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花火の夜

祭りシリーズ最終回です

 西願(せいがん)神社の祭りの最終日は、海上花火があげられることになっていた。この日は、桔梗高校の高校生も浜辺にたくさん集まってくる。なんと言っても、この晩に告白したら、必ずカップルになれるという桔梗村の言い伝えがあるからだ。勿論、桔梗学園の高校生だって、恋はしたいのである。



 昨晩、貸し出された浴衣を1人で(たた)むのは大変だろうと、今日は薫風庵(くんぷうあん)にソーイング部から4人ほどの研究員がやってきていた。

「すいませんね。助かります」

舞子と涼は、午前中は授業があるので、蹴斗(しゅうと)が1人でちまちま浴衣を畳んでいた。見かねて、休暇中の鞠斗(まりと)も手伝い始めた。そこに天の助けのようだった。

「補正タオルや仮紐(かりひも)、下着類も、ソーイングの部室で洗いますよ」

「本当に助かります」

蹴斗は頭を下げっぱなしだった。

「それで、ここにあるのは今晩着る蹴斗さんの着物ですか?」

研究員の一人が、松子が作った新品の浴衣を見つけた。

「一緒に行く人いるんですか?」

すかさず、蹴斗は用意していたセリフで対応した。

「すいませんね。鞠斗とお(そろ)いで作って貰ったので、今年は2人で行こうと考えているんです。そうだよな」

「ああ、ポッポ焼きを一緒に食べに行く約束をしていたな」

しかたなく、鞠斗が答えると、相手が鞠斗だと、蹴斗に誘いを掛けた研究員はあえなく撃沈した。

 他の研究員も

「あの2人の浴衣姿を額縁に入れてみたいわ」

「尊い」

確かに蹴斗と鞠斗が並んでいると、そこに一緒に並ぼうという女性は、よほどの美人か、身の程知らずかというほど、美しかった。本人達は、全く意識していなかったが。



 同じ頃、午前の授業が終わった4月入学組にも、さざ波が立っていた。

「舞子は涼と花火に行くんでしょ?」

紅羽(くれは)が悲しい声で聞いた。紅羽は花火会場で、碧羽(あおば)と待ち合わせをしていたが、そこまで一人で行く勇気がないので、連れを捜していた。

「御免。お兄ちゃんも帰省しているから、夕飯を双方の家族で食べることになっているんだ」

(けい)、お願いだから、一緒に行って」

紅羽は小さな声で、「晴崇(はるたか)を誘えば、私は途中で碧羽と消えるから」とささやいた。

「私は、そもそも、祭りに興味がないんだよ。だいたい、紅羽が碧羽と一緒になったら、私は、ひとりぼっちでしょ」

今日も、講師をしていた晴崇(はるたか)が、しょうがなさそうに言った。

「じゃあ、蹴斗と鞠斗に連れて行ってもらえばいいさ。あいつらも、女よけが欲しいみたいだから、紅羽、他の女がのけぞるくらい着飾っていけ」

紅羽は少し悩んだが、小さい声で「頼んでみる」と答えた。


「晴崇は(きょう)と行かないのか?」

突然、(しゅう)が質問した。

「外出組が多いんで、セキュリティのため2人同時に出ることは出来ないな。京を柊が連れて行くのか?」

「いいんですか?京が花火に行きたいなら、俺が連れて行きます」

全員が柊の顔を見て難色を示した。

「京は中身はともかく、黙っていたら美少女だからな。柊じゃ、不安だな」

晴崇にダメ出しをされても、柊は、(あきら)めなかった。最近、痩せて浅黒くなった自分が、彼女を連れて歩いているのを、桔梗高校の連中に見せびらかしたいという下心があるのだ。


