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無敵の碧羽

鞠斗と碧羽はこじれまくっています。

 碧羽(あおば)は考えた。どうしたら桔梗学園に入学できるか。

どうにかして、桔梗学園に(もぐ)り込むことは出来たが、1週間の講義はあっという間に終わってしまった。鞠斗(まりと)はこの期間、碧羽を避けているようだ。あの晩のことが恥ずかしかったのだろうか。碧羽からすれば、結構好みのタイプだし、鞠斗でもいいと思っていたのだが、蹴斗(しゅうと)が姉に送る視線のような熱情は、鞠斗からは全く感じられない。

私は鞠斗の「黒歴史」か?


「あーあ、これが桔梗学園最後の昼食か」

「碧羽、午後は最終講義でプレゼンが待っているでしょ?私なんか緊張でやばいよ」

「来週からは、領地経営シミュレーションでしょ?(うらや)ましいな。楽しそう」

「『領地経営』じゃなくて『桔梗村経営』。戦国武将の領地経営ソフトじゃないんだから」

「そんなソフトより100倍面白いじゃない。実際に起こっている問題の対策を考えて、その案を実行してみるなんて最高だよ。無能な首長が思いつきで政策をすると、公務員は大変だけれど、公務員自ら考えて実行できたら、やる気が起こるよね」


「そんなにやりたいなら、学生起業でもしてみたら」

姉妹の話題に、(しゅ)が割り込んできた。

「だって、元手がないもん」

「今はクラウドファンディングもあるし、自己資金で経営したら緊張感が半端ないよ。俺も大学に入ったら、学生起業したいな」

「柊君は来年、桔梗学園を出て大学に行くんでしょ?お母さんは来年は日本に戻ってこられるの?」

「痛いところ突くな。帰って来られなかったら、(こずえ)をここに預けて、週末帰ってくるって駄目かな」


食卓を囲むクラスメートの白い視線をあびて、柊がしょんぼりした。碧羽が手を上げた。

「はい。じゃあ、私が梢ちゃんの面倒見るから、桔梗学園に入学するのってどうかな」

「それが許されるなら、うちの玻璃(はり)琥珀(こはく)も入りたいって言うよ」

「うちの三津(みつ)もチャンスがあれば、桔梗学園に入りたいって言って、今、『ゑびすいROOM』の手伝い始めたな」

(りゅう)と一雄の思いがけない反撃を受けて、今度は碧羽がしょぼんとした。


「あー。妊娠するしかないかな」

碧羽の小声を、紅羽(くれは)は聞き逃さなかった。

「変なこと考えるんじゃないの」

「うそうそ。最後にお姉ちゃん、食後にバスケットしない?」

「ごめん。最近、昼寝しないと体が持たないんだ」

柊も申し訳なさそうに言った。

「俺たちは昼休み、猟銃の講習会があるんだ。あそこに蹴斗がいるから、頼んでみたら」


紅羽が止めるまもなく、碧羽は蹴斗のところに走り出した。

「もう、柊。なんてこと言うの。あの子、なんか企んでいるのに」

「蹴斗なら碧羽の色仕掛けに引っかからないよ」

「碧羽の色仕掛け?まさか」



姉の心配をよそに、昼休みの体育館にバスケットをしたい仲間を、蹴斗が集めてくれた。

蹴斗、鞠斗、晴崇(はるたか)、一雄、久保埜(くぼの)姉妹、駒澤賀来人(かくと)。それに碧羽を入れて8人。



 休み時間終了間際まで、激しい4対4をしていた面々は、体育館に座り込んで水分補給をしていた。一雄は今まで、昼休みに図書館にこもっていたので、始めて体育館にやってきたので、周囲を見回して感想を()らした。

