表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/250

マタニティーブルー

マタニティーブルーの話を二つ続けて書いてみました。

 夏休みが終わり、秋が近づいてくると、妊婦達はますますお腹が大きくなってきた。

双子を妊娠している(けい)は、体が小さい分、大分行動が制限されるようになってきた。朝仕事も免除され、その時間、薫風庵(くんぷうあん)の地下で、晴崇(はるたか)に学園のシステム管理方法や金融資産の運用方法などを習っている。

「晴崇、祭りの日に、一雄に(きょう)が告白したこと知っている?」

「うん。ちょうどいい相手を見つけたんじゃないか?面倒見もいいし、頭も悪くない」

「寂しくない?妹が取られたような気持ちにはならない?」

 晴崇は、珍しく圭が「恋バナ」を振ってきたが、作業に集中しているのか、いつも以上にぶっきらぼうな返事をした。

「ならないよ。妹じゃないし」


鞠斗(まりと)は、蹴斗(しゅうと)紅羽(くれは)に告白したことで、なんか寂しそうだけど」

「でも、鞠斗は鞠斗で、碧羽(あおば)と上手くいっているみたいじゃないか」

「碧羽のことはどう思う?」

「どうって?何が聞きたいの。能力について?生徒として?女として?」

晴崇は圭の質問攻撃に嫌気が差したのか、ディスプレイに向けていた体を圭の方にまっすぐ向けた。

「それって、マタニティーブルー?」

花火の晩以来、晴崇への気持ちが膨らんで抑えられなくて、圭は自分で自分が嫌になっていた。


「マタニティーブルーって言うのかな。これ」


「ちょっと、今日は作業はこの辺で止めて、外に出ようか。俺も付き合うから」


 2人は、桔梗庵の坂道をゆっくり下りていき、校舎の脇を通って、今まで圭が行ったことのないゾーンへ出た。そこは藤ヶ山からの水が噴き出していて、それを利用した庭が出来ていた。古代蓮(こだいはす)の花が咲いている池を巡ると、大きな蓮の葉に隠れるように、東屋(あずまや)があった。東屋の奥には、浜から吹いてきた砂がちの広場があって、今は色様々(さまざま)なコスモスが咲き乱れていた。コスモスに紛れて、桔梗(ききょう)が所々青紫の花を(のぞ)かせている。

「初めて来た。こんなところがあったんだね。桔梗はそう言えば秋の七草だもんね。ここは桔梗ヶ原っていったんだっけ」

「ここは、別名、『沈黙の花園』って言って、考え事をしたい時や一人になりたい時来る場所なんだ。だから、ここで誰かに会っても、話しかけてはいけないんだ」

(私の質問攻撃に嫌気(いやけ)が差して、ここに連れてきたのかな)

「疲れたろう?ベンチに座って」

晴崇がベンチにハンカチを敷いてくれたので、圭は素直にベンチに座った。


 薫風庵の坂道は、下りるだけでもかなり体力を使う急坂だ。

ベンチに腰を下ろすと、運動経験者の圭も「ふーっ」と息を吐き出した。


ぐにゅ。


 圭のお腹で赤ちゃんが動いた。晴崇が面白いものを見るように見つめている。


ぐにゅ。ぐにゅ。


「今の赤ちゃんの(かかと)だよね。外からでもはっきり見えるもんだね。双子だと、足が4本もあるんだから、胎動を見る機会が増えるね」


ぐにゅ。 ぐにゅ。


「上と下で動いたね。片方の頭が上なんだ」

(自分の体なのに、こんなにまじまじと見たことなかったな)


