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横浜遠征その3

今日は少しほのぼのとした話です。

 S大学柔道部はT大学と異なり、比較的歴史の浅い柔道部である。女子柔道部の1期生は旧姓町田美鳥(みどり)や野田(かもめ)を筆頭に、当時の監督が全国から有望選手を集めてきたので、華々しい実績を残している。3年前に初代監督が定年を迎えたので、1期生キャプテンだった野田が監督を務めている。


「野田監督、こんにちは。今日はよろしくお願いします」

野田監督は、柔道着を着て現れた舞子にびっくりしながらも、笑顔を崩さなかった。

「久しぶり。昨日は横浜武道館にいたでしょ?」

「はい。私も監督をお見かけしたんですけれど、S大学の選手の対戦相手が尾崎先輩だったんで、遠慮させて貰いました」

「で?こちらが旦那さん?」

「はい。舞子がいつもお世話になっています。榎田涼です」

「じゃあ、榎田舞子ちゃんになったの?」

「いいえ、夫婦別姓です。お腹の赤ちゃんは榎田冬月(えのきだふゆつき)になります。他にキューバのマリア・ガルシアとモンゴルのオユンです。あそこにいるのは産婦人科医の(くが)先生と外科医の久保埜(くぼの)先生です」

「眼鏡の(かた)は?」


柊が一歩前に出て、野田に名刺を差し出した。

「マネージャー見習いの狼谷柊(ろうやしゅう)です。心ばかりの差し入れです。選手の皆さんの栄養補給に」

そういって、笹木研究員と2人で持ってきた、段ボールいっぱいの米菓を差し出した。


 いつもはお土産など自分たちの口に入らないのだが、段ボールいっぱいの米菓は、N県で有名なメーカーの新製品の詰め合わせだった。

差し入れを受け取ったS大学のキャプテンは、1年生に「昼休みに山分けだよ」と(にら)み付けながら渡していた。


野田は舞子の柔道着のゼッケンを見た。

九十九(つくも)カンパニーって、横浜駅近くのあの大きなビル?」

「はい、九十九カンパニーに今年から女子柔道部を作って貰って、私が入りました」

「練習もしているの?」

「はい、毎日しています。練習パートナーが加減してくれるので、ほどよく練習できています。ドクターも練習中はいつも待機してくれていますし」


「時代は変わったね」

「先輩達がその先駆けじゃないですか?野田選手が妊娠中に体重別選手権優勝したの、私は見に行って感動しましたよ」

「まあ、情けない試合だったけれどね。投げられない・動かない・返し技か寝技で仕留めるしか作戦が思いつかなかったけれど、決勝まで行っちゃったからね」

「あの時は、妊娠何ヶ月でしたか?」

「4ヶ月に入るところかな?」

「私、8ヶ月です。4月の全日本に出るつもりで練習しています」

「何言っているの、今日は乱取りさせないよ」

「勿論、オユンとマリアが最近乱取り不足なんで、来させて貰いました」

「榎田君も乱取りしてくれるんでしょ?」

「勿論、重量級の女子に今日は貸し出しします」


 監督と舞子が話している間に練習は軽快な音楽と共に始まっていた。体操、ランニング、回転運動、打ち込み・・・。音楽は今流行の曲で、毎年1年生が決めるのだそうだ。

 舞子も体操とランニングには参加した。桔梗学園に入って半年以上立ったので、流行のTVドラマの主題歌はよく分からなかったが、S大学の選手はのりのりでランニングをしていた。

続く回転運動や打ち込みの時に4人は外れて、水分補給しながら医師や(しゅう)と打合せを始めた。S大学の打ち込みは200本ほど行う。監督は「美しい打ち込みは美しい技につながる」と前監督の主義を踏襲して、選手にも練習の重要な時間だと指示しているのだが、それを全くする気配がない4人の行動を、S大学の選手達は不思議なものを見るような目で見ていた。


