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桔梗学園岐阜分校その2

オリンピックで寝不足気味ですが、皆さんも寝不足と厚さには気をつけてください。

 桔梗学園の本校は開校して19年立つが、分校は5年前に生徒募集を開始したばかりだった。つまり分校の1期生は23歳、1期生の子供も大きくて4歳と言うことで、小学校や中学校の子供達が使う場所は、本校と違ってまだ使用されていない。というわけで、施設には多くの空室がある。そこに桔梗高校野球部員は宿泊したのだ。


 早朝、自動的に起動した各部屋のディスプレイに「集合場所 大食堂、6時30分」との表示がされた。朝飯前の仕事分担に合った服装にそれぞれが着替えて、食堂に集合した野球部の面々は、流石(さすが)にまだ寝ぼけ眼だった。


 6時30分ちょうど。

鞠斗(まりと)蹴斗(しゅうと)洋海(ひろみ)匠海(たくみ)剛太(ごうた)梅桃(ゆすら)が、それぞれの仕事場所に集まった野球部員を前に、自己紹介を始めた。

「おい、マネージャーはまだか」

監督の怒鳴り声がする。

「呼んできましょうか」

教頭も女子寮に宿泊したので、戻ろうとすると、

「もう女子寮には戻れませんよ」

雲雀(ひばり)の冷たい声がした。


 女子マネージャーは、高等部女子寮に2人ずつ分かれて宿泊した。集合時間に遅れたのは、あるマネージャーが髪を巻いたり、化粧をしたりで忙しかったからである。



洋海と蹴斗は、飛騨牛(ひだぎゅう)の牛舎まで行く比較的背の高い選手達をドローンに詰め込んで出発した。キャプテンの五十沢(いかざわ)や山田一雄などが、ここに含まれている。


剛太と梅桃は、果樹園の選定の仕事をする組を連れて走り出した。山田雄太や佐藤などがこのグループに含まれている。先頭を走る梅桃は専門種目がマラソンなので、かなりのスピードで、5キロ離れた果樹園まで選手を引き連れていった。

「俺たちもドローンが良かった」と泣き声が聞こえたが、しんがりを務める重量級の剛太に抜かされると、迷子になったら二度と学園に帰れないと、選手達は全力でダッシュをした。


鞠斗は、梅桃にじゃんけんで勝って、トマトの収穫をするグループの担当になったので、

道路を挟んで向こう側にある農園に野球部の補欠を中心につれて行った。


最後に、匠海はベビー服製作担当ができる手先の器用な選手を連れて、家庭科室に移動しようとした。

「すいません。マネージャーが今来たんですが、4人とも連れて行って貰えますか?」

コーチが軽いのりで、匠海に願い出た。高校では教育的観点で、日常的に遅刻した生徒にも温情が与えられるが、ここはビジネスライクな原理で動いている。

「本来一緒に連れて行くはずの山田さんは連れて行きますが、他の方は、食堂に残ってください」

冷たく言い放つと、匠海はさっさと移動始めた。

「先輩すいません」そう謝ると、山田三津(みつ)は匠海達と家庭科室に行こうとした。

三津は山田兄弟の末の妹で、兄たちと中学校まで野球をやっていた。高校入学して、中学同様、野球部に入部したが、公式戦には出られないので、甲子園にはマネージャー登録でやってきたのだ。


 突然、もう一人の1年生、近清那(ちかせな)が匠海の(ふところ)近くに入ってきた。(りゅう)を追いかけ回していた近澄子(ちかすみこ)の妹である。朝、念入りに巻いた髪を指でくるくるしながら、190センチ近い匠海を上目遣いで見ながら言った。