「名前決めた?男だったよね」

「暁の『(あき)』と瞬間の『(しゅん)』にしようかなって、考えている」

「それぞれ(へん)を取ると『(ぎょう)』と『(しゅん)』かぁ。古代中国の名君(めいくん)の名前をそれぞれに入れているんだ」

「すぐ分かった?流石(さすが)だね」

コスモスが風に揺れ、圭の毛先だけ銀色に染まった髪が乱れた。


髪を手で押さえながら圭が聞いた。

「私のお腹の子供の父親について、スタッフのみんなは知っているの?」

「さあ。どうでもよくない?そんなこと。俺だって、自分の父親が誰だか知らないけれど、気にもならないもん」

「晴崇は、システムセキュリティーのことを私に教えてくれるけれど、システム管理の後継者候補として私を考えているの?」

「いや、俺はシステム管理は辞めないよ。近い将来、京がいなくなったら、代わりのバディがいないと困るからもう一人担当者を育成しようと考えたことは確かだ。(りゅう)と圭なら、圭の方が素質は上だからね」

「私をバディとして選んでくれたの?」


鞠斗(まりと)に引き抜かれたら困ると思って、色仕掛(いろじかけ)けで迫ったんだけれど」

晴崇は長い前髪を上げて、軽くウインクをして見せた。


「鞠斗は、碧羽(あおば)をスウェーデン分校に連れて行くんじゃない?」

「でも、どの学園にもセキュリティ担当は必要だから、引き抜かれるのは困るなぁ」


晴崇は秋の高い青空を見上げた。


「じゃぁ、大切にしてくれないと浮気しちゃうかな」

「困るな。有能なバディを恋愛対象として見ると、長続きしないような気がするんだけれど」


「もう朝食時間なので、食事会場にお送りしますよ」

「晴崇は一度も、食堂で一緒に食べないんだね」

「今日は真子(まさこ)学園長が帰ってくるからね」

(マザコンめ。いつかこっちを振り向かせてみせる)

圭は決意を新たにするのだった。



食堂に行くと、舞子と紅羽(くれは)(かま)ってきた。

「いつの間に、食堂まで送って貰える仲になったの?」

「マザコン野郎は、私を桔梗学園のセキュリティを一緒にするバディとして、必要なんですって」

「ああ、京が一雄とくっついてどこかに行ってしまいそうだから?」

「そう言われたにしては、圭はどこか嬉しそうじゃない?」



「どこもかしこも、リア(じゅう)ばかりだな」

(しゅう)は、舞子達にからかわれて、赤くなっている圭を見つめている琉に話しかけた。

「え?」

「お前、すごい顔して圭を見ているぞ」

「そんな顔している?」

琉は両手を頬に当てた。

「柊こそ、祭りに行って、何もなかったみたいじゃないか?(きょう)ちゃんは一雄に取られ、三津(みつ)ちゃんには、パフェをご馳走しただけで、何もなく終わったみたいだな」

「そうだな。まだ俺の魅力に気がつくような女性はいないようだ」


柊は銀縁の眼鏡を軽く持ち上げて、すかした。


「恋の話はいいけれど、昼休みに猟銃講習会が始まるから、忘れるなよ」


食事が終わった涼が、席を立つ前に2人に爆弾を落としていった。

秋は狩猟の季節だ。臆病な2人は夢の話から、現実の世界に引き戻されてしまった。



 秋になって舞子のお腹も大きくなり、昼休みの練習は負担が大きいと言うことで、舞子は昼寝時間を釣るようになった。涼にとっては、この時期に猟銃講習会があって良かった。

 しかし、夜の練習は、圭が作ってくれた対戦ゲームアプリを使って、計画通り進んでいた。アプリでの練習は体の負担を少なくしながら、瞬発力を鍛えることが出来る優れものだ。

 また、お腹を支える運動用の腹バンドや、腰痛コルセットは完成し、産後にはそれを使ってなるべく早く実戦を開始する計画になっている。制作した研究員の趣味で、すべてに犬のマークがついているのはご愛敬だ。


 柔道の試合は、腕時計のような桔梗バンドをはめたままは行えない。一見テーピングに見える薄型桔梗バンドが、晴崇を中心として、着々と開発されている。


 ローキック対策には、スプレーで足に吹き付けて硬化すると、外からのダメージは80%軽減される製品が開発された。硬化したスプレーは外から触ると幅広いテーピングのようだが、体の動きは(さまた)げない優れものである。体温が上がっても汗をかいても剥がれない仕組みになっているが、外す時はコールドスプレーを掛けて、0度以下にすると、簡単にペリッと剥がれるようになっている。1回使用した後は、テーピングのようにぐしゃっと丸めることが出来るので、試合中、普通のテーピングを貼っているようにしか見えない。