「すごい体育館があるんだね。岐阜分校と同じ?じゃああそこもグランドの下にこんな施設があるんだ」


賀来人が初めて会った一雄に話しかけた。

「一雄さん。普通の高校の体育館には冷暖房がないって本当ですか?」

「何言っているんだよ。ここはグランドにだって、冷暖房があるじゃないか。N県全体をみても、こんな施設は1つもないんだよ」


碧羽は2人の会話に口を挟んだ。

「分校にもすべて、このレベルの施設があるんでしょ?桔梗学園ってどこにそんなにお金があるの。鞠斗さんは知っているんでしょ?」

鞠斗は晴崇の顔を見てぶっきらぼうに言った。

九十九(つくも)カンパニーからの寄付とか」

「教育コンテンツだけ販売していても、こんなに寄付できるお金があるわけないわ」


晴崇が、ニヤニヤしながら小さな声で言った。相変わらず、歯に(きぬ)着せぬ物言いだ。

「すぐ答えを求めようとするところは、桔梗学園で学ぶのに向かないね」

「じゃあ、どういう人が向いているの?」

碧羽がすっくと立ち上がった。


「君のそういうところが向かないな。沈黙は金。まずは観察、そして深く思考し、それから失敗を恐れず行動すること」

「石橋はたたきすぎると割れちゃって渡れないのよ。現状を打破するには、時に行動力も必要だから」

「そうだね。そうやって、君はここの授業を受ける権利をもぎ取ってきたんだろう?」


鞠斗が静かに立ち上がった。

「午後の授業が始まる。楽しかったよ。久しぶりに汗をかいた」

そう言って、碧羽に一瞥(いちべつ)もくれずに体育館を出て行った。



 碧羽は気を取り直して、午後のプレゼンに臨んだ。自信はあったが、みんなからの評価は散々だった。「当たって砕けろという感じがする」とか「もう少し根回しが必要だ」とか、「選手のレベルに会わせて、個性を伸ばした方がいい」とか、才能頼みで突っ走ってきた自分を全否定された気分になった。


「これで、俺の講習は終わりです。来週からは鞠斗が休暇明けて出てきます。岐阜分校の皆さん、お疲れ様でした。また、機会がありましたら、ご一緒しましょう」

そういうと、晴崇はディスプレイの電源を落として、嬉々として退場していった。


「晴崇さん、ご機嫌ですね。鞠斗さんの代理が終わって、ほっとしたんですかね」

碧羽の言葉に、圭がぼそっと答えた。

「今日は、真子(まさこ)学園長が、出張から帰ってくるんですって」

「家族が戻ってくるってことですね。真子学園長って普段どこにいるんですか」

紅羽がぎょっとして、碧羽を見た。

「ちょっと、碧羽、何考えているの?」

「え?直訴!学園長に入学の直訴をするの」

(りゅう)が拍手をした。

「頑張れ、碧羽ちゃん。『叩けよ。さらば開かれん!』」

「『天国の門』を開けに行ってくるわ」

「今行ったら、晴崇が不機嫌になるのに・・」

圭の最後の言葉は、碧羽の耳には届かなかった。


 碧羽は、走って校舎を出た。晴崇の後ろ姿はすぐ捉えられた。彼の後についていけば真子の住居である薫風庵(くんぷうあん)に着くはずだ。晴崇が薫風庵に向かう坂に向かった時、坂から下りてくる人物に目がとまり、碧羽は立ちすくんだ。

鞠斗は碧羽を見ながらゆっくり坂を下りてきた。


 鞠斗は碧羽の正面に止まると、「昼に返せなかったので」といって、花火の時借りた手ぬぐいを差し出した。

「今日で最後ですね。お疲れ様でした」

鞠斗は手ぬぐいを渡すと、(きびす)を返して坂を上り始めた。

碧羽は、すぐさま鞠斗の正面に回り込んだ。

「怒っているんですか」

「何を?」

灰色の目をすがめて鞠斗が問い返した。

「私があなたを利用としたと思って」

「利用しようとしたのですか」

「・・・」

「沈黙が答えでしょうね」

鞠斗は、自分を(さえぎ)っている碧羽の脇をすり抜けて、薫風庵に戻ろうとした。

碧羽は何か言おうと、鞠斗の顔を見たが、灰色の目には夕陽の色しか映っていなかった。



 碧羽は、こんなことでめげる人間ではなかった。(こぶし)を握りしめて、エネルギーをためると、坂道を全速で駆け上がった。

 薫風庵を初めて見た碧羽は、田舎のおばあちゃんの家に来たような懐かしさを覚えた。

縁側の葦簀(よしず)や風鈴は、猛暑に苦しむ日本では、あまり見ない風景だった。扇風機を掛けながら、籐椅子に座って浴衣で涼んでいる婦人が真子学園長だろうと、見当を付け縁側に駆け寄った。


素麺(そうめん)出来たよ。天ぷらはコーンの()き上げとアスパラと椎茸(しいたけ)。俺的には会心(かいしん)のできだな。鞠斗、京を呼んできて。温かいうちに食べよう」

