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柊のトラウマ

時間軸で切ろうとすると、1つの話が長くなります。すいません。

 白萩地区古民家村には、自宅、借家、宿泊施設の3種類の古民家群が建設されている。

戎井(えびすい)呉服店のように古民家として再生できる古材を使っていれば、それを移築し再生すれば、自宅として使用することが出来る。建築費用は無料だが、元の土地代と死後残された自宅は九十九コーポレーションのものとなる。

 昭和高度経済期に作られた家は、残念ながら大量生産品なので再利用は出来ない。白萩地区の借家に移った者は、元の家を無料で解体してもらう代わりに、元の自宅の土地は九十九コーポレーションに譲り、かつ、地区の運営に携わって貰う。勿論、自宅がある者も、無料で生活するには、地区の運営に携わることが求められる。「働かざる者食うべからず」である。

 涼の祖母松子は、着物リメイクの講師をしているし、先日やってきた松子の友人、若槻ひなたは編み物の技術があるということで、編み物講習会をしたり、オーダーセーターの制作をしたりしている。手編みのセーターは、特に寒い地域に出張に行く研究員から人気で、順番待ちとなっている。


 最後の宿泊施設は、手ぶらで来て泊まることが出来る施設で、10人くらいで1フロアだが、2フロアぶち抜けば、20~30人で泊まることも会議することも出来る。

「どうですか。私もここに一度泊まってみたいと思っていたんですよ」

児島医師は少女のような顔をして、まるで新しいホテルに泊まりに来たようなはしゃぎようだ。

「まずは、今晩の予定を決めましょう。風呂の順番と夕飯の注文です。女子はどちらが先がいいですか?」

3人は顔を見合わせたが、年長者の三津(みつ)が決めた。

琥珀(こはく)ちゃんと玻璃(はり)ちゃんは髪も長いから、渇かす時間も考えると、先にお風呂に入れて貰えると嬉しいです」

いつものように男子をリードするのは(しゅう)だ。

「じゃあ、俺たちは夕飯の買い出しに行ってきますか?」

「買い出しに行ってもいいけれど、タブレットで注文も出来るからね。女子が風呂に入っている間、男子はお腹がすくでしょうから、先に頼んでいいよ」

児島医師に涼が遠慮がちに聞いた。

「宿泊費や食事代はどのくらい掛かりますか?」

「お姉さんに任せなさい」

そう言って、児島医師はソフトボールで鍛えたたくましい胸を(こぶし)でたたいた。

(多分、柊の治療費名目で桔梗学園から落とすんだろうな)


「では、遠慮なく決めます。風呂に入る前に、琥珀ちゃんや玻璃ちゃんは食べたい物あったら教えて」

大神家の財政状況について知っている涼は、まず双子の希望を聞いてやりたかった。

「目移りしちゃうね。というか、メニュー見ても食べたことがないものばかりで、どんな味なのか、想像つかないんだよね」

ここでも三津が後輩を仕切る。

「まず、炭水化物はご飯、麺、粉もんの何が食べたいですか?」

「冷めても美味しいもの・・かな」

「じゃあ、焼きそばとか良くない?」


この調子で注文していると(らち)があかないので、一雄がタブレットを取り上げた。

「風呂の時間もあるから、俺たちが頼むのを見て、足りないのがあったら言ってくれ。7人いるんだろう?じゃあ、夜だし、すべて5人前で頼むぞ。焼きそば、お握り3種盛り、唐揚げにフライドポテト」