「休憩15分入ります」


休憩で、大学生が端に寄ったところで、4人が畳の真ん中に入った。

「野田監督、投げ込みしてもいいですか?」

「どうぞ。みんなもう少し、真ん中空けてあげてね」


舞子のオーダーに従って、涼とマリアとオユンが、次々と舞子に投げられていく。

「右組 背負い」「左組 背負い」「右組 内股」・・・

流れるように左右の技を繰り出す舞子。


「奥襟つかんで」「袖口つかんで」・・・・

マニキュアのせいか、パートナーの組み手がいつもより固い。

「うおー」吠えながら、舞子はそれを切って自分の技に入る。もしくは、さばいて肘が入る空間をあけ自分の技を繰り出す。


「ランダム」

練習の切り替えの指示は舞子が出す。その言葉に対応した組み手を瞬時に出来る3人もすごい。

ランダムに繰り出される相手の技をさばいて、舞子が舞うように技を出す。蜂窩織炎(ほうかしきえん)対策用のテーピングの効果を試すためか、かなりきつい足技も繰り出されるが、舞子はそれをものともせず、返し技でさばく。


「スロー」

力業で押さえ込む相手と、間合いを計りながら外れたタイミングで思いきりの良い技に入っていく。スピードが要求される投げ込みと違い、パワーが要求させる投げ込みは一層汗が噴き出す。


 舞子も父親のところで練習していた時は、一日500本ほど打ち込みをさせられていた。しかし、試合では組んだ瞬間に技を出したり、打ち込みで練習している組み手でなくても技を出したりしなければならないので、無意味ではないかと舞子が考えたのだ。

勿論、技の形を作るには繰り返しの練習が大切だが、舞子のように形ができあがった選手には、もう一段階上の練習に時間を掛けるべきだと思ったのだ。

ただし、この練習はパートナーの技量も求められる。世界トップクラスの選手や、舞子のために左右技をマスターしている涼が相手だから出来る練習なのだ。


「休憩終了です」

S大学の学生の声が響くと、4人は道場の端に整列して、一礼して畳を下りた。

舞子は水分補給をした後、そのまま酸素ボンベを口にくわえた。


「お願いできますか」

涼の前に10人ほどの女子大学生が、手を差し出して乱取りの相手を頼みに来た。

マリアやオユンの前にも同様に女子が集まっている。

「マリア、自分が乱取りやりたい学生を1人選べ、オユンは1回休んで次の回に出ろ。休んでいる間に、マリアが投げ足を食らわないように、混んできたら間に立て」


涼はそう言って指示をすると、最も背の高い、運動神経の良さそうな女子を捕まえて、乱取りを始めた。


「舞子って、いつもこんな練習しているの?」


S大学附属高校3年の宮崎牧子(まきこ)が声を掛けてきた。牧子は、舞子と同じ歳なので、小学校から柔道大会で顔を合わせている。強化合宿でも、同室になることが多かったので、仲が良かった。しかし、牧子は4月の大会で対戦するかも知れない相手でもある。


 「まあ、今は妊娠も後期なんで、投げ込みと、後は、筋肉トレーニングぐらいしか出来ないかな」

本当はゲームでトレーニングもしているが、そこはあえて話さなかった。

「企業ってお金あるよね。帯同の医者に、練習パートナーまで用意してくれるんでしょ?」

「まあ、そうだね。でも、たまに自分はモルモットだなって思う時もある。『九十九(つくも)』の企業イメージ上げるとかで所属している訳じゃないから」

「へー。企業イメージを上げる必要はないんだ」

「うん。『九十九』のTVコマーシャルとか見ないでしょ?」

「でも、駅前の大きなビルを見ると(もう)かっているって思うよね」


「本当になんで稼いでいるんだろう?」

舞子も、学費も寮費も食費も、修学旅行代も払っていない現状には、いつも疑問を抱いている。

「『九十九カンパニー』って教育産業でしょ?」

「スポーツ関連のグッズや、マネージメント業にも手を広げる予定らしいよ」

「あの眼鏡の男の人もマネージメント部門の新人社員か」

「新人社員ね。ふふ」

確かに、ジャケット姿に銀縁眼鏡を掛けた狼谷柊(ろうやしゅう)は、仕事中の新人社員に見える。今も難しい顔をして、スマートホンで何やら連絡を取っている。


「2本目」

「榎田さん、私と乱取りやって」

牧子は、次の乱取りは涼とやりたくて、ダッシュで涼に抱きついていった。

「まあ、あの子のあの積極性が、強さにつながっているんだけどね」


「舞子さん、私も榎田さんみたいな練習パートナーが欲しいです」

1回目に乱取りしていた大学生が、戻ってきて舞子の側に立った。

(涼は、怪我させないような乱取り得意だからね。涼が本気を出して、低い背追いをしたら、この子なんか首が折れちゃうよな)


