3回戦の応援団
やっと夏日がやってきました。ドームの中では、雨で試合が流れないのはいいですが、季節は感じられないですよね。かち割り氷は、売れないかな?
3回戦の対戦相手は、AIも、監督の雲雀も予想が出来なかった学校だった。北海道を3番手で上がってきた学校が東北No1の学校を破るとは、野球の専門家でも予想できなかっただろう。ただ、北海道分校からは、どの子もガタイがよく、足が速いとの情報が入ってきていた。そして、何点差がついても諦めずにヒットを重ねて、気がついたら追いつかれていた、そんな試合ばかりだったらしい。
雲雀は、キャッチャーをマリーネに変えた。ホーム周辺でのクロスプレイでは、三津が弾き飛ばされる可能性があるからだ。内野には男子顔負けの大型投手陣を据えた。内野への打球は硬い芝では、かなり早く走って来る。投手として、近い球の処理を練習してきた経験が生きると考えたのだ。
三津と明日華は、代打要員としてベンチに下げられた。
A大学付属高校のピッチャーには、数名都内から避難していった有名選手も含まれていた。それが、監督の采配で上手くかみ合っていたのだ。
3回戦前日の朝、ミーティングで、雲雀はいつものように自分の予想とスターティングメンバーの発表をした。しかし、それでメンバーが決定した訳ではない。選手の意見を取り入れて、変更することもあるのだ。
まず、マリーネから異議の申し出があった。
「私は、サイドスローを受けるのが、苦手。多分、何本か後逸してしまうので、キャッチャーは三津がいい」
「じゃあ、マリーネはどこのポジションに変わりたいの?」
雲雀の問いにマリーネは、少し考えて答えた。
「代打」
そこへ、佐曽利が手を挙げた。
「私がキャッチャーやるよ。やっぱり、三津がキャッチャーじゃ少し怖い」
「じゃあ、佐曽利のいるショートには誰が入る?」
3人が手を挙げて名乗りを上げた。
強豪校からやってきた俊足の騎西、ショートが専門の神田、打撃に光るものがある磯部。いずれも本大会で出番がまだない選手だ。
「午前練習を見て、みんなに投票して貰おうか」
雲雀はいつものやり方で、選手を決める。三津は、自分の小さな体が恨めしかった。しかし、自分を心配してくれるチームメイトの気持ちも有り難かったので、今回はその気持ちを飲み込んだ。
結局、堅実な守りを評価され、神田がスタメンに起用された。
雲雀は、選手達の納得感が一番パフォーマンスに影響することを知っているので、自信を持ってこのメンバーに決めた。
大会6日目。3回戦の4試合が行われる。3回戦まで進んだということで、A大学付属高校のスタンドは、すべて埋まっていた。やはり混成チームより1校で出ているチームの方がOBからの寄付も潤沢で、応援団にも気合いが入っている。
一方、岐阜分校は土曜日の試合ということもあり、分校周辺の市民が応援に駆けつけたため、以前よりも観客席が埋まっているが、特別にブラスバンドがいる訳でもチアガールがいる訳でもない。
いつもの通りの静かな応援かと思ったが、今回は私設応援団が設立されたらしい。
応援団長は須山猪熊。野球ファンの猪熊は、応援のない野球観戦が我慢できなかったらしく、中日ドラゴンズの応援団の人に自主的に指導を受けに行ったらしい。
突然岐阜分校の応援団の前に、鉢巻に法被姿でネット側にハンドマイクを持って立った。富山分校の野球部も、徹夜で応援練習をしたらしい。
佐藤颯太が大太鼓の前でバチを持って構えている。楽器はこれ一つだ。
山田一雄が応援に来たすべての人に、桔梗色のタオルを配っている。応援用のタオルは、以前から開発されていたものなのだが、桔梗バンドと連動したある仕掛けが組み込まれていた。
今回も応援に来た牛腸兄弟が、初めて来た妹たちに解説をしている。
