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晴崇の告白

続けての投稿です。話は少しずつ進めていきます。

 晴崇(はるたか)は、圭が退院する前に子供と圭の道具だけを新居に運んだ。真子が用意した2世帯住宅は、涼の祖母松子の古民家と同じ並びにあり、子供広場に一番近い東の端にあった。この場所は「撫子(なでしこ)ゾーン」と名付けられていて、どれも松子の古民家同様古い木材で作られた日本建築だった。どの家もシックで壁が塗られていたが、住む人の希望通りのシックな色でその壁は塗り分けられていた。晴崇達の家は晴崇の姓「(もり)」に因んで、森林を思わせるスモーキーな緑で塗られていた。

 玄関は、2人乗りベビーカーが出入りしても大丈夫な広さがあり、ベビーベッドも2つ並んで置いてあった。そして勿論、地下に向かうエレベーターと階段が設置してあり、その先には、地下道があり、薫風庵の地下へと繋がっていた。


 2階は光を大きく取り入れるサンルームがあり、インドア派の2人がしっかり日光を浴びることが出来るようになっていた。

 新居に入って、京が気に入ったのもこの部屋だった。今も、(あき)(しゅん)を脇に転がして、自分も一緒になって寝転がっている。

「いいね。冬だというのに、日光浴が出来るんだ。夏は藤が浜の花火も見えるかな。あきちゃん、しゅんちゃん楽しみだね」

双子の目には冬の日差しが映り込んで輝いていて、始めて浴びた陽光に微笑んでいるようにも見えた。


「まだ猿みたいな顔だね。ほらおっぱいが欲しくなってきた。片方が泣くともう片方も必ず泣くんだよ」

晴崇は、銀色がもう毛先にしか残っていない髪を無造作に結わいた圭を、珍しいものを見るような目で見た。

「何?子供産んだら所帯じみたって、思ってみている?」

「いや、まさか。出産後まだ10日しか経っていないのに、ベテランみたいだとびっくりしているだけ」

「出産の翌日から、3時間おきの授乳を1日8回しているんだもの。もうベテランの領域かも」


ふにゃー、ふにゃー


まだ、生まれたての猫みたいに声で暁が泣き始めた。その声に釣られて瞬も泣き始める。いつものパターンである。

圭は、「よっこらしょ」といいながら、起き上がり、2階に作った授乳スペースまで移動していって座った。そこは3人掛けのソファーだが、その真ん中に圭が座り、お腹に、一部が切れたドーナツ型の授乳クッションを乗せ、ガバッと胸を出した。

圭の白い胸は、赤ちゃんの泣き声に反応して青筋を立てて膨らんでいる。

圭に(あご)で合図されると、晴崇はまず暁を抱きかかえて、圭の右脇に置いた。次に瞬を左脇に置くと、圭はフットボールを両脇に抱えるように授乳を始めた。生後1週間の双子の頭は圭の手のひらにすっぽり収まっている。

「手首が疲れない?」

「今は軽いからね。その内に手の下にもクッションを入れるよ」

「1日8回ってことは、今、午後3時だけれど、夜中の3時にも授乳するんだね」

「そう、それは晴崇がやる?夜中は哺乳瓶でもいいよ」

「師匠、やり方を教えてください」

圭は何が起こるか想像できるらしく、鼻で笑いながら、双子の顔を上から交互に見つめた。


「暇つぶし用に、目の前にディスプレイを置こうか?」

「ううん。授乳中、母親の顔を見上げることで、赤ちゃんは人間の顔の形状を学習するって習わなかった?そうしないと、赤ちゃんは人間の顔を認識しなくなるんだよ。言語も繰り返し語りかけることでインプットさせるから、子供が聞き取りやすい高い声で話しかけるんだ」

圭はいつもの低い声とは違うソプラノで子供に語りかける。

「暁ちゃん、ママだよ。晴崇も覗いて顔を見せてあげて」

晴崇は圭の座っているソファーに一緒に座り、圭の肩越しに瞬の顔をのぞき込んだ。

「瞬ちゃん、パパだよぉ。うわぁ、こんなにデレた姿、京に見せたら、またからかわれる」


「本当に、パパなんだから」


圭は晴崇の顔をじっと見つめた。圭はにやっと笑った。


「え?」


「早く、自白してくださいな。パパ」

圭は双子に視線を移して、晴崇に話しかけた。

「いつから、わかっていたの」

悪いことをして見つかった子供のように、晴崇は両手を膝につけてかしこまった。

「晴崇って自分の顎の下に正三角形の形に黒子(ほくろ)が並んでいるの、知っている?」

晴崇は特別な仕事がある時以外、基本ひげを剃らないので、そんなことは意識したことがなかった。しかし、東京に圭に会いに行った時は、綺麗にひげを剃って髪をなで上げていったので、見えたかも知れない。

