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THE YOKOHAMA MATRIX

9月1日にアップした回は多くの人に読んでいただき、ありがとうございました。

 紅羽(くれは)の容態も安定したので、本日は横浜観光に出かけることになった。

蹴斗(しゅうと)だけは、「紅羽と一緒にいたい」というので、九十九(つくも)カンパニーに待機することになったが、他は3隊に分かれて、横浜観光に出かけることになった。

 

 1隊は妊婦の舞子を含むグループで、舞子と涼のカップルから、呼ばれてもすぐ駆けつけられる距離で、(くが)久保埜(くぼの)医師が観光することになった。と言っても、行くのは横浜ランドマークタワーからの、赤レンガ倉庫という定番のコースで、医師達には何の不満もなかった。1日、カフェに観光、風景も楽しむことができて、のんびりした観光が出来た。


 2隊目は、笹木研究員とマリア、オユンの組で、八景島シーパラダイスに行きたい3人の気が合って、お洒落をして、早々に出かけていった。特にオユンは海のない国から来ていたので、誰よりも楽しみにしていた。

 

 そして最後の組は、(りゅう)(しゅう)鞠斗(まりと)の3人組だった。行く場所は琉が決めた。琉は昨日は1人でデータ分析をしていて、一歩も外に出かけられなかったからだ。琉が行きたかった場所は、最近横浜に出来た体験型テーマパーク「THE YOKOHAMA MATRIX」(通称TYM)だった。ゲーム好きの柊は、勿論一も二もなく賛成した。


 表向き某ゲーム会社が開発営業している「TYM」だが、共同開発に九十九カンパニー神奈川支店が関わっている。鞠斗は横浜に来る前から、モニターとして行ってくれと頼まれていて、招待券も何枚ももらっていたのだ。


 鞠斗は本当は昨日雨に当たった影響で、体調もあまり良くはないが、室内型テーマパークなので大丈夫だろうと高をくくっていた。ザ・観光地に行くほどの気力は湧かなかった。


 開演は9時からだが、九十九カンパニーの招待券があるので、のんびり出かけることになった。

「あれ、オユン?どうしたの?」

琉はオユンを見かけ、声を掛けた。八景島に行くと前日から張り切っていたはずだが、何故こんな時間に食堂にいるのか?マリア達は、1時間以上前に出発したはずだ。


「置いて行かレタ」

モンゴル出身のオユンは、とても時間におおらかだ。それが分かっている舞子は、必ず彼女に声を掛けるので、今まで大切な行事に遅れたことがなかったが、今日は舞子が別行動だったので、誰も起こしてくれなかったらしい。

「マリア達は、オユンが遅れたことを知っているの?」

「知っている。でも先に行くっテ」

多分、笹木研究員がもう当日のスケジュールを組んでいたので、1時間も待っていられなかったんだろう。


「俺達、TYMに行くんだけれど、オユンも行く?」

琉が親切心から、オユンに声を掛けてしまった。柊が琉に耳うちをした。

「3人組で入るんだぜ、4人じゃ1人余るよ」

「現地で、余っている人同士でグループ組んでもいいんだよ。可愛い子が余っているといいな」

柊と鞠斗は心の中で突っ込んだ。

(可愛い子は余らないと思うんだけれど・・・)

それでも時間も迫っているし、オユンも行く気満々なので、4人で電車に乗って目的地まで出かけた。


TYM前駅で降りると、迎えのホームには1台の蒸気機関車が止まっていた。駅の降り口はないので、機関車の中を通らないと出られないようだ。

「琉、道はここでいいんだろう?」

「多分」

琉も自信はなかった。「TYM」の情報は、SNSにもYouTubeにも乗っていない。だから、同じ電車から下りた来園者と思われる人々も、誰かが道を示してくれることを待っている。


