表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/250

涼の金儲け

猿袴で金儲けをするのかと思ったら、思わぬ方向に行きましたね。

 午後のソーイングルームに集まったのは、6月入学組と2人の外国人、ソーイング部精鋭と鞠斗(まりと)

 キューバナショナルチームが帰国する前に、最低10枚の猿袴(さっぱかま)を縫い上げ届けることが使命となった。サイズは舞子サイズなので、舞子の採寸から始まった。

採寸をしている間に糸川芙美(いとかわふみ)と鞠斗でデザインの最終チェックをした。

 濃い色と薄い色の浴衣地を2枚合わせて、「紗袷(しゃあわせ)」のように縫い合わせる。生地は同じ種類でデザイン違いなので、洗っても伸縮率は同じだ。

生地の組み合わせは2通り。

濃色の縞模様の上に金魚が泳いで見えるデザインと、

濃色の生地の金魚の上に、薄い(しま)の水流がかかって見えるデザイン。


(すそ)は無理に(しぼ)らず、フレアのように揺れてもいいし、外側のボタンで絞って足下を軽くしてもよい。猿袴と言うより「浴衣袴」という感じのゆったりとしたパンツになった。

仕事着と言うより、街着にも使えるファッション性が加わったデザインだ。


ウエストは(ひも)で絞るが、紐の先には金魚模様のパーツを付けて、腰で揺れるようにした。


「俺は意外と、下の金魚が透けるデザインの方が好きだな」鞠斗が言うと、

マリアが「私は遠くからでも金魚が泳いでいるのが見える方がいいと思う」と答える。

ここにもお国柄が見える。


今日の英語の時間は、マリアと英語と話すことで免除となった。


パソコンでデザインした型紙は、大型プリンターですぐ出力され、順番に(しゅう)(りゅう)(はさみ)で切り取る。大きな机の上に用意した布の上に浴衣地が置かれ、型紙通りに鞠斗がカットしていく。

涼と紅羽(くれは)が、濡れると消えるチャコペンで、切り取ったパーツに目印の記号を書いていく。

「まず、Aパターンから縫製しま~す」


直線縫いは舞子が、小さなパーツの縫製は圭が行い、まとめて縫い付けるのはソーイング部の精鋭達。マリアやオユンは紐を紐通しに通していく。


「縫ったら、しっかりアイロンで縫い代を割って」

「できたパーツは、同じ方向で置いて」

「手の()いた人は金魚のパーツを付けて」


広い部室で十数人が、芙美(ふみ)の号令で動いていく。できあがった猿袴は、すべて1回舞子が試着して不具合がないか確認する。最後に柊が作った、「ココちゃん」のイラスト付きの「洗濯上の注意」カードを入れて、丁寧にアイロンを掛ける。

 畳んで袋詰めするのは、ネット販売のベテラン涼だ。

10枚の猿袴が、3時間でできあがった。

ネットでの入金を確認して、鞠斗がT大学柔道部の宿舎に発送しに出かけて行った。


「あのー。私の浴衣袴も欲しいんですけれど」遠慮がちにマリアが言った。


夕食後、女性陣は全員、ソーイング部室にやってきて、マイサイズの浴衣袴を作って行った。

柊と琉は、妹の分を一枚仕立てで作っていた。


 涼だけは、その場にいなかった。


 その時、涼は鞠斗と一緒に、薫風庵(くんぷうあん)にいた。


「これが有名な戎井(えびすい)呉服店の『帯留めコレクション』ね」

一つ一つを白い手袋をした手で、持ち上げながら真子学園長が言った。

涼と鞠斗は、コレクションをオークションに出そうとしたが、本来の価値がよく分からないので、真子の意見を聞きに来ていたのだ。何故か、珊瑚美子(さんごよしこ)村長も同席していた。

