コンプレックス
少し、忙しくて、なかなかアップできませんでした。
琉が庭に出てみると、庭には立派なプレイランドができあがっていた。
西瓜割りを仕切っているのは、分校から来た梅桃と雲雀。
「皆さん並んでください」
西瓜割りに一番にチャレンジするのは、瑠璃と空。目隠しなしでトコトコ西瓜まで歩いて行っても、このくらいの年齢は細い竹棒を当てることが難しいようだ。
「もう一回、たたいてもいいよ」と梅桃に言われて、1回目かすりもしなかった空の顔が嬉しそうに輝いた。子供の数が少ないので、チャンスは何回でも与えられた。
瑠璃は空と同じ年でも、少し大人びていた。
「瑠璃ちゃんは1回で当てる」と宣言して、西瓜に細い竹棒を命中させた。周囲から拍手を浴びてご機嫌だった。
まだ上手に歩けない梢は、柊と一緒に西瓜に近づいて、柊に手を添えて貰って、ぺしっと西瓜をたたいた。
レオとオヨンチメグは、初めて見る西瓜割りに興味津々だった。2人とも同じ年の日本人の子供より、体幹がしっかりしているのか、竹棒を振り回しても、よろけることがなかった。
西瓜は、中の赤い実が少し見え始めたので、台所に引き上げて子供用に切り分けられた。
続いて、朝の怒り覚めやらぬ舞子が太い竹棒を選んで、西瓜の前に立った。目隠しをして、梅桃に3回くらい体を回されてスタートした。周囲からの、嘘くさいアドバイスや、適確なアドバイスが飛び交う中、涼の「ストップ」という声を聞いて、止まった。
大きく振りかぶった竹棒は、真剣の試し切りぐらいの勢いで、西瓜を叩き潰した。
「うわ。ぐしゃぐしゃ」柊が叫んだ。
目隠しを取って、舞子は「快感!」とつぶやいた。
縁側では涼が、鞠斗が切り分けてくれた西瓜にかぶりついていた。蹴斗も涼の隣に座って、
西瓜を食べ始めた。
もともと組み立て用の番号がついているとは言え、匠海と洋海の2人で竹筒をくみ上げて、次のイベント、そうめん流しの準備は完成していた。西瓜を食べ終わった子供達は、ベタベタの体ごと、剛太が膨らまして、水を張ったキッズプールに飛び込んで、遊んでいる。
鞠斗が残りの西瓜の入った大皿を持って、縁側に座った。
「なあ、分校の連中って、すごく仕事できるよね」
涼が蹴斗に話しかけた。
「ああ、俺たちよりずっとできるんだ」
「でも、陸の双子や剛太は、風呂で『分校に飛ばされた』って、言っていたよな」
鞠斗が話題に加わった。
「あいつらは、1人で何でもできてしまうタイプなんだ。だから、あいつらを外に出さない限り、他の連中が働かない。嫌、働けなくなる」
「ミツバチや働き蟻みたいだな」
涼は「働き蟻の法則」を思い出した。
「まさか、分校のみんなが出るまでは、蹴斗や鞠斗は、働かない口だったなんて言わないよね」
「その『まさか』さ。あいつらが、何でも自分たちで決めて、どんどんやってしまうので、俺たちや下級生が何もできなかったんだ」
「真子学園長は、みんなの力を伸ばすために、あえて最も働ける5人を外に出したのか」
涼の質問に、蹴斗がしばらく考えてから答えた。
「わからない。学園長はあの5人の行動に何も注意しなかったからね。俺たちも、あいつらが出て行って、しょうがなく動き出して、結果的に80%の動かない蟻から、20%の動く蟻になっただけだよ」
鞠斗はきれいにカットされた西瓜を口に運びながら言った。
「学園長は、俺たちが気づくまで待っていたのかも。そして、俺たちは自分たちで気づいたから、新しく来た人や下級生に仕事を振るようになったんだよ」
涼が楽しそうに働く5人を見た。
「あの5人は、まだ気がついていないと言うことか?」
「気がついていないのか?今回、わざと張り切って働いて、自分たちの力をアピールしているのかは、分からない」
西瓜割りが一通り終わったようなので、3人はゆっくり縁側から立ち上がった。
「さっ、片付けでもしますか」
素麺と西瓜、朝の残りの食材を片づけ終わった頃、村の12時を知らせるサイレンが鳴り出した。