「柊様?」

誰かが柊を呼んだ。一緒に来た3人も一斉にその方向を振り返った。オユンは草原育ちで誰よりも視力が良いので、声を掛けた人物が誰かすぐ分かったようだ。

「S大学の主務の人じゃないデスカ?もう1人も涼と乱取りした、S大学の選手デスヨ」

「柊様ぁ」

そう言いながらS大学の2人組は、桔梗学園の4人組のところまで走ってきました。

「昨日はお疲れ様でした。あれ?オユンさんも一緒ですか?舞子さんや涼さんはいないんですか?」


 柊はオユンの言うとおり、S大学の人間だと言うことを思い出した。

「こんにちは。S大学は今日は合宿中じゃなかったんですか?」

別に責めたつもりはなかったが、2人は言い訳がましく答えた。

「サボっている訳じゃないんです。皆さんが帰った後、また、道場のクーラーが停まったんです。やっぱり、落雷の影響で回路が壊れたらしいということで、暑くて道場で寝られないし、また、熱中症なんかが出ると困るから、合宿が中止になったんです」

柊にコンピュータの指導を受けたマネージャーは、それらしい言い訳をした。


 背の高い選手はそれに付け加えた。

「K体育大学の監督は合宿に戻ってこなかったし、あの雨で自衛隊派遣が決まったので、特別訓練員の自衛隊員の方々もお帰りになったんです」

「それで、急遽(きゅうきょ)、休みになったから『TYM』に遊びに来たの?」

「はい。柊様も『TYM』に来たんですか?」


「柊。入り口が分かったから、入ろう」

柊が振り返ると、鞠斗が蒸気機関車の入り口からこちらを手招きしている。柊に続いて、S大学の2人も蒸気機関車に乗り込んできた。


蒸気機関車にはもう既に何人もの人が座っていた。席は4人のボックス席でオユンが既に座って席を取っておいてくれた。乗客が全員乗った頃合いに、入り口を車掌が閉めた。


ガッタン


1つ大きな音を立て蒸気機関車が動き出した。オユンが窓に顔をこすりつけて、外を凝視している。

「動いてマス。黒い煙が流れていマス」


ピー


鋭い汽笛の音までしている。しかし、振動も窓の外の景色も、映像だと琉は気づいたようだ。

「鞠斗、これ本当に動いてないよな」

「ああ。でも、不規則な振動なんかは良く出来ている。多分車内いるほとんどの人は気づいていない」

鞠斗はオユンに聞こえないように小声で答えた。


「失礼します。切符を拝見します」

車掌がやってきて、入場券を確認しながら言った。

「入場する時は、最大3人1組ですが、2人ずつでも入れます」


「では、2人・・・」と鞠斗が答えようとすると、向かいに座っている琉が、鞠斗の後ろを指さした。鞠斗達のボックスの後ろに座ったS大学の2人が、首を出して、子犬のような目で柊達を見つめていた。

深いため息をついて、「柊か琉が組めよ」と言いながら、車掌に向かって、

「後ろにいる女性2人組と一緒に、3人ずつで入ります」


 窓を向いていたオユンが、隣の鞠斗の腕を取った

「私は鞠斗と組みマス」

始めて、オユンの自己主張を聞いた男性陣3人がびっくりした。


「じゃあ、あと1人が鞠斗と組めばいいな。じゃんけんするぞ」

じゃんけんの結果、鞠斗組にはS大学2年の背の高い上村朱里(かみむらあかり)が入り、マネージャーの大学2年下田苺香(しもだまいか)は柊や琉と組むことになった。鞠斗はますます憂鬱になっていった。


 車掌に見せられたQRコードにスマートフォンでアクセスすると最初の画面で、身長や体重、バディ3名の名前と選びたいコースや装備を入力することを求められた。そこで改めて3人ずつボックス席に座り直し、アンケートに入力し始めた。

オユンの希望が強いようなので、場所はオユンに決めさせた。オユンは言葉は大分、上手くなったがまだ、日本語が上手く読めないので、一々鞠斗に聞かなければならなかった。その結果、2人は額を付き合わせて、入力をしなければならなかった。


