晴崇と京
圭のお祖母ちゃん、板垣啓子さん再登場です。
「ねえ、晴崇と京はどうして真子学園長の養子にならなかったの?五十嵐晴崇だったかも知れないよ」
個人のプライバシーにあまり興味がない圭だったが、晴崇と家族になるとなれば、少しは知らなければならないことがある。
「なんで今その話かな。マーの夫さんが反対したんだよ。相続がややこしくなるからって」
「え?真子学園長は結婚しているの?」
「いや、圭はマーの子供の瑛さんを知っているだろう」
「まあ知っているけれど、あんまり夫の影が見えないから離婚したものだと思っていた」
「別居しているけれど、籍は入っているね。近くに住んでいるよ。桔梗高校の校長、一本槍慶三さんのところにいるらしいけれど。あの人、夫さんの実の弟だから」
「婿さんか。なんか舞子のお父さんみたいな人を想像しちゃった」
「いやあ。そんなに悪い人じゃない。常識的な人だね。少し頭が固いかな。だから、マー達のやる事業展開の早さに頭が着いていかなくて、すぐ『もう少し様子を見た方がいいんじゃないか』とか言うんだな。そこで自分の事業展開の邪魔になるから、マーは別居したんだ」
「それなら離婚すればいいじゃない」
「そうも考えられるね。マーは事業の邪魔したり口出ししたりしたら、離婚するって脅しているみたい。でも、孫の学校行事には仲良く祖父母として参加しているみたいだけれどね」
話しながらも、圭はテキパキとおむつを2人分替えていた。
晴崇も、子供が吐き戻して汚れたTシャツを洗濯乾燥機に投げ込んで、新しいTシャツに着替えた。
「瑛さんと話したことがあるんだけれど、『晴崇と京の方がマーのことをよく分かっている』って、でもそれは瑛さんが新しい家族を持ってそっちとの時間が増えたからであって、俺達だって、これからはマーと過ごす時間が減るから、心の距離は離れるかも知れない」
「私が真子学園長と晴崇の間を引き裂いたのかな?」
「いや、俺はマーのところに同居したいって言ったんだ。即、却下されたけれど。
なんか、俺、マーに恩返しがしたいと思っていたんだけど」
「親じゃないから、恩返ししたいって考えるのかもね」
「え?親には恩返ししないの?」
「晴崇は家の子供達に、恩返しして欲しい?」
「そんなこと考えて子育てする人いる?」
「でしょ?家の祖母ちゃんは、『子供は天からの預かり物』ってよく言っていた」
「『預かり物』?」
「そう神様から預かったから大切の育てるんだって。親に貰った恩は、次の世代に返せばいいって。だから、今回も祖母ちゃんをこき使うことにしました」
そういうと、圭は窓から手を振って言った。
「祖母ちゃん、遅いよ」
窓の下には汗だくの板垣啓子がいた。後ろには、啓子のスーツケースをひっぱっている山田一雄もいた。
圭は夜の出動も多い自分たちだけでは、双子の子育てはできないので、祖母の板垣啓子を呼びつけたのだ。
「遅いじゃないよ。あんた、桔梗学園からこっちに引っ越したなんて私に言った?このお兄さんに教えて貰わなければ、門の外で日干しになっていたよ」
「大げさな」
「圭、お祖母ちゃんに白萩バンドも送ってなかったろう?」
「あー、まあそうでした。すいません」
色々なことで頭がいっぱいで、いつもの圭らしからぬミスを連発していた。最初から、祖母の手伝いのことを晴崇に話しておけばこういう事態は免れたかと、圭は晴崇を上目遣いに見つめた。
晴崇は圭の頭をポンポンと叩きながら、圭の代わりに謝った。
「暑い中すいません。駅までお迎えに上がればよかったですね。結婚の御挨拶にも伺わなくてすいません。杜晴崇です。これからも宜しくお願いします」
「あら。いい男ね。圭はずっと引きこもりで、ゲームオタクで一生結婚できないと思っていたけれど。結婚した上に子供まで出来て、息子の健は遠洋漁業で次に帰ってくるのは半年先なのよ。その時、顔を見せてやってね」