瑛が、バスの鍵を開けると、来た時同様に、めいめいがここへ持ち込んだ荷物をバスに乗せ始めた。
涼が最後にみんなに連絡事項を告げた。
「瑛さんのバスは、N駅に向かいます。分校の皆さんはこちらに乗ってください。
久保埜医師のバスは直接学園に戻ります」
陸洋海は名残惜しそうに、杏を抱きしめた。杏は外人の挨拶のような気安さで、ハグをすると、スタスタとバスに乗り込んでいった。
剛太郎が別れの挨拶をしようとやってきたが、紅羽はそれが見えなかったふりをして、桔梗学園直行のバスに乗り込んだ。バスの中では、舞子と涼がテレビの前に陣取っていて、オリンピックの柔道の試合に見入っていた。
涼が最後に、分校の5人が乗ったバスに、乗り込んだ。
「今回は本当に来てくださってありがとうございました。色々不手際がありましたが、楽しんでいただきましたでしょうか。瑛さん、ではよろしくお願いします」
瑛は琉が下りると、バスのドアを閉めて言った。
「さあ、どこのラーメンが食べたい?」
陸兄弟が叫んだ。「背脂ラーメン!!」
女性陣がため息をついた。
「暑いのに、ガッツリ系なのね」
そう言いながらも、まんざらでもないようだった。
桔梗学園行きのバスは、桔梗学園への道すがら、オリンピックの柔道観戦で暑くなっていた。
今日の対戦は、男女の重量級だった。舞子の代わりに出場した熊本成美は決勝に駒を進めていた。
涼は舞子の顔をこっそり伺った。
舞子は涼の心配をよそに、心の底から、熊本を応援していた。
「あー。駄目。もっと攻めて!」
舞子の声が聞こえたかのように熊本は、対戦相手のキューバ選手を責め続けていた。
勿論、マリアはキューバ選手の応援をしていた。涼は、決勝に出ているのは、T大合宿で見た顔だと言うことに気がついた。
熊本成美は、相手の捨て身技に上手く乗じて、寝技に入ろうとしていた。
「行けー。押さえろ!」「駄目―。逃げて」舞子とマリアの声が重なった。
熊本は必死の形相で、袈裟固に相手を押さえ込んだ。
そして、押さえ込み時間が修了するブザーが鳴った。
マリアが頭を抱え込んだ。
舞子は小さな声で言った。
「やったね。これで熊本成美を倒せば、世界一になれるというわけだ」
涼も舞子にささやいた。
「熊本は、オリンピックで世界一になって、舞子との試合前に引退したりしないよな」
「私は、あの子を小学生の頃から知っているの。私が試合に出ると聞いて、逃げるような奴じゃないの」
「はい。そうでした」
舞子はこういう女だったと涼は改めて、思い出した。しかし、舞子のお腹は、かすかに膨らみ始めていた。舞子以上に、涼は不安になってきた。
そんな涼の視線に気がついたのか、舞子が涼の膝をたたいた。
「帰ったら、お腹を支えるサポーターと、膝をガードするサポーターの試作品ができあがっているって、出がけに教えて貰ったの。みんながいるから、やるしかないよ。涼が弱気を出さないで」
「マリア。リベンジするからね」
舞子は後ろの席に座っていたマリアに親指を立てた。
日本の柔道の試合が終わった頃、久保埜医師が海岸沿いの広い駐車場にバスを停めた。
「みんな、分校の5人はラーメンを食べて帰るらしいけれど、私たちは魚市場で1時間ぐらい休憩します。浜焼き食べてもいいし、番や汁を飲んでもいいよ。下りる時、1人小遣い2,000円渡すから好きに過ごしてね」
舞子は早々とオユンとマリアを連れて、食べ歩きに出て行ってしまった。涼は舞子が人目につくのではないかと気をもんだが、舞子は柔道大会が終われば、誰も自分に注目などしないと堂々と下りて言ってしまった。
涼は、紅羽はどうしているかと見たが、ちょうど蹴斗が話しかけているところだった。
柊と琉に腕をつかまれ、涼がバスを降りた。
「邪魔しちゃ駄目だよ」
「蹴斗君、私たちちょっと、土産を見に行きたいから、バスに15分くらいいてくれるかな」
そう言って2人の医師が下りると、紅羽と蹴斗がバスに残る形になってしまった。
蹴斗は意を決して、紅羽に話しかけた。
「昨夜、剛太に何かされたのか?」