「好きな場所を2つ選べ。草原、山林、海辺、海中、空中、廃墟となった神殿、都市、田舎町・・・」

「私、草原と山林がイイ」

「はいはい。上村さんは希望はありますか」

「海。いえ、やっぱりオユンさんの言うとおりでいいです」

「では、俺達は草原と山林のコースに行きます」


「はい、オユンは、次に乗り物は何がいいですか。馬、山羊、象、バイク、ジープ、飛行機、ヘリコプター、え?馬がいい?はいはい。じゃあ、俺はバイクにしようかな」


オユンは懐かしいモンゴルの平原での乗り物、馬に乗りたいのだから乗ってもらおう。

上村はどれも乗ったことはないが、一応バイクを選んだ。


「次は武器だって。マシンガン、ショットガン、ライフル銃、ボウガン、弓、ブーメラン、手榴弾・・。

オユンは弓がいいですか?ああ、やっぱり。攻撃は頼みますよ。俺は・・・」


 鞠斗は熊撃ちの事件を思い出してしまった。柊は大丈夫だろうか?そう考えながらも、流石に弓を上手く扱える自信がなかったので、ライフルを選んでしまった。上村もライフルを選んだようだ。多分、何を選んだら良いか分からないから、鞠斗の真似をしているんだろうが、「ショットガンの方がいいのに」と鞠斗は思った。


「後は標準装備で回復のポーション3本✕人数貰えるらしい。つまり9本か。どこへ連れて行かれるやら」


「アンケートを入力し終わった方には、これを装着して貰います」

車掌の声と同時に、蒸気機関車が止まる音がした。


ガッタン


車掌が配っていたのは、手首と足首、額に着けるバンドとベルト。それから、サングラスのような眼鏡だった。ティアドロップ型のサングラスを着けた鞠斗は、アクションドラマに出てくる俳優のようだった。それらをすべて身につけ立ち上がった鞠斗組は、ひときわ目立っていた。

まさしくキアヌ・リーブスのようなサングラス姿の鞠斗に乗客の視線は釘付けだった。しかし、上村も紅羽ほどではないが180cmを超える身長で、オユンも170cmの身長に加えて、モンゴル人特有のがっしりした体型だ。この3人組が並ぶと、日本では見られない非日常的な組み合わせだ。


ただ、服に不似合いなベルトが違和感を(かも)し出していたのは(いな)めない。オユンも朱里が着ているのもリボンやフリル多めのブラウスだ。それに無骨なベルトはミスマッチだ。せめてもの救いは、2人ともパンツ姿だということだ。苺香は残念なことに長めのフレアスカートを穿()いている。

(まあ、琉と柊というナイトが2人いるのだから、どうにかなるだろう)


「では、こちらのドアから出てください」

車掌が機関車のドアを開けると、そこには一面の草原が広がっていた。

多分、柊達のサングラスには彼らが指定した風景が広がっているはずだ。と、後ろを振り返るとそこには他の乗客はいなかった。そこにいるのは、不安そうな顔をした朱里と、うきうきしてキョロキョロしているオユンしかいなかった。


(もう始まっているんだ)

「鞠斗さん。着けたはずのベルトが見えマセン」

朱里の指摘に、自分のウエストを触るとベルトは確かにそこにはあるが、見えない仕組みになっていた。

「鞠斗、モンゴルの草原と似ていマス」

(やはり、見えている風景は共通なんだな)

 モンゴルの草原に、ジャケット姿の鞠斗とひらひらブラウスの女性2人のパーティーが立っているのは、どうも「異世界転生系」のゲームのようだ。

「まずは歩こう。誰かに会うか、何かを見つけるかがゲームの始まりだ」

「あのー。武器がないんですが」

「これから手に入れられる、かな?」


平原の風は少し冷たく、緊張感が増す。丘を越えたところに不時着した飛行機が見えた。

(「星の王子さま」が出るパターンか?)

