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2人の夢

後、1回で本編は終わります。250回で、区切りがいいですね。

 8:00ちょうどに打ち上げが終わり、食堂から三々五々参加者が出ていった。中日ドラゴンズの選手と、岐阜の街に繰り出すKKGの職員がいたり、興奮して大声で歌う仙台A高校の選手がいたりしたが、広い飛騨GFの敷地にその声は吸い込まれていった。


 美丘(みおか)は、岐阜分校の野球選手に女子寮に連行されていった。今晩は、三津の部屋が空いているので、そこのベッドに夜は潜り込んだ。


 桔梗学園の子供達は、春佳の厚意で、ホテルの15階に泊れるので、三川百合や星椿、梢と一緒にスカイエレベータを上がって行った。梢は、もう椿の背中で眠っていた。


「やばい。このエレベーターって、外が見える」

はしゃぐ少年達を横目に、女子軍団は夜の恋バナに期待を膨らませていた。


「ただ泊るだけじゃなくて、部屋の家具もしっかり見てね。飛騨産の家具で統一してあるの。椅子も座り心地がいいよ」

百合は、準備に奔走した雲雀(ひばり)の受け売りを、子供達に話して悦に入っていた。


「すべて、飛騨産の家具?よくこれだけの数が揃ったね」

椿はホテルの窓を見渡した。3階から客室があるホテルは、最上階の15階まで200室を超える部屋がある。震災の前に完成したとは言え、監督の片手間に出来る仕事ではない。


百合は片目をつぶって小声で答えた。

真子(まさこ)ちゃんと美子(よしこ)ちゃんが10年計画で、家具も材木も抑えておいたからね。新潟のドームの分ももう抑えてあるよ。業者も重機も優先避難させてあるし、語術者も家族を含めて抱え込んであるからね」


「それで、真子ちゃんは、山林に囲まれた岐阜や秋田に分校作ったんだ」

「勿論。分校周辺の山林の権利をかなり買い上げていたよ。でも、その他に、高知の山林の材木もかなり島根に避難させてある」


「新潟のドームも木製にするの?」

「耐震性や津波対策は充分にして、将来的には、木製の建造物を増やすんだって。日本の森林資源を有効に使わないと、これから災害はもっと増えるから」

「そうだね。放置林が多いと水害も、山津波も起こりやすくなる。異常気象でその被害はどんどん増えるからね。先手先手に手を打っておかないと。子供達の将来のためにね」

椿は、背中で眠る梢の暖かさを感じていた。


「あれ?うちの息子達も15階を利用するの?」

自分たちより遥か後から三津と並んで歩く柊を、椿は見つけた。


「新婚じゃない。それに柊の姿が見えると、梢ちゃんがあんたと寝てくれないじゃない?だから、少し遅れて移動しているのよ」

「そうだね。こっちの仕事を引き受けたのも、梢と暮らしたいからね。それに、何時(いつ)までも柊に預けておいたら、三津ちゃんに悪いしね。でも、梢は岐阜分校に慣れてくれるかな?」

「まあ、準備期間も含めて大分こっちの保育施設にいるから、慣れたんじゃないの?」



 柊と三津が、賑やかな小学生や、自分の親から離れて歩くのは、色々な理由がある。

「早く、自分たちの部屋に入らないかな」

「いいじゃない。部屋に入ったら鍵をかけるんだし」

「まあそうだけれど、照れくさいじゃん」


「結婚式の夜にホテルに泊るのと変わりないよ」

「あっ。結婚式は何時する?」

「子供が生まれてからかな?」


 そんな話をしながら、柊と三津は、アゴラ飛騨の最上級スイートルームの鍵を開けた。

ベッドルーム2つに、ガラス張りのシャワールーム。飛騨産の家具は、どれも機能的で座り心地が良かった。窓は大きく開かれており、バルコニーを出ると、そこには雄大な飛騨の山々が見えるようになっていた。ただ、今は夜なので山の暗い影が広がっているのが見えるだけだ。しかし、静かな森から、圧倒的な虫の泣き声が聞こえている。