「あの、私、三津さんより女らしいんですよ。私もぉ連れて行ってください」

自分の間合いに入られた匠海は、のけぞって言った。

「何が女らしいか分かりませんが、時間がないのでどいてください」

匠海に邪険に押しのけられ、清那は頬を膨らませた。

「もう、山田先輩の妹だからって、いつも特別扱いなんだから」


残った3年生マネージャーは、2人で監督のところに行って申し出た。

「すいません。遅くなったので、みんなが戻って来るまで、練習用ボールを洗って、縫い直していいですか?」

最後に残った雲雀が、3年生マネージャー2人を連れて、外の流し場に連れて行った。

「ボールは水洗いですか?」

「はい。ブラシとかあったら貸して貰いたいです。それから、たこ糸と布団針なんかありますか?」

「じゃあ、洗い終わったら、桔梗バンドの指し示すところに言ってください。家庭科室があります。それから、ボールを拭くタオルはどうしますか?」

「私たちの汗ふきタオルを使います」

「汚れますよ。後で持ってきますね。あの巻髪の1年生に持たせましょうか?」

2人は顔を見合わせて、

「いいです。私たちが取りに行きますから」

「あの子、男のいないところでは、仕事しなさそうですね」

2人は、寂しい笑顔で肯定を示した。



 食堂の清那は、先輩達がボールを洗いに行くのを目の端で(とら)えながら、気がつかないふりをした。いつものとおり、話し相手になりそうな男子を探したのだが、食堂には女性しかいなかった。

しょうがないから、施設を見学するため、ふらふら食堂を出ようとすると、コーチに見つかってしまった。

(ちか)!どこにいくんだ」

「あっ。先輩達の手伝いに行こうかと・・」

「場所が分かるのか?」

「誰かに聞けば分かると思うんです」

監督は教頭と、練習計画の話し合いをしていたが、計画表から目を離さず(せな)那に声をかけた。

「近。こっち来い」

(また、説教だ)

清那はしぶしぶ監督達のテーブルに近づいてきた。

「なんで、髪を巻いているんだ。耳も見せてみろ。また、ピアスをして。芝にピアスが落ちていたら、選手が怪我するって何度言ったら分かるんだ」

この巻髪に時間が掛かったため、マネージャーは遅刻してしまったのだ。


「これは、ボディピアスなんで、簡単には落ちませんよ」


教頭が、清那の顔をのぞき込んで言った。

「その目はカラーコンタクトですか」

「サングラス代わりに、色の黒いのを付けているんです」


「ああ言えば、こう言う。今回も別のマネージャー連れてくるはずだったのに、なんでお前がいるんだ」

「みなさん。体調を崩したとか・・・」

嘘である。清那の陰湿ないじめに嫌気が差して、みんな辞退したのだ。



 そんな話をしているうちに、8時を回った。厨房からは美味しそうな香りが漂ってきた。食堂にどやどやと岐阜分校の生徒や研究員が入ってきた。

「うっそ。本当に妊婦ばっかり」

清那の無神経な言葉が、食堂に響いた。

コーチが頭を抱えて、監督にささやいた。

「人間を宅配便で送り返すことって出来ませんか?」


教頭が毅然(きぜん)として、清那を注意した。

「近さん。マネージャーは野球部の顔ですよ。恥ずかしい格好や言動には注意しなさい」

「はあい」

(思ったことを言っただけなのに、それに可愛いマネージャーだからこそ、選手が頑張れるんじゃない?)