残念ながら、そんな可愛い少年はいなかった。そこには工具を持って、疲れ果てた老人がいた。


「ああ、50年ぶりに人に会えた。君たちはどこから来たのか」

「私はモンゴル、この2人は日本から来まシタ。あなたは誰で、どうしてここにいるんデスカ」

草原の民、オユンは何の違和感もなく、老人と会話をし始めた。


「オユンさん。怪しいですよ。この人、悪人かも知れませんよ」

鞠斗が口に指を当て、朱里に黙るようにという仕草をした。

(多分、この会話次第でゲームの展開が変わる。オユン頑張れ。震災の体験はなくても、草原での人間関係は君のほうが豊富だ)

 

 老人は続けた。

「俺はサン。世界大戦の最中、爆撃のため飛び出たのだが、敵がなかなか見つからず、最後にはガソリンが少なくなってしまった。そこで、どこかに不時着しようと低空飛行をしていたら、巨大な(やり)が下から飛んできて、ガソリンタンクが破壊されて、このざまだ」


鞠斗が尋ねた。

「飛行機を打ち落とすような槍を投げたのは、人ですか?」

「いや、こんな怪物だ」

そう言うと老人の体から黒い毛がぞわぞわと生えだし、顔も人間離れしたものに変わった。腕が伸び、身体もどんどんと大きくなって、身の丈3mほどまでに大きくなった。


「逃げろ」

鞠斗は側にいた朱里の腕を引いて、飛行機から離れようとしたが、オユンがいないことに気がついた。

 オユンは、怪物の後ろに回って、飛行機の周辺を物色していた。

 

 元老人だった怪物は、足下にあった巨大な丸太を肩に担いで、やり投げの選手のように大きく振りかぶった。その場から逃げようと走り出した朱里は草原の土にヒールがめりこんで、思うように走れなかった。


(もう、終わった。ゲームオーバーだ)

 そう鞠斗が観念したところ、巨大な怪物は白目を()いて、叫び声を上げた。

首に一本の矢が貫通していた。

矢が飛んできた方向を怪物が振り返ると、2本目の矢が(ひたい)に当たり、それが致命傷になった。



「まーりーとぉ」

オユンが不時着した飛行機の翼から飛び降りて、怪物に近寄っていった。

「危ない。オユン」

オユンは矢の先で怪物を、ツンツンと突くと動かないことを確認して、それに答えた。

「死んでるぅ」


鞠斗が怪物に近づくと、かすかな獣臭(けものしゅう)と血のにおいがした。

(やばいな。匂いがあると、臨場感が半端ない。オユンは慣れているだろうが、朱里は近づけない方がいいな。しかし、多分飛行機の中から武器を自分で探さないといけないはずだ)


「朱里さん、怪物の風上から大回りして飛行機のところに来て」

「風上はどっちですか」

鞠斗が指を()めて、風の向きを確認するより早く、オユンが朱里に教えた。

「こっちが風上だから、こう回って来て」


おそるおそる歩く朱里を尻目に、鞠斗とオユンは飛行機の中を物色し始めた。

「矢筒は見つけたか?矢は何本あった」

「20本あったヨ。今2本使っタ。取りに行ってもいいけれど、使えるのはやじりしかナイ。矢の軸はもう折れてイル」

「取りに行くな。また動かれると困るし、危ない。あ、俺もライフルを見つけた」

鞠斗はライフルの弾数を確認した。


やっと朱里が飛行機によじ登ってきた。

「朱里さん、君も武器はライフルを選択したよね。そこにある自分のを取って」

銃口を無造作に(つか)もうとする朱里の手をはたいて、オユンが言った。

「駄目、ライフルで持つところはここ。銃口は持っても(のぞ)いても駄目」


鞠斗が自分のライフルを持つ姿を見せるが、そのマネをする朱里の格好は非常に危なっかしかった。

「ごめん。君のライフルの弾は抜くから、これは棍棒のように殴るために使って」

(もう銃の暴発で後ろから打たれるのはゴメンだ)


不思議なことに、指定した防具を持つと服装もそれに相応(ふさわ)しい格好に見えてきた。弾を入れる「弾薬ケース」も腰についている。朱里の銃から取った弾はその中にしまうことにした。


また、銃から弾を抜いたので朱里の姿が、原始人のような服装になったのはご愛敬だ。

ウイリアム・テルのようなオユンと、ディアハンターの鞠斗。どうも服装に統一が取れず、同じパーティーのようには思えない。


(そうだ。地図や宝箱、それから乗り物はまだ見つからないのだろうか)


