表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/250

女子バスの中では

予告通り、女子バスの中の話が書けました。

 男子バスが自己紹介で盛り上がっているのに引き換え、女子バスはそれぞれが思い思いに過ごしていた。

 

 その理由の1つは、オリンピックの女子バスケットの試合が放映されていたことだ。紅羽(くれは)と舞子は勿論、助手席に座るはずの久保埜(くぼの)医師まで、ディスプレイに張り付いていた。

今まさに、紅羽の妹碧羽(あおば)がコートに現れた。現地に応援に行っている高木夫妻にも、TVカメラが張り付いている。

「行け、碧羽!ナイスインターセプト。そのまま行け」

紅羽の応援に応えるように、コートに入ったばかりの碧羽が、そのままゴール下まで運んでポイントを上げた。


アナウンサーが絶叫している。

「高校2年生、碧羽選手。交代直後のゴーーーール。あぁ、ご両親もスティックバルーンをたたいて喜んでいます。アメリカに渡ってバスケ修行中のお姉さん、紅羽さんは会場にいないようですが、同じアメリカなので、次の試合は応援に来るでしょう。」

元オリンピック選手だった解説の立山(たてやま)が、話を続ける。

「そうですね。パリオリンピックの時の東瓜(とうり)姉妹のように、2人で活躍してくれると思っていましたが、残念です。特に紅羽さんは女性ながらダンクシュートもできますし、碧羽さんと組むとアリウープもできたんです」

「その上、美人姉妹ですよね」

アナウンサーの言葉に、解説者の立山は同意しなかった。彼女たちの素晴らしさを、本当に分かっていないのだと、ため息交じりに次の言葉を続けた。

「高木姉妹の素晴らしさは、もっとあります。長い手足を生かした、ディフェンス。それに加えて、3ポイントシュートの精度が80%を超えていました」


放送を見ていなかったように見えた圭が、いつものように突っ込んできた。

「いよ!美人姉妹」

久保埜医師がそれに答えた。

「そこじゃないでしょ。ダンクにアリウープ、3ポイントまでできる身長188センチの女子選手は、日本の枠に収まらないのよ」


画面の向こうでは、碧羽が徹底的にマークされていた。いつもは紅羽にマークが集まり、自由に動けていた碧羽は、経験したことのない状況にあい、焦りからミスが続いた。

「碧羽、マークが集まったら、ラッキーなんだから、他の選手が空くでしょ。焦るな」

紅羽は必死で応援した。


悪いことは続くものである。


ピーー

試合が止まった。碧羽がゴール下で鼻を押さえてうずくまっている。

相手選手の(ひじ)が鼻に当たって、大量出血をしているのだ。碧羽は退場を余儀(よぎ)なくされた。

久保埜医師がぼそっと言った。

「あの出血じゃ、鼻骨(びこつ)骨折だな」


舞子が励ますように言った。

「大丈夫、涼も鼻を折ったことがあったけれど、今はほとんど分からないでしょ」

舞子は顔のことを心配していたが、紅羽は違った。

「すぐ試合に出られる?」紅羽は顔を(おお)ったまま、聞いた。

「1日目は痛みと()れで目も開けられないけれど、1週間もあれば、腫れは・・・」

途中まで言って舞子は気がついた。碧羽のオリンピックがここで終わったことを。


久保埜医師が励ますように言った。

「アメリカの医者は、きれいに治してくれるわ。それより、眼窩底(がんかてい)骨折や頬骨(きょうこつ)骨折がないといいよね。相手のセンターは、それまでも目立たないように、肘張って顔にぶつかるように、プレイしていたものね」


マリア・ガルシアが話に加わった。

「バスケットも格闘技ですものね。でも、柔道と違って、試合中、フェイスガードしてもゴーグルしてもいいんでしょ?」

ラグビー選手の栗田卓子(たかこ)(うなず)いている。


どうも、格闘技系の人間は、怪我に対する考え方が一般人と違うようである。

 

紅羽を慰めているのか空気が読めないのか、久保埜が話を続ける。

「鼻が折れても、(ひざ)靱帯(じんたい)が切れても、すぐ競技に戻ろうとするけれど、外科医の立場から言わせて貰うと、競技の一線で戦っている人は、体が壊れきってしまうまでスポーツをする傾向があるよね。人生100年時代にそういう生き方をすると、例えば40歳まで競技続けたとしても、残りの人生60年不自由な体で過ごすことになるぞ」


オユンがそれに答えるように語る。

「私たちの国のようなところは、家族の中で1人有名なスポーツ選手が出ると、家族が幸せになれる。だから無理してでも続ける。そして、子供ができて競技ができなくなると、家族が不幸になる」

オユンが妊娠したことによって、家族から非難されたことは想像に難くない。


マリアとオユンの付けている自動翻訳機は、かなり優れていて、完璧に会話に参加できる。


マリアが後を続ける。

「日本は、スポーツ選手にならなくても、食べていける。どうして無理して体壊しても競技続ける?」


圭が同意する。

「日本はさ、運動できる子にすぐ『将来はオリンピック選手だね』って言う。家族も指導者も、小さい頃からそういう子を(きた)え上げて、『オリンピック選手の親』『オリンピック選手の指導者』になることを夢見る。

運動ができる子が何の運動もしないと、『もったいない』って言うんだ。

それに引き換え、eスポーツはいいぞ。ゲームもいいぞ。オリンピックより(かせ)げるのに、親に強制されることないから」

最後は、自分が行こうとする道の正当性を主張した。


卓子(たかこ)が反論する。

「私は、怪我もしたけれど、ラグビーを通して、たくさんのものを身につけて、いい経験をして、仲間もできた。そんな一番いいものを子供に伝えなくていいのか?」


舞子は卓子に答える。

「私は、親に強制されるのがいけないんだと思う。私も兄も父親の(あやつ)り人形だった。何も考えず、勝っても()めて貰えず、休むことすらできなかった。だから、今回初めて、自分で勝ちたいって思っているから、柔道を楽しめている。

