桔梗高校の甲子園その1
間が空きました。でも、物語同様こちらも夏休みに入ったので、2日置きくらいには、アップできるよう頑張ります。
修学旅行から帰ってきた、紅羽達は安定期に入ったということで、朝飯前の仕事に厨房での作業が入った。そこでは調理の下拵えが主な仕事だ。食堂のスタッフに教えて貰うことは、薫風庵で習うことと多少違った。とにかく、作る量が全く違う。効率が求められるし、早い仕事の中で安全性にも配慮しなければならない。
「こまめに石鹸で手を洗って」
「枝豆は早めに茹でて、冷ましておいて」
「暑い時期は、生野菜は足が速いから注意して」
「足が速いって?」
圭が舞子に聞いた。
「食品が悪くなる速度が速いってこと」
舞子は圭の方を振り向かずに、見落としがないように目を凝らしてジャガイモの芽を取りながら答えた。
暑い時期は、食中毒との闘いだ。桔梗学園は校舎の外に張り巡らされているバリアのお陰で、外でも30度を超えるような厚さにはならない。薫風庵などは窓を開けて風邪を通せば、扇風機で過ごせる程度の暑さだ。
九十九農園も、当然バリアは張られているが、夏は夏の暑さがある。作物も夏の気候のものが栽培されているからだ。年中同じ温度の方が快適だとは思うが、そこまで温度を下げる電力は膨大なものだし、いったん桔梗学園の外に出れば、酷暑の日本を歩かなければならない。暑熱順化をしないで急に外に出れば熱中症で、必ず倒れてしまう。
男性軍は、朝取り入れた作物を市場に卸す作業に真最中だ。
タンクトップ姿の3人は、首に提げた手ぬぐいで汗を拭きながら、水分補給をしている。
「トラックから降ろすのが一番きついよな。市場に入ってしまえば、涼しいんだけれど」
「帰ったら、枝豆のすり流し汁かな?茄子やミョウガの冷えた汁もいいよな」
「ここへ来るまで、味噌汁冷やすなんて考えたことなかったけれど、慣れたらそれ以外体が受け付けないよな。俺は冷えたジャガイモの汁が好きだけれど」
帰りのバンの中で、3人が朝食に思いを巡らせていると、車のラジオから甲子園開始のサイレンが流れてきた。
「甲子園始まったな。桔梗高校って何日目?」
運転していた農園経営者の九十九一生が答える。
「明日の1回戦だよ。今日の夜応援バスが、20台、桔梗村から出発するよ」
「じゃあ、全校応援だな」計算の速い柊が答える。
「選手は開会式後そのまま、現地に残っているんだろう?中1日だもんな」
全国大会慣れしている涼が推測する。
「柊、1回戦目は勝てそうか?」
琉がデータマン柊に、予想を訪ねる。
「困ったことに、この組み合わせだと、2回くらい勝っちゃいそうだよ」
「なんで、困っちゃうんだよ」
「甲子園の応援って、日帰りなんだよ。選手は負けるまで、現地に滞在だし、金も応援する方の体力も厳しいだろうな」
「募金程度では、お金が足りないわけだ」
「紅羽のお母さんって、生徒会の主任だったろ。もう帰国して、この準備に追われているんらしいよ」
舞子から情報を得ている涼は、少し桔梗高校の事情に詳しい。
「紅羽の相手は五十沢だろう?お母さんとしては複雑な気持ちだろうな」
突然、運転している一生が反応した。
「紅羽ちゃんの相手って、五十沢健太なの?」
琉は焦って誤魔化そうとして墓穴を掘った。
「嫌、そういう噂があるということで、本当かどうか、僕たちはよく知らないんですよ」
「ふーん」
いつも明るい一生にしては、冷たい返事が返ってきた。
柊は一生の反応に好奇心を持って、つい聞いてしまった。
「一生さんは、五十沢健太のこと知っているんですか?親戚ですか?」
柊は修学旅行の時、九十九剛太が五十沢健太に似ていると柊はなんとなく思っていたのだ。
先ほどの冷たさは一転、いつもの明るさに戻って一生が言った。
「似ている?そうかな?親戚じゃないと思うよ。そうそう、今晩から俺はバスの運転手として、駆り出されるから、明朝はうちのかみさんの手伝い頼むな」
「バス20台って、桔梗交通のバスですよね」
