新しい朝が来た
7月に入って、新しい活動に入りました。まだ、7月新入部員は出てきませんが乞うご期待。
7月の最初の月曜日は、快晴だった。男性軍は保育施設に妹たちを預けるとその足で、校門を出て、道路を渡って反対側にある九十九農園に向かった。
涼は昨日の練習の筋肉痛が残っていたが、今日の担当が鞠斗で嬉しかった。
九十九農園に向かう間に、キューバ女子に頼まれた猿袴の件を鞠斗に話した。
「涼の母親の実家は、あの戎井呉服店か。在庫はまだ処分してないんだろう?今日の昼にでも顔を出しに行かないか」
「善は急げだと思う」涼も同意した。
「しかし、表が薄い浴衣地で、裏が厚い鶴田縞だと、キューバで着るのだと暑くないか?薄地の鶴田縞は在庫で置いてないかも知れないな」
鞠斗はデザインについて、既に考え始めていた。
「表が金魚だと、下地は青海波やよろけ縞が水を表していいよな。それよりもいっそ水をイメージした生地に金魚の刺繍なんかをした方が良くないか。体育祭で買って使っていない金の糸なんか残っていたよな」
「ソーイング部の人にデザインを考えて貰おう」
涼は、服のデザインになる、自分の手に余るので考えを丸投げにした。
「夏祭りに引く金魚台輪みたいに、刺繍が並んでいるのもいいな。俺もデザインをいくつか描いてみるから、キューバの女の子のメールに、俺のデザイン画を送ってくれよ。
しかし、女からアドレスを聞き出すなんて、涼も大人になったな。
アドレス見せてみろよ。あれ?デイジー・ガルシアって名前になっている。今回来た選手もマリア・ガルシアだよな。よくある姓なんだろうか」
話をしているうちに、九十九一生がやってきた。
「一生さん。今日からお世話になる狼谷柊君、大神琉君、榎田涼君です。よろしくお願いします。じゃあ、涼、朝飯の時に続きを話すよ。さよなら」
「初めまして、僕は珠子の亭主の一生です。うちの農園では主に果樹を生産しています。
種類は苺、西瓜、梨、葡萄、柿。それから枝豆とトウモロコシ、勿論、米もやっています。苺はもう終盤なので、6月は柿の摘蕾、梨や葡萄の袋かけなんかをやって貰う。7月は西瓜や枝豆の出荷が主かな?もっとバイトしたい人は、昼休みの時間も来てくれてもいいよ」
琉がすぐ反応した。
「バイトって給料出るんですか?」
「勿論、ただ働きなんかさせないよ。稲刈りも手伝ってくれたら、バイト代弾むよ」
「農機具の扱いも教えてくれますか?」柊が聞いた。
「野菜はあんまり作ってないんですね」
「それは桔梗学園の農地で作っているから、農場の方では体験農園やレストランで消費する方が主だな。では柿の摘蕾を教えるね」
1時間半後、3人は慣れない作業で肩と手がパンパンになって、温泉でぐったりしていた。
女子は今日は早朝から、健康診断に向かった。桔梗バンドのお陰で、心拍数などは日常から調べられているが、採血やエコーは健診で行う。
圭がエコーで検査している時、圭の腹部のエコーを見ていた名波医師が「おーっ双子だね」と声を上げた。
「子供が双子だから、圭はこれから月2回の健診だ」
「えー」圭が嫌そうな声を上げた。
「双子いいじゃん。一回で2回分の出産が終わるよ。ここだったら子育て援助がいっぱいあるし」
のんきに紅羽が言う。
「先生、圭は、帝王切開なんですか?」
「そうとも限らないけど、舞子も帝王切開の可能性が高いよ」
「え?デブだから?」
「まさか。産道にだって筋肉がつくんだから、赤ちゃんに、最後まで筋トレし続ける舞子の産道をくぐり抜ける力があれば、いいけどね」
仕返しとばかり、圭が突っ込む。
「赤ちゃんも筋トレさせれば?」
「性別はまだ分からないんですか?」紅羽が名波医師に聞く。
「大きな睾丸の子は、エコーに写るから早いうち分かるけど、女児の場合は睾丸がないのか、隠れているのか、はっきりしないから判断は遅くなるね」
「で、この3人の写真の中で、『大きい』子はいますか?」
「舞子の子ははっきり見えるね」
「涼のも・・・・」圭の口を舞子が塞ぐ。
妊娠も4ヶ月目に入ったが、検診の結果、3人ともいたって健康であった。
「赤ちゃんの写真貰っていいですか?」
「勿論、みんな1枚目は必ず自分の部屋に飾るよ。そして名前を考え始めるんだ」
健診の後、3人で話ながら大食堂に向かった。九十九農園の方から男子がはしゃぐ声が聞こえた。
「涼もああいう風に、騒ぐんだね」紅羽が舞子に言った。
「昔はむっつりだったでしょ?」
「まあ、強面って言うか、無口って言うか。男は黙っていう感じだったね」
「柊や涼のお陰かな。あんなに明るくなったのは」
「柊や琉のように、はしゃぎすぎもどうかと思うけれど」圭が突っ込む。
「琉達は家庭で苦労していたから、学校で発散していたのかもね」
舞子が優しくフォローする。
「ところで舞子は子供の名前は、涼と考えるの?それともおじいちゃんの名前の一文字を取るとか・・」
「なんで我が子の名前を自分で決めないの?私はずっと前から『冬月』って決めていたよ」
「じゃあ、榎田冬月か」紅羽の言葉に、また舞子が反論する。
「いや、私たちは夫婦別姓だから、『東城寺冬月』だよ」
一昨年、夫婦別姓法案が可決してはいるが、まだまだ別姓を選ぶカップルは少ない。結婚したり、子供ができたりすると日本人は何故このように保守的になるのか?
