謎の招待客
体育祭の裏で、別の人たちが招かれていたんですね。ただのOG会でしょうか。
騎馬戦が始まる少し前、紅羽と舞子は係員になろうとグランドに向かった。
しかし、途中で晴崇が、「こっちこっち」と2人を手招きしてくる。
晴崇は大型映像装置の操作をしていたのではないか?何故、ここにいるのか?
実は、設定は晴崇がしたが、動かしているのは別の研究員だった。その間、晴崇はこちらの会合の準備をしていたのだ。
晴崇に連れて行かれたところは大食堂だった。食堂のディスプレイには、複数のカメラで映し出された騎馬戦の様子が映し出されていた。今は、まだ大食堂は開放されていない時間帯だったが、食堂には数百人の人々が食事を楽しんでいた。
舞子と紅羽が座った席には、先に柊が来ていた。
「この人達は誰?」
「僕もよく分からないんだけど、なんか、桔梗学園のOG会みたいなんだよ」
「あっ、あそこにうちのおじいちゃんがいる」
舞子が正面の席にいる東城寺悠山を見つけた。悠山も舞子を見つけたようで、小さく手を振ってくれた。
「久し振り、頑張っているかな?」
「母さん」
柊の隣に、今海外出張中の柊の母が席に着いた。
「はじめまして、いつも息子がお世話になっています。狼谷椿って言います」
「いつ帰ってきたんだよ」
「この会のための一時帰国だよ」
騒がしかった会場が急に静かになり、グランドの様子を映していた映像も消えた。
正面の椅子には、五十嵐真子学園長、九十九珠子、珊瑚美子桔梗村村長の五十嵐三姉妹と東城寺悠山が並んで座っていた。
「前から聞きたかったんだけど、舞子のじいちゃんと学園長ってどういう関係なの?」
紅羽の質問に舞子が考えながら答えた。
「うちの爺ちゃんって、桔梗高校の女子バスケットボール部のコーチだったんだって」
「そこで恋が芽生えて・・」柊が茶化す。
「恋が芽生えたのはうちの婆ちゃんと」
「青春ドラマのパターンですね」突っ込みを入れる柊を、母親の椿はあきれた目で見ている。
「それだけの関係で住職は桔梗学園に土地を貸したの?」紅羽が真面目な話に戻す。
「昔ね、東城寺に火事があって再建費用のために、五十嵐義塾の塾長、つまり五十嵐学園長のお母さんが大金を寄付してくれたんだって」
「五十嵐義塾ってそんなに儲かっていたの?」柊が聞く。
「東城寺の火災って、五十嵐家の葬式の最中の落雷が原因だったんだって。
葬式は五十嵐三姉妹の父親の葬式で、火災現場に五十嵐家のみんなが居合わせて、後片付けもみんな手伝ってくれたんだって」
「じゃあ、その時、本堂再建の話も出たんだね」
「そう、その時、本堂の半分が焼けちゃって、すぐ建て替えなきゃいけなかったんだけど、そのために当時東城寺が持っていた土地を売らなきゃいけなかったんだ」
「思い出したわ。東城寺の火事の頃って、藤ヶ浜原発建設計画が持ち上がっていた時で、桔梗学園が今ある桔梗ヶ原は、その建設予定地にかかっていたんだよね」椿が口を挟んだ。
「だから、いくら東城寺の土地だからって、桔梗ヶ原を売って本堂再建資金を出すわけにも行かず、困っていたんだよね。もし、売ったりしたら原発反対派の檀家さんがみんないなくなっちゃうでしょ?」
「でも、ご主人が亡くなったばかりの五十嵐義塾の先生は、どうしてそんな大金持っていたの?」
紅羽も柊同様、お金のことが気になった。
「死亡保険金だって。先生のご主人が掛けていた死亡保険金の受取額すべてを寄付してもらったという話は、婆ちゃんから聞いた。その後も原発反対派の皆さんが次々と寄付してくださったので、1年以内に再建できたんだって。だから、五十嵐義塾に足を向けて寝られないって」
「それで、悠山住職は桔梗学園に土地を貸し、桔梗学園のバックアップを買って出ている訳か」
柊が分かったような口をきいた。
「まあ、本堂がすぐ再建されたんで、我が家はお金に不自由なく暮らせたんだよね。私が海外遠征に何不自由なく行けているのは五十嵐家の皆様のおかげです」
世間話に花を咲かせているうちに、大食堂の画面いっぱいに映像が流れ出した。どうも5年前から建設が始まっている分校の新校舎が、すべて完成した報告をしているらしかった。
「北海道、秋田、富山、岐阜、島根に建設している分校は、今年4月に新校舎が完成し、それぞれ、高校3年生と研究科の学生生徒数合わせて150名、生まれた子供達も来年には小学校に進級することになりました」
続けて、各学園の学園長と村長の挨拶が始まった。
「分校ってみんな日本海側だね」舞子が言った。
そう言われて、3人はじっと画面の中の地図を見た。そこには分校を示す赤い丸が、日本海側に縦に5つ並んでいた。勿論、桔梗学園を示す緑の丸も入れると、それはほぼ等間隔に並んでいるようにも見える。
「太平洋側は、人口が多く地価が高いから?」紅羽が言った。
