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初めてのお使い

五月ちゃんの「初めてのお使い」が、なんと圭と晴崇の過去が話される回になってしまいました。

 高校3年生が競技用具にかかる費用や購入場所などをまとめ、体育祭実行委員が使える備品などを調査して、具体的に買い出しに行けるようになったのは、週が明けて3日が経った頃だった。


 午後の授業時間が始まった時間に、旧小学校の前に1台のワゴン車が停まった。運転手は九十九珠子(つくもたまこ)だった。助手席に桔梗学園の財務省、鞠斗(まりと)が座っていた。

 最初に(けい)がワゴン車に乗り込んで一番後ろに行こうとしたが、鞠斗に運転席のすぐ後ろに座るように言われた。圭は紅羽に頼まれて、買い物に付き合うことになったのだ。圭は入学の時に着ていた全身黒の服で、銀髪も見事に上空に跳ね上がっていた。あの時と違うのは、唇と鼻のピアスがないことで、耳には3つのピアスが付いていた。

 鞠斗に言われた席にどかっと座った圭は、すぐスマホを持ち出し、回線につながっていることを確認した。すぐさま、(せわ)しげに何やら検索を始めた。

「ここは、もう圏外じゃないんだな。鞠斗、今日のナビ出しておくぞ」


 圭の他に体育祭実行委員からは、高校3年生の三川杏(みかわあん)と委員長の越生五月(おごせさつき)の2名が参加した。みんな買い出しに行きたがったが、公平にじゃんけんをして三川が行くことに決まったのだ。


「五月、最初にどこに行くんだ?」鞠斗が助手席から後ろを振り返って言った。

「はい。最初に『事務チチ』で文房具を買います」五月が元気に答えた。

そこに圭が割り込んだ。

「ちょっと待って、『事務チチ』に電話がつながった。はい、昨日、電話した品物はもう揃っていますか?はい、じゃあ6時に取りに伺います」


「昨日、電話で事務関係の品物は先に発注しておいたけれど、今日の5時過ぎにすべての品物が揃うんだって、『事務チチ』は最後に寄って帰ろう」圭が鞠斗にそう伝えた。


五月は自分が無視されたような気がした。

(大体、今日付いてくるのが、なんで圭さんなの?)

五月は舞子や紅羽の事情を知らなかった。


運転手の九十九珠子が圭に聞いた。「考えているルートを前もって教えてくれる?」

「まず、『ド●キ』に行って、パーティーグッズのコーナーに行きます。ですから、とりあえず、N市駅前まで向かってください。海岸線を走って、途中からN市市内の方に入ってください。今の時間なら、市内に入ったらバイパスを走った方が早いです」

「オッケー」珠子は桔梗学園からとりあえず海岸線に出る道を走り出した。


三川が静かな車内に耐えきれず、口を開いた。

「すごいですね。圭さんは、道路にも詳しいんですね。N市に住んでいたことあるんですか?」

「ないけど、たまにバイクで町中まで来たことはある」圭はぶっきらぼうに答えた。

「バイク乗るんですか。かっこいいですね」五月も話に加わってきた。

圭は聞こえなかったのか、返事をしなかった。


「鞠斗、『ド●キ』に行ったら、全員で買い物するか?もう2カ所行きたいから、手分けしたいんだが」圭はあくまで、仕事で来ているという態度を崩さない。

「どこに行きたいんだ?」鞠斗が圭に再度尋ねる。

「『BIGホームセンター』と『手芸屋フェアリー』に行きたいが、ホームセンターは『ド●キ』で揃わなかったものを買うので後で回りたいし、手芸屋で買う物は(りょう)に頼まれたものだから、あたし自身で買いたい」