「監督さん、選手が戻るより先に、お食事なさいますよね。私持ってきます」

清那は、腰をふりふりしながら、食事の列に並んだ。前に並ぶ人のように桔梗バンドを機械にかざしても、機械からは何も出てこなかった。


「すいません。これどういう風に使うんですか?」

「バンド見せて、ああ、あなた、朝飯前の仕事をしなかったよね?」

「え?何?わけわからない」

監督達の席に戻った清那は、一人でぷりぷりしていた。

「監督達のご飯盛って来ようと思ったのに、あの人、やり方親切に教えてくれないんですよ」

清那は、息をするように嘘をつくことができる。



 8時半を過ぎると、各所で働いていた野球部員が帰ってきた。みんな、新しい体験が楽しかったようで、引率のチルドレンとも仲良くなっていた。


「牛って、怖いと思っていたけれど、可愛い目をしているんだよな」

キャプテンになってからあまり、はしゃがない五十沢(いかざわ)健太まで口が軽くなっていた。

「いやぁ。干し草ってお日様の匂いがするって本当だよな」

「なにより、温泉に朝から入れるって最高だ」

「練習前だから、長湯できなかったけれど、夜も入れるのかな?」


すかさず、男子部員に近づいた清那が上目遣いで言った。

「先輩、お疲れ様でしたぁ」

山田一雄が、妹のことを心配して清那に声をかけた。

三津(みつ)は朝の仕事に間に合ったか?」

「ひどいんですぅ。三津のせいで私たち遅刻したのに、三津だけ私たち置いて、仕事に行ったんですよ」

「3年のマネージャーは?」

「私を仲間はずれにして、どこかに行っちゃったんですぅ」

野球部員は、清那の嘘は聞き慣れているので、頭の中で正しい言葉に変換していた。

(清那のせいで遅刻したが、三津は仕事に間に合った。3年のマネージャーは間に合わなかったが、自分たちでマネージャーの仕事をしに出かけたと、いうところかな)



第2チームも帰ってきた。

梅桃(ゆすら)さん、ほんとに足が早いですね。息も切れていない」

愛想のいい1年の佐藤颯太(そうた)が早速、梅桃に話しかけている。イケメンという自覚があるので、女性に話しかけるのは得意だ。

「山を走るのは、久しぶりね」

「いつもはどこを走っているんですか?梅桃さんのいる分校ってどこなんですか」

「さあ、どこでしょう?」

颯太の話題を軽くあしらって、梅桃は食事の説明を始めた。

「みなさん、食事の列に並んだら、そのバンドを機械にかざしてね。アレルギーなんかのデータも読み込ませているんで、人のトレーと交換しないでください」

かなり疲れていた颯太は、梅桃の個人情報より、食事を優先した。

(けい)ちゃん」の甘いタレの匂いが、鼻をくすぐると、腹が鳴る音が何カ所かで聞こえる。


「やばい。夜は飛騨牛とか」

「馬鹿、あんな可愛い牛ちゃん達を食えるか」


「お前達、タダ飯食っているくせに贅沢(ぜいたく)言うんじゃない」

監督からの一言で、静まった。お陰で、誰もおかわりに行かなくなってしまった。

というより、寄付金で今まで食べていた料理や弁当が贅沢すぎたのだ。


トマト工場への出荷を担っていたグループと、家庭科室から戻ったグループが戻ってきた。3人のマネージャーも戻ってきた。

「いいんですか?私たちは、仕事に遅刻したんですよ」

「何言っているの。水場の周りの草取りした上に、家庭科室で縫い物も手伝ってくれたじゃないか。食事はちゃんと出るよ」

匠海が優しく自分の列の前に、3人のマネージャーを入れた。


()りない清那が、匠海の前に割り込んできた。

「私のバンドが故障しているの。私も監督のお手伝いしたので朝ご飯食べられますよね」

匠海は清那を押しのけて、

「列に途中から入るのは禁止です。野球部の仕事をしても朝ご飯は出ませんよ。こちらのマネージャーは分校の仕事をしたので、食べられますけれど」

「ひどい。私に意地悪したくて、黙って、先輩達は抜け駆けしたのね。うわ~ん」

清那の嘘泣きの声が食堂に響いた。野球部の面々が、羞恥に顔をしかめた。


 食堂中の人が、清那に冷たい視線を向けた。この分校には、いや、学園全体でもここまで、わがままで、子供っぽい人間がいたことがない。ここで生まれた子供でも、もっと分別があった。


 雲雀が桔梗高校の監督のところに行った。

「申し訳ありませんが、近清那さんは、この施設を利用する条件を満たしていないので、桔梗村に強制送還していいですか」

コーチが嬉しそうに言った。

「人間の宅配便って出来るんですか?」

「ドローンを使って、荷物として配送することは出来ます」

雲雀がにやっと笑った。

「ついでに、桔梗村から持ってきてほしいものがあれば、ドローンで持ってきますよ。応援団は無理ですけれどね」


教頭は少し考えて、雲雀に言った。

「あの、私も連れて帰っていただけますか?校長と打ち合わせたいことがあるんです」

監督も付け加えた。

「本来連れてきたかったマネージャーも連れて戻れますか?教頭、1年の袴田(はかまだ)を本来は連れてくるはずだったんです。袴田は、三津と中学校時代バッテリーを組んでいたんで、補欠の誰よりも補助が上手いんですよ」