一雄は、唐揚げをこっそり7人前にして入力した。

三津がそれをのぞき込んで「サラダも入れてね」と温野菜サラダとそれに付けるディップを3種類指さした。

「あの、デザートもいいですか?前から食べたかったんです。コーンと紅はるかのソフトクリームをカップで」

玻璃が遠慮がちに言った。

一雄はタブレットから顔を上げて「児島医師(こじませんせい)や男子はどうする?」と周囲を見回した。

児島は、三津と一雄にのしかかるように、後ろからタブレットをのぞき込んだ。

「モンブランケーキ」と言って風呂の準備を始めた。

「柊は?」「コーヒーゼリー」

涼が同意した。勿論、徹夜覚悟の注文だった。

「俺もコーヒーゼリー。それから、ポットでコーヒーも注文して」

「そうだよな。妊婦はコーヒーの匂い受け付けない人がいるから、俺も久しく飲んでないや」

柊のためだが、それは黙っていた。



30分ほどすると玄関のブザーが鳴って、ドアの外には、自動運転の配達車が注文品を届けに来ていた。

 女子が風呂に入っている間に用意されていた広い座卓には、所狭しと料理が並べられた。直接畳に座る者も、ソファーに座る者もいてそれぞれが好きな場所を陣取った。

 男子の入浴が終わると、全員で麦茶などをコップに入れて、夕飯を始めた。

「乾杯~」

体が温まって、柊はいつもの調子を取り戻してきた。

「大神さん達って、そうやって、髪を()くとどっちがどっちか分からないね」

「ポニーテールが琥珀で、ツインテールが玻璃です。涼さん。体育祭の髪留め大切にしています」

「ツインテール用にもう一ついるね」

「涼は、舞子に怒られるぞ」

「うるさいな。舞子はそんなことでは怒らない」

「双子コーデっていって、女の子の双子は似たような髪型にするって聞いたけれど、2人はどうして全く違う髪型にしているの?」

内科医で精神医学も学んでいる児島が興味を持って質問した。

「同じ髪型でもいいんですが、普段違う髪型にしていると、親を誤魔化すのにちょうどいいんですよ」

「1人2役をして、1人がいないことを誤魔化すんです。うちの親は私達の区別がつきませんから」

児島は意味が分からないという顔で、柊達の顔を見た。柊が大神(おおかみ)家の状況の説明をした。

「大神家は3男4女の7人兄弟で、子供の世話は上の子がしているので、親は子供の顔の区別がつかないんだろ?」


「そうそう、この怪我をした時も、医者に連れて行ってくれたのは(りゅう)兄ちゃんと(れい)兄ちゃんだったもんね」

そう言って、琥珀が前髪を上げて、額の傷を見せた。

「ちょっと見せて、頭を固いものにぶつけたのかしら。2年前くらいの傷ね」

児島が傷口をのぞき込んだ。琥珀がうっすら笑って続けた。

「私が悪いんです。うち、自転車が1台しかなくて、お兄ちゃん達が乗っているのが羨ましくて、2人でこっそり練習したんです。で、教えてくれる人がいないから、坂道を利用して下りながら、自転車のバランスの練習をしていたんです」

「想像ついたわ。それで道路に顔面から落ちたのね」

「はい、血まみれで、玻璃には『頭蓋骨が見えている』って言われて、近所の家の井戸で顔を洗わせて貰って、その上、厚くガーゼを当てて貰って、2人で自転車を押して帰ったんです」

「お家の方心配なさったでしょ?」

「いいえ。『信仰が薄いからだ』って塩をまかれました」

「で?医者には行ったの?」

「医者代なんかくれないので、お兄ちゃん達がお小遣いを出し合って、薬局で消毒薬と、包帯とガーゼとテーピングを買ってきてくれました」

「まさか、テーピングで傷を止めたの?」

「ネットで、テーピングで止める方法を見つけてくれて」

「まさか、そのまま?」

「いや、流石(さすが)に学校の先生に話して、校医さんのところで処置して貰いました。抗生剤なんかも飲まないとヤバかったので。でも、担任が親に連絡して、1週間くらい食事抜かれました」

全員が大神家の実態を聞いて、絶句してしまった。三津は今まで軽い気持ちで手伝っていたが、子ども食堂は本当に命を救う活動なのだと気がついた。


柊は、別のことが心配だったようだ。

「自転車に乗るの、今でも怖いでしょ?」

「いいえ?自転車に乗れなかったら困るので、兄ちゃん達を説得して、学校のグランドで練習しました。今では2人ともちゃんと乗れますよ」

「怪我のこと、思い出さない?」

「大体、家の自転車、金がなくて修理に出せないので、兄ちゃん達もよくパンクした自転車でこけていますから、怪我は日常茶飯事だよね。みなさん、夕飯冷めてしまいますし、私達初めてのお泊まりでわくわくしているので、楽しい話題にしましょう。恋バナとか」


