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意外な助っ人

五月にとっては、ちょっと長い1日でしたが、決戦は土曜日です。

 体育祭実行委員会の翌朝は、いつも越生五月(おごせさつき)にとって最悪な朝である。委員会でやらなければならないことや、解決しなければならない問題などを突きつけられるので、頭の重い朝なのだ。

 しかし、そんな五月も仕事場では笑顔を忘れてはならない。早番の保育施設当番が待っているので、三つ編みが少しボサボサでも気にせずに走った。

「さつきたん。おはよー」と可愛い瑠璃(るり)ちゃんのあいさつで、目が覚めた。

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」今年入学してきた(りゅう)は、7人兄弟の長男なので、当たりが柔らかい。瑠璃ちゃんの世話も手慣れたもので、五月は、将来ここで働いて貰いたいと思っていたが、残念ながらドローンレース部に入ってしまったので、彼が保育士になる可能性は皆無だと思う。


「おはようございます。御礼を言うのが遅くなりました。ベビーサークル最高です。(こずえ)も気に入って、静かに一人遊びしてくれます。おかげで勉強がはかどります」

(自由時間に、何お勉強しているのよ)

「何の勉強しているの」五月の母の越生保育施設長が、五月の代わりに聞いてくれた。

「自動車免許を取ろうと思って、今学科を勉強しています」

「越生先生、聞いてくださいよ。こいつ、学科の本借りて1日ですべて覚えちゃったんですよ」

(友達自慢か?)

「舞子のプレゼン資料作ってくれって、涼に頼まれたから、勉強を早送りしただけだよ。桔梗学園のパソコンって、最新の生成AIが入っているんだぜ。本当は、晴崇(はるたか)みたいに、動くキャラクターで紹介したかったんだけど、『舞子の気が散るから』って涼に禁止されたんだ。プレゼン資料は写真と映像しかない、代わり映えのしないやつになった」柊は肩をすくめて、俺はもっとできるのにとアピールした。


「キャラクターが動くプレゼン資料って、何日でできますか?」五月が話題に割り込んだ。

「五月ちゃんがつくるの?生成AIの使い方から勉強すると、結構時間がかかるよ。じゃあ、時間ですので、梢をよろしくお願いします」

(軽くいなされてしまった)


こんなことでくじける五月ではない。彼女は昼食時に、柊を襲撃することに決めた。



 「今日はインドのお姉さんとビジネスの話をしたんだ」と相変わらず、英語カーストの上位をアピールしながら、食堂にやってきた柊に、五月が突撃した。

「すいません。一緒にお食事しませんか?」

口では偉そうなことを言っている柊だが、中学生とは言え、女性に誘われたのは初めてなので、ドギマギして周囲を見回した。仲間は、多分そんな話ではないと分かっていたので、この後、がっかりする彼を見ないため、わざと離れてくれた。

「どうぞ、私たち遠慮するから、ごゆっくり」紅羽(くれは)がにっこり笑って、離れた場所に座った。


「あの、朝の生成AIの話の続きをしたくて」五月は早速、柊の期待を裏切った。

柊も、がっかりした態度を極力隠して、話を促した。五月は相手の気持ちなど頓着せずに話を続けた。

「私、今困っているんです。今週末土曜日、体育祭の種目や、入場者の制限や禁止事項なんかについて話をしなければならないのですが・・・。委員会でもすごくもめて、話も複雑で、収拾がつかなくなるんじゃないかって・・・、だからかっこいいプレゼンの映像を作ったら、サクって終わるかなって考えて」