「もう、秋が来るんだな」

ベランダでルームウエアに着替えた柊は、三津がシャワーを浴びるのを待っていた。三津は試合後にシャワーを浴びていたので、先に柊にシャワーを譲ってくれたのだ。


柊は、ゆったりとしたソファーに身を沈めていた。手には飛騨の天然水の入ったグラスが握られていた。

髪を乾かし終わった三津も、天然水のグラスを片手に、柊の隣に腰を下ろして、暗い飛騨の山並みを見つめた。


「子供達の騒ぐ声が少し聞こえるね」

「楽しんでくれればいいさ。明日も働いて貰うから」

「梢ちゃんは、もう桔梗学園には戻らないの?」

「うん。そのまま、母さんがここで面倒見るって」

「一雄兄ちゃんが悲しむね」

「一雄は来年、次のコーチ達に上手くバトンタッチしたら、飛騨GFドームの運営に来るつもりだよ」

「へー。監督業は止めるんだ」


「いや、当分コーチはするんじゃないかな。三津は監督業に興味はないの?」

「将来の話は、もう少し後にしない?夜は短いよ」


そう言うと、三津は柊と自分のグラスを机の上に置いた。その三津を柊はお姫様抱っこして、ベッドまで運んだ。

「やっと子供が作れるね」

「柊、今日は無理だよ。選手はみんな生理をコントロールするためにピルを飲んでいるから」


柊は、ガクッと布団に頭を落とした。

「ははは・・。今までなんのために我慢していたのかな?俺」

「でもね。柊が私のためを思って、我慢していてくれたのはすごく嬉しい」


 柊は体を仰向けにして、天井を向いた。三津はその腕に頭を乗せた。

「今日、恋子内親王が来たね。柊は話をした?」

「え?ああ、いたね。別に話すこともないし。

そう言えば、三津さん。偽装結婚って話はどうなったんですか?」

三津は膨れて結婚指輪を抜こうとした。柊は慌てて手を押さえた。

「嘘だよ。最初から、偽装なんて考えていなかったでしょ?」


 ますます三津は抵抗して、指輪を抜こうとした。三津はかなり力があるので、柊は押さえ込むのに必死になってしまった。

両手を押さえて馬乗りになっても、三津はブリッジして逃げようとした。


「三津さん。そんなに暴れないでください。痛いです」


流石の暴れ馬も、「ばかぁ」と言って、静かになってしまった。




 広いバルコニーから朝日が差し込んできた。

「おはよう」

三津に、柊が天然水のグラスを渡した。

「何時から起きていたの?」

「1時間くらい前かな?三津さんの素晴らしい肉体美を観察していた」

「その、『三津さん』っていうのを止めて貰えますか?柊こそ、少しお腹がたるんでいますよ」

「お腹はね。デスクワークが多くて緩んじゃった。また、帰ったらバドミントンするよ」

「柊は帰るんだね」

「え?ああ、三津は、世界大会に向けてまた練習だね」

「うん。世界大会に出場した後、私は島根分校の大学で勉強するために、島根の野球チームの方に移動する予定」

「そうだったね。看護師になりたいんでしょ?」

三津はそれには答えず、シャワーを浴びに行った。


 三津がシャワーを浴びている間、柊は飛騨の山から昇る朝日を見つめていた。

三津はその隣に、天然水のグラスを持って、ドスンと座った。

「柊にね、最初に話しておきたいことがあるんだ」

「相談じゃなくて、決定事項なんだね」

「そうだね。もう決めたことなんだ」

「私、看護師じゃなくて、産婦人科医になろうと思うんだ」

「つまり、3年じゃなくて、6年勉強するってことだね」


三津は想定外の柊の反応に、驚いた。

「え?驚かないの?」

「梅桃の作った学校は、看護師だけじゃなくて産婦人科、小児科、助産師も養成するんだろ?医学部に入れるなら、産婦人科や小児科医でもいいと思うだろう?」

「医学部の勉強についていけるか?とか思わない?」


柊は足を組み直して、天然水をゆっくり飲み干した。

「僕はさ、勉強が出来るってだけで医学部に行くのはおかしいと思っていたんだ。医者になりたい人が医学部に行くべきだよね」