「じゃあ、珠子さん、先に『ド●キ』に俺たちを下ろしてもらったら、圭を手芸屋に連れて行ってください」


そうこう言っているうちに、ワゴンは駅前の『ド●キ』に横付けした。

「じゃあ、30分で戻ってくるから、そっちも買い物済ませておいて」圭が窓から顔を出していった。

鞠斗は片眉を上げて、「善処する」と答えた。


『ド●キ』で買うものリストには、わくわくするものがいっぱい。

幼児用プール、団扇(うちわ)暖簾(のれん)鉢巻(はちまき)、ヨーヨー、ヨーヨー用空気入れ・・・。

「プールって大きいのもあるんですね」

「あんまりプールが大きいとヨーヨーに手が届かないよ」


「あー、選べない。簡単なもの選ぼう」

「団扇って、いろんな種類があるんですが、1人ずつ違うのも面白いですよね」

「それより何枚いるの?わざわざゴールから持ってくる時間内から、人数分いるんじゃない?」

三川も五月と同じレベルで、とりあえず買うものを全部見て最後に選ぼうと、あちこち見て回っているが、そんなことしていると約束していた30分はすぐ過ぎてしまう。


鞠斗は妻の買い物に付き合わされた夫のように、入り口の柱に背を預けて、「早く決めろ」と(にら)んでいる。

30分後、手芸屋での買い物を終えた圭が、あきれた顔で、「お祭りコーナー」の入り口で腕組みしていた。


「五月、杏、まだ買わなければならないものは?と、言うより、何故、何も持っていないんだ?」

五月が小さい声で、「色々見てから決めようと思って・・」と言い訳した。

「予算の関係で商品はすぐ決まるだろう。自分の好みなんか関係ないんだよ。夕飯に間に合わないぞ」

「2人はここで荷物番(にもつばん)していろ。鞠斗行くぞ」

鞠斗は「ほらね。叱られた」と声を出さずに口パクした。


「圭はあいつらに任せておいたら、こうなるって分かっていただろう?」

鞠斗が圭の方に少しかがみ込んで言った。

「まあね。少しは買い物させてやらないと、お子様達の気が済まないかと思って」

「三川は圭と同じ年だよ」

「まあ、その辺の中高校生は、あんなもんかもね」


そう言いながら、2人は残りの買い物をさくさくと済ましてしまった。

「団扇と鉢巻は少し足りないな。団扇の不足分はホームセンターで買おう。鉢巻の布はもう手芸屋で調達してある。1位の鉢巻にする刺繍(ししゅう)用の金色の糸も買ってきた」


「鉢巻が足りないって分かっていたんですか?」

「鞠斗から『鉢巻が足りない』ってメールが来た」

(鞠斗君のアドレス、私も知らないのに)三川の胸がちくんと痛んだ。


ホームセンターでは、割り箸やたこ糸、S字フック、輪ゴム、不足分の団扇や結束(けっそく)バンドなどを購入した。

結束バンドなど、見たこともない五月は圭に質問した。


「結束バンドって何に使うんですか?」

「玉入れの(かご)の内側に布袋を入れたら、布に(きり)で穴を開けて、結束バンドで(ふち)にくくりつけるんだ。軍旗を棒に付けたりするときの役にも立つし、手錠(てじょう)代わりに使うこともできる」

つまり、いちいち縫わなくてもいいというわけだ。女子は感心していたが、鞠斗は眉をひそめて、

「誰の手首を結束したんだ?」

「希望とあらば、鞠斗の手首も拘束してやるけど」

「サディスティックだな」鞠斗はひゅっと手首を引っ込めた。


「五月、(たけのこ)取りの時使う籠はいくつあった?」圭が聞く。

「少し壊れているのも含めて、5つありました」

「十分だね。体育祭の数日前には良く洗って、内側に布袋を入れて、結束バンドでくくっておけよ。玉入れの球が、汚れなくて済む」

「中の玉が見えなくなりませんか」三川が聞いた。

「見えない方が、後で数える時スリルがあると思うけど、見えた方がいいなら、野菜が入っている大きめの網袋(あみぶくろ)を使えばいいんじゃないか?それを考えるのはあたしの仕事じゃない」