「何も」
「だって、『まだ』って言っていたじゃないか」
紅羽は心配そうにしている蹴斗を少し困らせたくなった。
「蹴斗達って、私たちのことをどのくらい知っているの?例えば、誰が子供の父親かとか」
蹴斗は、漆黒の瞳を見開いて、
「何も知らない。でも、桔梗高校の子達が推測している言葉が、本当なら候補の名前は聞いたことがある」
「それは誰?」
「聞いてどうするの?俺たち学園のスタッフが個人情報を把握していることに対する不信感から、その質問をしているの?」
紅羽は自分が、何を確かめたいのか、だんだん分からなくなってきた。でも、ぐずぐず悩んでいるのも嫌なので、単刀直入に聞いてみた。
「相手の名前は・・・」
「ちょっと待って、どうして俺に話すの」
「いいから聞いて。相手の名前は五十沢健太」
「やっぱり。・・・桔梗高校野球部のキャプテンだろう?」
「そう。ところで、九十九剛太の顔が、五十沢健太に瓜二つなんだけれど、あの2人は、親戚なの?」
「あー。それで、俺に相手の名前を教えたんだね」
蹴斗が少し気落ちした声で答えた。
「ファーストチルドレンは、同期の子の、父親の名前や事情をお互い知っているのかも知れないと思って聞いたの」
「聞いてどうするの?もし血がつながっていたら?逆に血縁関係がなかったら、安心して剛太と付き合うの?」
紅羽は、好奇心から知りたかっただけだが、蹴斗に言われると、そういう気があると勘違いされる言い方だったと思った。
蹴斗は悲しい顔で真相を話した。
「たまたま剛太の父親のことは知っている。みんなが知っているわけではないから、他の人には言わないでくれるか。剛太の父親は、五十沢健太の父親の弟だ」
「つまり、剛太と健太は従兄弟ってこと?」
「俺と鞠斗は、日曜日はよく晴崇と一緒に、薫風庵でゴロゴロしながら過ごすんだ。
あの日は、九十九農園のご夫婦と一緒に娘の那由さんが薫風庵に来たんだ。
『五十沢慎二がアメリカから帰ってきて、剛太と会わせて欲しいと言ってる。大リーグに挑戦するからと言って、那由さん達を放っておきながら、上手くいかなかったら家族になりたいという態度は受け入れがたいから、剛太と一緒に分校に行かせて欲しい』と那由さんは学園長に直訴しに来たんだ」
紅羽は昔、五十沢健太の父親の弟が、大リーグに挑戦したことがあるとは、聞いたことがあった。しかし、大リーグで活躍したという話は、聞いたことがなかった。
「五十沢慎二について、俺たちはこっそり調べたんだが、桔梗学園の野球部が以前甲子園に行ったのは、慎二の代よりずっと前だったので、甲子園には出場していなかったようだ。
でも、N市のプロの野球チームに誘われたが、1年も経たないうちにそこを辞めて、渡米してマイナーリーグから、大リーグを目指そうとしたらしい。」
「多分そこで、いろいろあって大リーグ選手になれず、すごすご戻ってきたんでしょうね」
「アメリカで、肘を壊して、すぐ野球を辞めたらしい。向こうで結婚はしたが、子供ができないまますぐ離婚したって、薫風庵では話していた。だから、那由と結婚して人生をやり直したくなったみたい」
「なにそれ、最低。剛太は知っているの?」
「さあ、那由さんが直接、剛太に話したかも知れないし、剛太本人だけ知らないのかも・・・。
剛太に同情した?」
「何が言いたいの?そもそも、蹴斗や鞠斗達は、お母さんから自分の父親について聞かされているの?」
「聞きたい?見れば分かるだろう?アメリカのプロバスケット選手の子供だよ。自分の母親も、相手の名前すら知らない。一夜限りの相手だったみたい」
そう言って、蹴斗は初めて紅羽から目を離して、窓の外を見た。
紅羽は、聞くべきではないことを聞いてしまったと後悔した。
後部座席で、こそこそ話し合う2人に、咳払いが聞こえた。
「15分経って戻ってきたんですが、もう少し行ってきた方がいいですかぁ」
バスの入り口に名波医師と久保埜医師が立っていた。
修学旅行編はこれで終わりました。