一雄がタブレットの注文履歴を見ながら首をかしげた。

「あれ、レバニラ(いた)めや青椒肉絲(チンジャオロースー)なんて、俺頼んだっけ?」

児島医師が手を上げた。

「はい、私が頼みました。炭水化物に脂質、糖分ばかりでは駄目ですよ。栄養バランス考えてください。監督さん。鉄分や亜鉛、ビタミンなんかも取ってくださいね」

 一雄は、まだ栄養関係の講義を受けていなかったが、選手の体調管理を考えると必要な知識だった。

「レバーってどこの部位ですか?」

琥珀の質問に柊が答えた。

「肝臓だね。鉄分が豊富で、貧血を起こさないように、女子は特に食べないと」


一雄は柊の言葉に気が楽になって、軽口をたたいた。

「そうだな。三津は嫌いでよく残しているけれど」

「小学校の高学年頃から、よく食卓に上がっていたのを覚えているけれど、苦くて嫌いなんだよね」

児島医師が三津を見つめていった。

「多分、三津さんが小学生から生理が始まったからじゃない?」

「よく分かりますね。多分、小学4年生からだから、早いほうだと思います」

お握りをかじりながら、涼がごく自然に話し始めた。

「早いね、舞子は5年生、家の妹は中学?確か1年生かな?最近は昔より生理が始まるのは早くなったって言うよな」


柊が赤い顔をして、女子を見渡した。

「涼、いくら既婚者だからって、女子の前でそんなあけすけに話すなよ」

「減量競技では、生理について知っていないと困るんだよ。生理始まると、一晩で1kgくらい体重増えるからな。舞子は生理が重い方だから、試合と生理がぶつかる時には、父親にピルを飲むよう強制されていたな」

玻璃が心配そうに児島に耳打ちした。

「生理って普通、何歳くらいで来るものなんですか?」

「遅いと、高校生で来る子もいるし、初潮が来て、その後半年くらい来ない子もいるよね。ちょっと失礼?」

児島医師は、玻璃と琥珀の上腕を腕でつかんだ。

「2人とも、生理が遅いというより、体脂肪が少なすぎて無月経状態なんじゃない?」

「陸上部の先生が、体重増えると長距離が遅くなるって、言っていたんで桔梗南中学の部活の長距離組はみんな細いですよ」

児島は眉根を寄せて、考え込んだ。

「玻璃さん体重は何キロで、身長は何センチですか?」

「体重は多いんで恥ずかしいんですが、45kg、身長は最近伸びて160cmです」

(しゅう)君、涼君、授業の復習です」

「はい」


「柊君、玻璃さんのBMIは?」

「45÷1.6÷1.6=17.578・・ 小数第二位を四捨五入して、BMIは17.6です」

「涼君、この数値から分かることは」

「18以下で第2度無月経になりやすく、多分体重が42kgを割り込むと、不可逆無月経になる可能性があります」

三津が口を(はさ)む。

「160cmで45kgなんて、モデルさんの体型じゃないですか。高校生の女の子は50kgを越えると、『大台に乗ってしまった』って減量始めるのに、それって痩せ過ぎってことですか?

でも、『不可逆』って二度と生理が来ないってこと?ですよね」


玻璃が自らの細い腕を抱えてうつむいた。

「生理が来ないってことは、赤ちゃんが産めないってことですよね」

「監督の間違った栄養指導も困ったもんだけれど、大神家は栄養失調なんでしょ?はっきり言うけれど、身長が急に伸びたってことは、今から栄養改善すれば、間に合うよ。

もし栄養改善をしないと、生理が来ないだけじゃなく、骨折も増えて駅伝はおろか、走ることも出来なくなるよ」

「子ども食堂では、生きるために最低限度の食事しか配れないよね」


「ここから先は、大人が考えることだ。取りあえず、その白いバンドをしていれば、白萩地区で夕飯を食べて帰れるでしょ?後ね。生理が来たら、生理用品も高額だから、ここのトイレから、生理用品も好きなだけ持って帰っていいんだからね」


「いいぞ。舞子なんて、桔梗学園で生理用品のメーカー希望も出しているから」

「だから、涼、お前は何でそんなに詳しいんだ」

少し食欲がわいてきたのだろうか、お握りの2個目をかじりながら柊が突っ込む。

「武道場のトイレの備品が足りないと、俺が走らされるんだよ。トイレットペーパーが足りないとか、ナプキンやタンポンが足りないとか」

柊が一雄に助けを求めた。

「一雄、俺たちだけは恥じらいを持ち続けような」

「いや、野球の監督も、女子がチームに入るってことは女子の体のことも知らないと困るってことだよな」

「そうだよ、兄ちゃん、岐阜の野球チームの選手の方は、ほとんど妊婦さんだって知っていた?適切な配慮があれば、あれだけのパフォーマンスが出せるんだよ」


 そこからは、三津と一雄しか知らない、岐阜分校の話題にみんなが飛びつき、質問の嵐が吹き荒れた。


 レバニラも青椒肉絲も、綺麗に食べ終えた後、冷凍庫に保存されていたアイスやケーキを取りに男性陣が台所に立った。児島医師は、若者の熱量に疲れて、ソファーで今はうとうとしている。


