高3生の修学旅行
少し間が開いてしまいました。仕事が片づかないと、こちらにも手が出せなくて、アップに時間が掛かってしまいました。週に3回はアップできるよう頑張ります。
梅雨もようやく明け、7月も半分が過ぎようとしている。
桔梗高校も1学期の期末考査が終わり、夏休みが目の前に迫っている。高校3年生は、受験勉強に本腰を入れなければならない時期だが、桔梗高校だけでなく、桔梗村全体が最高に盛り上がっている。駅前の寂れた商店街にも、「おめでとう。オリンピック出場、高木碧羽」
とか「おめでとう。甲子園出場。桔梗高校野球部」「30年ぶり。祝甲子園出場」などの幟がところ狭しとはためいている。
「桔梗村のバス借りられるかな?」
修学旅行の総務を担っている琉は、気が気ではない。
「大丈夫。甲子園全校応援は8月に入ってからだから」
ファーストチルドレンのまとめ役、蹴斗はのんびりと答えた。
「それに、今回は桔梗村のバスじゃなくって、桔梗学園のバスを2台、鞠斗が抑えてくれているよ」
「え?生徒が21名、子供が5名、医者が2名なら、28名だろう?バス1台でいいんだろう?大型バス運転できるの、久保埜先生1人だよ」
「琉、山奥の鄙びた温泉に行くんだよな?道幅狭いぞ。バスが大きかったら、通れないぞ」
実は道幅以外にも、バスを2台にした理由が、蹴斗と鞠斗にあった。
修学旅行当日の朝は、晴天だった。バスは旧小学校の前に予定通り2台着いていた。
バスの前には、運転手久保埜医師と警察官の五十嵐瑛が私服姿で立ち話をしていた。
「おはようございます。久保埜先生、今日はよろしくお願いします」
琉は見慣れない男性がいるので、不思議に思いながらも、自己紹介をした。
「おはようございます。大神琉といいます。今日の修学旅行の総務をやっています・・・・・」
「ああ、君が大神家の長男だね。妹さんにはこの間会ったよ。琥珀ちゃんと、玻璃ちゃんだっけ?今日はこんな格好しているから、分からないだろうけど、五十嵐というおまわりさんだと言えばわかるかな?」
琉は体育祭の時、妹たちが言っていた話を思い出した。五十嵐というおまわりさんに名刺をもらって、2,000円の入場料を払わないで入場できたと。
「あの時の・・・。その節は妹がお世話になりました。その後、妹たちは何か困ったことがあると、相談に行っていますか?」
「あの日、うちの女房の車で自宅まで送ったんだけれど、女房に色々困ったこと相談していたみたいだ。変な女の人につきまとわれているとか、2人同時に高校に行くけれど制服を買って貰えそうにないとか・・・」
「そうですか」
琉は何もしてやれない自分が、情けなかった。
「いや、しっかりした妹さんだよね。今、桔梗村商店街のところにあった戎井呉服店の後を、子ども食堂兼子供学習室にしたんだけれど、そこの運営を手伝ってくれているよ。運営は桔梗学園がNPO法人として運営しているんだけれど、琥珀ちゃんと玻璃ちゃんが、毎週末、食材の管理をしたり、お昼ご飯を作ったりしてくれている。夏休みはずっとそこにいてくれるらしい。夏はクーラーが効いているし、食事は出るし、大神家の子供はみんなそこで夏休みを過ごすみたいだ」
琉は勿論、戎井呉服店が榎田涼の祖母の店であったことなどは知らないが、夏休みは給食がなく、ひもじい思いをしていた妹たちが、夏休みは安全に過ごすことにほっとした。
ただもう一つ琉には心配なことがあった。
「あの、変な女の人、多分、近澄子ってやつなんですが、まだ妹を追いかけ回していますか?」
「そこ『ゑびすいROOM』って名前にしたんだけど、警察官立寄り所になっているんだ。
だから、そこにいるなら安全だよ。それから、琥珀ちゃんが、桔梗村やN市にある高校の古い制服をリサイクルする活動も考えているみたいだ。自分だけじゃなくて他の人の心配ができるなんて、すごい子だね」
琉は、妹たちの成長が嬉しかった。
そんな話をしているうちに、三々五々、旅行に出かけるメンバーが集まってきた。
