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イカスミ再登場

琉君の妹は、なんとストーカーと化した「イカスミ」に目を付けられてしまったようです。

 皆さんは、「イカスミ」こと、近澄子(ちかすみこ)を覚えているだろうか。将棋部の部室で、(りゅう)に迫っていた女生徒だ。自分は学年3番の秀才だと思っていたが、実際彼女の順位は、琉に張り付いて、一から十まで勉強を教えてもらい、テストのヤマまで教えてもらっていたから保てていたものであった。当然、大神琉(おおかみりゅう)がいなくなった後は、毎日勉強をタダで教えてくれる者などいない上に、学年1,2位がいなくなった後は当然、澄子が学年トップになるだろうという重圧もあり、毎日(あせ)りまくっていた。

「模擬試験は散々だったし、期末考査まで後2週間しかないわ。どうしましょう」

各教科担任に質問に行っても、考査が近くて追い返されてしまうし、琉のように1人で全教科教えてくれる教員はいない。こんな状況で、普通なら、自分で勉強しなくてはいけないと、奮起(ふんき)するべきだが、彼女は違った。


「やっぱり、琉君に桔梗高校に戻ってもらわなきゃ。どこにいるのか、弟の(れい)君に聞かなくちゃ。いいえ、妹の琥珀(こはく)ちゃんか玻璃(はり)ちゃんでもいいわ」

いやいや、澄子さん、桔梗南中学校の校門の前で何しているんだ?それはストーカーである。

放課後のチャイムと同時に、自転車で学校を飛び出してきたのが玲である。玲は兄の代わりに、保育園に妹の琵琶(びわ)を迎えに行くために急いでいるのだ。延長保育はお金がかかるので、遅れるわけにはいかない。そんな自転車の前に、近澄子が飛び出そうとした瞬間、別のもっと素早い人間が飛び出した。

「玲兄ちゃん。ストーップ」

飛び出したのは、琥珀と玻璃の双子だった。一卵性の双子なのでほとんど見分けがつかないが、違いは髪の毛を結わいている本数ぐらいだ。ポニーテールが琥珀、ツインテールが玻璃。


「あぶねー。急に飛び出すなよ」

「玲兄ちゃんはこうでもしなきゃ。停まらないでしょ?携帯貸してっていったのに、朝持って行ったでしょ?」ポニーテールの琥珀が言った。

「あっ。そうだった。悪い。琉兄ちゃんからメール来てたんだっけ」

校門の陰で、人待ち顔で、聞き耳を立てていた澄子は、「琉」の一言を聞き逃さなかった。


「メールの添付ファイルをプリントアウトするために、桔梗村役場に行くんだから早く貸して」

ツインテールの玻璃が手を出した。

桔梗村役場では、自由に使えるパソコンが常時10台稼働(かどう)していて、役場の職員がパソコンに苦手な高齢者や子供に使い方を懇切丁寧(こんせつていねい)に教えている。学校の宿題や奨学金の申し込み、大学の出願など、最近は、ほぼすべてのものがデジタル化されている。経済的な理由や知識の関係でパソコンが自宅にない人は多いので、村長の(きも)いりでパソコンが導入された。

自宅にパソコンもプリンターもない大神(おおかみ)家では、村役場のパソコンがあることで大いに助かっている。また、大神家にはスマートフォンが、父親と子供に1台ずつしかない。5月までは琉がスマホを持っていたが、6月からスマホの所持が玲に変わっていたのだ。親に知られたくない今回の招待は、勿論、玲のスマホに送信されたのだ。

「良かったね。玲お兄ちゃんが捕まって」

「本当だよ。体育祭に行けば、琉お兄ちゃんや瑠璃に久し振りに会えるし、嬉しいね」

「琵琶には内緒だね。瑠璃(るり)がいなくなったって、まだ時々泣くんだもん」

「琉兄ちゃんが行った桔梗学園って、どんなところだろう。体育祭もやるんだね」


「桔梗学園」「体育祭」と気になる単語が聞こえてくるが、今それを聞き出すわけに行かない。澄子は我慢して桔梗村役場まで、双子の後を付けていった。


桔梗村役場は、夕方4時だというのに大盛況である。宿題を片付けたい中学生の集団や、各種手続きに手間取って担当者を離さない高齢者などで、パソコンの前はいっぱいだった。

受付の機械から、番号札を取ると、5人ほどの順番待ちだった。

双子が椅子に座って、スマホの画面を確認していると、すぐ後に座った桔梗高校の女生徒から声をかけられた。

「ずいぶんパソコン並んでいるわね」

「はい。そうですね」

勿論、琥珀と玻璃に声をかけてきたのは澄子だった。

双子の前の椅子から、4人に人物が同時に立ち上がった。

「良かった。中学生の集団の宿題が終わったんだね」

「うん、あと1人だね」

「担当さんも1人空いているし、プリントのやり方も聞けるかな?」

双子の前の老夫婦が立ち上がった。勿論、パソコンの手伝いをする担当は、彼らに張り付いてしまった。


自分たちの番が来た時、琥珀と玻璃は戸惑ってしまった。

「私で良ければ、手伝いましょうか」澄子が近寄ってきた。

「お姉さんも忙しいんじゃないんですか?」

「あなたたちが早く終わったら、パソコンが空くから私にとっても、いいんですよ。まず、何をしたいの」

「このページのQRコードを読み取って、入場券をプリントアウトしたいんです」

あまりパソコンが得意でなくても手伝える程度の内容で、澄子はほっとした。


そして、パソコンからなるべく遠いプリンターに、入場券を出力した。

「ここで待っていて、私が入場券を取ってくるから」

澄子はプリンターの調子を確認するようなふりをして、入場券の内容を自分のスマホで写メした。

「この2枚でいいかしら」澄子は素知らぬ顔で、双子に入場券を渡した。

「じゃあ、このパソコンは続けて私が使うわね」

「ありがとうございました」双子は何の疑いもなく、パソコンから離れた。


澄子はもう一度、入場券を印刷した。しかし、入場券は2回以上印刷ができない設定になっていた。

「ちっ」上品な外見に似合わない舌打ちをして、澄子は画面自体をスクリーンショットして、プリントアウトした。そして、何食わぬ顔をして画面を閉じて、「桔梗学園」について検索を始めた。