 また、テーピング同様、汗で蒸れるのが難点だったが、舞子が試合に使う時には、通気性の確保を実現したいと、テーピングチームを作って研究中らしい。

 制作を担当した研究員の中では、髪に吹きかけてヘルメット代わりに使えないかというアイデアも出たそうだが、提案した本人が試したところ、かなり髪が抜けてしまって、他のチームメイトに不評だったそうだ。しかし、バンダナに吹きかけたり、野球帽に吹きかけたりと、現在も、極秘に頭部保護機能付きテーピングスプレーの研究をしているらしい。

 


 今晩の舞子の夜練は、ウエイトトレーニングだった。コルセットなどを多用すると、自分の筋力が低下するので、マシンやダンベルなどの道具を使って、筋肉を強化するのだ。電気刺激で大きな筋肉を収縮すればよいのだが、その方法は母胎の安全が確保できないので、体の隅々の筋肉をひとつひとつ強化しなければならない。メニューや回数が多くて、気が遠くなるような練習だが、舞子はこういうことには、文句は言わなかった。


 

 舞子と乱取り練習が出来ない間は、オユンとマリアと涼の3人は、交代で乱取りをしている。今日は、この夏のヨーロッパ選手権で新たに使われた、寝技の研究をしながら、乱取りをしている。

「オユンはすごいな。一回見た寝技をすぐ使えるんだから」

「マリアの技を見抜く目も、すごい。ビデオでスローにしなくても、どの動きから技が繰り出されるか見抜けるんだよね」


 毎回、涼から褒められ2人は気持ちよく練習できる。オユンとマリアは、母国や留学先の日本チームでは褒められることなく、場合によっては、尻をたたかれたり罵倒(ばとう)されたりして練習していた。

「褒められると体が自由に動くよね」

「新しいことも、失敗してもどんどん試せる」

「コーチと選手は支配と被支配関係じゃないってことを、どこの国の男性も分かって欲しいね」



 練習後、4人が集まると、自然とこれからのスポーツのあり方に話が進む。子供がいる者にとって、子供にとって、どんなスポーツ界だったら幸せか考えてしまうからだ。


「舞子と涼の子供には柔道させるの?」

マリアが涼に聞いた。

「舞子のじいちゃんは元はバスケットのコーチだったけれど、ひいじいちゃんが開いた道場が東城寺にまだあるんだよな。舞子のお義父さんはあんな事件起こしたけれど、舞子のお兄さんが道場続けたら、通わせようかな?」

涼の答えを聞いてマリアが舞子にも尋ねた。

「舞子はどうしたいの?」

「子供に選ばせればいいじゃない。サッカーでも、ピアノでもやりたいって言ったら、やらせたい」

「でも、子供は親の期待を微妙に感じ取るから、親の希望を自分の希望と勘違いすることもあるよな」


オユンが話題の方向を変えて話を続けた。

「小さい頃からその競技をしていれば、将来オリンピック選手になれるって考えて、子供にやらせること多いよね。でも、オリンピック選手の価値って、これからも変わらないのかな?」

舞子が答えた。

「金メダルを取ると、それがステータスを持って、その競技での発言権が増えたり、仕事が増えたりするよね。うちの父親は、子供が強いと親が偉いと勘違いしていたけれど。それに選手が強ければ、監督も偉くなるよね」


話しているうちに、舞子の声が大きくなっていく。涼は意識して少し声を落として、賛同の意を示した。

「桔梗高校の監督やコーチは、それが行き過ぎて犯罪に手を染めちゃったね」


マリアやオユンも(うなず)く。

「特に女子選手が強いと、その傾向は顕著(けんちょ)だね。女子は自分で考えて強くなれないって思っているのかな?」


舞子は何かを思い出したように、興奮してまくし立てた。

「そうなんでしょ?娘も妻も選手も自分で考えられないから、男が指導してやるって考えているんだわ。すべて男の『常識』を当てはめて考える。他の『常識』があるなんて考えないのよ。

