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「子宝の湯」へ

すいません。あまり色っぽいシーンがなくて。

 男子のバス内は、険悪な雰囲気がまだ続いていたが、話に加わっていなかった(りゅう)(りょう)は、のんびり温泉のことを話し合っていた。


「『子宝の湯』って言うけれど、安産の湯ってお守りも売っているらしいな」

前もって行く先について調べていた涼が言うと、

「あとね、温泉の近くに『夫婦欅(めおとけやき)』というのがあってそこをくぐって、『子持杉』を(また)ぐと、『子宝に恵まれる』らしいよ」

「なんか、地雷っぽいから、その逸話(いつわ)はあんまり話さない方がよくないか?」


 琉はどこかのんびりしている。自分の生活で精一杯だったせいか、ここにいる妊婦の大部分が、望まない妊娠をしていることや、相手と良好な関係でなかったとかいうことに対する配慮に、かなり欠けるところがある。



 バスは、琉が最も楽しみにしていた温泉に着いた。

ここは乳がんの手術(あと)が気になる人などに、使い捨ての「湯あみ着」の着用が許されている。前から見ると、金太郎の腹掛けのようだが、後ろでも臀部(でんぶ)が十分隠れる形のものが、貸し出されている。他にも背中が隠れる、前開きベスト風のタイプもある。

 

女子のとりまとめの(あん)が、事前に希望していたタイプの「湯あみ着」を配布した。


 日本風の風呂に慣れていないマリアやオユン。

男湯に入る(こずえ)瑠璃(るり)。女湯に入る(そら)。マリアの子、レオ。

それに水脈(みお)が湯あみ着を希望した。

「水脈さん、これなら乳がんの手術痕が隠れますよ」


杏は全く気づいていなかったが、そこにいた他の全員が、「あちゃー」という顔を必死に隠した。その話をまだ続けようとするので、紅羽が杏を物陰に引っ張っていき注意をした。


「手術したことなんて、最高の個人情報だから」

「そうですよね。乳がんの人には配慮しなければなりませんよね。あーそうだ、帝王切開の人も、湯あみ着が必要ですよね。もっと持ってきます」

「そうではなく、何も言わずに渡せばよかったの」

「ごめんなさい。まだ、妊娠したことがないから、何に悩んでいるか分からなくて」


悪意のない人間は、無意識に人を傷つける。

紅羽は「杏は、はっきり注意しないと分からない」とは思ったが、言っても無駄だとも思った。

「君子危うきに近寄らず」というが、やばそうな人とは距離を取るべきだと、紅羽のセンサーが鳴ったので、杏の近くから離れた。


 脱衣場では、舞子がマリアとオユンに、日本の公衆浴場の使い方を説明していた。翻訳機は防水仕様になっていたので、風呂の中でもコミュニケーションに困ることはなかった。


 風呂の中では、久保埜(くぼの)医師と圭、深雪が、双子妊娠あるあるの話をしていた。


 「昔は後から出てきた子を、第一子にしたんですよね」

それに最近、双子を妊娠していると分かった深雪は、色々質問したいことがあったようだ。

「でもね、下手すると日付を跨いで産まれることもあるから、今は先に出た子を第一子にするんだよ」

「双子だと、必ず帝王切開ですか?」

「今の医学では、自然分娩でもできそうだけれど、2回も『西瓜(すいか)を鼻から出すような痛み』を経験したくないでしょ?」

「全くです」

「後はね、臍の緒が絡まったり、一人目が生まれた後、腹圧が下がって次の子のお産が進まなくなって結局帝王切開になるケースもあるから、桔梗学園ではよっぽどのことがない限り、帝王切開かな?」

「圭さんは、深雪さんより体が小さいから、より危険度が高いから覚悟してください」


 次は圭からの質問が始まった。

「男同士の双子と、女同士の双子。男女の双子。それぞれ違いってあるのですか?」

「まず、男女の双子は必ず2卵生なので、普通の男女の兄弟のように生活するかな?多分、女の子の成長の方が早いので、一般的には先に大人になった女の方が、イニシアチブを取るかな?


それから、(くが)兄弟のように、男同士の方がどっちが「兄」かにこだわるので、現代ではお互いを『片割れ』なんて言っている例も増えてきたね。昔は兄に家督(かとく)を継がせるから、田舎では弟の方を『もしかあんにゃ』っていうこともある」