「ちょっと待って、涼は納得しているの?」
「え?何言っているの。ここに来る前に役所で入籍してきたし、子供のことも話し合ってきたよ。次に生まれる子は榎田姓にするって、言ってあるし」
「『言ってあるし』って一方的宣言だね?」圭があきれていった。
「くしゃん」涼が風呂の中でくしゃみをした。
「キューバ美女がお前の噂をしているぞ」琉がかまった。
「今日は妊婦健診だから、舞子が噂しているのかも。いいな。彼女がいて」
柊も冷やかしに加わる。
「いや、妻だから」涼が湯船の中で小さい声で言う。
「そこまで言う?亭主関白だね」琉は耳がいい。
「いや、男は関白止まり。女は天下を取れるんだよ。・・・え?妻って、まさか、本当に入籍してきたの?」
頭の回転の速い柊は、涼の言葉ですべてを理解した。
「夫婦だと子供が生まれた時、俺の子供にもなるじゃないか」
「あー。そういうことね。苗字はどうしたの?婿養子?」
「いや、別姓。今度の子供の姓は東城寺、次の子供は榎田って、するんだって」
「話し合いじゃないの?」琉は同情を込めて聞く。
「名前もあいつが決めた。『東城寺冬月』だって」
「お前の立場は?」ますますかわいそうな顔で琉が尋ねる。
「そもそも、子供の名前を決めるしか、男の仕事はないんだろ?『榎田』って姓だって、戦国時代の武将や皇族の名だというわけじゃない。なくなったっていいだろうと俺は思っている」
涼は湯船から出て、昨日の乱取りでついたアザだらけの体を、手ぬぐいで拭き始めた。
「墓はどうするんだ」琉はかなり保守的だ。
「じゃあ、反対に琉は一族最後の1人になっても、家の墓を守るためにそこに留まるのか?」
「いや、まっぴらゴメンだ。そもそも我が家には墓がない」
おかしいと思うシステムに若者が疑問を持たないと、そのままそれに縛り付けられるということに、柊と琉は気がついてきた。
「舞子って、わがままなのかと思っていたら、進歩的なんだな」
柊はしばらく考えた後に言った。
「小さい頃から、縛り付けられていたから、色々考えてきたんじゃないか。俺も両親が教師だけれど、教師こそ、社会に縛られていて、それを子供に押しつけていると思うんだ」
「まあな。教師こそ保守的だというのは同感だ」柊の言葉に、琉も頷く。
「俺、鞠斗を食堂に待たせているんだった。先に出るよ」
「何の用?」
にやっと笑って、涼が答えた。
「金儲け」
「遅いぞ、ほとんど食っちまった」鞠斗が珈琲を飲みながら、愚痴った。
「すまん。風呂で色々しゃべっていたら、時間を忘れてしまった」
今日の朝食は、ゴボウと鳥の炊き込みご飯に、茄子とミョウガの冷製味噌汁、キャベツと豚肉の胡麻和え、十全茄子の浅漬けだった。風呂上がりの体に、冷たい味噌汁が美味しい。
話もそこそこに、涼は飯をかき込む。
「そんなに腹減っているのか?」
「昨日の夕飯は、新幹線の中でお握り食べただけだったからな」
「そうそう昨夜、桔梗駅から歩いて帰ってきたんだって?」
「所持金がほとんどなかったんで、しょうがなかったんだ」
「親に電話すればよかったのに」
親離れすると決意したのに、流石にそれはできなかった。返事ができない涼に、鞠斗がすっと顔を寄せて言った。
「いいことを教えてやろう。桔梗駅から入寮の日に乗ってきたバスがあったろう?あれな、いつでも乗れるんだ。それから桔梗駅と桔梗学園の間以外にもいくつか降り口があって、それを入力するとそこまで運んでくれるし、帰りもそこから乗れるんだ。今日の昼も乗っていこう。桔梗村商店街の端にある信用金庫の駐車場からも出られる」
