母の記憶
志野が、真子に関する衝撃の事実を、3人に伝えます。これは真実か?志野の目的は?
「これはうちの母さんから、まとまって話をしてもらった訳じゃないんだけれど、色々聞いている話を瑛お兄ちゃんが聞いた話と付き合わせた内容なんだ。でも、これが真実だとすると、母さん達がやっていることの辻褄が合うの」
志野の話は衝撃的な内容だった。
真子学園長には、南海トラフ大地震と首都直下地震と富士山噴火を経験した記憶があるというのだ。
真子の記憶によると、最初に南海トラフ大地震が起こり、松山の六車の義父母は津波で亡くなったらしい。志野の夫、六車悟は両親を捜索に出かけたまま、行方不明になる。名古屋にいた志野と真悟は、車で日本海側に逃げて、崖崩れで生き埋めになる。そして、救助の手が届かないまま死ぬというのだ。
日本海側にある桔梗村には、南海トラフ大地震と連動して起きた首都直下地震の被災者がなだれ込んでくる。あまりの被災者の数に食糧が足りなくなる。各地で暴動が起こり、女性や子供のように弱いものから餓死するものが出てくる。真子の妹、珠子は食料を奪おうという被災者から農場を守ろうと戦ううちに、殴り殺されてしまう。
政治家や皇族、資産家は我先に海外に脱出して、国家機能が停止する。生き残った北日本の日本人は、原始的生活が出来るものだけが生き残る。
しかし、最後に富士山が噴火し、その噴煙が日本を覆い、最後に残った日本人は北海道に移動していくのだが、そこにはR国の侵略者が侵入していて、移動してきた日本人を救出の名の下に捕獲して、シベリアに移送したという。
真子と美子美子は、息子瑛の家族とともに移送されて行ったが、孫2人は寒さで亡くなり、瑛と妻の萌愛は別々の収容所に運ばれていった。真子と美子は高齢のため、夜明けのシベリアの空を見つめながら死んでいったそうだ。
2度目の人生を送っていると気づいたのは、いつだか分からないが、「このままではいけない」という意識が2人にあって、真子は桔梗学園の運営から、夫を外したのだ。
「ちょっと待ってください。真子学園長のご主人って、存命なのですね」
柊が突然話題に入って行った。
「やあだ。うちの父さんは生きてますよ。実家の一本槍家に戻って、たまに兄さんのところの孫とも遊んでいますよ」
「一本槍ってどこかで聞いたな?」
「今、桔梗高校校長の一本槍慶三は父さんの弟だから」
「だから、野球の応援の時、桔梗高校の融通が利いたのか」
涼がつぶやいた。
柊が続ける。
「話は戻しますが、桔梗学園の運営には、最初、真子学園長の夫さんも携わっていたんですね」
「あー。正確に言えば、携わろうとしていた・・・かな」
真子の元夫一本槍俊次は、真子の高校の同僚だった。真子が50歳の時、早期退職して退職金をつぎ込んで桔梗学園を作った時、烈火のごとく怒って、離婚を突きつけたそうだ。
前世では、真子は俊次の反対で桔梗学園を作れなかったが、今世では離婚をして学園を設立したのだ。離婚していなかったら、晴崇や京を引き取ることにも反対したはずだ。
「まあ、父さんは普通の男だった訳です。酔っ払えば気が大きくなって、学園の内情をペラペラしゃべるのも想像に難くないし、教師だったから、教師も校則もない学園の設立には理解できなかっただろうし。母さんは、いちいち父さんの反対を押し切る手間が嫌になったんだと思う。その手順を踏んでいたら、『間に合わない』と思っているんじゃないかな」
琉が話に加わってきた。
「じゃあ、真子学園長は災害に合っても、日本が助かる方法を考えているんですね」
「そんなこと出来ると思う?政治家も皇族も逃げ出す日本を、一個人が助けられるわけないじゃない?少年漫画じゃあるまいし。ここは兄ちゃんと意見が違うんだけれど、私は母さんは、桔梗村も捨てると思うよ」
「だって、珊瑚美子さんは村長しているじゃないですか」
「選挙に出なければ、村長じゃなくなるよ。次の選挙は来年3月だよね」
「じゃあ、なんで村長やっていたんですか」
「村長が味方でなければ、桔梗学園の運営がうまくいかないからじゃない?」
柊は二の句が継げなかった。自分に次の村長が依頼されたのは何故か?
「俺、次の村長をやらないかって言われたんです。それは俺だけを村長にして、桔梗学園から切り捨てるつもりだったんでしょうか?」
「そう、そう言われたの?断ったんでしょ?その話」
「はい」
「確信は持てないけれど、珊瑚村長は終わりにするってことを、知らせたかったんじゃない?狼谷君が喜んで村長になるって言いそうにないしね。私達、兄妹も母さんが何を考えて、どう私達が生き延びるか計画しているか、よくは分かっていない」
琉が再度尋ねた。
「じゃあ、真子学園長は桔梗学園の人と、自分の親戚だけを助けたいのでしょうか」
「父さんには桔梗バンドは渡していないはずだよ。私が六車の義父母のバンドを頼んだら、しぶしぶ作ってくれたけれど。それは、悟が親を助けに松山に行っちゃうことを知っているからじゃない」
涼が深く考えながら言った。
「学園長は、自分たちが生き延びるために、能力のある人をあつめているのかな?
今、ドローンパイロットを養成しているよね。桔梗学園の分校を日本海側に作っているよね。それは南海トラフ大地震から非難する人を収容するため?
そして、災害の少ないスウェーデンとオーストラリアに分校を作っているのは、最終的に国外避難する場所を確保するため?俺達に英語の教育しているのも、蹴斗や鞠斗の親が海外で働いているのも、つながるな」
「じゃあ、舞子の試合を応援しているのは何故だよ」
柊が突っ込みに、涼が答えた。
「舞子のサポーターやテーピングは試合用ではなく、女性が男子並みの身体を持って生き延びるために開発しているのだとしたら?」
琉にも今までの出来事が繋がったようだ。
「名波医師が娘さんをN市に呼び寄せているのは」
「まあ、真悟を松山に送るのは、まだ南海トラフ大地震が来ないってことだから、安心して眠ってください。睡眠不足で運転しないでね。明日は朝6時頃出るといいわね。お弁当は任せてね。私も悟をその頃、駅に送るから」
3人は、この話をしながら、泰然自若としている志野さんは、やはり真子学園長の娘だと思った。そう思いながらも、居間で寝ている妹たちを抱き上げて、地下の客室まで降りていった。
5人が地下に行った後、悟が静かに居間に入ってきた。
「お義母さんの依頼通り、うまくいったかな?」
「まあ、桔梗バンドの交換条件だからね」
「志野は本当に、南海トラフ大地震が起こる日にちを聞いてないのか?」
「聞いていたら、こんなにのんびり名古屋にいないよ」
母親が母親なら娘も娘である。
真子学園長の目的は何なんでしょうか?