「そこの位置の黒子って、近づいて見上げないと見えないんだよね。もしくは」


そう、抱き合って見上げる姿勢になった時見えるのだ。


「桔梗学園に着いた翌日、朝ご飯の指導をしてくれたじゃない。あの日真子学園長に言われてひげを剃りに行ったよね」

確か、圭の唇のピアスを注意して・・・。

「あの時、調理台を圭の高さに上げる時か?」

「そう、変わった形の黒子だなと思っていたんだけれど、どこかで見たなって、ずっと気になっていたんだ。切迫流産で担ぎ込まれた日、晴崇は鞠斗と話をしていたでしょ?」

「聞かれていたの?」

「私、どうしても尿瓶(しびん)でおしっこしたくなくて、生駒(いこま)助産師さんに頼んで、車椅子でトイレに行こうとしていたんだ」

「そして、ドアの側まで来て、俺達の話を立ち聞きしたんだ」


「興奮して、珍しくかなり大きな声で話していたよ。生駒さんがニヤニヤしながら、『おしっこ我慢できますか、もう少し聞きましょうか?』って」

晴崇は顔を伏せてしまった。

「その話を聞いて、頭の中で黒子が(つな)がったの」




 圭が高校3年生になった春、「ドローンドッグファイト」のゲーム仲間と渋谷でオフ会をする話が持ち上がった。渋谷はおろか、高校もまともに行かなかった圭がオフ会に行こうと思ったのは、|義兄に会いたかったからだ。


義母の連れ子だった義兄に、圭は小さい頃から何でも相談していた。父が漁で長い間家を空けていても、祖母と義兄がいたので家は居心地がよかった。

スナックで働いていた義母が、新しい男と連れだって家を出て行った時、義兄は高校3年生だったが、冷静に受験勉強を続けていた。お陰で圭は必要以上に動揺することもなかった。義兄が東京の大学に進学する時は、寂しくて拗ねていたら、義兄は「上京したら泊めてあげるからおいで」と言っていた。1歳違いだったが、いつも義兄に守られていた気がしていた。


 東京でオフ会があると知った時、正直オフ会には全く興味がなかった。夜、義兄の部屋に泊めて貰って、義兄が出て行った後の悩みを聞いて貰おうと思っていたのだ。


 渋谷でのオフ会はなかなか盛況だった。ゲーム上のキャラを彷彿(ほうふつ)とさせるような服装で、みんな集まっていて、圭もいつものクールな闘いぶりの「K」に合うように、全身黒ずくめの衣装に髪をシルバーに染め、安全ピンで四苦八苦しながら耳や唇にピアスホールを開けて行った。

 オフ会では紅一点ということもあり、かなりちやほやされたが、二次会の誘いはしっかり断った。義兄の家に、日のあるうちに着きたかったからだ。


 義兄の下宿は、渋谷から東急東横線で10分くらいの場所にあった。

駅を下りて、夕陽に向かって坂道を上っていくと、そこに見慣れた後ろ姿があった。


「にいちゃん」

声を掛けると義兄は振り返って、うっすらと目を細めて、圭を上から下まで眺めた。

「え?誰?圭?何その格好」


スーパーの買い物袋を下げた彼女とおぼしき人物が義兄の隣に立っていて、ブラウンに染めた長い髪を指でもてあそびながら、「知り合い?」という顔で義兄を見上げた。

「いいや、この子は田舎の近所に住んでいた子だ」

彼女から少し離れて、話を聞かれないように小声で義兄は、圭に言った。

「オフ会に来たの?ふーん。これから彼女に鍋料理を作って貰うんだ。じゃあね。婆ちゃんに宜しく」


とりつく島もなく突き放された圭は、駅に向かう坂道を重い足取りで下りていった。

「あんなやつ。にいちゃんじゃない」

小さな田舎では大きかった義兄の背中が、都会ではちっぽけなものだった。


兎に角、賑やかなところ行きたかった。この服装でも誰も気にしない場所へ。

渋谷につくと、スクランブル交差点の喧噪(けんそう)が心地よかった。


 道玄坂の24時間営業のゲームセンターに向かう途中、腕を捕まれた。

「さっきオフ会で会いましたよね。「K」さんですよね。「Forest()」です。ゲームセンターに行くんですか?俺も一緒に行ってもいいですか」

 

「Forest」は「ドローンドッグファイト」でチームを組んでいる仲間だった。オフ会の時は確か部屋の一番隅で誰とも話さずグラスを傾けていた。たまに話が盛り上がると、口角を上げるが、太い黒縁の眼鏡のせいでなかなか表情が読み取れなかった。チャットではよく話す人なので、話しかけようと思ったが、会場が狭く近寄ることが出来ないまま、会が終わってしまったのだ。


