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桔梗学園子育て記  作者: 八嶋緋色


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涼の決断

 その夜から1ヶ月後、舞子は全国女子柔道選手権で高校生ながら、他を寄せ付けない一方的な内容で優勝した。舞子のオリンピック代表選手が確定した。


 優勝後、地元に帰っても舞子には1日の休みも与えられなかった。中間考査前の部活動自粛期間も、舞子と涼には東城寺の道場でいつものように夜10時までの稽古が待っていた。

お互いに投げ合う練習を投げ込みというが、小さい頃から柔道をしている舞子は、男子に何十本投げられても大丈夫だったはずだが、その日に限って、涼に投げられて受け身をすると、なぜか体が痛むような気がした。

「なんか、おなかが痛い」

いつものように父親の誠二は「サボりたいだけだろう。県大会はすぐそこだぞ」と怒鳴りつける。

涼は珍しく、誠二に直訴した。

「誠二先生、大会から舞子は1日も休んでいません。疲れた時に練習して怪我したらどうするんですか。2日後には中間考査があるんで、十分に寝ていないんです。赤点採ったら県大会のメンバーから外されるんですよ」

誠二はぷいっと後ろを向いて「2日だけ休みをやる」と言って自宅に戻っていった。

舞子は、今回の生理がなかなか来ていないことを思い出した。思い当たることは、ある。

そして、その日を最後に、舞子と涼が道場で会うことはなかった。


 舞子は母の勝子に、妊娠の可能性をすぐさま相談した。勿論相手が涼であることも正直に話した。勝子は父悠山(ゆうざん)から桔梗学園との関わりを以前から聞いていた。舞子は母と祖父悠山の前で、おなかの子供を産みたいと強く希望した。

誠二には何も知らされず、そのまま、舞子の桔梗学園行きが決まった。

勝子は子供の父親が涼だということは、悠山に話さなかったが、悠山はそれについて問いただしもしなかった。ただ一言、「これも運命だったのだろうな。」と言っただけだった。


 中間テストが終わって、桔梗高校の柔道部に部員が集まって練習が再開されたが、そこに舞子の姿はなかった。そして舞子のロッカーが空になっているので、女子部員が涼の所に詰め寄ってきた。心当たりのない涼は、舞子のスマホに連絡を入れたが返事がないので、部活の後、東城寺に出かけていった。


 「ごめんください。榎田で~す。」

「あら~。涼君久し振り。家に来ちゃったのね。家じゃ、なんだから、外で話をしましょう」

玄関に出てきた舞子の母、勝子に無理矢理、車に押し込められ、涼は出かけることになった。赤のランドクルーザーは、素早く寺の境内を抜けると、桔梗ヶ山をかなりの速度で下り、藤ヶ浜に続く県道を海に向かって走った。

県道に「農家レストラン九十九(つくも)」の表示が見えると右折して、レストランの前の駐車場に着いた。

勝子に案内されて、レストランの二階に上がると、そこにびっくりした顔の舞子がいた。

「涼君が家に来ちゃったの、パパに捕まらないように連れ出しちゃった」

「お母さん。涼君には言わないでって言ったのに」舞子がうつむく。

「舞子、どうして部活に来なかったんだ。荷物もないって女子部員が大騒ぎしていたぞ」

レストランの店員が持ってきた、苺ジュースが勝子と涼の前に置かれた。窓から涼しげな風が吹き込んできた。農園の一角に苺のハウスが見える。勝子はおいしそうにジュースを飲んでいるが、涼はそちらに目を向けずに、舞子を凝視していた。

「舞子教えてくれ。俺の予想が外れていなかったら、責任は俺にある。舞子が部活を辞めるなら、俺も辞める」

「私、学校も辞めるんだよ」

「俺も学校を辞める」

「私、妊娠していても学校が続けられる桔梗学園に入るんだよ」

「俺も入る」

「妊娠していないのに?」

そこで涼の言葉が止まってしまった。

「涼にはとりあえず、県大会も出て、インターハイにも出て、高校も卒業してもらいたい。黙っていれば誰も涼のことは攻めないし、父さんにも退学する本当の理由は言わない」

「2人で子供を作って、1人だけ退学っておかしいだろ。大体、どんな理由を付けて学校を辞めるんだ。」

「え~と、1年間入院しなければならない心臓病の治療とか・・・」

「俺はそんな男だと思われていたのか、情けないよ」

柔道の試合で骨折しても、肩の手術をしても泣かなかった涼が、ボロボロ泣き出してしまった。


 突然、レストランの店員だと思っていた年配の女性が話し出した。

「勝子ちゃん、今年、桔梗学園に初めて桔梗高校の男子学生が2人、入学することになっているんだって。こっちはヤングケアラーで自分の妹と入ってくるんだけれど。父親の方の入学という例の先駆けとして、この生徒さんも入れるか真子(まさこ)お姉ちゃんに、聞いてあげようか?」

舞子と涼が目を見合わせた。この女性は九十九珠子(つくもたまこ)と言って、桔梗学園の学園長の妹だった。

珠子(たまこ)さん、涼君のご両親にお話を通してからの話ですけれど、もし入学できることになったらお願いしてもいいですか」

「お話を遮ってすいません。桔梗高校の男子って誰ですか?」

「桔梗高校と学校名を言ったかしら、まずいね。誰が入るかは、今は言えないわ。でも5月31日に退学届を出して、6月1日に入学するのは今のところ、舞子さんも入れて5名」


 入学が6月1日と聞いて、涼は慌てた。後10日もない。

「自分、すぐ親を説得してきます。駄目と言われても、18歳なので、自分の意思で退学してきます。ところで、転学届ではないのですか?」

「認可されていない『学校』なので、転学ではありません。つまり卒業しても、高卒にはならないわよ。それでもいいの?」

涼は少し考えて答えた。「大丈夫です。もし大学に行きたかったら、高等学校卒業程度認定試験を受ければいいだけですから」


舞子は椅子を立ち上がって、涼に近づいて腕をつかんで言った。

「涼、ありがとう。本当は悲しかったし、寂しかったんだ。高校生だからって、隠れて子供を産まなきゃならないなんて、理不尽だよ。産むのも一人、子育ても一人でするのは不安だったし・・・」

「俺の子でもあるんだから、当然だ。子供の出産に立ち会いたいし、赤ちゃんの世話もしたい」


勝子と珠子が顔を見合わせて言った。

「涼君は入学したら、舞子さんと会わせないようにしようね。全員の生徒が、シングルマザーなのに、いちゃいちゃされたら、焼き殺されそうだからね」

舞子が二人の方を振り返って微笑みながら言った。

「大丈夫ですよ。他の人がいる時には、私に用事以外の話をしないくらい、涼君は超ツンデレですから」


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