「それって、『もしかしたら、あんにゃさ(長男)になるかも』って意味?いやー、スペアって言っているみたい」

圭はその言葉を聞いたことがあるので、()に落ちる気がした。

「そうだね。女同士はお揃いの服着たりするから、仲良しだけれど、お互いに依存する割合が多いかな?うちの双子は全く違うけれどね」


「双子についてよくご存知ですね」

「T大学の付属は双生児を優先的に入学させて、研究してきたからね。そういう研究データを、自分に双子が生まれるって分かった時、結構読んだからね」


「おっと、みなさん。15分経ちました。水分補給を忘れないでください」

名波(ななみ)医師から注意が飛んだ。

「水分より、アイスや西瓜(すいか)を風呂で食べたいな?」

目をつぶってくつろいでいた卓子(たかこ)が急に頭を上げていた。

「西瓜割りは明日です」


西瓜割りも企画されているんですね。それに、ぬる湯って、夏に入ると最高ですね。


 紅羽(くれは)と舞子は久しぶりにゆっくり話をすることができた。窓の外の緑を見ながら、舞子が言った。

碧羽(あおば)ちゃんのオリンピックが終わっちゃったね」

紅羽が少し膨らみ始めた、お腹を()でながら言った。

「コートに入って、5分もしないうちに(つぶ)されたよ。2人でコートに入っていたら、マークが分散したのに」

「仮定の話は意味がないよ。日本が高木姉妹を2人で使うって、対戦相手が考えていたら、その対策立ててきたはずだもん」

舞子もトレーニングのお陰で、お腹の肉が減っていたので、膨らみは触らなくても分かるくらいに大きくなってきた。

「そうだね。あれ?なんかお腹でぐにゅってした」

「赤ちゃんがお風呂気持ちいいって、伸びをしたのかな?」


 赤ちゃんのことを考えると、ほっこりした気分にもなった。

紅羽はやっぱり、赤ちゃんの命の方を選んでよかったと思った。


2人の会話に深雪(みゆき)が入って生きた。

「ところで九十九剛太(つくもごうた)君って、がっちりしているよね」

「あれ?深雪はああいうのタイプ?」紅羽が切り返す。

「違うよ。耳が(つぶ)れているから、柔道だったら、涼と話が合いそうだと思って・・・」

「そうだね。深雪は弟さんが柔道部だもんね」


3人はまだ知らないですが、柔道なんです。


深雪がすこし探るような目で、紅羽を見た。

「剛太君って、痩せたら五十沢健太君に、ちょっと似ていない?」

「そうかな?深雪はやっぱり柔道系が好き?」

紅羽は、自分の子供の父親のことを探りに来ているかと思って、話題を少しずらして答えた。


深雪は軽く答えた。

「いや、私は柔道と言うより、自分より大きい人がいいんだよね。そういう意味では、ここはよりどりみどりだと思う。(あん)さん。ファーストチルドレンの人たちって、決まった相手いるんですか?」


この話題には、雲雀(ひばり)梅桃(ゆすら)も興味津々で、湯船を泳ぐようにして近寄ってきた。

「ゴメン。男子は男子で行動して、私は仲間はずれみたいな感じで、よく分からない。少なくとも私は相手にされていないんだよね」

みんなが納得したような顔をしているのが(しゃく)(さわ)ったようで、杏は、圭と楽しそうに話している(きょう)を話題に引きずり出した。

「京なら、晴崇(はるたか)と仲良しだから、知っているかもよ」


突然話題を振られた京は、だんまりを決め込んだ。なにせ、日曜日には蹴斗、鞠斗、晴崇と4人で過ごすことが多いが、京がいるところで、彼らはコイバナをしないのだから。


残念ながら、風呂の中での、女子のコイバナは、不発に終わってしまった。


 

 さて、風呂の貸し切りは2時間だったが、子供には少し長すぎるようで、子連れ組は30分もたつと風呂から上がって、外の休憩所でまったりし始めた。


瑠璃(るり)ちゃん、可愛いですね」マリアが琉に話しかけた。

「いやあ、レオ君も可愛いですね。日本に『ジャングル大帝レオ』って有名な漫画があって、日本ではライオンのように強い名前って印象があるんです」

「それで、こっちで名前を言うとみんな『いい名前ですね』って言ってくれるのですね」

「オユンさんのところのオヨンチメグちゃんも。『オヨンチメグ』ってよく聞く名前なんですが、意味はあるのですか?」

「『知恵の花』って意味なんですよ。」

「いい名前ですね」マリアも同意した。

水脈(みお)さんも空君とこっちに来ませんか」(しゅう)が気を利かせて、声を掛けた。

「空君お菓子もあるよ。パピコが半分余っているんだ、食べてくれる人」

空がパピコ欲しさに、よちよち走ってきた。水脈もしょうがなく、話の輪に加わった。


柊は、杏と違って、水脈の過去につながる話題を微妙に避けて、話しかけた。

「水脈さんは、将来桔梗学園で研究したいものってありますか?」

「さあ、今は勉強について行くのに必死で」

「俺はドローンレース部にいて、将来ドローン制作したいんですよ」琉も話に加わった。

「空がいるから、部活は」

「俺もそう思っていたんですけれど、『eスポーツ・ゲーム演習場』にベビーサークルを設置して貰ったんです。だから、食後2時間は部活動できますよ」

「僕も男子寮のラウンジにサークルを用意して貰って、そこに梢と一緒に入って、自動車免許の勉強をしています」

「いいですね。私はお金がないから教習所には行けなくて」

「大丈夫ですよ。ここでは誰も教習所なんて行きません。学校のグランドで、運転の練習をして、そのまま、免許センターに行って免許取るんです」

「免許を取るお金は、学園が払ってくれますよ。車はシェアカーがあるので、乗りたい時は鞠斗(まりと)に頼んでキーを借りればいいんです」


「今、高3で、免許取っているのは誰だ?」

突然、琉が思い出したように柊に聞いた。

「杏、蹴斗、鞠斗、涼の4人と僕かな?晴崇も取っていそうだけど、知らない」

琉は同じドローンレース部に所属している蹴斗(しゅうと)が早々と、自動車免許を取っていることに驚き、取り残されたような気持ちになった。杏が、一番に取ったので、みんな必死に勉強して、免許を取ったのだ。


「俺も早く取りに行こう。水脈さん、自動車免許の勉強を一緒にしませんか?」

「琉にしては積極的な提案だな。応援するよ。学科の勉強用のアプリも作っておいたから、後で『タブちゃん』を見てくれ。水脈さんも、アプリのある場所を後で教えますよ」

水脈は嬉しい半面、1歳年上ということで、敬語を使われるたび、少し疎外感を感じて寂しく感じた。


次は男子のお風呂を覗いてみましょう。

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