圭は、今の気持ちを誰かに話したくてしょうがなかったので、Forestの誘いに乗った。Forestと一緒にゲームセンターでフライトシミュレータゲームをしていると、自然と笑いがこみ上げてきた。いつもバディを組んでいるので、以心伝心でゲームが出来て時間が経つのを忘れてしまった。そして、気がつけば深夜になって帰る電車がなくなっていた。



「ホテル取ってないんですか?俺、田舎から出てきたんで、道に迷わないように駅前のホテルを取ったら、すごく広くて困っているんだ。

泊まるところなかったら、俺のホテルに来ない。ベッドルームが2つあるんだ」


ホテルでも、Forestはパソコンを大きな画面のTVにつないでゲームを始めた。初対面の人と何を話していいか分からなかった圭にとってはありがたかった。いつもはチャットで会話するのが、今日は隣で話をしているという違いだけだった。Forestは何故かゲームのコントローラーを2組持っていて、1つを圭に貸してくれた。


「へー。お兄さんに彼女がいたのか」

「上京したら泊めてあげるって言ったから当てにしていたのに、ひどくない?」

「お兄さんは、彼女の前で格好つけちゃったのかな?」

「その彼女もひらひらのスカートはいて、大学生か?って格好しているの。ああ、むかつく」

「Kさんは、いつものその格好?」

「へへ、オフ会なんでいつものイメージに近づけようとして、ピアスもいっぱい安全ピンで開けて来ちゃった」

「俺も着慣れない服着て来ちゃった。あはは。革ジャン重いし」

「先にお風呂入ってきてください。革ジャン蒸れますよね」


風呂を上がってきたForestは前髪のワックスが取れて、柔らかな印象になっていた。

「Kさんもどうぞ、部屋着が引き出しに入っているんで、どうぞ着てください」

部屋着はバスローブ型で、圭には少し大きかったようだ。晴崇は少し目のやり場に困ってしまった。バスローブの胸元が大きく開いていたからだ。

「大きいですかね?俺のTシャツでよかったら、中に着ますか?」

顔を背けて、Tシャツを渡そうとする晴崇に圭は好感を持った。

「すいません。Tシャツはいいんですが、ピアスを取るのを手伝って貰えますか?最近開けたヤツが、少し取りにくくて」


晴崇は、「誘ったのは圭だぞ」と心の中で唱えながら、黙って圭の耳から、一つずつピアスを外した。

「今日外したら明日、つけられないかも知れないよ」

「うーん。でも、かゆくて外したい」

最後に、唇を指でつまんで、ゆっくり唇のピアスを外した。


「キスをしたら、血がつくよ」

晴崇は、圭の言葉に誘われるように唇を重ねた。



朝、起きた時に、圭は晴崇の腕の中にいた。見上げると(あご)の下に正三角形に黒子(ほくろ)が並んでいた。圭は指でそれを静かになぞってみた。

夕べは黒縁の眼鏡をしていたので顔がよくわからなかったが、眼鏡を外した顔は鼻筋がとおり、目をつぶっていても整った顔であることが分かる。

「よく見たら綺麗な顔している人だな。ゲーマーって色白でなよなよってしているかと思ったけれど、結構筋肉質だし、日にも焼けている」

晴崇が寝ているのをいいことに圭は、自分が動ける範囲で観察をした。

「釣り合わないな」

そうつぶやくと、晴崇を起こさないように圭は、するっとベッドを抜け出した。

机の上に並べられたピアスをハンカチに包むと、ポケットにねじ込み、そのままホテルを出た。


 

「俺は再会した時、気づいて貰えなくて少しショックだったけれど」

「似た人もいるなとは思っていたよ」

「だから、マーにひげを剃ってこいと言われた時、髪まであげてきたのに」

黒子(ほくろ)も見たけれど、どこかで見たような気がするなと思っていたんだ」

「俺に唇のピアスを注意された時は?」

「あ・・・・」

晴崇は何度もアピールしてきていたのだ。しかし、圭は舞子と紅羽というスーパースターに追いつくのに必死で、そこまで気が回らなかったのだ。



授乳が終わると2人で1人ずつ縦抱きにして、ゲップを出させた。


ゲホッ


「あー。瞬ちゃんが戻しちゃった。パパは肩にタオルとか乗せてから、ゲップを出させなきゃ」

「俺はこれからパパ呼びですか?」

「呼称って、家族で一番年下の人を基準にするんだって、だから『パパ』でいいじゃない。杜晴崇(もりはるたか)さん」


「そうそう『杜』で思い出したんだけれど、出生届と一緒に、婚姻届を出したいんだけれど。苗字はどうする?『板垣』でもいいんだけれど」

「いいえ私は『杜』がいいな。女性が自分から苗字を選べるこのチャンスを生かしたい」

「じゃあ、明日2人で村役場に出かけようか」

「パパ、4人ですよ。忘れないで」


晴崇君、バレていましたね。もう少ししたら、晴崇君似のイケメンになるんでしょうか?

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