「じゃあ、晴崇、俺と(りゅう)と2人で、京のガードをするって言うならいいか?」

速攻で、琉が却下した。

「やめてくれ。今晩、イカスミになんか逢ったら、俺の人生終わりだ」


 あんまり柊が落ち込んでいるので、晴崇は柊に妥協案を示した。

「まあ、京が行きたいって言うかどうか分からないから、午後の授業終わったら、薫風庵に来たら?」

「行きます。頑張ります」

柊が張り切っているのをそこにいる全員が冷たい目で見ていた。

帰り際に、晴崇は圭にささやいた。

「京が出るなら、圭がセキュリティの手伝いに来てくれると嬉しいから、夕方、圭も柊と一緒に薫風庵に来て」

圭は顔が赤くなったのを誰にも見られないように、トイレに行って、顔のほてりが収まるのを待った。



 午後は、少し早く授業を終わらせて、琉を除く全員が薫風庵に集まった。

今日も悠子さんと松子さんが手ぐすね引いて待っていた。

「祭りに行くか行かないかは、別にして、私たちの楽しみに付き合って頂戴」

男子は涼が手早く着付けをした。柊も馬子にも衣装で、銀縁の眼鏡をして、浴衣を着るとそこそこのイケメンになったが、片身代(かたみが)わりのペアの浴衣を着た鞠斗と蹴斗と並ぶと、モデルと一般人のような有様だった。


 女子は髪も伸びてきているので、悠子さんが張り切って髪を結い上げた。

「私は行かないので」と断る圭も、晴崇に「圭の分も浴衣があるって言うんだから、着てみたら」と言われて、結城紬の浴衣を着せられた。

舞子がびっくりして、

「結城紬の浴衣なんて、初めて見た。でも、圭は首も長いし、なで肩だから着物は似合うんだね」

浴衣について全く知らない圭は、値段の高いものを着せられたことは分かって、すぐ脱ごうとした。そんな圭に、松子が言った。


「いいのよ。外に行かないんだから、汚れなんか気にしないで。それは私が若い頃着たやつだから、気に入ったらあげるわよ」

多少着物を見る目がある涼が、松子に尋ねた。

「今日って、昨日と違うグレードの浴衣や着物を持ってきたね」

「勿論、恋を引き寄せるためには、安物じゃ駄目なのよ」


 実は長身の紅羽用にも、松子は浴衣を仕立ててあった。

「イケメン2人と並ぶにはこのくらいじゃないとね。夜に着ていっても、映える浴衣よ」

そう言って、落ち着いた紅色の絽の着物を出してきた。肌襦袢の裾には大きな蝶が飛び交っていて、とても小柄な人には着こなせないデザインだった。肌襦袢の蝶が、紅色の絽の薄い生地から透けて見えて、動くたびに蝶が飛び立つようだった。帯留めは涼しげなガラスで出来ていて、揺れるイヤリングのガラスと揃いになっていた。

 蹴斗が目を見張って紅羽を見ていたのを、鞠斗が小突いて言った。

「俺たち、お嬢様のお付きみたいだな」


 ところがまだ上には上がいた。京にも浴衣を用意していて、嫌がる京を地下室から引っ張り上げて、浴衣を着付けた。長い髪もかわいらしくまとめ上げ、揺れる髪飾りを付けると、全員があまりのかわいさに唖然(あぜん)とした。

「柊、悪いな。お前一人じゃ、ガードできないや」


紅羽が最後に提案した。

「じゃあ、舞子と涼以外は全員で出かけたらいいじゃない」

全員が出かけようとすると、晴崇が「一人残していってくれ」というので、圭が喜んで残留部隊になった。嬉しいのを押し隠して、圭は晴崇に、

「御免ね。きれいな京じゃなくて」

「ああ、あいつの姿は見慣れているから、なんとも思わないな。それより、着物美人の圭に手伝っていただけるので、感謝します」

晴崇は、これを機会にセキュリティの勉強を圭にして欲しかったのだ。それでも、圭にとっては、夢心地の夜だった。



 藤ヶ浜までは桔梗学園歩くと歩くと少し距離があった。もう花火は始まっていて、海上花火は見えないが、打ち上げ花火は、道路からもきれいに見えていた。浜に続く県道は海にまっすぐ続いているので、浜に行くまでに打ち上げ花火が十分に堪能(たんのう)できるので、左右に人の流れが出来ていた。県道は車両規制されていないので、浜辺の駐車場まで向かう車が結構な速度で通行している。道路脇には夜店が出ていて、桔梗村にこんなに人がいたのかというほどの賑わいだった。