「柊も高校の時は、医学部を薦められたの?」

「桔梗高校の担任は、模擬試験の僕の志望校に、必ずT大学理科Ⅲ類を書き足していたね」

「柊に無断で?」

「どうでもいいから無視していたけれどね。琉もそうだったらしい」

「柊はでも文Ⅰに入ったよね」

「それも適当に書いたら受かっただけで、授業受け始めてすぐ面白くなくなった」


「じゃあ、留学して勉強したかったのはどんな分野?」

「起業家を養成するような学部のある大学だったんだけれど、そもそも桔梗学園でやっているのが、その実践だから、もう勉強することもないんだよね。ここでは、数千万、数億単位の金額を動かして、失敗しても何度もやり直せる。ヤバい環境なんだ」

「そうだね。巨大リゾート施設に、子育てに特化した医療法人。今度、新潟に作るスポーツ施設もうちが関わっているんでしょ?」

「街自体を作ろうと言うんだから、規模が大きい。春佳みたいな10代の子供が、そこに携わるって、考えられないよね」


「柊も、新潟に作るスポーツ施設に関わるの?」

「ああ、内装やデザインに関わるかも」

「藍深と一緒に?」

「え?焼き餅?」


そう言って、柊は三津の反応を面白そうに眺めた。しかし、三津からは期待していた反応は出なかった。


「ねえ、柊って、アートが好きなの?それか、誰かをプロデュースするのが好きなの?」

「え?考えたことなかったな。そういえば、中学校の時、芸大に行きたいって言って、親父に怒られたな。中学校の文化祭でプロジェクションマッピングして、受けたんでその勉強がしたいって思ったんだったかな」

「映像芸術がいいの?」

「でも、ストックホルムの『地下鉄巨大美術館』みたいな街にアートが溢れている世界にも興味がある」

「スウェーデン分校に行ってみたい?」

「鞠斗の代わりに?行きたいことは行きたいけれど、例えば、ノースエクスプレスの駅にだってデザインがもっとあってもいいよね」


 目を輝かす柊を、三津は眩しい目で見つめた。三津は、今回の仕事が終わった後、柊が燃え尽きるのが怖かった。


「柊が絵を描きたいの?」

「いや、アートディレクターのような仕事に興味がある。コンセプトを決めて、それをやりたい芸術家を発掘して・・・。そういえば、桔梗村にも芸術系の大学を誘致したかったんだよな」

「大学じゃなくても、芸術家村みたいなものなら作れるんじゃない?」

「どこに?」

「島根分校」

「どうして?」

「保育施設や病院に芸術があってもいいんじゃない?それに、私の側にいられるから・・・」


三津のおねだりするような視線に、柊は背中を押された。


「梅桃は、もう島根分校に帰ったかな?話をしてみたくなった」

「梅桃さんは、病院経営を柊、大学経営を舞子にやらせたかったんだから、引き受けるに当たって、条件を出せばいいんじゃない?」


「舞子は、島根で大学経営できないんじゃないか?将来は、桔梗学園の学園長って決まっているだろ?」

「でも、涼君が島根分校の大学で保育の勉強をしたいって言うなら、『一緒にいたい』って言うよ。今ある保育の専門学校は、大学にするって話じゃない。

柊も舞子も、『パートナーが大学に在学している間だけ経営する』って条件つきで、仕事を引き受けて、後は誰かにバトンタッチすればいいじゃない。

やらされてばかりいないで、自分がしたい仕事を先取りして奪いに行かないと疲れちゃうよ」


「そうか。『やりたい仕事』をすればいいんだな。三津とも一緒にいられるしな」

「そう、10年後、産婦人科でプロ野球選手の妻と、可愛い子供に囲まれて、好きなアートの仕事が出来ているといいじゃない」


 朝食の時間に、柊の今後6年間の仕事が決まってしまった。

何故か、三津に上手く丸め込まれている柊であった。

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