 5分の乱取りが20本終わると、15分休憩を挟んで、寝技が入る。


15分の休憩の間も、涼は休まなかった。

混み合っているところで、乱取りすると怪我をするので、マリアとオユンを1回ずつ休ませたが、それでは彼女らの乱取りが少なかったので、15分の休憩時間も、3人で1本取りの乱取りをした。

 すべて涼が勝つので、涼は15分間休みなしだが、昨日ゲームで見せて貰ったT大学の選手の技を思い出しては、試すのにはちょうど良い時間だった。


牧子が舞子の側にまた寄ってきた。

「榎田さんって、左右組みなの?」

「本来右だけれど、女子とやるなら左の技も出せるな」

「それって、舞子のためにマスターしたの?」

「まあ、そうかな?」

「なのに、なんで舞子のオリンピック駄目にするタイミングで子供作ったの?」

 牧子は悪気がなく、こういう言い方をする。それに目くじらを立てるほど子供でないので、牧子の耳に口を寄せて冗談めかして言った。


「私があんまり可愛いから」


牧子は親指を下に向けて一言。

「リア充、●ね」


舞子は周囲の好奇心をいなしながら、涼の寝技を見つめていた。

(T大の練習は有意義だったのかな?)



 11時を回ったところで、午前の練習が終わった。舞子達は、選手より先にシャワーを浴びさせて貰った。笹木研究員は、舞子の体に巻き付けてあるテーピングをコールドスプレーで一端冷やして剥がした。午前のデータを確認するために、バスの中に舞子が使っていたテーピングやサポーターを持ち込んで、分析を始めた。

 舞子達はジャージ姿に戻って、昼食休憩をするために、道場に下りていった。



 突然、低い雷鳴と共に、車軸を流すような土砂降りの雨が降ってきた。

バスで待機していた蹴斗(しゅうと)が、道場に飛び込んできて、道場の高い窓を閉めるのを手伝い始めた。背が高いので、女子が長い棒を使って、もたもた窓閉めしているのを、あっという間に閉めてしまった。涼は天窓を閉めるクランクを、S大学の女子選手から受け取って、力(まか)せに一気に閉めた。