突然、オユンが鋭い口笛を吹いた。

「馬がいまシタ」

鞠斗達の視力で見えなかった馬は、オユンの口笛で飛行機の側までやってきた。

「栗毛の可愛い子でデスネ。あれ、私の服のポケットに馬の餌がありマス」

餌を貰った馬は、嬉しそうにそれを食べ、頭を下げてオユンが乗るように(うなが)してきた。


裸馬(はだかうま)デスネ。久しぶりデス。鞠斗達のバイクをこれで探しに行きマショウ。鞠斗、手を貸してクダサイ」

言われるがままに手を伸ばすと、オユンがその手を掴んで、ぐっと自分のほうに引いた。


「ふふ、自分より大きい人を前に乗せたことがないので、不思議な感じデス」

アユンは左手で鞠斗の腰を抱き、右手で手綱を握っている。鞠斗は背中にふくよかな塊が押しつけられているので、落ち着かないが、体を離そうとすると強く抱き寄せられるので身動きが出来なかった。

「朱里さ~ん。飛行機の中を捜していてクダサイ。私達はバイクを捜してきマス。鞠斗、私の腰の動きに合わせてクダサイ。鞠斗が馬に乗れるようになったら、手綱を渡しマス」


 馬はもう走り出していた。風を切る音が大きくて、オユンの最初の指示しかわからなかった。オユンと一体になって走っているうちに、なんとなく馬のリズムが分かってきた。

「いいね。じゃあ手綱を渡すね」

そういうと、オユンは鞠斗の肩に手を乗せ、ひょいと馬の上に立ち上がった。

「見晴らしがいいね。あっ見つけた。バイクが2台放置されている」


「兎も見つけた」

そう言うが早く、オユンは矢をつがえて、たった1本の矢で穴から首を出した兎を仕留めてしまった。


(バイクは1台しか持って帰れないな。もう1往復、朱里さんは多分、バイクの2人乗りを希望するだろうな)

鞠斗はバイクのキーを探したが、灯台もと暗し、自分が身につけている弾薬ポーチの底から発見した。そのキーを使ってバイクのエンジンを掛けようと苦労していると、またオユンが発見をしたようだ。


「地図見つけマシタ」


 兎穴から仕留めた兎を引っ張り出したついでに、もう一匹いないか、矢で穴をついたところ、紙の感触がしたんだそうだ。

 朱里も何か見つけてくれているといいなと、思いながらバイクと馬で2人が帰ると、飛行機は血の海だった。


 鞠斗は、また人選を間違ったと思った。冷たい汗が背中を伝った。

「朱里さ~ん。帰ったヨ」

「遅~い。全部倒しちゃった」

血の海からすっくと立ち上がった、朱里は右手に血まみれのライフルを持って、左手にマーモットの尻尾を持っていた」

「タルガバンダ。美味しいんだヨ。今日は兎のシチューとタルガバンの焼き肉だネ」


「このネズミに(かじ)られたんだよ。私はすぐに死ぬかも」

飛行機の上った2人は、5匹のシベリアマーモットの死骸が転がっているのを見た。

「オユン、何しているの?」

「タルガバンの脂肪を塗ったら、囓られた傷が治る」

そういってマーモットの皮を、朱里の腰についていた短剣を使って裂き始めていた。


「いやぁだぁ。ペストとかコレラにかかるかも。ばっちい」

そう言って朱里が地団駄(じだんだ)を踏むと、飛行機の床がバキッと割れた。


「朱里さん、落ち着いて、床板の下になんか箱が見える」

床板を剥がすと、下から木箱が姿を現わした。オユンと2人で箱を引き上げると蓋は簡単に開いた。

「最初のポーションだ。3本ある。朱里さんの傷に着けていいのかな?」

「早く着けて」

「ちょっと待って、使用上の注意を読んでみる」

「早くぅ」

「うっかり、白髪頭のおばあさんになりたくないだろ?」

(そうこれはゲームなんだ。現に自分たちは土まみれにもならないし、朱里の服も血まみれにはなっていない。ゲームメーカーのトラップにかからないように慎重に行動しよう)