桔梗学園にはシェアカーが1台しかない。N市に行く時は九十九農園のワゴン車が出るし、大量輸送する時は桔梗村のバスが出る。桔梗学園の中の移動は、ドローンが出る。後は歩く。
もし万歩計を付けていたら、桔梗学園で生活していると、毎日2万歩くらい歩いていることに気がつくだろう。「朝飯前」の仕事も6時起床で、6時半には現地集合。当然、走るか、速歩で移動するかしかない。妊婦の運動不足解消だけでなく、肥満予防になる。
ぽっちゃり体型だった柊も、毎日の外仕事と移動のお陰で、今は浅黒い顔の筋肉質な青年に変化していた。
「一緒に食べていいかな。金儲けの話に俺を混ぜてくれないか?」
柊と琉もトレーを持って、同じ席に座った。
「こいつらには、まだ話をしていないのか」
「昨夜遅かったんで」
そう言うと涼は手短に、キューバ選手に浴衣地つきの猿袴が気に入られ、似たようなものを作って送ると約束したこと。その浴衣の入手先として、母の実家の呉服店を考えていることなどを話した。
「へー、あの呉服店、涼のばあちゃんのうちだったんだ。そう言えば、桔梗村商店街ってシャッター街だけれど、呉服店はまだ開いていたな」柊が思い出しながら話した。
「商店街前で朝に開かれる十日市も昔は五十市だったよね。野菜が安いから、よく買いに行ったな」
琉も話に加わる。今は10がつく日しか朝市が開かれないが、昔は5と10のつく日の両方に朝市が開かれていた。現在は10がつく日の朝市も閑散としている。
「じいちゃんが死んで一年。婆ちゃんも店を続けるのも潮時だって言っていたんだよな。婆ちゃんは目も悪くなって、着物の仕立てももうできないって」
「今着物の仕立ても海外でするし、ユニシロで安い浴衣とか売っているし、着物業界も斜陽なのかな」
柊が茄子の浅漬けをかじりながら言った。
「と、言うことで俺と涼で、昼休みにおばあちゃんのご機嫌伺いに行くことにした」
「涼はまた、外出するの?」
背後から舞子の声がした。
「またって、ああ、検診はどうだった?」涼が振り返って舞子に尋ねた。
「話題の反らし方が上手になったね」紅羽が突っ込む。
「筋肉付けすぎると、帝王切開になるそうだぞ」圭が意地悪を言う。
「圭だって・・・」うっかり個人情報を言いそうになって、舞子が言いよどむと
「私も双子だから帝王切開かも。ということで、私の体調をみんな気をつけること!」
当の本人が、個人情報をカミングアウトした。圭も大分、仲間と打ち解けてきたものだ。
「双子?大変だな」琉がお腹を触ろうとして、圭に、はたかれる。
「どうして妊婦のお腹を、赤の他人の男が気軽に触るのかね?」圭が怒っていった。
舞子が涼の隣に腰掛けながら言った。
「男の人にとって、赤ちゃんがいる女は出産の道具だからね。『腹は借り物』って封建社会で言ったらしいじゃない」
男性陣は全員無言になってしまった。その空気を破るように、舞子は涼の耳に口を寄せて
「男の子だって」
「え?」
「赤ちゃんは男の子だって」
「もう分かるの?」
紅羽がからかうように「立派なものが見えたらしいよ」と言った。
圭が意地悪な口調で言う。「封建時代なら『男か?でかした!』って言うんだろうな?」
涼がむっとして小声で言った。「どっちでもいいに決まっているだろう?」
今度はそこにいた全員が「はいはい」と肩をすくめた。
びっくり情報が二つ。圭が双子を妊娠している。すでに涼と舞子が入籍している。次回もびっくり情報が続きます。