 晴崇の機嫌の良い声が奥から聞こえた。流石の碧羽もここに乗り込んだら、晴崇と鞠斗の不興(ふきょう)を買うこと間違いなしなので、足を止めたが、時、既に遅し。


「晴崇、もう1人分天ぷら出来る?」

「は?お客さん」

そう言って顔を出した、晴崇が般若(はんにゃ)の顔になった。それを気にせず、真子は碧羽を招き入れた。

「碧羽さんがね、1週間の講義の御礼を言いに来たの。折角だから、夕飯を一緒にどうですか」

晴崇は明日の朝食用にとっておいた食材で、碧羽の分の天ぷらを揚げた。

仏頂面(ぶっちょうづら)の2人の顔を全く無視して、真子はご機嫌で食卓に着いた。


「碧羽さん。どうだった?晴崇の講義は面白かった?」


碧羽が講義の感想、学園の印象を話し、真子が行ってきた出張先の様子などを話した後、みんなの食事が一段落したタイミングを見計らって、碧羽は真子学園長にお願いを始めた。


「あの学園長、私はどうしたら桔梗学園の生徒になれるのでしょうか?」

単刀直入である。

「姉は妊娠したので学園の生徒になりました。狼谷(ろうや)さんはお母様がここの卒業生であり、かつヤングケアラーということで、学園の生徒になりました。大神(おおかみ)さんは、ヤングケアラーではありますが、狼谷さんの友人と言うこともあって入学できました。合っているでしょうか」

「そうね。(おおむ)ね合っているわ」

榎田涼(えのきだりょう)さんは舞子さんの夫と言うことで入学。蓮実(はすみ)さんは、2人目のお子さんを妊娠していますが、離婚したので入学。と、色々な方から入学した経緯を(うかが)って、どのような条件なら入学できるか自分なりに考えました」

「そして結論はどうなったの?」

「琉さんが、友達の伝手(つて)を使って入学できたというのが本当なら、私も叔母の伝手を使って、姉の子を面倒見る。もしくは、大学進学したい柊さんの子供の世話をするという条件で、入学が許可されるのではないかと」

「叔母さんの話もご存知なのね。あなたの叔母さんは妊娠していれば誰でも推薦してきたのかしら」

「それに加えて、知能と飛び抜けた運動能力。ですか?」


「まあ、それも条件かも知れないけれど、最も大事なのは・・・」

真子はにっこり笑って、晴崇が持ってきた麦茶を一口飲んだ。

「そうね。あなたの熱意に免じて、1ヶ月の体験入学後、志望理由書と面接で桔梗学園の合否を判断しましょうか。面接では桔梗学園に入学するに当たって最も必要な資質を尋ねるということで、答えはそれまで保留にしておきましょうか」