帯留めのコレクションの他に、まだ帯留めに直していないアンティークジュエリーも大量にあった。


「まず、涼君、おばあさまの思い出の『REGARD(敬愛)のブローチ』は取っといてね。それから、これ、アメジスト、モルガナイト、オパール、ルビー、エメラルド。つまり『AMORE()のブローチ』は舞子ちゃんにプレゼントしなさい」


「それで私も珊瑚のカメオのブローチを・・・」

珊瑚美子が、自分の名前に(ちな)んだ珊瑚のブローチに手を伸ばそうとした。

「美子!いくら払う?」

「んー。10万円で」

「涼君いいの?もっとつり上げてもいいわよ」

「いや、10万円も貰えれば・・」


鞠斗には、カメオは古くさいおばさんが付けるアクセサリーという認識しかなくて、10万円の価格が適正なのかも分からなかった。だからこそ、学園長の意見を聞きに来たのだ。

「学園長、オークションに出した方がいいですか?それとも、専門家に任せた方が?」


「悩むところね。サイトを選べば、ネットオークションも悪くないと思う。(きょう)に任せてさばいて貰えばいいんじゃない」

「京って、誰ですか?」涼が聞いた。

「今、8時ですよね。飯の時間なんで呼んできます」

部屋の隅で我関(われかん)せずと本を読んでいた晴崇(はるたか)が、さっと立ち上がって、地下に下りて行った。


しばらくして、四之宮京が、髪を無造作に一本に()わきながら部屋にやってきた。

桔梗学園の財産管理をしている京は、株や不動産の売買だけでなく、資財の買い付けなども行っている。ものの価値については、日頃意識して学んでいるのだ。


「へー。いい商品だね。手袋貸して」

手袋をした手で、一つ一つ裏まで確かめた。

「なんで、ブローチを帯留めに直しているんだろう。まあ、細工は雑じゃないからいいけれど、誰に売るかだね。帯に合わせるなら、あまりトゲトゲしていない方がいい。

まだ直していないアンティークジュエリーもあるね。これはもっと価値があるはず。

国内で、高いジュエリーを売りに出しても(さば)けないかも知れない。出すなら海外のサイトかな?オークションするなら。あー、このカメオでも国内なら50万かな?」


みんなが珊瑚美子を見た。美子はすっと視線を逸らす。


「珊瑚村長だけが好きなものを取っていったと分かると、後で問題は起こりませんか?」

鞠斗が問題点を突く。

真子学園長がちらっと涼を見てからいう。

「涼に決めさせるのは酷というものね。学園長権限で決めていいかしら。1週間後、薫風庵で『戎井呉服店の帯留めコレクション』のオークションを行う。参加費は5万円。これでどう?」

「参加費5万円って。婆ちゃんが聞いたら腰を抜かします」

涼がびっくりして開いた口が(ふさ)がらない。

「そのくらいアンティーク好きの間では有名なのよ。詐欺師(さぎし)集団だって、最初にねらいを付けていたのは、このコレクションだったでしょ?おばあちゃんも、あのタンスには鍵を掛けていたんじゃない?」

そう言えば、鍵は大事に保管されていた。


「まあ、桐のタンスなんて簡単に壊されてしまうから、今まで泥棒に狙われなかったのは幸運だったとしか言いようがないわね」

そんな危険なところに、おばあちゃん1人置いておいたなんて、なんて我が家は無知だったんだろう。


「どれだけ人が集まるか分からないけれど、このオークションとネットオークションの売上は、涼君どうしますか?戌井松子さんは、すべてこれをあなたに持って行けと言ったのでしょ?」


「もし高額だったら、母にも相談すべきかと・・・」

真子学園長は、鼻で笑って言った。

「普通の人にこういうものの価値は分からないわ。伝手(つて)がないと売れないし、下手に高く売ろうとしたら、詐欺師に狙われるのが落ちよ。松子さんの家自体が狙われたのも、家の中にもっと価値があるものがないか探るためでしょ?」


「では、売上金は『榎田涼預金』として、こちらで預かり、あなたが必要な時に引き出しましょう。とりあえず、あなたが出稽古に行く時は、毎回10万円ほど渡せばいいのかしら?」

