誰を招待するのか?
前回の投稿から、少し時間が経っていました。下書き書く方に夢中になって、投稿が遅くなっています。
3日以内に体育祭の招待客を決めて入力しなければならないと言うことで、食堂会議の夜はその話題で持ちきりだった。特に圭と柊が、誰も招待しないと言うことでその権利を巡って、小さな争いが起こることになった。
男子寮では、琉が柊に迫っていた。
「頼む。俺は小学6年年の妹たち、玻璃と琥珀の2人を招待したいんだよ。双子だからどっちか1人なんて、選べないよ」
心の中ではもう招待の権利を、琉に譲ると決めているくせに、柊の心に意地悪な気持ちがふつふつと浮かんできた。
「さっきの2人呼びたいっていう女子高生は可愛かったな。あの子にしようかな?」
「ひどい。涼はどうするだ?」琉は頼むターゲットを変えた。
「俺のうちは、妹の春佳と母さんと、女が2人いるから悩むけれど、1人だったら母さんかな?春佳が一人で来るわけないからな」
「いいよ。圭に明日頼む」
琉が拗ねきったのを見て満足した柊が、やっと本当のことを話した。
「嘘だよ。俺の招待の権利は、もともと琉にやろうと思っていたんだよ。でもなんで、自分の母親にしないの?」
「あの人は、忙しいって1度も僕らの行事に来たことがないんだよ。今回だって来るわけないじゃないか」
母親が来られなかったのは、理由があるだろうに、そこにまだ考えが至らない琉であった。
女子寮でも当然話が盛り上がっていた。
「うちは、妹の碧羽って決まっているけれど、舞子は誰を呼ぶの?」
「母さんだよ。さっきみんなが風呂に入っている時に、サイトに入力しちゃった」
遠慮気味に紅羽は圭に尋ねた。
「圭は誰か呼ぶの」
「誰も呼ばない」と圭はぶっきらぼうに答えた。
「その権利を誰かに譲るの?」舞子が聞いた。
「別に。探してまで譲る気はない」
舞子は、一瞬、招待券が2枚あれば、涼が母親と妹を呼べるのにと思ったが、すぐに考えを変えた。舞子と涼のことを、両親がどう思っているか、涼から聞いたことがない。涼は一言、「親から許可は貰った」と言っただけだった。私のことを、「息子の人生を狂わせた女」と思っているかも知れないし、妹に舞子のような道を選ばせたくないと思っているかも知れない。と考えると、今まで封印していた、外部の人が自分のことをどう思っているかが気になってきた。
「外部の人を呼ぶって、そんなに楽しいことかね?パンドラの箱かも知れないぜ」
圭が小さい声で言ったのを、紅羽と舞子は聞き逃さなかった。
紅羽がそれに応えた。
「だからといって、自分の境遇を隠していると、なんか自分が悪いことしたみたいじゃない。子供を早めに産んで、自分キャリアを積むって生き方も肯定されていいんじゃない?」
「だから、舞子はみんなを見返すために試合に出るのか?負けたらどうするんだよ」
圭が本音を漏らした。
舞子がしばらく考えて答えた。
「不思議なんだよね。今は試合に負ける気がしないんだよ。いつも負けたら父さんに怒られるって、恐怖しかなかったのに、今回は自分で決めたことだから、負けても大丈夫だとも思えるんだ」
「それって、負けても涼が『君は頑張った』って慰めてくれるからじゃない?」
圭は、今日は執拗に舞子を追い詰めようとしていた。
「涼だけじゃない。今回は私を応援している人が、私と一緒に汗をかいてくれる。
きっと桔梗学園の人は、勝っても負けても私をなじらないと思うんだ」
いつもTVの前で、汗もかかずに応援している人たちは、負けたときも同じ熱量で詰るものだ。
圭は自分に語りかけるように言った。
「私も第三者の立場だから詰っているというわけか。じゃあ、試してみるか」
舞子は「圭が詰っているなんて思ってないよ」と言い訳をした。
「いや、前に頼まれたよな?『フィットスポーツ』の改造。今回のプレゼンも、この件は俺に対する依頼なんだよな」
「圭が考えてくれると嬉しい。私に、とことん付き合ってくれる?」
「上手くできるかどうか分からないよ」
「違う。最初に逃げ場を作る人は、チャンピオンにはならないんだ。『できる』『する』と覚悟を決めるところから、始まるんだよ。今回のプレゼンで私は逃げ場をなくした。涼も同情でここに来たんじゃない。彼も退路を断ってきたんだ」
「のろけはいいよ」圭があきれたように言った。
「いや、涼のことをみんなに理・・・・」
「おやすみ~」話は、圭がベッドに潜り込むことで、舞子の言い訳は中断されてしまった。
同じ頃、女子寮の一つ上の階でも、招待客について話が続いていた。
ここは母子寮。桔梗学園では出産後、子供が歩くまでは「母子宿泊室」にいるが、その後、「母子寮」に移動する。越生母娘もここで暮らしている。母の甘菜は一時、外部の短期大学に進学したが、その間も五月はここで生活していた。土日には母が帰ってきたが、平日の五月の世話は、同期の仲間が見てくれていたのだ。男子寮同様に、どの部屋もベッドはダブルが用意されている、子供が潜り込んできても大丈夫なように。
甘菜が短期大学修了後は、ここで10年近く、五月は母と2人で暮らしている。