「では、メールで校長に帰還する旨連絡してきます」



教頭が席を立った後、雲雀がその席に座って、監督と話し出した。

「朝食後のミーティングには食堂を使いますか?」

「はい、次の対戦相手のビデオを見せようと考えているんですが」

「見せてどうするんですか?」

「対戦相手の雰囲気を理解させようかと」

「失礼を承知で申し上げますが、そろそろ負けて村に帰った方が良いと考えていますか?」

図星を突かれて、若い監督の顔が赤面した。

「そんなことは・・・・」

「もう金がないから諦めています?それとも、相手が強豪だから無理だと思っています?」

「相手のR学園は、うちと違って私立で、県外からも多くの選手を集めていますし、どうあがいても勝てるわけがないですよ」

「じゃあ、ミーティングなんて止めて、受験勉強でもさせた方がいいですね」

そこへコーチが割り込んできた。

「君は野球に詳しいのか?失礼なことを言うな。監督だって悩んでいるんだぞ」

「まあまあ、ここの研究所が何をやっているかご存知ですか?」

そういうと、雲雀は手持ちのタブレットを操作して、食堂のスクリーンに次の対戦相手の投手の顔を映し出した。

食事中の選手は、全員スクリーンに釘付けになった。


 今年のR学園は、4人の投手を(よう)していた。

それぞれの投手の得意な球種がデータで示されるだけでなく、バッターの位置からの視点も映し出された。


「うわ、このカーブ、こんな角度で落ちるんか」

「ストレート早い」

「こんなところに投げ込まれたら、手が出ない」


口々に生徒が感想を述べる。


「雲雀さん、これを使って、ミーティングするんですか?」

「いいえ。うちには、試合のビデオから落としたデータを利用して、その球を投げられるバッティングマシーンがあるんです。見るだけではなく、実際に相手投手と対戦できるんです」

「まさか」

「では、食後に桔梗高校の2人のエースのデータで、ピッチングマシン動かしてみましょうか?おっと、その前に、秘密が守れそうにないお嬢さんを強制送還しましようか」

雲雀が蹴斗に目配せした。



 蹴斗は、作り笑顔を浮かべて、清那に近寄っていった。

「お嬢さん、ここでは食事できないので、別のところにあなた用の食事を用意しました。

内緒ですよ」

清那は、特別扱いが大好きである。

「そうですね。みんながうらやましがるといけないので、こっそり行きましょう」

 清那は狭い箱のような部屋に案内された。自動車の運転席のような椅子に座ると、自動的にシートベルトがかけられた。

「この部屋の中で待っていてください。少し狭いですが、自分が食事を持ってくるまでここで我慢してください。すぐ、豪華な食事を食べるとお腹がびっくりしますので、このゼリーを先に食べてください」

清那はゼリーをむさぼるように食べた。ゼリーには、軽い睡眠薬と酔い止めが入っていた。

意識が朦朧とした清那は、腕から桔梗バンドが外されたことも気がつかなかった。


 次に清那が気がついた時は、桔梗高校の会議室の椅子の上だった。隣には清那のスーツケースが置いてあった。彼女が出発する直前に、3年のマネージャーが、部屋に散乱している清那の荷物を押し込んで持ってきてくれたのだ。



 帰りのドローンには、校長と十分打合せをした教頭と、本来来るはずだった袴田という1年生マネージャーが乗っていた。

それから野球部の保護者会から、幸水(こうすい)という梨が大量に差し入れられた。応援に行けない親から、せめてものエールだった。


次回は、なんと桔梗学園のチームと、桔梗高校チームが野球で対戦します。

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