でも、私たちの子供には、柔道をやらせるかは決まっていないなぁ」


議論が続く中、バスケの試合は日本の勝利で終わっていた。高校生の碧羽がいなくても、日本チームは勝てるし、次にはまた別の選手が活躍する。


 バスケの試合が終わってしばらくして、バスはトイレ休憩のために、「里山道の駅(さとやまみちのえき)」の駐車場に入った。道の駅には、多くのバスが駐車していた。桔梗学園のバス2台は、少し離れたところに駐車した。紅羽や舞子は、車内のトイレを利用してバスを降りようとはしなかったが、小さな子供は外に出たがった。


「ここで30分休憩します。悪阻(つわり)が苦しい人は後部座席広げて、寝られるようにしてあるので、休んでください」名波(ななみ)産婦人科医が妊婦の健康状態を見て回った。


久保埜医師は、五十嵐瑛(いからしあきら)と次のルートの打合せをするため、外に出て行った。


(きょう)、車降りようよ。学園長にお土産買わなきゃ」

三川杏は、真っ白な京の腕を引っ張ってバスから降ろした。外では同じくファーストチルドレンの、岐阜分校の米納津雲雀(よのうずひばり)と島根分校の百々梅桃(どどゆすら)が待っていた。


杏は、いつも男子に仲間はずれにされていると思い込んでいるので、今日の修学旅行に4人組で行動できるのが嬉しくてたまらない。


しかし、京の方はできるなら圭の方が話が合うのだが、腕を捕まれているので逃げ出すことができず、しぶしぶ引きずられていった。


圭はというと、いつもの服装で、とても修学旅行生には見えない格好で、売店に向かってぶらぶら歩いて行ってしまった。売店では(りゅう)蹴斗(しゅうと)に呼び止められて、夏のドローンレース部合宿の話で盛り上がった。

そこへ突然、甲高い声が聞こえた。


「琉く~ん。琉君でしょ?何をしているの?こんなところで、私たちこれから、2泊3日の学習合宿に行くの」

聞くもおぞましい声の持ち主は、琉だけでなく、妹も追いかけ回していたストーカー女子、近澄子(ちかすみこ)(通称イカスミ)だった。

そういえば、この時期に桔梗高校の3年生は、涼しい場所に行って、朝から晩まで缶詰(かんづめ)で勉強するのだった。


「何?学習合宿って」圭に聞かれて、琉は耳元に口を寄せて、「自分で勉強できない連中が、缶詰にされて問題集を解きに行く合宿」と答えた。


「琉君、その不良は誰?」

「失礼な。俺の(あこが)れの師匠だ」

琉はイカスミから圭を守るように、体半分前に出て高らかに宣言した。

「やめろよ。しょーしい(恥ずかしい)」

圭は軽く琉の背中をたたいた。

「何やっているの。私の琉君に気軽に触らないで」

イカスミが圭に手を出そうとすると、蹴斗(しゅうと)が圭を守るように2人の間に入った。


「圭、バスで待っている2人にアイス買ってやるんじゃなかったか?」

「そうだ。忘れていた。ブルーベリーソフト買ってやろうと考えていたんだ。琉、手伝って」


2人がアイスを買いに行った後、蹴斗はイカスミに低い声で言った。

「あんまりつけ回すと、ストーカーとして警察に届けるよ」

「違うわ。私たち付き合っているの」

「それは君の妄想だな」

冷たく言い放つと、蹴斗はイカスミに背を向けて、アイス売り場に走って行った。


集合時間を伝えに来た桔梗高校の女子生徒に、イカスミは

「ひどい。琉君と私の間を引き裂く人ばっかり」と涙ぐんで訴えた。

勿論その友達も、琉がイカスミから逃げ回っていたのを知っていたので、

「はいはい」と耳半分でその話を聞き流し、「今の人、かっこいいわね」などと別の話に夢中になっていた。


30分の休憩時間が終わると、子供広場で(こずえ)を遊ばせていた(しゅう)が待っていた。

「琉、会ったか?桔梗高校の連中に」

「会った、会った。それもイカスミに遭遇」

「涼と俺は、バスのプレートに気がついたんだけど、止めるまもなく琉は出て行っちゃったもんな。瑠璃(るり)ちゃんは涼が子供広場に連れて行ったぞ」

「ごめん。寝ていたんで、起きる前にと思って急いで出ていったんだけどな」


珍しく五十嵐瑛(いからしあきら)が、警察官目線で注意した。

「琉君、そうやって車に子供を置き去りにする事件が、多発しているんだ。寝ているからって車において行っちゃいけないよ。子供はすぐ脱水症状を起こして死んでしまうんだ。

また、特に多くの人がいる時は、誰かが見てくれるだろうって考えて油断することも多い。

そうやって迷子になってしまう子供も多いんだ。瑠璃ちゃんの保護者は、琉君、君だからね」


金のない琉は、みんなのためにアイスの差し入れなどできなかったが、代わりに蹴斗がバスに残っていた人に「ガリガリ君」を買ってきた。子供広場で汗だくになった子供達は、バスで着替えて、小さく(くだ)いたアイスで(のど)(うるお)していた。


女子バスでも、紅羽と舞子が、圭からのブルーベリーソフトを()めていた。窓の外には、この暑い中、制服を着た桔梗高校の3年生がバスに押し込まれて、合宿の地に走り去っていった。





次回は、震災学習をします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