「柊、京が道路側に飛び出ないようにガードしてやれよ」

背の低い京は、背の高い3人の後ろから歩いていると、安全ではあるが、花火が見えず道路側に飛び出しては花火を見ていたのだ。

「だって、人混みで花火が見えないんだもん」

「しょうがないな。抱っこしてやるから」

そういうと、蹴斗は片手で京を抱えて歩き出した。鞠斗は京のサンダルを何も言わずに自分の懐にしまった。京は誰よりも高い位置で花火鑑賞が出来て、ご機嫌だった。

柊は早速、ナイトの地位から陥落してしまった。


 美少女を抱える長身イケメンは、暗闇でも目立ったようで、彼らを捜していた人物は、すぐに向こうから駆け寄ってきた。

「お姉ちゃん。超目立つ。何、その浴衣?そんなの持っていた?綺麗だね」

紅羽と待ち合わせしていた碧羽(あおば)が、息せき切って道路を横切ってきた。


 碧羽の後ろを車がクラクションを鳴らして通り過ぎた。

見かねた鞠斗が、「危ないですよ」と言いながら、碧羽の腰を引き寄せた。

紅羽は早速、姉貴風を吹かせて碧羽を叱った。

「車が走ってくるのに、周囲を見ずに来るんじゃないの」

「てへ」

碧羽は紅羽のお下がりの浴衣を着ていたが、かなり足首が出ていた。それでも、2人並べば、着物美人が揃って、人目を引いた。

鼻骨(びこつ)骨折、直った?もう痛くない?」

オリンピックで負傷した鼻は、アメリカの医療技術で跡形もなく直っていた。

「顔の周りの皮下出血も大分引いたよ。触ると少し響くんで、今はバスケも休ませて貰っている」


「お姉ちゃん。あそこのコンビニ前の駐車場に、野球部が集まっているんだ」

紅羽と蹴斗が嫌な顔をして、顔を向けないようにしたが、時は既に遅かった。

紅羽の目には、五十沢健太にまとわりつく女子高生の群れが目に入った。

「甲子園効果で、女子に人気だね」

紅羽は冷たい声でそういった。


「ドローンで送り返したマネージャーもいるぞ」

京が面白がって、その話を聞きたがったので、蹴斗が近清那(ちかせな)を送り返した話を、小声で教えていた。紅羽と碧羽もその話は初耳で、2人で肩をふるわせて笑っていた。

 鞠斗は野球部集団に、別の人物を見つけた。その人物は碧羽同様、車道に飛び出そうとして、兄に首根っこを押さえられていた。山田兄妹だった。次男の山田雄太は、佐藤颯太(そうた)と共に女子に囲まれていたが、兄の山田一雄と三津(みつ)は、恩人を見つけて、すぐやってきた。


 「鞠斗(まりと)さん、やっと会えた。ゑびすいROOMに行ってもいないんですもの」

「甲子園の後、1週間の休暇を貰っていたんで、申し訳ありませんね」

鞠斗は話題が話題なだけに、野球部の前で話したくなかった。

「花火がよく見える場所で、話しましょう」

一緒にいる者も空気が読めるものばかりなので、黙って鞠斗達の後についてきた。


 鞠斗がみんなを連れてきたのは、関係者立ち入り禁止の五十嵐カンパニーの敷地の中だった。

海に向かって、一面ガラス張りの展望階には、五十嵐カンパニーの社員とその家族がのんびり花火見物をしていた。

「ほら、京もここなら座って花火が見えるぞ。柊、出番だ。こいつの子守をしていてくれ」

「しょうがないな」

柊はやっと仕事が回ってきたので、裸足で走り回る京のサンダルを持って、後を追いかけていった。


 紅羽と碧羽は積もる話を、花火を見ながら、ガラスに面したベンチでしていた。花火に照らされた美女2人は人目を引くが、ここなら言い寄る(やから)もいないので安全である。


