新居と選択
諸事情で、アップが遅くなりました。
薫風庵に晴崇、蹴斗と涼の3人が呼ばれたのは、それから3日経った後だった。
「で?それぞれ、嫁さんと話して結論は出たかな?」
涼は即座に答えを出した。
「舞子と俺は前から、白萩地区への引越しを希望していました。ですから、その話を進めてください。松子婆ちゃんの古民家を移転した家に入りたいと思っています」
真子は想像通りの答えが出たという顔をした。蹴斗が続けて答えた。
「俺と紅羽は、借家の「藤袴ゾーン」が適当かと考えている。将来海外の分校に行くという可能性もあるから」
少し含みのある蹴斗の答えを意に介する風もなく、真子は頷いた。最後に晴崇が答えた。
「俺は、圭と双子と一緒に薫風庵に住み続けたいと考えているんだが」
「おいおい、軒を貸して、私と京は母屋を追い出されるのか?」
「でも、地下室での仕事は・・・」
「圭と晴崇、京だけが、ずっとその仕事をする訳じゃないだろう?京だって、パートナーと一緒に薫風庵に住みたいといったらどうする?だいたい小さい双子が走り回っていたら、客も呼べないだろう?」
「圭もそう言っていました」
「でも、俺も京も出ていったら、マーは一人じゃないか」
「こんなにしょっちゅう入り浸っているのが4人もいるのにか?」
蹴斗と晴崇が顔を見合わせた。
「それに鞠斗の大切な部屋もあるじゃないか」
絵を描いたりデザインをしたりする作業部屋は、鞠斗がたった一人になれる大切な部屋だ。
「じゃあ、朝ご飯は誰が作るの?」
「私が自分で作ればいいんだよ。あの家は静かに過ごせる場所として取っておく。お前達は、いつでも来ていいし、たまに泊まってもいいが、住み続けるのはいけない。持ち家が集まる撫子ゾーンに晴崇と京のために、2世帯住宅を新築してあるので、そこに住めばいい。ちゃんと地下通路も作ってあるので、高速で移動できるようにしてあるよ」
「なんで、2世帯住宅?」
「京のことを一番理解できるのは、お前と圭だと思っているんだが」
「わかった。ありがとう。圭とも再度相談するよ」
「4月からは、久保埜姉妹や駒澤がスタッフとして、お前達の後を継いでくれるだろう」
「鞠斗はどうするんですか?」
「それは蹴斗が考えることじゃないよ。鞠斗自身が選ぶことなんだ」
「だいたい、あんた達だって、他の研究員の子達の前で、堂々といちゃいちゃ出来ないだろ?桔梗学園で住むことは諦めなさい」
最後に涼が尋ねた。
「質問が2つあります。1つはどうしてこの話題を先に女子にしたのですか?」
「2つ目は何かな」
「琉は来年どうするんですか?」
「琉のことは琉が決めることだ。涼には関係がないなぁ。1つ目の質問は、先に彼女たちに決めさせたかったんだ。だから、1人ずつ訪ねていって、話を聞いたよ」
蹴斗が不満げな声を出した。
「なんで俺たちは十把一絡げなんだ?」
その声を無視して、真子は話を続けた。
「舞子は松子さんの古民家で住みたいといったし、紅羽は借家でいいと言った。圭は将来はおばあちゃんも呼び寄せたいし、京に遠慮もあるから、白萩地区のどこかで住みたいって言った。つまり、彼女たちにはしっかりとした自分の将来像があるんだ。それが優先されるのでいいんじゃないか?あと数日で、3人は赤ちゃんを連れて退院するから、君たちは早く準備を進めなさい。それぞれの家に、もう表札がついているから、そこに荷物を運び込めばいいんだよ」
蹴斗と涼が、準備のため慌てて帰った後、真子は晴崇と2人きりとなった。
「晴崇、もう圭に話はしたかな?」
晴崇はびっくりして顔を上げた。
「あなたと京が、桔梗学園の中で色々な個人情報を集めているように、私も結構いろんなことを知っているんだけど」
「何を知っているの?」
晴崇は真子の顔色を見ながら、少しずつ質問をして、相手の知っている情報を引き出そうとした。
「私が知っているのは、圭の赤ちゃんの父親が晴崇だということだが」
「圭はそれを知っているんですか?」
「もし、知っていたとしても晴崇自身の口から言わなくちゃ。圭はそれを知る権利があるからね」
晴崇は観念したように頭を下げた。
「はい」
晴崇は長い前髪を、後ろに掻き上げながら、天井を見上げた。
「夫婦はね、他人だから、話さなくても何でも分かってくれるという関係じゃないよ。わかりきったことも話し合わなくちゃ」
「はい」
地下室から、京が上がってくる音がした。居間を黙ってすり抜けて、冷蔵庫まで行って、ジュースをコップについでいた。つぎ終わって、居間の晴崇に向かって言った。
「いる?」
「麦茶がいい」
「じゃあ、自分で取りに来いよ。我が儘言うんじゃないよ。『お父さん』」
「うるせー」
「赤ちゃんの名前決めたの?」
「暁の『暁』と瞬間の『瞬』」
真子はちらっと漢字を思い浮かべた
「圭は中国史に興味があるのかな。日と目をそれぞれ漢字から取れば『堯舜』だね。名君になればいいね」
「そういう意味じゃないと思うよ」
「だから、そう言って相手の気持ちを推測するのが悪い癖だ。そのうちにボタンを掛け違えてしまうよ。ちゃんと自分の子なんだから、名前をつけた動機も聞いたらどう?」
ジュースを飲み終わった圭が、台所から顔を出した。
「晴崇、マーにバレちゃったの?」
晴崇は入れ違いに流しにコップを洗いに行った。
「もういい。俺、温泉に入ってくる。明日、圭と引越しの話してくるよ。お休み」
晴崇は、真子と圭とこれ以上一緒にいて、からかわれるのはまっぴらだと、薫風庵から脱出した。
「京とは、もうしばらく一緒に住むかね」
「一生、出て行かないよ」
「あんたも山田君に何も言ってないんでしょ?『婿にしてやる』って言ったらしいじゃない」
「『嫁になってやる』とは言ってないんだけれど」
「でも、好きなんでしょ?」
「まあ、タイプだけれど。俺みたいな身体を理解してくれるとは思えない」
「晴崇は理解しているだろう」
京は何も言わず、ジュースを飲んだコップを流しで洗った。そのコップは小さい頃から、自分専用で使っていたガラスコップで、プーさんのイラストが少しはげていた。
「理解して貰うために、自分が傷つくのは嫌なんだけど・・・」
その声は水道の水の音にかき消された。
次回は晴崇がついに圭に真実を話します。