「なんだ、知らないのか?桔梗交通は、九十九カンパニーの子会社だよ。だから、明日の朝ご飯は40人以上の研究員が、出張に出ているから、ガラガラだよ」
「大型2種を持っていない鞠斗と晴崇は、添乗員として一緒に行くらしいけれど」
「え?あいつら18歳ですよ」
「琉、忘れたか?スーツを着た鞠斗は28歳に見えるし、髪をあげた晴崇は、怪しいイケメンホストに化けられるじゃないか」
確かに、入学初日に見た鞠斗はどうみても若手エリート官僚のような姿だった。晴崇は、普段は前髪を下ろして、ダボッとしたTシャツを着ているが、修学旅行の時見た、風呂上がりに髪を後ろに撫でつけた姿は、かなりイケメンだったし、京と話をしている姿は、優しいお兄ちゃんだった。桔梗高校の初な女子高生は、多分、かなりの確率でファンになるのではないか。
琉がぼそっと言った。
「圭が焼き餅焼くかな?」
夕飯時の大食堂奥の一角には、桔梗色のポロシャツを着た研究員が集合していた。
その数40名。当然、桔梗学園の卒業生なのですべて女性。鞠斗がディスプレイを前に、旅程の説明をしていた。
「1号車は私、不二鞠斗が、20号車には杜晴崇が乗車します。2名ずつ組になって、桔梗バンドに表示してある車の運転をお願いします。昼間は2時間おきに休憩を取りますが、そのたびに運転手の交代をお願いします。夕飯の場所は、・・・」
深夜の高速道路を20台で甲子園球場まで走る。試合が終了したら、その足で帰ってくる。なるべくはぐれないようにしたいが、本来ガイドを乗せて走るが、自動運転も搭載しているので、運転手が交代でガイド役もする。
「みなさん、明日の朝、第1試合開始1時間前に、甲子園球場に着くようにお願いします」
「鞠斗、桔梗高校はこの試合勝率予想どのくらい?」
恰幅の良い研究員が言った。彼女は、現在抱えているプロジェクトが、佳境に入っているので、早めにこの臨時業務を終わらせたいのだ。
「8割くらいです」
「げ、第2試合は何日後?」
「6日後です」
「その試合の勝率は?6割越えです」
「3回戦の後は、準々決勝かぁ。全校応援は続くのかな?」
「さぁ?学校が決めることですね。2回戦目までは桔梗村の応援と言うことで、結構割安料金でバスは出しますが、その後は高校3年生とかは行かないんじゃないんですか?高校生の参加料は1回、5,000円だそうですが、3回も深夜バスに乗って行くの大変ですよね」
「選手は、毎回帰るのか?」
「選手は新幹線で往復ですからね」
「準決勝当たりからは、1日置きに試合があるだろう?」
確かに、宿舎に長い間滞在するので、決勝まで残ると、宿舎の人とは家族のようになるとよく聞く。しかし、その間毎日母親が献身的に選手のウエアの洗濯をするとか言う話も聞く。それを新聞では美談のように扱うが、その母親達は仕事をしていないのだろうか。何かの犠牲の上に美談が成り立っていないだろうか。選手は、試合のない日は、練習をする以外は何をしているのだろうか。
「まあ、そこまで強いという情報はないですが、絶対負けるかというと断言はできないですね」
鞠斗は口を濁す。高校生のことだ、「絶対」という可能性はどこにもない。1回戦で負けるかも知れないし、決勝まで進むかも知れない。現在、山田一雄と雄太の兄弟の調子が良くて、本来のエース五十沢の出番がなくても勝てている。しかし、暑い夏であるし、体調を崩すことも多い。山田兄弟のデータも、他校はもう把握済みだ。研究されていても、対抗できるかは、未知数だ。
「3回戦以降は、流石にバスの運転は勘弁して貰いたいな」
研究員の意見ももっともだ。当然、鞠斗は3回戦以降の根回しは既に行っていた。応援団、吹奏楽、ダンス部生徒と引率の教師が宿泊できるよう、岐阜の分校に依頼済みなのだ。受け入れのため、各分校にいる5人のファーストチルドレンに、岐阜の分校に集まって貰い、準備は進んでいる。
夜、9時20台のバスは、桔梗高校の生徒達を乗せて、甲子園に出発した。
甲子園シリーズが始まります。