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台覧試合

飛騨駅って、JRの駅にはないんですよね。本文中に出てくる駅名等はすべて架空のものです。次回は2回に渡って、決勝の様子を書きます。

 恋子内親王は、「夏の全国高等学校野球選手権大会」を観戦するために、那須(なす)の御用邸からヘリコプターに乗りこんだ。天皇が観戦する試合は「天覧試合」だが、今回は恋子内親王一人での観戦なので「台覧試合」と言うことになる。

今日は恋子内親王の強い希望で、現在天皇一家が住んでいる那須の御用邸から、まっすぐ岐阜GFドームに向かわず、震災や噴火の被災地の上空を通過して、会場に向かうコースを通っている。


上空から見た日本の国土は、本当にひどい有様だった。


皇居は、今まで通り夏の樹木が青々としている。インフラ関係が復旧すれば住める状態だ。しかし、皇居を取り囲む官庁街や東京駅は未だに工事中であり、もし皇居に天皇一家が戻ったとしても、陸の中の孤島に住むことになりそうである。


そして、そこから南下したところの汐留、竹柴周辺まで、東京湾を(さかのぼ)ってきた津波に浸食され、すべての建物が破壊され尽くされていた。高層ビルは何本か倒れずに建っていたが、どれも噴火の灰を被っていた。そこは世界有数の大都市「東京」だったとは思えなかった。

 

また、西に向かい、ヘリコプターのパイロットが、少し速度を落としたところは、富士山が見下ろせる地点だった。

富士山からはもうほとんど噴煙が上がっていないが、それでも山頂の脇に大きな噴火口が空いていて、山肌を削り、日本人になじみのある富士山の形は大きく崩れていた。

恋子内親王は溢れる涙を必死に堪えた。

(今日は日本が復興する勇気を与える試合になるはずです。それも決勝には女子だけのチームが残っていると聞きました。1日素晴らしい試合を期待しましょう)

 

 ヘリコプターはそこから大きく進路を変え、飛騨駅方面に向かった。目的地「飛騨GFドーム」は、日本アルプスを越えた先にあった。

前日の台風はあっという間に大陸方面に抜け、雨に洗われた緑の中に飛騨GFドームが現われた。


「綺麗な球場ですね」

恋子内親王は、今日のお付きの宮内庁職員に語りかけた。

「はい。日本最大の木造球場で、昨年の春には完成していたのですが、暮れまで避難所として使用されていて、この大会が『こけら落し』となります。

本来は『秋田こまち球場』が使われるはずだったのですが、先日の日本海側を襲った津波の影響で、『秋田こまち球場』もその周辺の宿泊施設も使えなくなったのです」


「まあ、急に会場が変更になったのですね。皆様ご苦労なさったのでしょうね」

「そうですね。昨年の『甲子園』が中止になったので、『今年こそは』と意気込んでいた選手に、『今年も出来ない』とは、言えませんからね。高野連も頑張ったのだと思います。

本来は、中日ドラゴンズが秋からホーム球場として使うはずだったのですが、この大会のために10日も球場を譲ってくれたのです」


「では、中日新聞社様がお作りになった球場なのですか?」

「いいえ、作ったのは九十九(つくも)カンパニーで、中日ドラゴンズは、名古屋に球場を再建するまで借用するのだそうです」

(また、九十九カンパニーなんですね)



 恋子内親王は、今回の野球試合観戦について、長尾総理大臣から強い依頼が宮内庁にあったと聞いている。復興に向かって頑張っている国民に、スポーツの力で勇気を与えたい。特に、夏の全国高等学校野球選手権は、日本人すべてが観戦すると言っても過言ではない。

まして、今回は初の女子が参加できる大会であり、決勝は男子チームと女子チームとの対戦という、好カードである。現天皇も皇太子時代に1回甲子園を観戦したことがある。是非、優勝チームへお言葉も賜りたいとの、強い依頼があった。

 その期待に応えるべく恋子内親王は、GFグリーンフィールドドームに相応(ふさわ)しい、爽やかな若草色のスーツを選んできた。


 飛騨GFドームに到着した恋子内親王を迎えに出ているのは、高野連の会長と中部関西州の州知事、飛騨市長、中日ドラゴンズの会長、三川百合(みかわゆり)ともう一人、三川と同じくらいの年格好の女性だった。