「学園長、そういう前例を作らない方が良いのでは?」

「あら?鞠斗が連れてきたから、碧羽さんを信用したのよ」

「鞠斗の心の隙につけ込む、悪い女だよな」

鞠斗と碧羽が怒りの目で、晴崇をにらみつけた。真子がニコニコしながら、晴崇にも衝撃の一言をぶつけた。

「碧羽ちゃんは、晴崇ほど悪い子じゃないわよ。晴崇は自分の欲しいもののためには、手段を選ばないから」

京が静かに立ち上がって、下の部屋に逃げようとした。

「京だって」

晴崇が口を開き掛けたのを、真子が制した。

「2人ともまだまだ子供ね。鞠斗、碧羽さんをバス乗り場まで送ってあげなさい」



「明日、私は何時にここに来ればいいんですか」

「桔梗高校には行かないんですか?」

鞠斗はまっすぐ前を向きながら、事務的に話を進めた。

「高校は1ヶ月休みます。入学が決まったらそのまま退学します」

「ここでの勉強についていけるんですか。1ヶ月で高校3年生の内容が終わりますよ」

「オリンピックの前も、ほとんど学校に行けなかったけれど、自学自習で2年生の範囲は終わっていますから」

「そうですか。では、明朝6時半に九十九(つくも)農園に行ってください。それまでに1ヶ月のあなたの学習プログラムをAIで組んでおきます」


身長185センチの2人は、横を向けばすぐそこにお互いの顔があるので、殊更、鞠斗は前を向いて、ずんずん歩いて行く。


「バス停につきました。では、失礼します」


今度は碧羽は、鞠斗の腕をしっかりつかんで引き留めた。鞠斗は、碧羽の手をおぞましいものでも見るように凝視した。

「真子学園長が『送っていけ』と言ったのは、私達にお互い、話すべきことがあるからじゃないですか」

「明日の事務連絡が終わったのですから、もう用事はないでしょう」

「私にはあります。ご免なさい。私は結果的にあなたを利用したような形になって、申し訳ないと思っています。どうしても、桔梗学園の中に入りたかったんです」

「俺も、花火の夜の呪いに掛かったとでも思います」

鞠斗は碧羽の手を軽く()がして、暗くなった坂道をスタスタと上って行ってしまった。



 鞠斗は薫風庵に戻って、居間でパソコンを開いてため息をついていた。

「1ヶ月のお試し入学なんて、どう組めばいいんだよ。パソコンももう長考(ちょうこう)に入っているよ」

鞠斗の様子が心配で、薫風庵に上がってきた蹴斗が鞠斗の肩を揉んでいた。

「お疲れ、今日は一日碧羽に振り回されたな」

「お前が、紅羽と出来てから、面倒が転がってくる」

「とんだとばっちりだな」

「蹴斗は、紅羽と仲良くしゃべっているのを見ないけれど、心が通じればいいってことか?」

「話す内容が特にないから」

「それは釣り上げた魚に餌はいらないってやつか」


「まーからのお土産食べようよ。今日は桃だね。今回は俺達で食べきってもいいそうだ」

晴崇が良く()れた桃を切って持ってきた。後ろから珍しく、京もお相伴(しょうばん)にあずかろうとやってきた。

「まさちゃんは、寝ちゃった?」

蹴斗が肩もみで疲れた手を振りながら、桃の前に陣取(じんど)った。

「うん、疲れたみたい。最近、疲れるといびきがひどいね。68になるもんね」


晴崇は、鞠斗のパソコンを(のぞ)きながら答えた。

「鞠斗、碧羽は帰りになんか言っていた?」

思い出すのも忌々(いまいま)しいといった感じで、碧羽の声色(こわいろ)真似(まね)て答えた。

「『結果的にあなたを利用したような形になって、申し訳ないと思っています。どうしても、桔梗学園の中に入りたかったんです』だって。俺を利用したじゃないか」

「言うね。あの女。あくまで自己中心な訳だ。欲しいもののためには人の気持ちなんてどうでも良いと」

京は、可愛い顔に似つかない強烈な物言いだ。


パソコンを打つ手を止めて、鞠斗が晴崇の顔をまっすぐ見つめた。

「そう言えば、まさちゃんが気になること言っていたよね。『晴崇は自分の欲しいもののためには、手段を選ばないから』って」

「忘れてくれ」

晴崇は桃を口にくわえたまま、京を引きずって地下室に逃げようとしたが、蹴斗に捕まってしまった。

「その行動を見ると、晴崇のやったことは京が知っているし、京も晴崇に弱みを握られているというわけだ」


 巨大な男2人に力で勝てるわけはない。

晴崇は蹴斗にコブラツイストを()められ、京は鞠斗に上から乗られ身動きが取れなくなって半泣きになっていた。

「俺たちは知っているんだぜ、お前達2人が色々なことを盗聴していることを」

「大丈夫だよ。まーは百も承知で、俺たちを泳がせているから」

「まじか。それも怖いな」

 

蹴斗は少しずつ力を入れて、晴崇を(おど)した。

「『欲しいもの』とは何だ?どんな『手段』を取った」

脇腹のあまりの痛みに晴崇は涙目でタップをした。

「『手段』は聞かないで、『欲しいもの』は答えるから」

「鞠斗、晴崇を許すか?」

「まずは晴崇の『欲しいもの』ってやつを聞こう」


晴崇は小さい声で答えた。「『欲しいもの』は『女』です」

蹴斗が腕に力を入れた。「女の名前は?」

「12月になったら話しますから、許してください」

「と言うことは、話さなくても12月になったらバレるってことか?」


「うるさいね」

残念なことに、真子が起きてきて、4人を叱りつけて、暴露(ばくろ)合戦は終わってしまった。

「全く、高校生みたいな馬鹿騒ぎして」



 真子の登場で、命拾いした2人が、地下室で密かに話し合っていた。

「京、やっぱりバレる前に一雄に告白しちゃった方が良くないか。このままだと、お前は碧羽よりやばいやつになっちゃうぞ」

「一雄なら当分バレないと思うんだけれど。いや、言うよ。でも、時間を掛けて理解して貰うって言うか。今言ったら、そのまま、自殺しちゃうんじゃないかって、ナイーブな男なんだよ」

「まあ、あいつはそんな感じだな。俺も、まずは本人に話さなくちゃならないよな。第三者から聞いたら、刺されちゃいそうだもんな。願わくは俺に似てないといいな」


「大体そう言う時は、瓜二(うりふた)つの子が生まれてくるんだよ」


次回は大きな事件が起こります。

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