双子は入場券を見るために、村役場の中の学習室に入っていった。


桔梗村は人口減のために、公務員のなり手が少なくなっているので、珊瑚美子(さんごよしこ)が村長になってから、桔梗駅のそばに、村役場と村議会、図書館などすべて集めて、少ない公務員で回せるようにした。DX化も政令指定都市のN市よりも早く取り組んだ。駅から遠い中学校や小学校からは、1時間に1回、自動運転の巡回バスを走行させている。村民はすべて無料で乗ることができる。

村役場の中の学習室もその一環で、村民なら誰でも24時間使用可能である。


「琥珀、入場券を読んでみた?」

「うん。何にも持って行かなくていい?そして、何も持ち込めない?」

「それより、1人1,000円いるんだ」

「琥珀ある?」

「ギリギリある。玻璃は?」

「この間、(りん)と琵琶にねだられてお菓子買った。足りないかも」

「玲お兄ちゃんに相談してみようかな」

「お兄ちゃん。自転車の修理代だってなくて、困っているじゃん」


「やっぱり、お母さんに・・・。やっぱり辞めた」

玻璃はお菓子代だってくれない母に相談することは無駄だと気がついた。


「あら。さっきの2人ね。勉強をしているの?」再び、澄子が2人に接触してきた。

「分からないところがあるなら、教えてあげるわ。私桔梗高校3年なの。2人は琉君の妹でしょう?私、琉君のクラスメートなの。っていうか、付き合っていたの。彼と」


琉がよく「つきまとわれて自分の勉強ができなくて困っている」と愚痴(ぐち)を言っていたストーカー女だと2人はピンときた。

「どうして私たちが琉の妹だと分かったんですか?」

「パソコンの画面見ちゃったの。ごめんなさい」


双子は、この女の目を知っていた。我が家によく来る宗教団体の人の目と同じだ。

嘘をついていることすら気づいていない、自分たちが正しいと信じている人の目だ。

双子は以心伝心、学習室から飛び出して、自宅と反対方向に逃げ出した。自宅が発覚するのを防ぐためだ。


村役場から1キロくらい走って、着いたのは桔梗高校の前だった。

「やばい。さっきの女、桔梗高校の高校生だった。ここからも離れなくっちゃ」

「でも、あんまり走ると、うちに帰れなくなるよ」

2人は桔梗中央小学校でも、有名な俊足で、桔梗南中学では駅伝の選手として彼女らの入学を心待ちにしているくらいだ。いくら澄子が高校生でも、彼女たちに1キロも全速で走られたら追いつけるわけがない。


「どうしたの?」

ビクッとして2人が振り返ると、声をかけてきたのは、桔梗村警察の警察官だった。

桔梗高校に交通安全啓発の講話をしてきた帰りで、パトカーで校門から出てくるところだった。

「怖い人に追われていて」

「話を聞こう。パトカーに乗って」

30歳くらいのおまわりさんは、優しい笑顔で、パトカーのドアを開けてくれた。

「でも、怖い人は桔梗村役場の学習室にいるんです。交番に行ったら、また会っちゃう」

「じゃあ、お家に送って上げよう」

「パトカーで送ってもらうと、悪いことしたって近所の人に噂されちゃう」


困ってしまったおまわりさんは、2人が持っている紙に目を向けた。

「あれ、君たちも桔梗学園の体育祭に行くの?うちの嫁も行くんだよ」

「あの?おまわりさんのお嫁さんは、誰に招待されたんですか?」

「私の母だけど」

「お母さんも桔梗学園の卒業生なんですか?」

「桔梗学園はそんなに古くないよ。うちの母は桔梗学園の学園長なんだ」


真子学園長の息子登場です。

「学園長の息子さんなのに、体育祭に行けないんですか?」

「今回の体育祭は、息子であろうが、男は入れないんだよ」

「私は、招待されたのに、お金がなくては入れないんです」玻璃が涙声で訴えた。


「あー。中での食事代とか全部タダだから、今回は有料にしたらしいね」

しばらくおまわりさんは考えて、胸ポケットから「五十嵐瑛いからしあきら」という自分の名刺を出してきた。

「君達、名前はなんて言うの」

「大神玻璃です」「大神琥珀です」

「どんな漢字で書くの?うー、難しい漢字だね」と言いながら、名刺の裏に次のように書いた。

『大神玻璃さんと大神琥珀さんが来たら、無料で入場させてください』


「これを入り口で受付の人に渡してください。うちの母さんに話を通しておくから」

と言って、おまわりさんは、パトカーで桔梗南中学校の近くまで送ってくれた。


近澄子はこのくらいのことで諦めてくれるだろうか。体育祭当日まで、油断は禁物である。


大神家の貧乏や子だくさんは、どうも宗教がらみみたいですね。

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