 S大学の選手は、その間、道場の外に干していた、道着を取り込みに走り出していた。

「だめだぁ。全滅。午後から使うはずの、柔道着がびっしょり」

今日の午後から、S大学は新たに、大学と警察、自衛隊の選手が来て、合同合宿をすることになっていたのだ。


「おーい。昼飯持ってきたぞ」

バスの中にあった弁当を柊が運んできた。

「ひどい雨だったな。蹴斗はなんで道場の中にいるのに、Tシャツがびしょ濡れなんだ。柔道着と一緒にそれも乾かして来いよ」

「おい、俺のバスタオルでよければ、Tシャツ脱いだ後、これを羽織(はお)っていろよ」

涼から借りたバスタオルを上半身に掛けて、濡れた自分のTシャツと午前の練習で汗まみれになっていた涼達の柔道着を受け取って、蹴斗が柊と一緒にバスの中に向かった。


 弁当を食べている舞子のところへ、自分の弁当をもって牧子が近づいてきた。

「美味しそうな弁当だね。それは業者の弁当じゃないね?」

「うん、九十九カンパニーの弁当をバスの中に積んできたみたい。今、柊が、いやマネージャーが温めて持ってきてくれたんだ」

「ところでさ、あの背の高い色黒の人と、マネージャーさんは柔道着をどこに乾かしに行ったの?」

「バスの中に洗濯乾燥機が入っているんだ。水を使わないで温風で洗って乾かすんだけれど、匂いもしっかり取れるんだ。柔道着1枚が10分もあれば乾くな」


 その話を聞いた監督の野田が、舞子に近づいてきた。

「その乾燥機は、一度に柔道着が何枚洗えるの?」

ちょうどその時に、洗い終わったTシャツに着替えてきた蹴斗が戻ってきた。

「蹴斗、今日乗ってきたバスに入っている洗濯乾燥機は、柔道着だったら一度に何枚乾かせる?」

「えー?10セットはいけるんじゃないかな?後、ボックスは20個入っていたし。はい、これは舞子の箱」

牧子は興味深そうに、ホカホカの箱を見つめた。

「その箱には何が入っているの?」

「Tシャツとか、下着。こういうのは人のものと混じると困るから、1人ずつ別々の箱に入れるんだ」

「その箱、見・・・」


野田監督が、牧子の話を(さえぎ)って、目をうるうるさせて、舞子に頼み込んだ。

「舞子さん、雨で濡れた柔道着も乾かせるかな?」

「はい。聞いてみます。蹴斗、S大学の柔道着って、バスで乾かしてもいい?」

蹴斗が柊と、少し相談をしてから答えた。

「バスの中には、部外者は入れさせられないので、濡れた柔道着は玄関にまとめて持ってきてください。僕らが乾かします」


 S大学の学生は、信じられないという顔で、それでもぐっしょり濡れた柔道着を申し訳なさそうに、蹴斗と柊に渡した。

牧子がさっきの話の続きを始めた。

「その箱の中見せて」

舞子が渡すより早く、牧子は箱を取り上げて、箱を開けてしまった。

「もう、下着も入っているって言ったじゃない」

「え?ワイヤーがついているブラも入れられるんだ」

「だから、温風当てるだけだから、繊維も傷まないし、しわにもならないの」


またもや、野田監督が話に割り込んできた。

「舞子さん。その洗濯乾燥機って、どこで売っているの」

「うちの研究所で作っているんで、まだ一般販売はしてないみたいです」

「お値段は高いんでしょうね」

「うーん。この間、体育祭の時、展示即売していたけれど、私達の寮の個室に入っているサイズで、一台200万円の値段がついていたかな」

「たっかぃ」


牧子の言葉に舞子は苦笑した。

「まあね。でも、毎日着た服をハンガーに掛けて、下着なんかをボックスに入れれば、翌朝には着られるんだもの。安いと思うな。洗う、干す、取り込む、畳む、アイロンがけ、すべてから解放されるからね。サイズも1人用クローゼットと同じ大きさだし、何より着替えの服が、ほとんどいらないからね」


「うわー。いい匂い。ふんわり乾いている。嘘みたい」

蹴斗から乾いた柔道着を受け取ったS大学生は、柔道着に顔を(こすり)り付けて興奮している。

野田監督も立ち上がって、できあがった柔道着を確認しに行った。


牧子はそれを見て、舞子に言った。

「九十九カンパニーって、一体、何作っているの?」

「何を作っているって言うか、あそこでタブレット持って、学生さんに米菓の感想を聞いて回っている人いるじゃん。あの人はデータ解析が専門の笹木研究員なんだけれど。そういう研究員がたくさんいて、自分たちが作りたいものを作って、売り物になったら売るっていう感じかな?」

「舞子も研究員になるの?」

「いやぁ。私は家業を継ぐっていう感じかな」

「東城寺を継ぐの?」

「それは悠太郎お兄ちゃんが継ぐんじゃない。私はそういうのじゃなくて・・・」


ドカーン

舞子の話を遮るように、大きな雷が落ち、道場全体が揺れた。同時に、道場のタイマーの表示が一瞬消えた。クーラーも「う~」と力が抜けたような音を立てて、停まった。


「この暑さでクーラーが消えたら」と思うと全員の血の気が引いたが、それは一瞬出来事だった。

トイレの灯がつき、クーラーも低いモーター音をさせながら再稼働し始めた。タイマーのエラー表示は、コンセントを入れ直したらすぐに直った。しかし、最も大切なものが破壊されてしまった。


「監督、パソコンが壊れました」

道場の脇にある監督の部屋から、主務(しゅむ)の学生が半泣きで飛び出してきた。

「えー?」

監督が学生と一緒に部屋に飛び込むのを、柊が冷たい目で眺めていた。

隣に立っていた蹴斗が、柊に言った。

「やばくないか?」

「まあ、デスクトップ型の古いマシンだと、ハードデスクのデータが飛んでいるかも知れないな」

「直せるか?」

「なんで、俺が。だいたいクラウドに上がっているから、そこからデータを戻せば、大丈夫じゃないか。まあ、監督の研究成果なんて言う膨大なデータであれば、普通はバックアップしているだろう。学生が主務の仕事で作るちょっとした書類なら、もう一度打ち直せばいい程度じゃないか」


