彼岸過ぎに
お盆ですね。こちらは夏の話が終わって、秋のお彼岸過ぎの話です。
秋のお彼岸が過ぎ、東城寺も一段落したところに、何故か、駐車場に何台もの車が停まっている。
「遅くなりました」
真子が最後に寺の玄関をくぐって、全員が集まったようである。寺に集まったのは、五十嵐姉妹の長女真子。次女九十九珠子、夫の一生。三女珊瑚美子。西願神社の西山夢嗣、妻の悠子。そして東城寺の悠山とその妻京子、娘の勝子。そして桔梗村警察の五十嵐瑛は、真子の息子である。以上10名だった。
「悠山先輩。今年は息子の瑛も参加させてください」
遅れてきた真子がオーストラリア土産のチョコを差し出しながら、息子を紹介した。
真子と京子は、悠山のバスケ部の後輩でもある。
「瑛君久しぶり。子供は大きくなったかな?」
「はい、上の斎が8歳になりました」
西山悠子が悠山に話しかけた。
「兄さん、舞子ちゃんの結婚おめでとうございます」
悠山は笑みを浮かべて答えた。
「海上花火の夜に、涼と一緒に食事に来てくれたけれど、腹が目立つようになったな」
京子が困ったように付け加えた。
「お父さんはね、孫の名前を頼まれると思って色々考えたのに、舞子ったら、涼君にも相談しないで自分1人で勝手に決めて『息子の名前は東城寺冬月にしました』なんて言うんですよ」
九十九珠子が笑った。舞子が妊娠してしばらく姿を隠した時、九十九農園を使っていたので、珠子は舞子が自分でどんどん決めるタイプだということを理解していた。
「舞子ちゃんらしいね。涼君は婿入りなんですか?」
舞子の母勝子が答えた。
「夫婦別姓なんですって。次の子は榎田の苗字を名乗らせるみたい」
海外生活が長い美子がサラッとフォローに回った。
「海外じゃ、家族の中で、ファミリーネームが違うのも普通にありますけれど。仕事上苗字が変わらないのは助かります」
舞子の困った話が続いたので、西山悠子が舞子を褒めに回った。
「夏の盆踊りの時は助かったわ。舞子ちゃんと涼君の2人が、桔梗学園の子にたくさん浴衣を着付けてくれたの。あんなに盛況だった盆踊りは久しぶり」
一番年が若い瑛が、臆せず話題に切り込んできた。
「本当に、斎の小学校も一昨年3校が合併したのに、今年は各学年3クラス30人ずつですからね。小学校の教員は20人ですよ。リモート授業も多いんです」
九十九一生もやっと口を開いた。
「我らが母校、桔梗高校も桔梗村唯一の高校ですから、もう受験校でも何でもないですよ」
「でも、今年の甲子園1回戦の応援には、バス20台で行ったよな。夢嗣?」
「悠山先輩は、2回戦も応援に行ったんですよね」
「英嗣達が甲子園に行った時は1学年10クラスあったから、応援バスだけで30台を超えていたよな」
西山家の長男英嗣は、桔梗高校が甲子園初出場した時の野球部員だった。
「いやあ、あの時は見事に1回戦負けでしたから、今回のような騒ぎはなかったですよ」
「3回戦まで行くとあんなに大変なんだな。真子ちゃんと美子ちゃんには、世話になったよ」
村長と学園長が姉妹だったので、お金の話もスムーズに行ったのだ。しかし、それだけでは今回のように強引なことは出来ない。真子は思い出すように言った。
「今回は、桔梗高校の校長が、話が分かる人で助かりました」
「夢嗣、寄付金を着服していた監督はどうなった?」
西山夢嗣は野球部後援会副会長である。
「悠山先輩にも心配掛けました。大学とつながっていた監督とコーチは解任させました。大分、寄付金は着服していましたし、選手を金で、大学に斡旋する約束もしていましたね。これも校長が、腹を括ってくれました」
夢嗣は辛そうに言った。
「お陰で野球部には3回戦進出の祝賀会もしてやれず、可愛そうなことをしたね。次の監督がなかなか決まらないので、真子ちゃんに相談したら、3年の山田一雄君を推薦されました」
「一雄君は、夏休みに桔梗学園での研修を受けさせたんですが、素直で飲み込みがいいですね。京のデータも上手に使いこなせているみたいですし」
九十九一生が割り込む。
「助かります。あの五十沢慎二が、先日、『俺はどこの大学ともつながっていないから野球部の監督をやらせろ』って、桔梗高校の校長室に乗り込んだらしい。大学に行かず大リーグにチャレンジしたが、結局ものにならなかったくせに」
妻の珠子も腹が据えかねていた。
「その前は、『剛太の父親だから、九十九農園を継いでやる』って言って、農家レストランで2時間粘っていったわよ」
「山田一雄は今、九十九農園の仕事もしてくれているんです。慎二のせいで剛太を呼び寄せられないので、助かっています」
勝子が隅に座っている瑛に声を掛けた。
