する。
あっという間に、隣の人の姿が見えなくなるくらいのホワイトアウトになり、手を伸ばすところにいた部長の手を頼りに、私は風を避けられる岩陰に非難した。
あいつが言うとおり、1時間もすると、雪雲は去ったけれど、峰には私と部長しかいなかった。あいつは滑落してしまったんだ。
上から見えるところにあいつが横たわっていたので、ザイルを使って私が、あいつのところまで降り、引き上げることが出来た。
でも、あいつはもう、頸椎を骨折していて息がなかったんだ。多分即死だったんだと思う。
私はあいつの遺体を負ぶって下山すると主張したんだけれど、部長は下から次の雪雲が上がってくるので、天候が悪くなる前に、二人で下山して、山岳救助隊に通報しようと言った。
遺体を岩陰に置いて帰る前、私はあいつの三つ編みを1本切り取って、持って帰ったんだ」
鞠斗は病室で鮎里が「遺髪」と言ったことを思い出した。
「三つ編み?あいつって女の人だったんですか?」
「ん?男って言ったっけ?大学に入学して始めて出来た友達だったんだ。山岳部に誘ってくれたのもあいつで、私が実家から出た時も、最初はあいつの下宿に転がり込んだんだ」
「あいつは部長の彼女だった。なのに、部長は大学卒業する時、私にプロポーズしたんだ。そんなに簡単に忘れられるんだって思って、なんか頭にきて、即断った。
部長は良い先輩だったけれど、去年、大学の後輩と結婚したって噂は聞いた」
「切り替えの早い人なんですかね」
「医者の跡取りなんで、親に、早い結婚を迫られたのかも知れないし、人の死を抱えて一人で我慢できるほど強くなかったのかも知れない。別に今は部長を責める気持ちはない。あいつが死んだのだって、部長の責任というか。あいつ自身の判断ミスでもあったしな」
(鮎里は何故、自分にこの話をしたのだろう)
「このゴムは、あいつに貰ったものなんだ。急に思い出しちゃったよ。でも今日、鞠斗に三つ編みして貰ったから、今度このゴムを見る時は鞠斗を思い出せそうだ」
鮎里は寂しく笑って立ち上がった。
「じゃあ、ありがとう」
「ちょっと待ってくださいよ。まるで出征兵士みたいな顔で、礼を言われても」
「何言っているんだぃ。あと少ししたら、チェーンソー持って、竹藪に戻ってくるよ」
(なんで急に、鞠斗にこの話をしたんだろう?)
鮎里も自分の気持ちに気がついていないようである。
ゴムの三つ編み、最後にまとめるところは、なかなか握力がいります。