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琉の夢

琉の希望する修学旅行は、果たしてできるのでしょうか。

 (りょう)がこの1週間で、大金を手に入れた半面、いつも金欠で苦しんでいる男がいた。

その男は、生まれてこの方家族旅行はおろか、修学旅行にも行ったことがない。大きな湯船にゆったりつかるのも、桔梗学園に来て初めて知った快感だ。今日もゆったりした男子湯で、妹の瑠璃(るり)とアヒルの人形で遊びながら、考え事をしていた。


(しゅう)、最近、涼は外に出ること多いよね」

「ああ、出稽古行っていたしね」

「浴衣袴、10着売って、いくら(もう)かったんだろう」

「1枚33,000円で売っていたから、送料引いても30万円くらいかな?」

「俺たち手伝ったよね」

「まあ、代わりに妹の袴用に着物生地貰ったよね。涼はこの間の遠征、金がなくて夕飯も満足に食えなかったらしいじゃん。遠征も東京往復新幹線代は2万円は下らないし、宿泊代や現地での食費を考えると、1回関東に行くのに5万円くらい掛かるよな」

「30万で6回の遠征か」

(りゅう)は、人を(ねた)むようなタイプでもないのに、柊は不審に思った。

「何が言いたいんだ」

「金があれば、修学旅行に行ってみたいって話」

柊はあきれて言った。

「お前も、食堂会議に1人でディズニーランドに行きたいって提案するのか」


「『1人で』じゃない。みんなで行きたいんだ。温泉一泊でいい。同じ年の友達とわいわいしたい。よく考えろよ、舞子も涼も紅羽も、大会で修学旅行に行ってないだろう?」

「俺も行ってないぞ」

去年の12月、桔梗高校2年生は沖縄修学旅行に行ったが、柊は母親の出産で修学旅行に入っていなかったのだ。

「じゃあ、6人で行かないか?」

「別に俺は修学旅行に行きたくもなかったからな」

「俺の夢に協力してくれよ」


「修学旅行は1人10万円以上掛かるんだぜ、10万掛ける6人で、60万円の寄付を貰うのか。特に圭は絶対行かないぞ。それだったら涼みたいに新しいアイデアを出して、小金稼(こがねかせ)いで仲のよい友達数人で行った方がいい」


「じゃあ、ファーストチルドレンの蹴斗(しゅうと)鞠斗(まりと)晴崇(はるたか)(あん)も一緒に、10人で行くって言ったら圭も行くかも」

まだ、ファーストチルドレンはいるし、7月入学の人もいることは琉は考えてもいなかった。


「なあ、じゃあ、まず計画を立ててみて、真子学園長に話を聞きにいったらどうかな。

1人1人、話を持ちかけても、計画が頓挫(とんざ)したらがっかりさせるだけじゃないか」

「よーし、今晩考えるから、明日の昼休みに学園長に聞きに行く。付き合ってくれるよな」

「いやだ。面倒ごとに俺を巻き込むのか」


一番の親友に断られた琉だったが、それでもここで頑張らなければ「夢」が叶わないことを知っている。少なくとも、計画を立てるだけなら無料である。時刻表で旅の夢を見るように、一度火がついた琉を止めるのは容易ではなかった。