「瑛君は、最近気づいたことや困ったことはある?」
「そうですね。『ゑびすいROOM』を任せている大神の双子ちゃんが、困っている話をしていいですか」
「大神琉君の双子の妹ね。玻璃ちゃんと琥珀ちゃんね。今中学3年生だっけ?」
九十九珠子の質問に答えながら、瑛が続ける。
「夏休みの間、『ゑびすいROOM』が涼しいというので、子ども食堂にいつも来ている子供ではない子達が大挙して来ていたんだそうです。そして、夏休みの宿題や読書をする子を押しのけて、部屋の真ん中を占拠してゲームをして大騒ぎするだけでなく、用意していた食事を何回もお代わりしていって、本当に困っている子達に行き渡らなくなるんだそうです」
「瑛君はその現場を見たの?」
「巡回に行くと、蜘蛛の子を散らすように消えるんだけれど、警察官が戻るとまた戻ってくるんだそうです」
「『ゑびすいROOM』って、元は戎井呉服店だよね」
「そうね。あの戎井呉服店を狙っていた誠二さんは捕まったけれど、後の2人は逮捕されていないよね」
「村長。それから先は捜査情報ですから尊重権限で聞かないでください」
「ご免なさいね。パワハラするところだったわ」
真子がお茶を飲みながら、誰に言うともなくつぶやいた。
「まあ、嫌がらせや不動産狙いの小悪党なら、少しの対策で済むんだけれどね」
「どんな対策を打てば、そういう小悪党を退治できるの?」
瑛が聞くと、真子ははぐらかすようににっこり笑った。
「で?それに対する答えがこれって訳?」
西山英嗣は、トウモロコシソフトをペロペロ舐めながら、『白萩子供ゾーン』のベンチで、幼なじみの瑛とのんびり秋の日差しを楽しんでいた。西山夢嗣の息子英嗣は、1つ年下の武嗣が神社を継ぐので、長男ではあるが桔梗村消防署に努めている。今日は2人の非番が重なって、釣りにでも行こうかと思っていたら、お互いの妻に子守を頼まれたのだ。
2人の妻は道を挟んで反対側の『白萩クラフトゾーン』で、思い思いに楽しんでいる。
瑛の妻萌愛は、松子の着物リメイク教室で子供達の布団をつくっているし、英嗣の妻明兎は、ネイリストの講習会で講師をしている。
明兎は普段、N市の大型商業施設で、ネイルコーナーで施術をしているのだが、ここでは「お年寄りの方がネイルに興味を持ってくれるのが嬉しい」と、ボランティア講師なのに嬉々として働いている。
「こんな場所がいつの間にか出来たんだね。そして桔梗バンドがないと入れないので、『ゑびすいROOM』の子達も安心して過ごせるわけだ」
「まあ、子ども食堂を利用していた子が、すべてここに来られているかどうかは分からないけれどね」
「でも、傍若無人に『ゑびすいROOM』を占拠していた子達は入れないだろう?」
「まあ、子供のことだ、あいつらに脅かされてここに来られない子もいるだろうな」
瑛も英嗣も、白萩バンドは「入場パス」と「電子マネー」のような機能しかないと思っている。
「お前、夢嗣さんに白萩地区が出来た経緯をどこまで聞いているの?」
「まだ、俺は白萩バンドしか着けられないんだよ。全部教えてくれるわけないじゃん。親父に、この白いバンドを貰って、『一般非公開のここで遊んでいい』って言われたから、来たわけさ。お前みたいに桔梗バンド貰って、ずぶずぶに極秘任務に就かされるのも嫌だけれどな」
「そこまでは知らないよ。知らない方が家族の安全のためになるって、母さんは言うのさ」
「そう言ったって、東城寺の会議の10人目で招待されたろう?」
瑛は知っている。あの会議を聞いていた人間が他にもいることを。そして、自分の母親が、その者達の方を信用していることを。
「いいお天気ですね。そのアイスクリーム美味しいですか」
隣のベンチに初老の女性が座った。
「そのベンドをあそこの機械に・・・。いや、一緒に行きましょう。白萩バンドの使い方分かりますか」
瑛は説明するより早いと、女性をアイスクリームマシンのところに連れて行って、一緒にアイスを買ってやった。
「ありがとうございます。ここに座っていいですか?」
アイスを嬉しそうに持った女性が、英嗣と瑛の座るベンチに腰を下ろした。どうも誰かと話したくてしょうがなかったようである。女性は最近、自分の身の上に起きたことを話してくれた。
「私ね、お父さんが亡くなって10年、旧桔梗村中心地の家で1人で住んでいたの。そうしたら、夏前かしら、不動産屋さんが来て『この地区は来年取り壊されることになっているので、この家を他の不動産より高い金額で買う』って言うの、その上に、藤川の脇の新興住宅地にできた老人ホームにタダで住む権利もくれるって。いい話でしょ?」
まるで、松子のところに来た詐欺師達の話と同じではないか。瑛と英嗣は「大丈夫かよ」と目を見合わせた。
