「チーム舞子」対策会議
ついに舞子の試合まで、半年になりました。
昨日、白萩地区の宿泊施設が余りに使い勝手が良かったので、児島医師の発案で、本日夜の「チーム舞子」対策会議は、同じ部屋を2フロアつなげて会議を行うことになった。
座卓には流石にスイーツは並べられないので、部屋の隅にスイーツコーナーがあって、自分の好きなものを取って、食べながらの会議になった。勿論、カロリーや健康、妊婦の体調などには十分配慮がある菓子のセレクトではあったが・・・。
「児島伊月!お前はこんな美味しいものを食べながら、夕べはイケメンに囲まれて寝たのか?許さん!!」
児島医師に同期の陸が、冗談めかしていった言葉が会議の始まりだった。この会議は、司会もファシリテーター(進行係)もいなかった。舞子と涼が、みんなの話を聞いて、良いものは取り入れるという井戸端会議のようなものだった。医師や研究員が中心だが、意見を聞きたいものにはオンラインで、質問をすることも出来るので、かなり多くの人が会議を視聴もしていた。
「イケメンではないですが、僕から皆さんに現在、対策として行っていることを報告します」
試合当日、サイドコーチにつく予定の榎田涼が、話の口火を切った。九十九カンパニー所属東城寺舞子の「監督」という肩書きで、登録する予定なのだ。
舞子の現在の体重 90kg 妊娠前のベスト体重 98kg
子供の月齢 妊娠28週、妊娠8ヶ月
最後の大会 2028年4月23日(日)全日本女子柔道選手権優勝 横浜武道館
目指す大会 2029年4月22日(日)全日本女子柔道選手権優勝 横浜武道館
「横浜武道館はこのような会場です。参加者は36名程度。舞子は前年優勝者として、予選なしでエントリーでき、第1シードか第2シードに入ります」
「何で、第1シードじゃない可能性があるの?」
陸産婦人科医が質問した。
「今年のオリンピックで、昨年の準優勝者の熊本成美が優勝したので、多分そっちが第1シードかも知れません」
「決勝までの試合数は5試合。熊本以外のライバルは昨年ベスト4だった長野、山口の2人に、今年インターハイを制した宮崎、それから中学2年ですがアメリカ人の父を持つ長崎、警察選手権を3年連続制した富山が考えられます。また、中量級ですがオリンピックで金メダルを取った奈良も巴投げと寝技中心で、舞子とは相性が良くありません。各県の予選が年明けにありますので、確定ではありませんが、この辺を想定して対策を練っています」
「対策を練ってくださった方から、効力などを説明お願いします」
まずは、白萩地区でネイリストをやっていた研究員講内が手を上げて、口火を切った。
「はい。柔道から離れている期間が長いと握力が落ちるというので、握力が上がるマニキュア制作してみました」
「ありがとうございます。塗って1週間柔道をしてみましたが、まだ剥がれません。オヨンとマリアがしっかり組む柔道タイプなので、出来れば、組み手を切り合う柔道の人と乱取りしたいと考えています」
涼に続いて、マリアも使用感を説明する。
「可愛くて、気持ちが上がります。爪が割れなくていいです。奥襟をつかむ時、指先に引っかかる感じがいいです。ただ、私、下着などはもみ洗いをするんですが、ネイルが3日目には少し剥がれました」
オヨンもまた違う感想だった。
「爪に柄があると気が散ります。背負い投げには、効果がないみたい。特に小指や薬指には特に力が入る気はしません」
ネイリストの講内は、使用感について必死にメモをしていた。
テーピングの素材開発をしている研究員湊が、次に挙手をした。
「テーピング担当湊です。希望はすべて満足できるようなテーピング作りました。使用感のレポートありがとうございます。岐阜分校や富山分校の他競技の人からもデータ貰っています。これからは冬の競技の人からもデータが欲しいです。4月の柔道に関しては、10度以下に下がらないので、剥がれないと思います」
リモートで参加している入院中の圭からもコメントが届いた。
「圭です」
「圭~。久しぶり、会いたかった。体調は?」
「まあまあです。直接そっちに行けなくてゴメン。『フィット柔道』使ってくれてありがとう。足技だけじゃなくて、今、奥襟対策バージョンと返し技バージョン作っている。それから、今の会議の話だと巴投げバージョンがいるね。柊と涼で国内外の巴投げビデオを集めて貰っている。すべて左右反転も作っているから期待していて」
「ありがとう。でも、休み休みやってね」
舞子は顔を強く叩いた。涙が流れそうになると、気合いを入れるために叩くのだ。
薫風庵からも画像が入ってきた。
「鞠斗です。横浜武道館の内部で、当日大会で使わない部屋を、1つ確保しました。休んだり、テーピングしたり着替えたり出来るようにするためと、ドクターの待機場所としても使えます。また、他人の使うスプレーなどの影響で、ドーピング違反にならないようにしたい。
それから、九十九カンパニー名で協賛金を払いましたので、企業用の席が多数取れます」