だから、生理痛も無視されるし、妊娠したら時期を考えろって、言われるのよ。

生理を無視して運動させたり、怪我をしても無理させたりして、体を壊して一生苦しんでも、監督にとっては関係ないからね。特に格闘技は競技が終わった後、体がボロボロになるよね」

マリアとオユンは、深く頷いた。


「舞子は生理がひどいから、親父さんに試合前は、ピルを飲むように強制されていたよな」

涼も舞子の父親のやりようには、不満を抱いていたが、今日の舞子の様子に少し不安を感じた。


「今は、人生60年で終わるの時代じゃない。人生100年続くこの時代に、競技をしていた以上の時間をボロボロの体で生きていかなきゃならない」

涼は、いつも腰痛や膝の痛みに悩んでいる舞子の本心だなと思った。


 マリアは日本人2人に質問を投げかけた。

「日本は、外国のように、シーズンごとに違うスポーツを本格的にやったりしない?」

涼が、県外の友人の話を参考に答えた。

「全くその競技から離れたりはしないけれど、冬場ラグビーをやったり、スキーを取り入れたりしている学校はあるって聞くな」

舞子が不満そうに言う。

「でもね。他競技で力を発揮したら困るって、監督が自分のスポーツに抱え込む例もあるよ」


 桔梗バンドのライトが点滅して、就寝時間が近づいたことを知らせた。


「だから、だから、・・・。選手自身で考えて練習して、監督がいなくても、自分たちで強くなったことを示すために、選手権に優勝しなければならないのよ」

 急に舞子が泣き出した。


「今日はどうしたんだよ」

おろおろする涼を見て、武道場入り口で待機していたドクターが走ってこようとした。

彼女を手で制して、マリアが舞子を優しく抱きしめた。

そして、子供をあやすように、背中をさすった。

「そうだね。頑張っているよね。私たちもいるよ。涼もいるよ。泣きたい時はゆっくり泣いていいよ」


 オユンは涼の耳元にささやいた。

「妊娠中は急に泣きたくなることあるんです。感情のコントロールが上手くいかなくなるのは、みんな同じ」

「俺はどうすればいいんだ?」

「マリアと同じようにすればいいんです」

そういうと、マリアとオユンはドクターにも目配せをして、さっさと柔道場を出て行ってしまった。


「え~ん」

「え~んって、赤ちゃんかよ」と思ったが、涼はそっと舞子を抱きしめた。

「なんか言って~」

(なんかって、マリアと同じ言葉言ったら文句言うよな。絶対)


しばらく考えた涼は、舞子を怒らせない方法を思いついた。

「お腹の中の、冬月(ふゆつき)く~ん。ママは甘えんぼさんだよ。しょうがないから、パパはママを抱っこして、女子寮まで連れて行くね」

そういって、舞子をお姫様抱っこした。


「きゃ~」

「なに騒いでるんだ?トレーニングでは抱っこしたままで坂道ダッシュしていただろ?」

「みんなに見られるから、下ろして」

そういうと、真っ赤な顔をした舞子は、体をよじって涼の腕から無理矢理下りて、女子寮まで走って行ってしまった。


涼の桔梗バンドはの点滅は、かなり早くなっていて、就寝時間まであとわずかと言うことを示していた。「やべ。閉め出される」

涼は全速力で走りながら考えた。

(桔梗バンドって、俺たちのどんな情報が筒抜けなんだろうか?興奮したりするだけでも、分かっちゃうのかな。今度、晴崇に確認しよう)


舞子の試合を支える発明品が、後で再度登場するので、覚えておいてください。


登場人物は、自分で勝手に動き出すとは言いますが、思うようにならないですね。

書き始めて意外といい男になってしまった ・・・涼

かっこいいキャラだったはずなのに、甘えんぼキャラになってしまった ・・・鞠斗

書いているうちに自分の初期設定と全く違う人間になってしまいそう ・・・晴崇


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