「その人たちが、『老人ホームにタダで住める権利は後少ししか残っていない』なんていうから、すぐサインしたの。それで、『売却代金は大金だから通帳を預けてくれれば、入金してくる』って言うので、うちの通帳と銀行印も渡したの。本当に親切な人たちね」
瑛と英嗣は頭を抱えた。
「いやあね。詐欺だって思うでしょ?そんなことないのよ。その後、老人ホームまで車で連れて行ってくれたの。そこで、通帳と印鑑を返してくれたわ」
そう言って、彼女はエプロンのポケットから、通帳を出して1,000万円の記帳がある部分を見せてくれた。
「ちょっと拝見していいですか?」
瑛は通帳の表を確認した。
「おかあさん、お名前は若槻ひなたさん?この通帳はずっとポケットに入れているんですか?」
「そうよ。危ないから預かるって、ホームの人が言うんだけれど。なんか金額を見ていると元気がでるじゃない?」
「それで、ホームの生活はどうなんですか?」
「それがね。聞いてよ。『おばあさん、お元気なんでホームのお手伝いをしてくれませんか』なんていうから、ボケ防止になるかと思って、やってみたら、ずっとタオルたたみをさせるわけ。まあ、職員の若い子と2人でおしゃべりしているから暇つぶしになるとは思ったけれど。それが、1週間続いたら、入浴介助をしてくれって言うの。流石にそれは入所者がやる仕事じゃないわよね。『介助用の服に着替えてくる』って言って、頭にきたからホームから出てきたの」
老人ホームの人は、着替えている隙に通帳を奪おうとしたようだが、若槻さんはなかなか抜け目がない。
「その後はどうしたんですか?」
「歩いて家まで帰ろうとしたら、藤川を渡ったところで、あんまり暑くて無理だと思って、しょうがないから、商店街のお友達のところに行こうとしたの。戎井呉服店ってあるじゃない?」
「あそこは廃業して、今は『ゑびすいROOM』になっていませんか」
「そうなの。びっくりしちゃったわ。でも、ちょうど松子ちゃんがいたのよ。なんか、『ゑびすいROOM』は移築するんですってね。『古民家再生』っていうの?おしゃれね。松子ちゃんはお孫さん夫婦と一緒に、解体する前に家の様子を見に来たんですって」
若槻さんは、実に運の良い人のようである。
「それで、一緒にいたお孫さん夫婦が松子さんが働いているところに連れて行ってくれるって、バスに乗せてくれたの」
「バスってあれですか?」
白萩子供ゾーンとクラフトゾーンの間の道は、終日車両通行禁止だが、十字路から見える1本向こうの道路を、トコトコ小さなバスが走っていた。バスの窓から、久保埜姉妹の顔が見えた。
「あー。見つけた。若槻さん、時間ですよ」
そう言って、久保埜万里がバスから下りてきてベンチのところにやってきた。
「今日は、お巡りさん」
「えっと、久保埜・・・」
「万里です。お巡りさん、若槻さんと知り合いなんですか?」
「それはこっちのセリフ、万里ちゃん達はなんで、若槻さんを知っているの?」
「バイトです」
万里の話を要約すると、若槻さんみたいな被害が出る前に、旧桔梗村中心地の1人暮らしの高齢者に声を掛けて、白萩地区に引っ越して貰っているらしい。その引越しは、桔梗学園の中高生が、自走式のバスを使って行っているようだ。お年寄りも中高生が行くと、引越し荷物も控えめにしてくれるらしい。
久保埜姉妹に連れられて、若槻が去った後、瑛と英嗣は頭を整理していた。
「まだ、老人ホームにとらわれている人がいるってことか?どうにかならないか」
「若槻さんの件は警察の内部で情報として出すが、本人は被害者の意識がないからな」
「旧桔梗村中心地には、1人暮らしの高齢者はあとどのくらい残っているんだ?」
「旧桔梗村中心地は、先日の地震で大分道路が陥没したよな。早いところ、安全な地域に1人暮らしの高齢者だけでなく、みんな転居して欲しいんだよ」
消防署勤務の英嗣も同感だった。
「あそこは、何カ所も水道管がやられているし、藤川が氾濫すれば浸水する地域だよな。でも、新興住宅地も、そこに建てられた老人ホームももっと海側なんで、津波が来たらひとたまりもないよな」
「桔梗村はそもそもマンパワーが足りないから、ひとかたまりに住んで貰った方が都合がいいよな。騙してでも連れてきたい」
瑛は自分の言った「騙してでも」と言う言葉に、何か引っかかるものを感じた。
「パパ、お腹すいた。これでなんか買っていい?」息子の斎と娘の耀が、真っ赤な顔をして走ってきたので、瑛の小さな疑問は泡のように消えてしまった。
いくつか気になるワードが出てきたと思いますが、謎はおいおい解いていきます。お楽しみに。