「あの、買ったばかりのポッポ焼きです。お好きですか?」

三津が差し出したポッポ焼きを、笑顔で受け取った鞠斗は、遠慮なく温かいそれにかじりついた。

「今日は野球部は祝賀会だったの?」

花火だというのに、制服姿の2人に鞠斗は尋ねた。

「そうだと良かったんですけれど、保護者会で、監督コーチの不祥事とそれに伴う解任の話が出て、1ヶ月の活動停止が申し渡されました」

「生徒には関係ないのに」

蹴斗が人ごとながら、文句を言った。

「まあ、自主練習は良いと言うことで、活動はしています。秋の大会には出られるように校長はしてくれたので、ありがたいことです」

「代理の監督が見つからないし、五十沢(いかざわ)先輩は受験勉強に完全にシフトしちゃったので、お兄ちゃんが今、練習計画立ててくれているんです」


「一雄君は進路はどうするの?」

一雄は顔を曇らせて言った。

「俺と雄太とセットで欲しいと言っていた大学の監督は、うちの監督の先輩だったんです。だから推薦入学の話は立ち消えて、今宙ぶらりんですね」

「そんな関係の大学なら、きな臭いところに売られなくて良かったってことじゃないか?」

2本目のポッポ焼きをもぐもぐしながら、鞠斗が冷静に分析する。

「うちの親も、俺の進学に先立って、準備金という金を貰う約束をしていたらしく、今日の保護者会に顔を出しにくくて欠席しました」

「それで、お父さん達は今日、保護者会に来なかったんだ」

三津が初めて聞いたらしくショックを覚えていた。

「でも、まだ金は貰っていなかったんだろ?外野は放っておけよ。雄太や颯太は野球は続けたいんだろう?」

蹴斗はかなり、野球部に感情移入している。


 すると、背後から京の声がした。

「私のポッポ焼きは?」

鞠斗が口の中で最後のポッポ焼きをもぐもぐしながら答えた。

「三津ちゃんに貰ったポッポ焼きだよ。もうないから、買ってこないと、柊、悪いけれどこいつにポッポ焼き買ってきてくれないか?後、なんか腹減ったな。見繕(みつくろ)って買ってきて」

「三津、一緒に行ってやれ」

「はい。(しゅう)さん?私、これ買った場所分かるので、一緒に行きましょう」


三津が座っていた一雄の隣に、(きょう)はちょこんと座った。


 「一雄は、このまま野球部監督をする気はないのか?」

鞠斗が真剣な顔をして言った。一雄はびっくりして目を見張った。

「俺、まだ進路が決まってないんです。大学受験は間に合わないし、公務員試験は終わってしまった。もう僕は就職しかないんですよね。明日あたり求人票を見に行こうかと思っているんです。だから、秋の大会まで監督をしている時間はないかな?」


 突然、京が話題に割り込んだ。

「一雄君?君は質問に答えてないじゃん。監督をしたいかどうかを聞いているんだよ。というか、野球をまだ続けたいかどうかだね。鞠斗がこう聞くってことは、したいなら、桔梗学園が応援するってことだよ」

いつも京と話をしている者は、この話し方には慣れているが、この見た目とのギャップに、一雄はびっくりして二の句が()げなかった。鞠斗が京の言葉にわかりやすいように、解説を加えた。

「桔梗学園が応援するというのは、君が希望するなら、君の監督に必要な知識を教えたり、サポートをしたりしようか?

例えば、今、桔梗学園の3年生は、スポーツマネージメントの講義を受けている。この特別講義は2日過ぎたが、今週1週間の講義だ。岐阜分校の生徒もリモートで受けている。残りの講義で良かったら、試しに受けてみないか?それを受けて、実践で使ってみたいなら、監督を引き受けたらどうだ。監督をするに当たって必要な援助もするし、良かったら就職先も斡旋してやろう。だから、今やりたいことを優先してみないか」

「やりたいことに、言い訳付けてばかりでは前に進めないないよ」今日が重ねて言う。

「あの三津も一緒に授業を受けてもいいですか?」


「あの子にはまだ、無理だね。だからこの話題から外すために、お使いを頼んだ」

京は海上花火を見ながら冷酷に言った。そして、いつものように単刀直入に用件だけを伝えた。

「自分がついていくのがやっとの授業に、足手まといはいらない。授業の内容は国内最高峰の大学でも通用するレベルだ。一雄もまず子守より、自分のことを考えろ。帰り桔梗学園まで一緒に来い。桔梗バンドを渡すから、明日8時半に校門に来い。中に入れてやる」