「ありがとうございます。今、必要な金は遠征費なので」



翌朝、鞠斗とソーイング部の面々は戎井呉服店に出向き、松子が危険にさらされていることを説明した。

「あー。じゃあ、おじいさんが隠していそうなところを一緒に探してくんなせ。そうそう、おじいさんの日記にヒントがあるかも」

そう言って、松子は裏庭にある蔵の中から、かなり古い数冊の売掛帳(うりかけちょう)を持ってきた。売掛帳は開けてみると、紙がすべて裏返して()じ直されていて、その上に竹雄の崩し字で文字が書かれていた。古い文字はくせ字でもあって読みづらかったが、ソーイング部の中に書道が得意な者がいて、解読に成功した。


「これ江戸時代の売掛帳に見せかけた、アクセサリーの購入記録です」

「おじいさん、くしゃみしながら日記書いていると思ったんだよ。わざわざ売掛帳の紙をひっくりかえして、その裏に購入したものを記録していたんだね」


「鞠斗さん、購入金額やアクセサリーや帯留めの来歴(らいれき)なんかも書いてあります。学園に帰って、すべてスキャンして、販売用のデータにしましょう。ストーリーがあるものの方が、価格が上がりますからね。品物を隠しているところも記号化してありますが、・・・『1店床』『2寝床』『仏』・・・?」

「1階の店の床下、2階の寝室床下、まさか仏壇?・・・」


意外と隠し場所は普通の場所だったが、1箇所にまとめず、10箇所以上に分散して隠してあった。詐欺師が家ごと手に入れたがったわけだ。


最後に鞠斗が言った

「松子さん。詐欺師集団は1人とは限りません。夜中に集団で襲われる可能性があります。しばらく、涼の住んでいる桔梗学園に来ませんか?」

芙美も口添(くちぞ)えした。

「私たちは、着物の知識が全くありません。反物の材質、用途、着付け、戎井様の知識を私たちにお教えいただけないでしょうか」


戎井松子は、そのままソーイング部名誉師範として、新しい人生を歩むことになった。



 3日後、戎井竹雄の購入記録を利用した素晴らしい『戎井呉服店コレクション』のページが完成した。それを見て、桔梗学園のOGや研究員がこぞって、オークションに参加したので、オークション会場は急遽(きゅうきょ)体育館に変更された。

桔梗学園卒業の女性は、子供を生んだ後は仕事一筋でキャリアを積む者が多く、自分へのご褒美として高価なアクセサリーを購入する者が多かった。


 真子もしっかり参加費を払って、漆黒(しっこく)向日葵(ひまわり)のブローチを購入した。ジェットでできたそのブローチは、晴崇の母、(はるか)(いた)む「モーニングジュエリー」として購入したのだ。太陽のように笑う明るい晴の面影を向日葵に見たのかも知れない。


 涼は、AMOREなどという恥ずかしいブローチは選ばなかった。代わりに仏壇の奥から出てきたという三日月型のブローチを自分のものとして取り分けた。勿論、生まれてくる子供「冬月(ふゆつき)」に因んでであるが、月の形に2列に飾られているものはすべてダイヤだった。直径3センチの小振りのブローチであるが、それを見た京は晴崇にささやいた。

「あれ多分100万円はする。仏壇に隠されていた中でも、最も貴重なものかも知れない」


『戎井呉服店の帯留めコレクション』は最終的には、アンティークジュエリーがメインの『戎井呉服店コレクション』になってしまったが、ネットのオークションに掛けるまでもなく、すべての商品は完売してしまった。


「榎田涼預金」には、涼の親たちの退職金に相当する金額が振り込まれた。



仏壇の奥には、一番良いものが隠されていたんですね。九十九珠子さんがこの場にいたら、バロック真珠のついた蜂モチーフのブローチを買ったかな?苺の栽培に蜂は欠かせませんからね。「珠」は真珠のことです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