 まず、目的地は「温泉」。なるべくなら妊婦が入れる「ぬる湯の単純泉」がいい。距離もここから車で3時間くらいの場所。車は桔梗学園のバスを借りられないだろうか。

そうそう、修学旅行と言うからには、平和学習か震災学習も入れないと格好がつかないな。

食事は、旅館の大食堂もいいけれど、食材をこちらから持って行ってBBQ(バーベキュー)はどうだろうか。

ああ、夏に旅館だと、紅羽や舞子は人目につくのが嫌だろうから、古民家を一軒丸々借りるなんて、どうかな。

 メンバーは、あっ。7月に3人入学したって言ったな。どんな人か、聞いてみないと。それからなんか、大切なこと忘れているような気がする。朝風呂の時、蹴斗に聞けるかな。



 一晩明けて、6月入学の女子との畑仕事の後、蹴斗は汗を流すために、温泉に向かった。

紅羽達もここへ来て初めての温泉に大分はしゃいでいるようで、天井を伝って笑い声が聞こえる。


琉は、まずは当たり(さわ)りのない話題から振る。

「蹴斗、お疲れ。女子の畑仕事ってどんなの?」

「枝豆とトウモロコシの収穫。重いカートは自動で移動するから、もいでは投げ込むだけだけれど」

「夏の野菜だね」温泉の天井を見ながら涼が独りごちる。

「枝豆は取った後、一つ一つ枝から切るのが大変なんだよ。洗うのは枝豆専用の洗濯機だけれどね。これから、朝食は枝豆づくしだよ」

蹴斗がうんざりした顔を見せる。

鞠斗(まりと)晴崇(はるたか)は今朝は何しているの?」

少しずつ本題に近づいていく。

「晴崇は7月入学の生徒の面倒。鞠斗はサボっているかもね?」

蹴斗はのんびり答えた。


オークションのことは一部の人間しか知らないので、蹴斗も知らないのだろうか?

鞠斗は戎井呉服店の関係の仕事で、多忙を極めているのだが・・・。


「7月入学生は3人なの」

「ああ、でもまだ俺も会っていないから、人柄はわからない。昼食時にでも話しかけたら?柊だけじゃなく、琉も女性に飢えてきたのか?」

変な誤解を生んでしまった、琉であった。


7月に入って午前の1時間は、6人揃って産婦人科と小児科を呼んで、保健講話を受けることになっている。今日の講師は(くが)産婦人科医だ。名波(ななみ)と違って愛想はない。


「本日の話は『多胎児』についてだ。双子や三つ子のことだ。最近では不妊治療の一環で、排卵誘発法や体外受精を行うが、それに伴い多胎児も増えている。自然妊娠で一卵性双胎児の確立は0.4%という研究結果があるが、かくいう私も双子の母であるので、体験も踏まえて話ができると思う」

意外な話が飛び出してきた。


「まあ、桔梗学園で出産すれば、双子をワンオペ育児するような地獄はないが・・・・」

「先生はここで出産したんですか」早速、圭が質問した。

「私の子供もファーストチルドレンなんだ。1人は秋田、もう1人は北海道の分校に派遣されていて、分校運営のスタッフとして働いている」

「一卵性なんですか?」圭が続けて質問する。

洋海(ひろみ)匠海(たくみ)という一卵性双子だ」


「男子と女子の子供って妊娠している時違うんですか?」舞子が尋ねる。

「知らん。よく言われる話はみんな母親の主観だ。今は5人も6人も産む親が少ないからな。たった1,2回の体験からしか話をしていないはずだ。そう言えば、琉の家は男女揃えて子供がたくさんいたはずだが、母親から何か話は聞かないか」


急に話を振られて、琉は考え込んだ。

「うちは金がない上忙しかったので、妊婦健診にもほとんど行かなかったから、産まれるまで性別は分かりませんでした。母が『きっと今度は男だ』と言って、女が産まれたこともあるので、陸先生の話は正しいと思います」