すでに、話の収拾がつかなくなっている。つまり、プレゼンに自信がないから、映像で流したいということのようだ。 

「話す内容の資料って見せて貰える?」

柊が、銀縁の眼鏡を光らせて、プリントアウトした紙の資料を手に取って、素早くめくりだした。

「これを何分で説明したいの?」

「先に行われる舞子さんのプレゼンの時間によるんですけれど、40分くらいで説明して、20分くらい質疑応答できればいいな・・・と思っています」

声がだんだん小さくなっていく。

「五月ちゃんは今日、これをプレゼン資料にするのにどのくらい時間を使えるの?僕は梢のお迎え時間があるけれど」

「食後3時までと、夕食後、就寝まで。梢ちゃんについては、母に頼んで預かって貰います」

「そうだな、それなら、完成まで付き合えるかな。できた映像に合わせて話す練習時間も必要だからね。作成する場所はどこ?」

「生徒会室でやりたいと思います」

「ふーん。夕飯はお握りとかにできるかな?」

「食堂の叔母ちゃんにお願いします」

スイッチが入った柊の行動は早かった。琉を手招きして、事情を話すと、2日ほど作業に没頭する旨話した。

「五月ちゃん、いい人見つけたね。柊は高校ではのらりくらりしていたけれど、中学では伝説の生徒会長って言われていたんだよ」琉がニヤニヤして、柊の肩をたたいた。

「余計なこと言わないの」柊が琉の手を、ゴミのように払った。



 柊は、昼食をかき込むと、五月に案内させて、生徒会室に向かった。生徒会のパソコンを開くと、早速、委員会の議事録を開いて、生成AIに読み込ませた。生徒会のホワイトボードに写ったプレゼンテーションソフトに、委員会で決まった種目が順番に流れた。

「それぞれに、種目を表すアニメーションを流す」

「そんなアニメーションはないです」

「今作るんだよ。生徒会か、桔梗学園のキャラクターはないの?五月のアバターでもいいけど」

柊の話についていけない五月は、少なくとも自分のアバターを使われることは避けたいと思って、首をぶんぶん振った。

「じゃあ、好きな動物。あー。あのビーグル、名前はなんて言うの?」

(ビーグル?保育施設の庭でいつも子供と遊んでくれている・・)

「ココって言います」

「じゃあ動かすキャラの名はココにしよう。スヌーピーにあんまり似ていないようにして、茶色がいいな。手足は少し長めに。首にスカーフでも巻いて、桔梗の校章を付ける。こんな感じでどうだろう」


柊は話している間に、画像生成ソフトを使って、桔梗学園のマスコットキャラ「ココ」を作成した。


「『ココ』の声は、五月の声でいい?あれ?ココって雄?じゃあ、五月の声を少し低くして中性的にしよう」

「コンニチハ」

ココが、少年のような声で画面から話しかけてきた。あんまり可愛いので、五月は柊の肩につかまってぴょんぴょん跳ねてしまった。

「可愛いですぅ」


ちらっと五月を見た柊は、また画面を見て、独り言のように言った。

「これで、五月は40分話さないで映像を見せればいいわけだ。さて、これからだ。説明するのもココだが、競技の映像もココが出場して動くようにする」

五月のわがままも聞きながら、柊は幼稚園児のココが、野菜のカードを持って、本物の野菜を探す映像を作り上げた。

五月は、魔法を見るように目をキラキラさせて、柊の肩から手を離せなくなった。

(感動しているのは嬉しいんだけれど、重いんだよね)

「ところで、この子達には順位は付けるの?」

「あー。手作りメダルをあげます。1位は金メダル。2位は銀メダル」

「3位以下は?」

「考えていません」

「じゃあ、ココの絵がついたメダルをあげたら?ココの平面のデータも作っておいてあげるから、プリントアウトして貼ってね」

(私なら、ココのメダルの方が嬉しい)


3時の授業が始まるまでに、すべての競技のアニメーション作成が終わった。

「すごいです。後は禁止事項とか入場制限だけですね。今晩は1時間もあれば、終わるかな?」

(ここからが、大変なんだけれど、説明すると長いからまた、夜に教えよう)

「じゃあ、夕飯開始時間、6時に生徒会室前に来るから、五月はお握り持ってきて。鍵はあけておいてね」

そういうと、柊はそのまま生徒会のパソコンを持って、数学を勉強するため、クラスルームに入っていってしまった。


五月は柊を、「頼りになるお兄さん」だと思い始めていた。普通はそこから恋が始まるのだが、柊の方は、困難な仕事を自分のペースで仕上げることに自己満足を覚えるタイプで、五月のことを「楽しい仕事を持ってきた人」としか思っていなかった。つくづく残念な男である。


 午後の学習時間が始まった。

「おーい、今日は合同授業をやろうぜ」(しゅう)に呼ばれて、同期6人が「MEN28」に入室した。

「今から、人助けのための数学を行います。さっき五月に呼ばれて、プレゼン資料作りを頼まれたんだが、もっと根本的なことができてないことに、実行委員会の子達が気づいていないことが発覚した。まあ、とりあえず、彼らが決めた競技を、さっき僕が作ったプレゼン資料で見てくれ。後、3週間しかないのに、このルールしか決まっていないんだ」


早送りで、映像を20分ほど見た後、桔梗北中学校で生徒会長だった紅羽が言った。

「例えば、幼児が行う『野菜探し競走』だったら、参加人数、何レーン作るか、野菜カードは何枚作るか、畑の野菜はいつ収穫して準備しておくか、メダルはいくつ作るのか等々が、未定ってこと?