圭はぶっきらぼうに答えた。結束バンドの使い方まで教えているのだから、今日の圭はいつもよりは少し優しいのだが。


最後に、「事務チチ」に寄って頼んでおいた文房具を受け取った。

鞠斗が店員に「五十嵐カンパニーに請求書回してください」と告げたので、圭が鞠斗の顔を見上げた。

鞠斗は圭の疑問に答えた。

「五十嵐カンパニー経由だと、10パーセント引きなんだ」

「あー。学校出入りの業者みたいだね」


帰途の車の中で、また三川が圭に話しかけた。

「圭さんって、あんまり学校行ってなかったって聞いたんですけれど、買い物なんか上手ですね」

珠子と鞠斗がぎょっとして顔を見合わせた。三川がなかなかスタッフになれなかったのも、こういう分別が欠けているからだ。生徒の情報をいつも不用意に話してしまう。五月は母を見ているので、それが禁止されていることがと知っているので、しっかり口をつぐんでいる。


圭が冷たい声で答えた。

「不登校でも、引きこもりじゃなかったもんでね」

「不登校なんて言って・・」

「三川!」鞠斗の強い声が三川の言い訳を止めた。


珠子が言った。

「夕飯に間に合わないかと思ったけれど、6時前に桔梗学園に着くわね。

体育祭実行委員の2人は、先に帰りなさい。荷物の仕分けは今年入学の6人にしてもらうわ」

肩を落とした三川杏と五月を降ろしたワゴンは、そのまま学園を出て、九十九農園内の古民家農家レストランに向かった。

「今日はお疲れ。うちのレストランで、少しお茶していかない?」珠子が言った。


圭は何も言わなかった。

(気を使われているのか)


レストランの1階で、鞠斗と向かい合わせで座りながら、圭は初めて来た場所を静かに観察していた。ここは舞子と琉が再会した場所だ。

「圭、珠子さんの(おご)りだから、好きなジュース選んでいいよ」

鞠斗がカウンターにぶら下げられた、黒板に書かれているメニューを指さした。

「気を使わなくてもいいのに」と小さな声で言って、圭はブルーベリーと苺の「ダブルベリージュース」を頼んだ。鞠斗はブルーベリージュースの炭酸割りを頼んだ。


「この間は紅羽と仲良くしていたじゃない?いいの?」

「焼き餅焼いてくれるんですか?光栄です」

「まさか」

「紅羽さんにも言いましたが、同じ高校生として、転校生に興味を持つのは自然じゃありませんか?

俺たちだって、女性と話す機会が欲しいんですよ」


運ばれてきたジュースを一口飲んで、圭が言った。

「大分、オリエンテーションの時と態度が違う」

「あれは、仕事の顔。まずは三川の発言のお()びをしないといけませんか。同じスタッフとして」

「ああいう好奇心旺盛な女は、たくさんいる」

「圭には、好奇心というものはありませんか」

「勿論好奇心はあるが、分別もあ・・・」


圭が離している時に、レストランに2人の客が入ってきた。圭はそれを見て、固まった。圭達は店の奥にいたので、その2人には多分見えない位置だったが、それでも圭は鞠斗の陰に隠れるようにした。その様子を見て、鞠斗が振り返って、2人の客を見て、また圭の方に向き直った。

「あの2人に興味はありますか」


入ってきたのは前髪をすっきり上げ、小綺麗(こぎれい)な紺色のジャケットに、ゆったりとしたシルエットのキャメル色のパンツを穿()いた晴崇(はるたか)と、若草色のワンピースの真子(まさこ)学園長だった。

「一緒に仕事に出かけたんでしょ?」

「そう見えますか?」柔らかな笑みを浮かべて鞠斗が聞き返す。

圭は、認めたくはなかったが、どうみてもデートに行ってきたカップルにしか見えない。

晴崇は、真子学園長の椅子を引いてあげて、頼んだサラダを盛り付けてあげている。実にスマートな振る舞いだった。校内で、前髪で顔を隠し、ダボッとしたTシャツで木登りしている青年とは思えなかった。


「心配しなくていいですよ。2人でいつもこの時期に、晴崇のお母さんの墓参りに行くんです」

「何の、心配・・・」圭は思いかけず、自分の耳が赤くなっていることに気がついた。

「晴崇のお母さんは、晴崇が3歳の時、海でなくなったんです。それから、真子学園長が母親代わりに彼を育てているんです」

それで晴崇がいつも薫風庵にいる理由が分かった。あいつが、薫風庵で今も寝起きしているのは、真子学園長の子供だからだ。


「学園長は晴崇を養子にしたの?」

「いや?真子学園長は、大阪にご主人とお嬢さん夫婦がいますし、桔梗村の警察には、学園長の息子さんが勤めています。相続問題など複雑化するから、養子は嫌だと、晴崇が辞退したんです」