最後に琉は、五十嵐が何故ここにいるのかという当初の質問に立ち戻った。
「俺?鞠斗君に運転頼まれたんだ。バス2台で、男女別に行きたいから、男性運転士がいるからって」
琉が、鞠斗と蹴斗の方を振り向くと、彼らはわざとらしく明後日の方を見いていた。
「鞠斗、バスは男女別にしたいの?」
「たまには、男だけの会話したいじゃないか」鞠斗が小さな声で答えた。
確かに、桔梗学園は元々女性の数が圧倒的に多い。その中で、ジェントルマンのように、人畜無害に振る舞うストレスは、彼らにもあったんだろう。
「帰りは、N駅に寄って帰るバスを作らなきゃ行けないから、行きだけの贅沢と言うことで、認めろよ」蹴斗も琉の肩を抱えながら、耳元にささやいた。
晴崇もグルらしく、バスへの誘導を、知らんぷりでしている。
「女性はA号車に乗ってください。トイレも完備しています。瑠璃ちゃんは、どっちのバスでもいいよ。男性の車には、現地で使う道具とか積み込みます。少しほこりっぽいかも知れませんが、勘弁してください」
いかにも、良い方を女子に配車したような物言いである。
「晴崇、お前も悪よのう」琉がつぶやいた。
「はーい。お弁当が来ました」
薫風庵の方から、大きな台車がやってきた。今日の弁当が積み込まれているらしい。
大きな声は、今日の引率から外れた陸医師の声だった。陸医師や久保埜医師の娘達も弁当を作ってくれたらしい。真子学園長もエプロンをしたまま、台車を押しているのを見ると、彼女も弁当隊の1人のようだ。
「母さんが握ったお握りなら、具は鰹梅と鮭に鱈子だな」
陸の双子が囁きあっている。
「陸医師は、良くお握り作るのですか?」琉が陸洋海と匠海に尋ねた。
「俺たちが小さい頃の日曜朝の定番だったなぁ」
「鱈子は焼いてあって、鮭は微妙に骨が残っている」
「そうそう」
「梅干しと鰹節を包丁でたたいてちょっと醤油を垂らす」
「俺、それが一番好きだったな。鰹梅だけ、ふりかけみたいにご飯全体に混ざっているんで、夏の定番だよな」
琉にはまだ、洋海と匠海の区別がついていないが、親についてくるなという割には、仲が良くて、うらやましいと感じた。
そんな親や家族の愛情たっぷりの弁当を詰めて、バスは目的地に走り出した。田圃が青々と広がる農道をバスは一路、本日最初の目的地に向かった。
こちら、男子専用バスの中。
「久しぶりー。最初は自己紹介からしようぜ」
総務の琉を差し置いて、みんなをまとめに掛かったのは、陸匠海だった。
「じゃあ、自分から。俺は秋田分校にいる陸洋海です。バレーボールが大好きです。母親は皆さんご存知、陸柚葉産婦人科医で~す。好きな女のタイプは、『身長と尻がでかい女です』」
続きを話す前に、後ろの席に座っていた匠海が立ち上がって、洋海の自己紹介を遮った。
「うそです。こいつは全く女には持てないので、タイプを言うなんて10年早いです。
続けて、北海道分校の陸匠海です。俺もバレーボールやっています。洋海は秋田の熊と覚えておいてください。いつもタンクトップで暑苦しい方が洋海です。僕はポロシャツが好きで、よく着ています。一応言いますが、女性のタイプは清楚系。次の自己紹介も暑苦しい男です」
「うっせい。俺は富山分校の九十九剛太です。みんな知っている九十九農園の孫です。柔道やっていますが、いつもは九十九カンパニー所属で、実業団の試合に出ています。去年は北信越代表で、全日本柔道選手権に出ました、1回戦負けでしたが。今回、榎田君も桔梗学園に入ったと聞いたので、全日本実業団体大会の3部に出られるかと期待しています。
言うんですか、好きなタイプは背が高くて、スポーティーな感じが好きです。農場の跡取りなんで、畑仕事を俺と一緒にやってくれる人がいいです」
剛太は名前通り、縦も横も大きい好青年だった。しかし、ファーストチルドレンの男どもは晴崇の175センチ以外、他はみんな180センチを越える高身長である。何を食べるとこうなるのか?桔梗学園七不思議の1つである。
次は鞠斗の番だが、鞠斗は自己紹介を辞退した。