琥珀が満腹で仰向けに横たわった。玻璃がそんな琥珀に語りかけた。

「今、8時半だよ。琥珀。夕飯の片付けも、弟たちの風呂もないって、天国」

「私も、宿題がないって天国」

「三津先輩、桔梗学園って宿題も多いんでしょ?」

「柊先輩の特別進学クラスは、多かったかもね。うちや兄貴や榎田先輩はスポーツクラスだから、英数国のワーク合わせて、毎日1時間半くらいかな?」

「琉お兄ちゃんは宿題なんかやったの見たことない」


アイスを持ってきた柊がそれに答えた。

「琉は、宿題はすべて学校で終わらせていたよ」

「琉さんって、優秀だったんですね」

「三津、涼も優秀だよ。推薦で入学が決まった舞子と同じ時間練習して、一般入試で合格したんだからね。スポーツクラスでも、紅羽の次くらいに成績が良かったな」

「柊、勘弁してくれよ。最初の1ヶ月で数学Ⅲを終わらせろって言われた時は、泣きそうだったんだから」

「涼さんは終わったんですか?」

「教科書を理解する程度はね。でも、その後のプログラミング言語はpython1つで終わったから。琉と柊と圭は、すでに高校2年までに2~3種類のプログラミング言語を習得して、新しいソフト組んでいたじゃないか」

「俺の運転免許試験対策ソフト良かったでしょ?」

「おお、助かった。柊のお陰で一発合格だった」


「俺も教習所でアプリをダウンロードしたよ」

一雄も九十九(つくも)農園で働くために、最近教習所に通い始めたのだ。

「違うよ。それは学科対策用だろう?柊の作ったソフトはVRゴーグル付けて、路上の練習が出来るんだ。桔梗学園は免許センターに直接行って、免許取るんだよ」


山田兄弟も、大神の双子も、柊や涼の優秀さを聞いて、桔梗学園までの道が意外と遠いことに気がついた。


「柊さんも涼さんも、本当に優秀なんですね。将来は何になりたいんですか」

「三津ちゃん、やっと僕の優秀さに気がついたね」

柊は、眼鏡を軽く押し上げて、すかして言った。

「俺と涼は高校卒業程度認定試験を受けて、大学に行くつもりだ。俺はT大学か、秋入学で国外の大学に行くつもりだ。国際政治か、国際法を勉強できたらいいな」

三津は首をかしげた。

「コンピュータが得意なら、工学部や情報系じゃないんですか?」

「今は、読み書きコンピュータの時代だよ。コンピュータに詳しくない人間が政治家になるから日本はDX化が進まない。未だにデジタル庁の大臣が文系って笑っちゃうよね」

「涼さんは?」

「あー、俺は保育を学んで、シスターコーポレーションの男性ナニー1号を目指している」


「ナニーって、『メアリー・ポピンズ』みたいなやつ?」

「三津ちゃんはそういう小説読むの?よく知っているね。でも、住み込みベビーシッターというだけでなく、ワンオペ育児をしながら出張する人のサポートも出来る『秘書+家政婦+保父』かな?男の人が子連れで出張って、出来ないじゃないか。柊が希望したら、格安で海外出張について行ってやるよ」

「まあ、俺の場合は有能な妻と出張したいな」


「そこだよ。どんな優秀な女性でも、夫の海外出張について行くには、退職や休職を余儀なくされるだろう?どちらかが、子供がいるということでキャリアを中断するなら、その代わりに『ナニー』を連れていったらいいんじゃないか?」


そこにいる全員が、涼の描いている将来像を想像できないでいた。

「柊、例えば、1週間アメリカ出張するのに、日当3万円払って、君の『優秀な妻』が仕事を失わないで済むなら安いものじゃないか?」

「ああ、涼の言うことが分かった。7日で21万円。交通費、宿泊費、食費は妻を帯同するのと変わらないなら、安いものかな?『メンズナニー』の立場としても、月に1週間の出張を2回すれば、42万円の収入が得られる。海外旅行をして、1日子供と遊んで、40万超えか。いいな。美人秘書を連れて行って、浮気を疑われるのよりいいし、涼ならボディーガードにもなれそうだな」