「母さん。私考えたら招待する人いないよ。母さん招待人いる?」
「短期大学時代の友達かな。後、あんたの叔母さんの香織ちゃん?」
「ここで生まれ育った子供って、外から呼べる人いないかも」
「まあ、孫の顔が見たいおばあちゃんとか招待する人がいるかも」
「え~。子供は来ないってこと?」
「今年来た紅羽さんの妹とか、琉君の妹とか」
「琉君のところって7人兄弟だっけ?」
「男3人女4人の7人兄弟って話。あんまり他の人に言っちゃ駄目よ。スタッフしか知らない個人情報だから」
「うん。瑠璃ちゃんのお姉ちゃんが3人いるってことでしょ?お姉ちゃん達って、瑠璃ちゃんに会いたいよね。1枚の招待券じゃ足りなかったかな?」
「琉君のことだから、色々なところに頼んで、かき集めるかも」
当たっています。お母さん。ただいま、琉は招待券を2枚持っていますよ。
「子供ばかりじゃなくて、色々な年代の女の人が来るかも」
甘菜お母さんは面白そうに笑った。大人は、生徒には呼びたい姉妹や外部の兄弟などいないことは分かっていた。つまり、今回の招待は、母親であるOGが、招待客を決める例が増えることも想像できていた。
「あっ。女の人って、女装してくる人もいるかな?性的少数派の人とか。どうしよう。入場制限難しくなる」
「いいんじゃない?どうでも」
「ふっ。真子学園長みたいな言い方」
「そう。問題が起こる前に行動を制限する必要はない」
「それ、九十九村長がよくいうやつ」
「問題が起こったら、『いい勉強になった』と思う」
「ん?それ、誰のセリフ?」
「今、考えた。母さんの名言」
甘菜は、五月の臑に残る傷跡を見ながら、昔を思い出していた。
「いい勉強になった」は、真子学園長が昔、言った言葉だった。
越生甘菜が、保育施設の施設長になったばかりの頃、老朽化していた小学校の床板が外れた事件があった。落ちたのはたまたま、五月で足を10針も縫う大けがをしてしまった。
泣き叫ぶ娘を前に、何もできなかった甘菜の代わりに事の対処をしたのは、真子学園長だった。
コロナ禍でなかなか医者にたどり着けず、五月の足を縫うことができたのは、事故があった2日後だった。
真子学園長は2度と同じ事故が起こってはいけないと、すぐ対策を取った。桔梗学園は園内に多くの医者を抱え込む努力をしたし、新校舎の設立でおろそかになっていた、旧小学校の改築も至急行った。コロナ禍で仕事が激減した工事業者を学園内に住まわせて、資財も学園長自らトラックを走らせて調達してきた。
事故があった1週間後には、旧小学校の床がすべて張り替えられていた。
幸い、五月の足に傷は残ったが、機能には支障がなくて済んだ。
しかし、甘菜は薫風庵に行き、泣きながら学園長に辞意を伝えた。
「今回の事故の責任を取って、桔梗学園を辞めさせてください」
学園長はその言葉を無視して、のんびり珈琲を飲んでいた。
「いや~、今回のことはいい勉強になったわ。安全に勝ることはないのね、本気になれば、1週間でできることを放置していたんだから、五月ちゃんには申し訳なかったね。
まあ、母親としては傷を見るたび嫌な気持ちになるでしょうけれど、子供の怪我に一喜一憂して、仕事辞めていたら、女の人は仕事なんかやってられないわ。
それに、新しい床に貼り替えるついでに床暖房にしておいたわ。
学園内で勤務する医者も8人ほど確保してきたの。コロナ禍で疲れている医者はいっぱいいるのね。
五月ちゃんのお陰、『禍転じて福となす』だね」
あまりの脳天気な学園長を前に、つい甘菜も突っ込んでしまった。
「それ、『福』の後にまた『禍』が来るって事ですよね」
「違うよ。『福』の時には調子に乗らず慎重に、『禍』の時は『今は勉強の時』できるチャンスだと思えってことだよ」
「学園長ってすごい」
こんな学園長が運営しているので、桔梗学園に禁止事項は少ない。
そして今回、外部に門戸を開く体育祭を行うというチャレンジに手を付けたのが、自分の娘だと言うことに、甘菜は感慨を覚えている。
「五月、明日からすることが、いっぱいあるんでしょ?早く寝なさい」
そう言いながら、甘菜は誰を呼ぶか、考えを巡らせていた。母を呼んで、五月の勇姿を見せようか、いや、ネガティブな母のことだ。「五月ちゃんこんなところに閉じ込められて可愛そう」と人目をはばからず泣くんだろうな。
あー。楽しくない。真子学園長ならどうするだろうかな。
甘菜は、真子学園長と今まで交わした会話を思い出してみた。
そうだ。真子学園長ならこう言うな。
「短い人生、やらなければならないことより、今やりたいことをやろう」
「私も、呼んで楽しい短大時代の友達を呼ぼう」
早速「タブちゃん」に親友の名前と住所を入力した。短大の保育学科で友人になった「彼」は現在、女性として保育園で勤務しているはずだった。是非、「彼女」を真子学園長に紹介しよう。
「真子学園長はどんな顔するかな?」
生徒だった時、学園長にかなりお世話になった「悪ガキ甘菜」の顔が、少し覗いた。
簡単に外部の人を呼ぶと言っても、桔梗学園の人にはなかなかハードルが高かったようですね。