「お待たせ」

三津と柊が両手いっぱいに、ポッポ焼きと焼きトウモロコシと焼きそばを持ってきた。

紅羽達も集まって、差し入れを食べ始めた。周囲にいたカンパニーの人たちも、匂いに釣られて、外に祭りの食料を買い出しに出かけた。


「出かけたら、イカスミに見つかったよ」

柊が、お化けでも見たように蹴斗達に報告した。

「イカスミって?」

三津が無邪気に聞いた。

「野球部のマネージャーだった近清那の姉貴、近澄子(ちかすみこ)のことかな?」

一雄が困ったように教えた。柊がことの顛末(てんまつ)の解説を続けた。

「『あら~。柊君じゃない』って、おぞましい声がするから振り返ったら、チカスミがいて、『私の琉君は今日は一緒じゃないの』って近づいてくるんだ。怖かったよ」

一雄も眉をひそめて続けた。

「姉妹そっくりだな。妹も、部活を辞めさせたのに、『私と五十沢君の間を裂くの』って、五十沢の彼女だという妄想を振りかざして、野球部の集団に乗り込んできたからな」


「あの女にいじめられたせいで、マネージャーはみんな辞めちゃったんだから」

三津の言葉を聞いて、京が尋ねた。

「他のマネージャーも、多かれ少なかれ野球部員が目当てだから、その程度のいじめで辞めたんでしょ?現に三津は男が目当てじゃないから、辞めていない」

一雄が笑いをこらえて言った。

「俺もそう思う。何故、高校生になったら、マネージャーになりたがる女が多いのかって思っていたんだ。人のために尽くすのが好きというわけじゃなくて、簡単に男が見つかるからか」

「お兄ちゃん、今気づいたの?そのマネージャーに引っかかる男がいるのも事実じゃない」

鞠斗が面白そうにしていた。

「そうだな。岐阜分校で洗濯と球拾いを自動にしてあると言ったら、マネージャーはボール洗いとボールの修理しか仕事なかったもんな」


「マネージャーって、洗濯女のこと?」

京がきょとんとして言った。

「京ちゃん?そんなこと言ったら、マネージャーの女の子達にいじめられるよ」

一雄が優しくそういった。

「ふ~ん。一雄は、野球部だから洗濯と意地悪が好きな女の子がいいんだ」

「まさか。俺は自分で輝いている女性の方が好きだね」

紅羽の反応をこっそり見ながら、一雄は答えた。勿論、念頭には紅羽を思い浮かべて言ったのだ。

「じゃあ、桔梗学園にくれば、そういう人しかいないよ」


「京が積極的に他人にアプローチしている」

鞠斗と蹴斗がびっくりした。

「私は蹴斗のようにグズグズしてないので、はっきり言う。一雄が気に入ったので、桔梗学園にきてほしい」

「すごい。花火の夜の告白だ」

柊が叫んだ。一雄がおどおどして否定する。

「いや、京さんの『気に入った』って、そういう意味じゃないだろう」

京がすっくと立ち上がって、一雄の腕を取って言った。

「ぐずぐず駆け引きするのは非効率だ。婿の候補にしてやるから、これから将来について話し合おう」

一雄は生まれて初めての告白に、目を白黒させて、京に引きずられて、展望ホールの人目のつかないところに連れて行かれた。



 急に展望ホールの灯が薄暗くなった。

「ただいまの時間は8時です。後1時間で展望階は閉鎖します」

館内放送が掛かった。その放送に意を決して、蹴斗が紅羽に声を掛けた。

「話があるんだ。少しいいか?」


 何が起こるかを察して、鞠斗を碧羽が、柊を三津がベンチから引き離した。


 蹴斗は、紅羽と2人っきりになってから、何をどの順番で言うべきか悩み始めた。

しかし、こんな姿を見たら、また、京にどやされると思ったので意を決して言葉を振り絞った。

「紅羽、俺は2年後、オーストラリア分校に行くことが決まっているんだが、一緒に行ってくれないだろうか」

蹴斗の真っ黒な瞳に、花火の光が反射した。

これも、花火の夜の言い伝え通りなのだろうか。

紅羽は健太のこと、剛太のこと、真子学園長に言われたことなどを考えようとしたが、考えを停止した。今、欲しいものは何だろう。手放したくないものは何だろう。そう考えると、本能の通り決断をした。


「はい」と言って、紅羽は目をつぶった。


 柱の陰でそれを見ていた柊と三津は、映画のような口づけに深いため息をついた。


 反対側の柱の陰にいた鞠斗は何が起こるか分かっていたので、静かにベンチに座って下を向いていた。

「こうなることが分かっていたみたいだね」

碧羽の低い声が、鞠斗を包んだ。薄暗い展望ホールには花火の上がる音が響くだけだった。


「俺は紅羽が好きなんじゃないからね」

「うん。蹴斗君の方でしょ?寂しいよね」

鞠斗は、碧羽の顔を見た。蹴斗への気持ちが、碧羽には分かるのか?