実は、部屋は2つ取ったのだが、それは舞子には知らせない作戦の一部である。
「鞠斗の話は終わった?次は晴崇です。テーピング式桔梗バンドは出来たけれど、やっぱり違和感があるなら、マイクロチップを埋め込むことも出来るよ。試合後、5mmくらい切開すれば、すぐ取り出せる。手術するなら、試合1ヶ月前がいいね」
「それをすると、ドーピングにならない?」
久保埜外科医が異議を唱えた。
「あくまで、データ収集の機能しか持たせないよ。だいたい、舞子が嫌だろう?そんなことして勝つの」
「はい」
舞子はまっすぐ、顔を上げて答えた。
「でも、マイクロチップは入れたいです。手首には別の目的でテーピングしたいので」
手首のテーピングは、どの選手もやっている握力強化のためのテーピングをしたいのだ。
素材担当の研究員が答えた。
「握力強化のテーピングもいつも使用してくれてありがとう。こっちは、膝や腹部と違って、毎回試合前に巻けるように、かぶれない素材を使ってあります」
最後に産婦人科の立場から名波医師が話し出した。
「あかちゃんの冬月君の生育は順調です。多分、予定日2週間前には帝王切開で取り出せるくらいには成長するでしょう。今、懸念しているのは、生理の再開がいつになるかと言うことです。試合最中に急に再開することも考えると、対策をしなければなりません」
陸産婦人科医師も付け足した。
「生理だけでなく、胎盤の剥がれた後からの再出血は、運動中ということもあり、もし出血すると柔道着が汚れるほどの大量出血の心配があります。出産後の体形を予測して、試合の数+1組くらい柔道着を用意しておいてもいいかもしれません。試合時間は5分。延長もあるし、決勝は8分だよね。試合中汚れた柔道着は帰られるというなら、もっと用意してもいいかもしれない」
舞子と涼は目を見合わせた。試合用柔道着は1枚2万円を超える。それを6枚も用意できるというのは、学生には考えられないことだ。
「そして、産後の体型はどこまで絞れるか分からないので、もしかしたら大きめになってしまうかもしれません。だから、大きめの柔道着だった場合は、直前に縫い縮める。もしくは大きめの柔道着に慣れておくという対策が考えらます」
涼はだんだん胃がキリキリしてきた。こんなに多くの協力で試合をする舞子のプレッシャーはどうなんだろう。舞子を見ると、目をキラキラさせて、話を聞いている。
「今日はありがとうございました。私からは、皆さんに応援のお願いがしたいです。紅羽、聞こえている?紅羽に応援団長を頼みたいの。鳴りものは駄目だけれど、みんなの肉声で応援して欲しい。応援のパターンの1つめは入場の時、みんなが応援しているって分かりたいから。2つめは危ない時。押さえ込まれている時に気合いが入りそうなやつ。3つめは負けている時、落ちそうな気持ちを奮い立たせて欲しい」
「紅羽です。食堂でみんなで会議の様子聞いています。ミニスカート穿いていいですか?」
「はは。水着じゃなければいいですよ。みんなで桔梗色のビブス着て、応援して」
「そのデザインは、鞠斗デザイン事務所に頼みます」
「鞠斗です。了解しました。後で参加者人数掌握します」
「紅羽です。鞠斗、桔梗学園の人もみんなで応援するんだからね。数は全員分!!」
「岐阜分校も応援しますよ」
「企業協賛の席、2倍は頼まないと。関東にいるOGも来そうだね」
舞子はニコニコして、立ち上がって、ペコってお辞儀をした。
「次回の対策会議もお願いします」
舞子の挨拶で1回目の会議は終わり、参加者はそれぞれ片付けをしたり、残った菓子をポケットにねじ込んだりして解散した。舞子と涼と児島医師だけが、最後に残った。
「なんか、わくわくしてきちゃった」
「舞子は前向きだな。ところで、俺たち、マニキュアやテーピング、新しい寝技の効果を確かめるために、また出稽古に行くんだ」
「どこへ?」
「前回と同じT大学と、廣井監督の奥さんの母校S大学に2泊3日で行く予定」
「誰と?」
「オユンとマリア、データ収集のために笹木研究員さんと陸医師、須山深雪の弟、猪熊。この間、深雪から弟も連れて行ってくれって頼まれたんだ。俺1人男ってのも、どうかと思って許可しちゃった」
「お兄ちゃんのところには、泊れないでしょ?」
「ああ、ここみたいな桔梗学園関係者用宿泊施設が、東京、神奈川、大阪、福岡に3か所あるんだって、そこを使わせてもらう。それから、資財も持って行くからって、ワゴン車で行くことになった」
「私は車では行けないね」
「残念ながら、新幹線じゃないしね。え?行くの?」
「当たり前でしょ?新幹線で私も行く!最近、外の空気に慣れていないので、暑熱順化も兼ねて行きます」
「はいはい」
舞子は向こうで何をするつもりなんだろう?でも、涼としては舞子の機嫌を損ねることの方が怖いので、再度、舞子も含めた計画を練り直すことに決めた。
このプロジェクトの主人公は舞子である。「舞子ファースト」は忘れないようにしないと。
次回は、みんな!で、横浜に行きます。