カードの紙、メダルの色紙は何枚必要で、購入にいくらかかるか。学園内のもので足りるか、買うか?・・・・」

「メダルならいいが、鉢巻きとか賞品とか誰が作るのか、買うのか?も考えていない」

桔梗南中学校の生徒会長だった柊も付け加える。


「競技は午後まで続くんでしょ?招待客1人ずつでも、小学1年生以上で在校生300人強だよね。いつもより300人分多い食事の用意が必要だね。来場者は食堂に行ってもらうとして、生徒は競技後、スタンドにお握り弁当か何か運んで食べて貰うとか?」舞子が食事の心配をする。流石、実家の法事で大人数の食事を(まかな)ってきただけある。


「会場はグランド?競技を会場のどの位置でするかも決めないと。招集場所や誘導ルートも考えるべきだな」

琉が、競技運営上の更なる問題点を指摘する。。

「そもそも来場者の持ち物チェックもすべきなんじゃないか」涼も警備の問題点を挙げる。


「体育館フロアで研究発表するって話もあるんだけど。ドローンレース部のデモも準備しているんだけど」

圭の疑問に、柊が答えた。「昼食時間以降に、研究発表すると昼食時間がズレていいんじゃないか」


「3ポイントシュートゲームも昼食時間のイベントにしよう」

紅羽も小声で付け足す。あんまり目立ちたくないようだ。


それぞれの意見をまとめて、柊が「では、今、問題提起した者が計画案を練る。ホワイトボードには、各競技の招集時間、競技時間、食事時間、会場などをそれぞれ記載して、全体のタイムスケジュールを同時に作る」


役割は以下の通り

紅羽と柊 各競技の準備計画、当日運営と予算

舞子   全体の食事に関する計画と予算

涼    来場方法、安全チェック、移動計画

琉    当日の会場計画、移動方法、招集計画

圭    研究発表の会場設計、担当者との打合せ内容


 1時間後、それぞれの担当の計画説明と、他の担当との内容をすりあわせられるところまできた。

そして、総合的な予算計画も組み上がった。

「予算は、各競技の賞品や、外来者の飛び入り参加の分も含めて、幅を持たせよう」

という柊の言葉に、圭が「飛び入り参加やめたら?」というと、紅羽が「うちの妹を3ポイントシュートゲームに出場させる案もなしになるかな?」と答える。


「まあ、ガチガチに決めると、委員会の子達も困るから、後は鞠斗(まりと)財務省との交渉だ。交渉は、彼らにやらせよう。当日は、涼が来場門で、琉が招集門で、僕が本部でバックアップに入ればいいんじゃないかな。後、琉は瑠璃ちゃんの競技もあるから招集にしたけど、涼も入場者が収まったら中に来て、招集に携わって欲しい」


紅羽が「私たちは?」と不満の声を上げる。

「健康と安全を考えて、場所を固定させてないだけだよ。ずっと立っていると、辛いよ。

そもそも、圭は午後からの準備で忙しいだろうし、舞子は食事関係で走り回るかも知れない。紅羽は競技に出るじゃないか」

思いやりからの言葉なのだが、なんとなく釈然としない紅羽であった。

そうこうしているうちに、たった3時間で、体育祭の準備と運営計画、予算立てなどができてしまった。

 


 夜、6時過ぎに2人分のお握りを持って、五月が生徒会室に行くと、人が話し合う声が聞こえた。

「すごいですね。これを俺が操作すればいいんですね」

「まあ、緊急事態があった時に止めたりすればいいだけで、基本の仕事は、最初のスタートボタンを押すだけかな?後は質疑応答の時、該当の場所を画面に映せばいいよ」

生徒会室には体育祭実行副委員長、賀来人がいた。本来呼ばなければならない人だったが、なんとなくいつまでも柊と二人きりでいたかったので、グズグズしていたら、本人からやってきた。