「琉先生のお墨付(すみつ)きをいただいたな」みんなから笑いが起こった。


この後、多胎妊娠の危険性や生活の注意、帝王切開などについても話があり、1時間はあっという間に過ぎてしまった。


「今まで、保健や生物の時間は眠かったけれど、当事者になると真剣に話を聞けるね」

紅羽がしみじみ言う。


立ち去ろうとする陸医師を、琉が走って追いかけた。

「あの、ファーストチルドレンって何人いるんですか?」

「桔梗学園のスタッフが5人、狼谷柊(ろうやしゅう)、後各分校に1人ずつ、私が双子を産んだから11人いるんだ」


陸医師が立ち去った後、琉は他の5人に尋ねた。

「桔梗学園の5人目って知っているか?」

琉が手を上げた。

「薫風庵で働いている四之宮京(しのみやきょう)って女の子がいる」

「可愛いか?」柊がすかさず聞き、女子全員から冷たい視線を浴びた。

「背が低いって言う意味では、小さい。でも、すごく仕事ができる人みたいだ」


「もう一つ聞いていいか?分校って何校あるか知っている者はいるか」

柊と紅羽と舞子が手を上げた。体育祭の時、大食堂で見た映像を思い出して柊が答えた。

「確か、北海道、秋田、富山、岐阜・・・」

後は紅羽が補足した。

「島根。来年、5校合同体育祭するとか、OG会みたいなところで言っていた」


「いつ、それを知ったんだよ」琉がむっとして言った。

「体育祭。高校生の種目やっている時、涼は騎馬戦の役員をしていたし、琉と圭はドローンレースの準備していた時、晴崇に連れられて大食堂に行ったら、うちらの招待客とは違う人たちが大食堂いっぱいいて、事業報告みたいなことをしていた」

紅羽が言い訳がましく言った。


「学校のことで情報が偏っているんだよ、もう少し、みんなで情報共有するべきだと思わないか?」

琉は着々と目的の話題に話を誘導していく。


しかし、圭の一言で目的から離れた方向に列車が動き出してしまった。

「秘密にしたいことも、一部の人だけが知っているべきこともあるんじゃないか。

柊はファーストチルドレンだし、舞子は東城寺の孫だし、紅羽の叔母さんだって桔梗学園の関係者だ。私と琉は人数あわせなんだよ」

圭が、琉の肩をたたいて食堂に向かおうとした。


「待ってくれ、圭。琉が言いたいのは、そんな難しいことじゃないんだ。みんな聞いてくれ」

柊が琉の真意をくんで、話を始めた。

「あのな。琉はみんなと修学旅行に行きたいんだって」

圭が「はあ?」と大声を出した。


「琉の兄弟は、みんな金がないから、家族旅行にも修学旅行にも行ったことがないんだ。桔梗学園に来て初めて大浴場に行った時、琉は言ったんだ。今まで、弟や妹の入浴を手伝ってばかりで、ゆっくり湯船に入ったことがなかったから、俺たちと湯船に入ってゆっくり話すのがすごく嬉しいって」

「じゃあ、男3人で銭湯にでも行けばいいんじゃないか」圭はあくまでへそを曲げている。


「高校生活最後にみんなと1泊でいいから泊まって、夜、わいわい話す。そういう経験がしたいんだそうだ。僕や圭のように、修学旅行に特に行きたくない者に、強制したいんじゃない。最初話を聞いた時は、僕も乗り気じゃなかった。でも琉のことを考えると、恵まれている者の傲慢(ごうまん)のようにも思えてきたんだ」


「いい話だ。うちの2人の息子も連れて行って欲しいね」

そこには陸医師が立っていた。

「家の息子達は、ファーストチルドレントして、中学も高校も大人の仕事を任されていた。でも、子供らしいことを経験しなくて言いわけではない。食堂会議で提案したら、応援してやるよ。『18歳の旅』いいね」


「勝手にすれば」圭がむくれると、舞子と紅羽が圭に抱きついて「一緒に行こう?」と言った。

「2人はいいの?旅行に行けば、人の目にさらされて嫌な目に遭うんじゃない?」

圭は、舞子や紅羽の気持ちを考えていたのだ。


「そこは俺も考えているんだ。全員バスで移動して、山里の(ひな)びた温泉宿を貸し切りにすれば、そんな心配はいらないんじゃないか?」

琉が計画していた案の一部を披露した。

舞子が続けて言う。

「マリアとオユンも連れて行きたいの」

人数がどんどん増えていく。


修学旅行は、一体何人行くのでしょう。

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