「俺と蹴斗と晴崇は、今更自己紹介してもしょうがないよな。それに好みのタイプを女子のいない、ここで言う意味があるかと思うので、そちらもパス」
一瞬、空気が澱んでしまったが、空気が読める男、柊がすぐ雰囲気を変えた。
「じゃあ、続いて、入学生組行きます。と言っても、僕も実はファーストチルドレンだそうです。名前は狼谷柊。母親は桔梗学園の一期生で、出産後すぐ大学に行って、僕の父親と結婚して、弟も生まれました。ここでいい子で寝ているのも僕の妹、梢です。母親の海外転勤で、梢の面倒を見るのが自分しかいなかったので、桔梗学園に来ました。8月の高等学校卒業程度認定試験を受けて、大学受験するつもりです。今のところは。あー好きになった女性が僕のタイプです」
「よっ!全包囲外交」琉から冷やかしの言葉が出た。そして琉は、涼に自己紹介を目で譲った。
「えー。榎田涼です。五十嵐君、柔道のお誘いありがとうございます。6月の実業団出られるように体作っておきますが、まずは妻舞子の全日本女子柔道選手権連覇のサポートに今は振り切っています」
「ちょっと待ってください。妻舞子って、東城寺舞子と結婚したの」剛太が口を挟んだ。
「勿論です。生まれた子を2人の戸籍に入れるために、入学前に役所に届を出してきました」
期せずして、拍手が沸いた。
「どうも、ありがとうございます。でも、狼谷君のご両親のような形の結婚を否定するつもりはありません。色々な事情があるからです。それに、この2ヶ月、かなり精神的にきつかったです。今日もオリンピックの放送がありますが、舞子のオリンピック出場の道を閉ざしたのは、自分ですから」
バスの中の一同は、涼の告白を静かに受け入れた。
「だから今日、例え、数時間でも、男子だけのバスに乗れて、本当に自分はうれしいです。ありがとうございます。勿論、桔梗学園に来て、舞子にたくさんのサポートをいただき、妊娠しながら、運動できる環境を与えていただけたこと感謝しています」
五十嵐瑛は、桔梗学園に入って喜んでいる子供達の本音を聞けて、運転しながら不覚にも涙をこぼしそうになった。母親が、家族と別居して運営してきた18年。子供としては、寂しい時もあったが、母がいなければ、この世に生を受けていなかったかも知れない子供達が今ここにいる。
「最後になりましたが、俺は大神琉と言います。こちらではしゃいでいるのが、妹の瑠璃です。柊と同じく、ヤングケアラーということで、桔梗学園に入学させて貰いました。うちの両親は『産めよ、増えよ、地に満ちよ』という旧約聖書の教えに従い、3年に一遍出産を繰り返し、僕を筆頭に7人の子供がいます。そして今また妊娠しているという話を聞きました」
「うそだろう?」と話を聞く者は顔を見合わせた。
「両親は小さな金属加工工場を経営していますが、火の車で、子供の世話は子供自身がしています。兄弟の誰も、修学旅行も遠足も行ったことがなく、家族旅行はおろか、近くのスーパー銭湯にすら行ったことがありません。だから、友達と1泊でいいから旅行がしたいというのが俺の夢です。そこに温泉が加われば、もう極楽に行けます」
「風呂なんかで、死ぬなよ」柊が混ぜっ返す。
「多分、今回の旅行に行きたくなかった人もいるかも知れませんが、『旅は道連れ、世は情け』ということで、是非、楽しい旅にしたいと思います。最後に、運転してくださるのは、五十嵐さんです」
「瑛兄ちゃ~ん」とファーストチルドレンから声が上がった。
琉がきょとんとしていると、蹴斗が6月入学生に向かって、
「桔梗学園ができた頃、瑛さん大学生でよく子守に来てくれたんだ。警察官になった後も、休みの日はよく遊びに来てくれたんだよ。瑛さんの子供の斎君や耀ちゃんも、よく保育施設に来て遊んでたんだ。瑛さんのところは、奥さんの萌愛さんも警察官なんで、仕事が被った時は薫風庵に子供預けていたこともあったよ」
ほとんど桔梗学園の住人だったんだね。え?真子さんの夫という人は?その話はまた後日。
次回は、女子のバスの中での話です。