 そういう柊の背中を、舞子がどついた。

「情けは人のためならず」

柊が肩をすくめた。

「はいはい、『巡り巡って自分のため』ですね。ボス」



全く乗り気でない柊も、監督の部屋で泣き崩れる2年生の主務を見ると、優しい言葉をかけるしかなかった。

「雷でパソコンが壊れましたか?」

「さっきまで、今日午後から、合宿に来られる方々に渡す領収書と会計簿を作っていたんです。プリントアウトの1枚目で雷が鳴って・・・・。この中には、来月の大会の申し込み用紙もあって・・・」

「それ以外のデータはないんですか?」

「部員名簿とか、OGの名簿、過去の主務の仕事一覧。それから、試合のビデオデータも入っています・・・」


柊はパソコンの型番とプリンターの型番を確認した。

「このプリンターがギリギリ動くOSのバージョンは、20ですかね?じゃあ、自動的にクラウドにデータがアップされているはずですよね」

「???」

「ビデオ撮影しているタブレット見せて貰っていいですか?ビデオのデーターはどうやって、パソコンに送っていますか?」

「クラウドで・・ああ」

「そう、ビデオのホルダーの下に、データホルダーがあるじゃないですか?まずは、領収書と会計簿を作って印刷しますか?悪いけれど、ハードディスクの中身を救出するのは、ここでは出来ないですね。」

「助かります。参加者はこのノートに書いてあるんです」

主務は古いノートを持ち出してきた。手で枠を書いて、そこに参加人数と弁当注文数、レンタル布団の枚数が書き込まれている。


「手書きですか?」

「はい、先輩達もそうしていたので」

「まさか、これを領収書の枠に打ち込むんですか?」

「はい。今回は3ヶ所なのですぐ出来ましたが、10ヶ所を越えると大変です」

「大変でしょうね。表計算ソフトから領収書に飛ぶようにしましょうか?幸い、このプリンタースキャン機能もあるし」


 柊がすべてやれば、ものの10分もかからない仕事だが、柊はこの学生が自分で出来るように1から教えることにした。


 柊は手で書いた申込書をプリンターでスキャンして、データを読み込み、表計算ソフトに落とし込み、ボタン1つで領収書を出す方法を、一つ一つ教えた。主務の学生はその手順一つ一つをノートに書き込んでいたが、柊とはその間、我慢強く待っていた。

タブレットで出来たデータは、Bluetoothでプリンターに飛ばし印刷が出来るようにした。

 印刷が出来た後、柊とはもう一度手順をスクリーンショットや写真で撮影して、フルカラーの手順書を作成して、紙に印刷してファイルに綴じた。

「ファイルにはちゃんと背表紙を着けて、保存しておいてね」


そう言って、柊が監督の部屋から出て行った後、主務の学生は、ファイルを大事そうに抱えて、ため息をついた。そして「柊様(しゅうさま)ファイル」とマジックで書き込んで、パソコンの脇の棚に置いた。

 

「あ、そうだ。ハードディスクの中身の救出はどうします」

突然、柊が監督室に戻ってきたので、主務の学生は真っ赤な顔をして、ファイルを隠した。

「あっ、監督に相談します」

「そう?じゃあ、いいですね」



午後の練習はゆっくり休憩を取った後、3時から始まった。舞子はその30分前に笹木にテーピングをしてもらい、乾いたサポーターを着けて練習の準備をした。

「実際の試合だと、濡れた状態で2,3試合しないといけないから、そのデータも後でとりましょう」

「笹木さん、午前のテーピングは足や膝はいいんですが、上半身は少しかゆくなりました。参考までに」

笹木は舞子の背中の少し赤くなっているところの写真を撮った。

「他に動きを妨げたり、不安定になったりするところは?」

「交感神経全開だと、あんまり感じないかな」


武道場に下りると陸医師が告げた。

「午後はランニングをしないでください」

涼は「寝技の反復練習くらい?」と聞くと、

舞子は「午後はK体育大学も来るから、寝技は見せなくていいかな」と口を挟んだ。

「組み手の反復練習くらいはしてもいいですか」

舞子の質問に、「練習最初の10分、最後の10分くらいなら」と許可が下りた。

最後に(くが)医師がにやっと笑って言った。

「あんまり頑張ると、明日遊びに行くのは許可できないかな?」


次回は、少しハードな内容です。苦手な方はご注意ください。

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