「私も、寂しい。紅羽と17年一緒にいたんだもん」

(俺も蹴斗と18年一緒にいたんだな)


「ねえ。結婚すると、その人と親兄弟より長い間一緒にいるんだよね」

「え?まあ、普通はそうなるな」

「その人と別れる時は、もっと悲しいかな」

「多分」

「その人との間の子供と別れる時は、もっともっと悲しいかな」

「そうだと思う」

「じゃあ。別れがそんなに悲しいなら、好きな人と一緒に暮らさなかったら、悲しくならないかな」

「ひとりぼっちで生きるのは、寂しいだろうな」

「寂しいと悲しいはどっちがましかな」

「何言ってんの?」


鞠斗は、だんだん碧羽の話についていけなくなった。

不思議そうな顔をして碧羽を見ると、碧羽は泣きながら、こちらを見つめていた。

鞠斗は懐から手ぬぐいを出して碧羽の顔を拭くと、ザシッと砂利の音がした。

京のサンダルをさっき懐に入れたことを思い出した。

「ちょっとぉ。まだ、顔が痛いんだから」砂まみれの顔で、碧羽が泣き笑いをしていた。

鞠斗も自分がしでかしたことなのに、笑いが止まらなかった。

「ご、ごめん。あは。ごめん。ごめん」


「顔を洗ってくる。鞠斗さんはこっち使って、鼻水も出ているわよ」

鞠斗も、碧羽の手ぬぐいを借りて、洗面所に行った。鞠斗は、砂利だらけの手ぬぐいと、顔を洗った手ぬぐいを良く洗って固く絞った。

洗面所を出たところで、碧羽は「はい。手ぬぐい頂戴」っと手を広げた。

何の意味か分からず、鞠斗がきょとんとしていると、

「貸した手ぬぐい返して。もう会えないでしょ?」と碧羽が悲しそうな顔で言った。


「いや、洗って渇かして返すから」

「どうやって?お姉ちゃんに渡すのなんて、嫌だからね」

「どうにかして、返しに行く」

「じゃあ、桔梗バンド私にも頂戴」

「一雄との話を聞いていたのか?」

「私も講義を受けさせて欲しい」


「また、こっちも遠回りな話をしているよ。また、逢いたいって言えばいいのに。碧羽なら、一雄と同じ講義でもついて来られるんじゃない?兎に角(とにかく)、2人ともそこをどいて、トイレに行くんだから。もう帰る時間だよ」

後ろから京の声が聞こえた。


京に洗面所への道を空けて、2人で歩きながら最後の会話をした。

「手ぬぐいを乾かしてから返して。直接手渡しをお願いします」

「帰り、一緒に桔梗学園の門まで来てくれるか?」


 桔梗学園までの帰り道、京は今度は一雄に抱きかかえられて帰った。

柊は途中、マンゴーパフェを食べようと九十九農園の古民家レストランに、三津を誘ったが、甘い雰囲気にはならなかった。

しかし、一雄と碧羽が桔梗バンドを受け取ったところを、三津に見せないというミッションは成功した。



 翌日から、一雄と碧羽が参加した講義はより実践的な話が展開した。元オリンピック選手の碧羽の話は、オリンピックの運営という新たな話題を桔梗学園や岐阜分校の選手にもたらした。一雄と碧羽に足りない知識は、柊が、わかりやすい動画にまとめて解説した。夏休みの間、2人は昼食も大食堂で一緒に食べた。一雄はそのうちに朝の果樹園の仕事にも参加するようになり、卒業後は九十九農園(つくものうえん)で働くことを強く懇願(こんがん)されるようになった。


最後に意外なカップルが成立しましたね。

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