「この白い蓋の瓶には『怪我をした時飲め』と書いてある」


「飲みます!」

朱里は勢いよく、瓶を飲み干してしまった。あまりの思い切りの良さについ、鞠斗はつい言ってしまった。

「朱里さん、どんどん背が高くなっていませんか?」

「え?うそ。もうこれ以上背が高くなりたくない。もう、誰にも『壁ドン』して貰えない。うそー」

オユンが鞠斗の頭をスコーンと叩いた。

「高校生みたいな、冗談言わナイノ」

鞠斗は朱里が大きくなったと錯覚するように、少しずつ膝を曲げていたのだ。



 そうやってふざけているうちに、草原の日は落ちたようで、一面の闇が広がってきた。

鞠斗は桔梗バンドで時間を見てみようとしたが、桔梗バンドの文字盤は真っ暗になっていた。

「オユン、体感的に今何時だと思う?」

「私に聞くの?分かる訳ないヨ」

大陸的時間感覚のオユンに聞いても答えが出るはずがなかった。

「でも、まだおしっこに行きたくないから、午前だと思ウ」

「そうだよな、尿意を催したり、空腹になったりすれば分かるよな。9時に入園して、機関車の中には20分くらいしかいなかった。そう考えると、ゲームが始まって、2時間は経っていないんじゃないか」


 朱里が飲み終わったポーションの瓶を、箱に戻すと、箱の底に文字が浮き上がった。

「鞠斗さん?いいえ、鞠斗君、底に文字が・・・」

「はい、文字が見えますね。英語かな?『獲物を入れろ』だって」

オユンが捕ってきた兎を箱に入れてみた。兎は静かに影のように消えた。

「この気持ち悪いネズミの死骸も全部入れようよ」

朱里は床に転がっているマーモットの死骸を、次々と箱に投げ入れた。


子卯午申(ねううまさる)」の文字が一瞬浮き上がった。

オユンと鞠斗が同時に「十二支?」と言った。

「十二支って、ね・うし・とら・なんとかってヤツですか?」

「今、マーモットが「()」、兎が「()」として、箱は受け入れた。入れてはいないが、最初に戦った怪物は猿つまり「(さる)」、そしてオユンが乗っているのが馬つまり「(うま)」。でも、倒したり手に入れたりした順番では、表記されていなかった」

「鞠斗、次は『(とり)』かな」

「俺もそう思う。ただし、鶏なんて可愛いものではなく・・・」

オユンと鞠斗は同時に、急に暗くなった上空を見上げた。


(鳥っと言っても、あの大きさじゃ、ドラゴンだ。十二支の順番は関係ないのか)

「訳が分からないんですけれど」

「オユン、逃げると隠れる、どっちが得策だと思う?」

「逃げル!さっきのバイクがあった先に、森がアッタ」

「了解。朱里さん、俺のライフルを背中に背負って、俺のバイクの後ろに乗って、しっかりつかまって」


先を走る栗毛の馬の後を、鞠斗はバイクで必死に追いかける。

「朱里さん、もっとしっかりつかまれ」

さっき置いてきたもう1台のバイクの横を走り抜け、3人は前方の黒い森を目指して全速力で走った。

(後2本のポーションを持ってこなかった。いや、そんな暇はなかった)


 巨大な鳥は、鞠斗達のバイクの高さまで降りてきて、低空飛行を始めた。その目は真横のバイクをしっかり(にら)んでいた。

その目に突然、一本の矢が刺さった。オユンが馬に乗りながら、振り返って矢を放ったのだ。目を射られた巨大な鳥は、地面に落下した。鞠斗はバイクを停め、朱里から受け取ったライフルで、鳥の眉間を撃った。

巨大な鳥は、ひとしきり羽ばたいた後、ぐったりした。その巨大な口がゆっくり開くと、コロコロと黒い毛の(かたまり)が転がり出てきた。鞠斗はライフルを構えながら、後ずさりした。しかし、オユンは馬に乗ったまま、その塊に近づいた。