「生徒会室に忘れ物取りにきたら、2人で面白いことやっているね?」

賀来人は、五月の心を見透かすような目で言った。

「早く飯食って来いよ。こっちはお握り用意して貰っているから、このまま、作業を先に進めているぞ」

賀来人は食べ盛りの年頃なので、慌てて食堂に駆けていった。


「これからは競技説明の後のプレゼンを作ろう。『招待客の条件』と『禁止事項』を付け加えるんだよね。

まず『招待客の条件』等を説明する前に、これからの作業スケジュールや、役割分担、予算を示す」


五月は、作業スケジュールや役割分担、予算などは、来週考えればいいと考えていたが、本来、物品の発注、作業時間などは、競技種目と来場者数が確定したらすぐ行わなければならないことであった。

「あのー。来週の委員会で作業スケジュールとか決めようと思っていました」


「それじゃ、遅くないかな?こういうの、老婆心と言うんだけれど、高校3年生で、さっきの数学の時間に、手分けして作業スケジュールとか考えてみたんだ。参考にしてくれるか」


ホワイトボードに映し出した計画表を見て、食事を終わって生徒会室に戻ってきた賀来人もびっくりしていた。


「作業スケジュールや役割分担、予算などが示されると、『いますべきこと』や『予算上できないこと』が具体的に見えるよね。これを元に、みんなを説得しないと納得して貰えないよ」


桔梗村の人を招待するという公約で、体育祭実行委員会に立候補したけれど、計画を見れば、300人を招待するだけでも、かなり難しい問題があると言うことに気がつく。今年は行った高校3年生は色々な意味で、スーパー高校生だとの噂が流れていたが、たった3時間で私たちが2ヶ月かかってできなかった計画を作ってしまった。


「まあ、まあ、計画は作っても実行するのは君たちだからね。でも、自分たちだけでしようと思わなくていいんだよ。いろんな人にヘルプを出せる人が実は強いんだ」そういって、五月のうつむいた頭をポンポンとたたいて、柊が続けた。


「プレゼンでは、まずこの計画表を最初だけゆっくり見せて、後は、早送りして、最後に予算額の合計だけ示すんだ。勿論、『計画表は学園のサイトにアップするので、後でゆっくりご覧ください』と言えば、計画表についての質問は9割方抑えられると思う。

そして、この説明の後、この『招待客の条件』や『禁止事項』を見せれば、招待客を2人以上に増やしたいなどと言う質問には、『招待客を増やすと予算がこのように膨らみます』と答えられる」


柊が、残りのプレゼン資料の映像を流した。プレゼンの最後にココを登場させ、映画の注意事項のように、淡々と「招待客の条件」と「禁止事項」を説明させた。


「最後に、僕らからの提案だが、プレゼン資料に、次の5項目を加えるとどうだろう。

1 招待客を呼べるのは、小学校1年から高校3年まで

2 招待する人がいない場合は、その権利を他の人に譲っても良い

3 本日から3日以内に各自、招待客を学園のサイトに入力すること

4 招待は体育祭実行委員から一括して行う

5 参加申込期限は招待から3日以内 」


「3日以内に招待客を決める?文句が出ないかな」


「招待客の集約は、メールの送信は賀来人、できるよね」

「勿論明日中に、サイトに招待客情報を入力するページを作っておきます」

「招待状の内容は、真子学園長に確認を取ってね。学校名の招待状だから」

了解(ラジャー)

「予算や準備計画の関係上、期限はタイトだが、今動き出さないと準備ができないことを、準備計画表を示して説明する。これで、今動かなければいけないことに目が行って、苦情が出なくなる」


柊の発言に、「お前も(わる)よのう」と賀来人が突っ込む。


「毎年行われている行事なら、準備は1ヶ月で良いが、今年初めての行事はもう少し早く始めないときついよ」

柊が俺の仕事は終わったという感じで、あくびをした。

「本当に今日はありがとうございました」五月と賀来人は深々と頭を下げた。


「明日、臨時体育祭実行委員会を開こうね。先輩方から宿題がいっぱい来たから」

賀来人は自分も同じ高校生なので、負けられないと気合いを入れ直した。




意外に男気がある人は、狼谷柊でしたね。桔梗村の中学校の2人の生徒会長が揃っていたみたいです。

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