「秘書の仕事をして、ボディーガードも兼ねるなら、日当5万円もいけるんじゃないか?」

山田一雄も少しずつ、涼の描く世界についていけるようになった。


 寝ていたはずの、児島医師が起きてきて、モンブランケーキの前にどかっと座った。

「じゃあさ。ボディーガードは出来ないにしても、子作りまでお付き合いできる女性の労働対価は、日当4万円✕31日=124万円/月。つまり年収1,460万円になるのかあ。やっぱり『嫁に行く』って悪手(あくしゅ)だよね」


三津が「悪手」の意味が分からなくて、聞いた。

「悪い手、つまり『自分自身を不利にする手段』ということだ。嫁に行くってことは、男性と一緒に働く上に、育児、家事、家計管理、家のメンテナンス、亭主の面倒、亭主の親の面倒、孫の面倒をすべて無料でするってことだ。そこまでして、最後に1人暮らしをする女性のなんと多いことよ」


涼の頭には、松子ばあちゃんの顔が浮かんだ。

「でも、家族がいるって助かることもありますよね」

柊が小さい声で言った。

「助け合わない家族もあるよ」

「そうだね。桔梗学園の研究院のみんなやOGの多くが、どうして再婚しないか考えたことがあるかい?桔梗学園の中にもう『家族』がいるから、無駄に搾取される環境に身を置きたくないのさ」


涼と一雄は、自分達はどういう家族を作っていきたいのか、考え始めた。


「お兄ちゃんは、京さんと結婚するの?」

一雄は危うくアイスコーヒーを吹き出しそうだった。

琉と女子3人は、期待の恋バナに話が動き出したので、目を輝かせて、一雄の顔を見た。

「高校生でそんな先のこと考えるか?いや、ここに既婚者がいたんだっけ」

「まあ、舞子と俺も将来設計があるわけでなく、俺が自分の戸籍に『冬月』の名前がないと嫌だっただけだ」


「お兄ちゃん、話がずれたよ。私に『お姉ちゃん』ができるかどうかの話なんだから」

「京とは、結婚するとかいう雰囲気ではないな」


 一雄は改めて、京に取って自分はどういう存在なのか考えてみた。


 野球部の部活動がある日は、京はタブレットを持って、グランドにやってくる。部活動をじっと見つめ、たまに、一雄に話しかける。アドバイスの時もあるし、野球に関係する質問の時もある。帰りは手をつないで帰ることも、練習の合間には、一雄に寄りかかって何かタブレットで調べ物をしている時もある。流石に今は三津と手をつないで歩くことはないが、TVを見ている時は、三津は一雄を背もたれにしていることがある。


「なんか、恋人と言うより、妹か、飼い猫と一緒にいるみたいなんだよな」

「そういえば、京ってさ、薫風庵(くんぷうあん)晴崇(はるたか)にも同じように寄りかかっているのを見たことあるな」

「止めろ、涼。体の触れ合いレベルは同じでも、心の触れ合いが違うんだよ。俺や涼には少なくとも、ああは近寄らないよな」


楽しい時間は早く過ぎる。桔梗学園の就寝時間の9時が近づいてきたのを、児島医師は告げた。

「まるで、まるで飼い猫の話をしているみたいだね。さあ、9時だよ。お嬢さん達は、2階に上がって、布団を敷いてお休みなさい。桔梗学園の朝仕事に間に合うために、我々は5時のバスに乗るから、明日は4時起きだよ」


 男子はそのまま居間で、児島医師は隣の畳の部屋で寝るようだ。

児島医師は寝る前に、涼に耳打ちした。

「寝ていいよ。柊が起き上がったら、君たちの桔梗バンドのバイブが動くように設定してあるから。そうだ。涼君、明日夜、『チーム舞子』の対策会議があるって。詳しくは桔梗学園に帰ったらタブちゃんをチェックしてね。舞子の試合まで後、半年だから」

 

そう言って、児島医師は隣室に下がってしまった。


 柊は、まだ眠たくないようだ。今のソファーに寝転がった後も、話を続けたいようだった。

「なあ、一雄が桔梗学園に入ったのって、誰の推薦なの?

碧羽は試験があるのに、一雄は試験がないのは何故だ?