「自分こそ、ゲームオタクなんで、お父さんのお眼鏡にかなうかどうか分かりませんが、宜しくお願いします」
晴崇の、如才ない挨拶を始めて聞いた圭は目を丸くしてしまった。
そんな圭にこっそりウインクして晴崇は続けた。
「一雄、悪かった。よく気がついてくれたね」
「昨日、琉が一日、『みんな引っ越しちゃって、俺一人残される』って愚痴っていたからな。
なんか、柊のところも、派遣されていた国の政情がますます不安定になってお母さんが帰国されたんだそうだ。これで柊も4月から東京の大学に行けるらしくて、琉が大荒れだったんだよ」
「そうか、涼も舞子と白萩地区に来るしな」
「それで、涼達の引越しの手伝いに来たら、門番にお祖母さんが止められていたんで、こちらに案内したんだ」
「ごめんね。祖母ちゃんもお疲れ、一雄、ちょっと暁を抱っこしていてくれる?」
「俺、手も洗ってないぞ。うわぁ。ちっさいなぁ」
「祖母ちゃん、取りあえず上がって、祖母ちゃんの部屋を案内するから」
来客用の部屋は、1階の和室で朝日の入る6畳の部屋だった。圭が家の中を案内している間、一雄は晴崇と一緒に瞬が寝ている2階に上がった。
「涼達の引越しの方は大丈夫か?」
「さっき、こちらの話をしたら、琉が行ってくれたらしい」
「そっか、この家どう思う?」
「いやあ、広いね。双子だもんな。おばあちゃんは隣に住むの?」
「隣は、京が住む予定なんだ」
そう言って、晴崇は一雄の表情を見た。
「真子学園長が、京が住むなら、事情をよく知っている人と住む方がいいって、2世帯住宅にしてくれたんだ」
「京は一人で隣に住むのか?」
自分のこと以外では、遠回しな話が嫌いな晴崇は、単刀直入に話を進めた。
「一雄は、京と一緒に住みたくはないのか?」
一雄はしばらく考えて、意を決したように話し出した。
「俺は京が好きだ。だから、一歩進んでしまって、この関係を壊すことがすごく怖い」
「一歩進むって?」
「結婚を前提に、話を進めていいのか」
「何故、俺に聞く?」
「お兄さんだから」
「どういう『お兄さん』か、京から聞いたか?」
「母親違いの兄と」
晴崇は、この事実を一雄に話した京の気持ちを想像した。
京はこの話を今まで、自分から他人にしたことはなかったはずだ。
「俺達の父親は、俺と京の母親を妊娠させ捨てた男だ。それを苦痛にして、俺の母は入水自殺したし、京の母は京を捨てた。真子学園長が、俺達が小学校に上がる時、俺達は血が繋がっていると教えてくれた」
「父親が誰かは教えてくれなかったんですか」
「真子学園長は教えてくれなかったが、調べたらすぐわかった」
「誰ですか」
「知ってどうする」
一雄は黙ってしまった。
「これで俺と京の間に恋愛関係がないと分かって、安心したろう?この他に何か問題はあるのか」
「いや、ない」
「じゃあ、俺から1つ質問がある。一雄は京が子供が産めなくても、結婚するか?」
一雄は即答した。
「勿論。結婚してくれるというなら、どんな病気があっても京と一緒にいたい」
「病気ではないが・・・。まあ、後は京自身と話し合ってくれ。京は一雄のことがかなり好きだぞ」
「はい。お兄様!」
「一雄って冗談言うんだ」
階段を上ってきた圭が話題に加わった。
「一雄、お茶の一杯も出さなくて悪いね。今、舞子達が引越ししてきたんだけれど、一緒に松子おばあちゃんの引越しもしちゃうんだって、手伝って欲しいって」
「はい。お姉様!」
一雄のキャラを越えたはしゃぎように、晴崇と圭は顔を見合わせた。
「祖母ちゃん、ちょっと疲れたって、今布団を敷いて昼寝始めた」
「申し訳なかったね。ところで、圭はどこから俺達の話を聞いていた?」
「バレていましたか?京と晴崇のお父さんが同じというところから・・・」
「京が子供が産めないという話は聞こえた?」
「まあ。でも病気ではないんでしょ?」
「そうだね。京はインターセックスなんだ」
晴崇と京の関係、京の秘密を小出しに紹介させていただきました。