「ワン」

馬に鼻を付けられ、その黒い塊は、犬の形になって吠えた。

「わー。可愛イ」

オユンは馬から飛び降り、犬に駆け寄って、犬の首筋に抱きついた。犬としては大型で優しい目をして、黙ってオユンに首筋を()でられていた。

「アルスランに似ているネ。可愛い子だネ。鞠斗、「(いぬ)」が出てきたネ」


「オユン、『アルスラン』ってどういう意味だっけ、聞いたことがあるが?」

「ライオンって意味だよ。モンゴリアン・マスティフは、こういう「たてがみ」みたいな毛でしょ?」

 犬は首を振って、いやいやをしたように見えた。そして、突然話し始めた。


「オユン、苦しいから離れなさい。私の名前は残念ながら『ザムィンテムデグ』という」

「うわっ。犬がしゃべった」

ゲームや漫画ではおなじみのしゃべる動物だが、実際に口を動かしている訳でなく、頭に話しかけてくる感じだ。あの口で人間の話すすべての発音が出来るはずはない。



 ここで「トイレ休憩」をすることが、ザムィンテムデグの口から指示された。森の入り口に小さな小屋があり、そこのトイレで1人ずつ用を足した。また、小屋の中には、サンドイッチと麦茶が用意してあった。


 食事休憩中に朱里に、十二支の図を描いて、その中の「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」の12の動物のうち、今、「子卯午申酉戌」の6つが出てきているという説明をした。この十二支は時間も表すし、年も表すという説明も付け加えた。

「ああ、だから『午前』は『(うま)の刻』より前ってことなんですね。じゃあ、次に出てきそうな動物は何ですか?」

「0時、3時、6時、9時の動物が既に出てきて、その他に『戌』と『申』が出てきた」

「じゃあ、『雉』ですね。ほら、『桃太郎』だったら『犬猿雉』です」


(いや、だから十二支の話をしているのに、何故『桃太郎』に話が飛ぶんだろう。疲れるな。それに引き換え、オユンの生活の知恵は本当に助かる)


「鞠斗、出てくる動物はともかく、これからのゲームの展開の予想はついているのデスカ」


「少し長い物語を作るなら、『行きて帰りし物語』かなと思っている。RPGロールプレイングゲームでもこのパターンは多いが、今、敵キャラは出てきたが、まだこの犬以外に味方は現れていない。『スターウオーズ』のヨーダのような老人か妖精か、女神か分からないが、俺達に『旅の目的』を知らせるキャラが出てこないので、そろそろ出てこないかなと考えている」

「犬の名前は『ザムィンテムデグ』だヨネ。モンゴル語で『道しるべ』だよ。まずは犬に聞いてみヨウ」

「ねえ、兎穴から見つけた地図もまだ見ていないよ」


(そうか、もう既に、ヒントは手に入っているんだ。ここで地図を確認しないといけないな)

鞠斗は、胸ポケットから地図を取り出した。


 地図の右端には草原があり、飛行機の落下地点が示してあった。そして地図を発見した兎穴も記してある。そして今休憩している小屋と山の(ふもと)(きわ)までが、地図に表示されていた。

「地図は俺達が言ったところしか表示されていないのか」


「ちょっと待って、草原の左側に少し青い色が見えル」

「湖かな、川かも知れない」

「海かも知れないな。海も見たいですね」


 今、鞠斗達の前には2つの選択肢があった。このまま、山林に踏み入るか。バイクや馬に乗って、地図を西に進み、青い色の正体を見極めるか。

「私はもう少し、馬に乗りタイ」

「海が見たい」

「馬やバイクを置いて山林に入ると、戻った時にはもうないかも知れない。だから、まずはこの乗り物で行けるところに行こう」


3人の同意の元、草原を西に進んで、青い色の正体を確かめることに決めた。


「朱里さん、まずはバイクに戻って、自分でバイクに乗れるようになろう」


この後、朱里が鞠斗のバイクの後部に乗ることはなくなった。


しょぼ~ん


次回は「TYM」のゲームの続きを書きます。最近、体験型のゲームができ始めました。数年後には、こんな風に進化しているといいですね。

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