だけど、折角桔梗学園に無試験では入れても、卒業後は研究員にはならないで、九十九農園に就職するのも俺としては不思議なんだ。

一雄はすべてが、例外中の例外だよね」


一雄は、柊の歯に衣着せぬ物言いに戸惑った。

「推薦人は鞠斗かな?『監督』の打診があった時、監督するなら桔梗学園でバックアップするって言われたんだ」

勿論、京に「婿にしてやる」と言われたことは口が裂けても言えなかった。

「じゃあ、『監督』をやるために、桔梗学園に来たんだ。と言うことは、桔梗学園にも、一雄が『監督』することによって、各種データを集めたり、実験したりするメリットがあったというWin-Winの関係と言うことだね」


 柊にそう言われると、「婿にしてやる」という言葉にも、京の打算があったのかも知れないという考えが浮かんできた。

「桔梗学園がさ、教育も食事も無料なのは、『Win-Winの関係』だからじゃないか?舞子はみんなに応援して貰っているけれど、舞子から得られるデータは彼らにとって、得がたいものだと思う。無償の友情なんかじゃないと思うよ。勿論、舞子に対する(けい)紅羽(くれは)達の友情は打算的ではないけれどね」

「おい、涼。そういうこと言うと、お前の舞子への愛も打算的みたいに聞こえるじゃないか」

「夫婦って打算的だよ。子育てするための契約だから」

「なんか、失望したな。純愛だと思っていたのに」


 しょんぼりした柊に、一雄が意外な反撃をした。暗闇は人間の本性を引き出すのかも知れない。

「柊って、どんなタイプの女が好きなの?女なら誰でもいいの?」

「うわ、両思い軍団は独り者に厳しいな」

「三津でもいいのか?」

「お兄様、そんな失礼な考えは持っていません。と言うか、実は今まで桔梗学園にいるような、運動がバリバリ出来て、自立心の強い女性に囲まれたことがないので」

「つまりスポーツウーマンはタイプじゃないと」

「涼、誤解するな。舞子や紅羽や三津ちゃんを否定しているわけではなく、漫画に出てくる女の子って、中肉中背のかわいい系で、かつ知的なお嬢様ばかりなので、女性とはそのようなものだと今まで思っていたわけで・・・」

「お前の読む漫画が偏っていないか?まあ、2次元しか女を知らなかったという訳だな」

「実はさ、ここに来るまでは、俺は勉強は出来るけれど、白豚キャラだったから、女性に馬鹿にされていたのではないかと・・・」

「柊、俺だって、ちびっ子キャラだぜ。舞子とはでこぼこコンビだったんだから」

「俺も、野球部ではキャッチャーはなかなかもてないポジションだから、弟や健太の陰に隠れて、甲子園に出るまで女に声を掛けられなかったぞ」


「ちょっと待て、俺は今、色黒マッチョな眼鏡男子だし、涼はすらっとしたマッチョでイケメンキャラだし、一雄は高校生ながら監督を務める農家男子だ。俺たちは、過去はともかく、女にもてないなどと、悩むこと何にもなくないか?」

「今まで欲しかったものを得ても、人は悩みからは逃れられないな。まあ、柊は今、もててもいいキャラになったんだろ。ついでに桔梗村村長代理になって鞠斗の『スパダリ』ポジションを奪ったらどうだ?」

「あれは、断ったよ。鞠斗がボロボロに疲れているのを見ると、俺には村長代理は無理だと思う」

「さっき、国際政治を学ぶって言っていなかったか?世界に行く前に、村の政治でシミュレーションしてみればいいのに」

「女子の前で格好をつけたのバレた?姿はマッチョでも、心はビビりなんだよ。俺は」

「俺だって、監督するって言ったけど、京に尻叩かれながらじゃないと出来ない気がする」

「俺なんか、舞子を支えているって格好を付けているけれど、舞子の立場で試合に出ろって言われたら、チビりそうだ」


「家族を支えるって言うけれど、支える者がいるから勇気が出るんじゃないか」

「そうだね。結婚ってやっぱり打算的かも」

「明日は、舞子を支える会議だ。早く寝ようぜ」


柊は、マッチョな男子に囲まれて、1度も起きることなく、安らかに眠った。


悩みながらも、伏線回収されると嬉しいし、後の伏線になることは、今書かなければいけないし。

一話が長かった言い訳でした。

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