それぞれの自己紹介の後、その女性が自己紹介をした。

「初めまして、星椿(ほしつばき)と申します。9月から『飛騨GFドーム』と『アゴラ飛騨』の代表となります」


恋子内親王は、星椿が狼谷柊(かみやしゅう)の母親だとすぐ気づいた。

「初めまして、もしかして、外務省におられたか星様ですか?母をご存知ですか?」


 椿はにっこりと笑った。恋子内親王と息子狼谷柊との結婚を固辞したことで、外務省を左遷させられたことはおくびにも出さなかった。

「皇后陛下は、憧れの先輩でした。外務省に勤めていた者で、皇后陛下のことを知らない人はおりません」


恋子内親王は、椿と歩きながら会話を続けた。

「母も、星様は子育てしながら外務省のお仕事をしていた、素晴らしい能力の方だったと申しておりました」

(その外務省は先日、辞めてきましたけれどね)

 

恋子内親王が貴賓室に移動した後、百合と椿は別室で、話を続けた。

「いやー。あんた、怖い顔していたよ」

「嘘―。私の美しいアルカイックスマイルにケチをつけないで」


「椿、あのまま会話を続けていたら、柊君の結婚の話までしそうだったじゃない」

「百合!私はそんな話はしません。三津ちゃんの最終試合がまだあるでしょ?うちのお嫁ちゃんに迷惑かけるじゃない」


「ところで、柊には、9月から、あんたがここの責任者になるって話をした?」

「してない。試合後にしようかと思って。まあ、試合後は、柊がこの球場に手伝いに来ることもないと思うけれど」


「そうだね。岐阜分校の3年生達に、ここを運営させるんでしょ?」

雲雀(ひばり)はそのつもりだね。後、碧羽(あおば)颯太(そうた)、それに春佳(はるか)もここで仕事させてようかと思っている」


「柊と涼は、ここで仕事はさせないの?」

「榎田涼は、男性ナニーの1号を目指しているんで、もう少しその勉強させないとね」


「柊は留学させるの?」

「それは柊と三津ちゃんが、決めることだ」


「相変わらず、子供とのコミュニケーションが下手だよね」

「あんたに言われたくないわ。(あん)ちゃん、まだ孫を抱かせてくれないんでしょ?」

「うん。あの子は私に嫌われているって思い込んでいるからね」

「うちは、そこまでじゃないよ。それにお嫁ちゃんがその辺、気を使ってくれそうだから」


「三津ちゃん、いい子だよね。可愛い上に強い!!!」

「勝てるといいね」

「勝つさ」

百合の胸には根拠のない自信が溢れていた。



 決勝は、恋子内親王の入場の後、13:00にサイレント共に、一昨年優勝の東北州代表、仙台I高校の攻撃から始まった。

決勝は、今まで甲子園球場で行われていたように、球審と外審を入れ、16:00まで3時間の試合時間が確保された。スタンドは外野側まで超満員で、いつもは空席が目立っていた岐阜分校の応援席にも、準決勝まで働き続けていた桔梗学園やKKGのスタッフが座り、お祭り気分だった。


「風太ぁ。ここから見るとグランドって広いな。俺、スキー選手()めて、将来は野球選手になるわ」

「琳君なら出来そうだね。僕は、球場で働くお店屋さんになりたいな」


二人の隣で、昨日負傷してメンバー交代した磯部凪(いそべなぎ)が苦笑していた。

(いいな。子供は何にでもなれて)


「あれ、昨日お姫様抱っこされて、退場した人だよね」

今日も応援に来ている、氷高(ひだか)に声をかけられて、苦笑いのまま凪が振り返った。


「手首は折れていた?俺、桔梗村の診療所の人間なんだけれど」

「いいえ。ひどい手首の捻挫(ねんざ)で試合には出られませんが、骨折はしていませんでした」


「えー。お姉ちゃん、昨日ダイビングキャッチしたお姉ちゃん?」

「格好よかったよね-」

子供の素直な賞賛に、凪は胸の辺りが温かくなった。


「お姉ちゃんの名前がまだメンバー表に出ているよ」

「あれは、妹の名前です。私は磯部凪、妹は(あらし)です」


「あー。だから『磯部』の名前が掲示されているんだね。もしかして、あの坊主頭の子?」

目聡(めざと)い氷高は、今までいなかった選手が入れ替えの選手だと気がついたようだ。


「そうです。妹なんですけれど、小さい頃から坊主頭なんですよね」

「なんか、強そうだね。名前も『嵐』なんだろ?」

「実際、私より打撃力はあります。でも、守備に難があって、今まで使って貰えなかったんですよ」

「そっか、お姉ちゃんには悪いけれど、妹さんにも最後にチャンスが回って来たんだね」

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