「いや、学園の位置が地図上一直線に等間隔に並んでいる」
柊はそう言って晴崇の方を見つめた。
「鋭いね。だから蹴斗と話していると面白い」
晴崇は、次の映像の準備のために席を立った。
「柊、大切な話をしているわよ、来年は6校合同体育祭をするって話よ」
椿が柊に声を掛けた。
「えー」
3人は新しい話題に気を取られて、正しい方向に向いていた推理の糸を切ってしまった。
映像はいつのまにか、高校生の「借り人レース」の終わりを告げていた。1位の生徒がゴールでくじを引き、当たった景品に一喜一憂している姿が映し出された。
食堂で話を聞いていたOG集団は、桔梗学園の研究員に誘導され、校舎見学に出かけていった。
紅羽は自分の出番ということで、蹴斗と一緒にグランドに向かった。
舞子はがらんとした大食堂を見て、考えを巡らした。
あの人たちは一体誰だったのだろう。ただのOGだったのか。
何故、私たち3人がこの席に座らせられたのだろう。
柊の母親は何故、一時帰国したのだろう。
舞子は、学園長と祖父が談笑している姿を見て、自分が大きな渦に巻き込まれているような気がした。
突然、舞子は誰かに腕を引かれた。
柊の母、椿が「紹介したい人がいるの」と食堂の後方に舞子を連れて行った。
そこには1歳くらいの赤ちゃんを連れた、2人の外国人の女性がいた。
「舞子さん紹介するわ。こちらはマリア・ガルシアさん、キューバ出身。隣りにいるのはオユンさん、モンゴル出身です。今日から、1年間研究所でスポーツ科学などの研究に携わることになりました。2人とも、小さいお子さんがいて、母国では研究がしにくいので,桔梗学園に来ました」
舞子はびっくりした。マリア・ガルシアは3年前、世界選手権で3位になった選手で、オユンはジュニアオリンピックで、対戦したことのある選手だったのだ。2人とも柔道のトップクラスの選手だ。
どこの国も妊娠出産で、競技を中断せざるを得ない選手は多い。ここ2年ほど彼女たちの話は聞かなかったが、出産をしていたのだ。
「舞子さん、これ使って」
椿から耳掛け式の翻訳機が渡された。これで、3人で自由に話ができる。
「武道場にも柔道しながら使える、ワイヤレス翻訳機を設置するから。明日から自由に使ってね」と、舞子の懸念に、椿が先回りして答えた。
舞子とマリアとオユンはお互い自己紹介をした後、昔話をしながら、今日から住むことになる施設を見学しに移動を始めた。
グランドでは、プログラムナンバー6 「借り人ゲーム」(高校生)が終了し、いよいよ久保埜万里プロデュースの「3ポイントシュートゲーム」が始まるということで、一般参加者を募っていた。グランド中央の芝がゆっくり動き、芝の下からバスケットコートが現れた。そこへゴールポストが自動で動いてきて止まった。
一部の観客は昼食を取るため、大食堂に向かった。それでも、この夏のオリンピック出場選手高木碧羽が出場するというので、多くの人が観客席に残った。
「3ポイントシュートゲーム」のルールは簡単だ。3ポイントエリアの自分の好きな場所から、連続で何回シュートが入れられるかを競う。ボールは持ってから5秒以内に打つ。そして、オリンピック選手である紅羽と碧羽は、センターラインから打つというハンディを付ける。
大型映像装置のココちゃんのルール説明の後、特別ゲストと言うことで「高木碧羽」の顔が映し出された。最初に碧羽が、センターラインからのシュートを決めてみせる、パスは紅羽だ。2ヶ月ぶりに紅羽のパスを受ける。碧羽の好きなところにパスをくれる。集中力が高まる。碧羽のシュートは10本目で外れてしまった。
「負けないよ」と言って高木紅羽のセンターラインからのシュートが始まる。10本目はリングをくるりとなめるように回って、落ちてしまった。
それを合図に参加者が、2か所の3ポイントラインでシュートを始めた。久保埜姉妹はお互いにパスをし合ったが、特に仲間がいない人は贅沢にも高木姉妹がパスをしてくれることになった。1本でも3ポイントシュートが入った人は、参加賞をもらって帰って行った。
鞠斗と蹴斗も2人で組んで出たが、日常の練習不足がたたって、5本と連続して入らなかった。体育祭実行委員にならずに、2ヶ月毎日練習していた久保埜笑万が、結局8本入って優勝した。賞品は「紅羽と碧羽のサイン入りTシャツ」だった。そして参加者で一番シュートが決まった碧羽は、ドローン体験乗車に参加できることになった。
ココちゃんが観客に伝える。
「ドローン試乗体験に参加される方は、3時にグランドに集合してください」
本日2回目の「よし!」を碧羽さんからいただきました。
紅羽と舞子と柊の3人だけ、何の意図があって、大食堂の集会に招かれていたのでしょうか。後の3人はただ忙しかったからですか?謎解きはまた後で。