圭は、真子学園長がどうしてご主人と一緒に暮らしていないのか聞こうとして、三川と大して変わりがない自分に気づいた。

「どうしたんですか。質問はもうないんですか?」

「なんで、スタッフでもないあたしに、晴崇の個人情報を話すんだ?」

「晴崇のこと気になるんでしょ?」

「そ、そんなこと」圭は、このままでは鞠斗の、思う壺だと気がついた。

「この情報と引き換えに、私に何か聞きたいことがあるの?」


鞠斗は机の上で組んでいた指を、組み替えていった。

「さっきの『不登校だけど引きこもりじゃない」って、言葉が気になっていましたが、情報交換をするつもりなんてないので、もっと仲良くなったら教えてください』と眼鏡の奥の灰色の目をうっすら開けて言った。


圭は催眠術にかかったように、自分の話をし出した。紅羽や舞子にも話していない話を。


圭の父親は、遠洋漁業の猟師である。圭の母は、不在がちの夫に見切りを付けて家を出て行ってしまった。その後、圭はM市にある祖母のうちで暮らすことになった。圭の父は日本に寄港した時は必ず、圭に会いに祖母のうちにやってきた。そして、圭の欲しがるものをすべて買い与えた。高性能パソコン。バイク。東京に遊びに行く金・・・。

圭は田舎のM市が嫌いで、小学校から高校までほとんど学校に通わなかった。祖母も父も何も言わなかった。圭はインターネットを通して、勉強をし、ゲームをした。


「ゲームで駒澤賀来人(こまざわかくと)と知り合ったんだよね」

「そこで、桔梗学園の話を聞いて、ここに来たんだ」

桔梗学園には、妊婦でなければ入れない。ここから先が、鞠斗の聞きたいところだった。

「で、どうやって・・・」

圭が鞠斗の後方を指さした。そこには晴崇が立っていた。

「鞠斗の陰に誰がいるのかと思ったら、圭じゃないか。(だま)されちゃいけないよ」

今まさに騙そうとしていた鞠斗は、(邪魔が入った。あと少しだったのに)と思った。


「晴崇も恒例の6月デートだろ。彼女をおいていったら駄目じゃん」

「珠子さんと話があるって、2階に行っちゃった」

「今日も海に行ったの」

「いやー。もう何年も海には行っていないな。海見るのが嫌になるから、楽しいところでデートしようって誘ったんだ」

「じゃあ今日はどこ行ったの?」

「映画。いつもの『コナン』だよ」

「子供か」

「『コナン』毎年見てますよ。私も」圭がやっと2人の会話に加われた。

「毎年作られている映画は、癖になるよね。あっ、ここのピアス辞めたの」

晴崇が圭の唇に手を伸ばす。パシッと、鞠斗に手をたたかれ、手を引っ込める。

「そうやって、女の人に気軽に触ろうとする。圭、勘違いしちゃいけないよ。晴崇は『人たらし』なんだから」

「人たらし?」圭が聞き慣れない言葉の意味を、鞠斗に聞く。

「女にも男にも魅力を振る舞って、誘う悪いやつってこと」

「そう言うお前も十分『男たらし』じゃないか。どこに行っても男性から誘われるくせに」

鞠斗に対して、晴崇が反撃する。

「俺は・・・」

(鞠斗の性的嗜好(しこう)が暴かれるか?)圭が期待して聞き耳を立てる。


そこへ残念なことに、真子と珠子の姉妹が2階から下りてきた。

「ごめんなさい。遅くなって。夕飯に間に合わなくなるわね。珠子、学園まで送って」

真子ののんびりした声で、3人の会話はまたしても(さえぎ)られてしまった。


(体育祭まであと半月、明日は買ってきたものを各競技の準備チームに配らなくていけないな)

圭は明日の手順を考えながら、ワゴン車に乗り込んだ。


次回は久し振りのイカスミ登場です。悪役書くのは苦手ですが、頑張ります。何故か、真子学園長の息子さんが登場します。

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