「前回まで、こんな応援なかったんだよ」
「このタオル貰えるのかな?」
一雄が声を聞きつけて答えた。
「次回も使いますので、毎回回収します。このマフラータオルはこうやって使います」
タオルを横に広げると、裏の白い部分に文字が浮かんだ。
「うわー、すごい」
「応援の言葉が書かれていますので、大声で読んでくださいね」
「それから、二つ折りにして回すとこうなります」
一斉に回されたマフラーから、風切り音が聞こえてきた。それがいつの間にか、曲に変換されている。
「曲は、場面に合わせて変わります。皆さんは、合図に従って、タオルを一生懸命回してください」
3回戦は、6回まで塁に出てはつぶし合う我慢の展開だった。最初に動いたのは岐阜分校だった。3塁まで走者が進んだ時、マリーネを代打に出した。しかし、A大学付属高校はマリーネを申告敬遠した。これで2アウト走者1,3塁になるが、なりふり構ってはいられない。
岐阜分校スタンドからは、皮肉たっぷりにピンクレディーの『サウスポー』が流された。次の歌詞ではスタンドから、それに合わせて歌まで聞こえてきた。
男ならここで逃げの一手だけど
女にはそんなことは出来はしない
1塁にはマリーネの代わりに、足の速い騎西が代走に入った。そして、次の打席には磯部が起用された。意欲のあるものはどんどんチャンスが与えるのが、雲雀の流儀だ。
騎西が盗塁を狙い、ピッチャーを揺さぶる中、A大学付属高校のピッチャーが、たった1球だけ甘い球を投げてしまった。勿論、磯部はそれをバックスタンドにたたき込み、岐阜分校は3点を手に入れた。まだ、2アウトなので、岐阜分校の応援が盛り上がる。
「そーらーをこーえてー、ラララ星の彼方ぁー」
ブラスバンドもないのに大音量の「鉄腕アトムの主題歌」が岐阜分校のスタンドから流れて来る。
次は、ホームランバッター佐曽利虹華の打席だ。
虹華はバットで、「自分があそこに打ち込む」というかのようにバックスクリーンを指した。
A大学付属高校のピッチャーは、胸にグラブを当てて、深呼吸をして、バックを守る仲間に、「後アウト1つ」と指を立てた。
1球目は今回大会最速のストレート。虹華はアウトになったストレートをしっかり見切った。
2球目も同スピードのストレートで、虹華はそれに手を出したが、残念なことにファウルになってしまった。1ー1のカウントになった。
ストレートの後こそチェンジアップの効果がある。しかし、緊張するこの場面では、それを投げる勇気のある投手はなかなかいないが、3回戦まで進むにはそれなりの勇気があるのだ。A大学付属高校のバッテリーは、1球目から3球目のチェンジアップを決めていた。
三津はそれを見抜いて、ベンチから虹華に「チェンジアップが来る」というサインを送る。
見抜かれたチェンジアップは、虹を描くようにバックスクリーンに運ばれた。スタンドは、ピッチャーをあざ笑うように山本リンダの「狙いうち」の曲を奏で、虹華は腰を振りながら「うーらら、うーらら」と、ゆっくりスタンドを一周した。
岐阜分校のスタンドは続けて、「もう1本」コールを始めた。
続くバッターはアン・ミナだ。ブラウンのウェーブヘアーは、ドームのライトにかがやき、バットを持つグラブの下から覗く十本の指には、綺麗にマニキュアが塗られている。勿論、パワーアップ効果抜群のマニキュアなのだが、坊主頭の高校生からしたら、チャラチャラした女に見下されたと感じさせるのに充分だった。試合時間はあと少ししかないと言うことも考え、アン・ミナはもったいぶってバッターボックスに入って、3塁打を放った。
その後もヒットは量産され、アウト一つは気が遠くなるほど長い道のりに思えた。
そして、6回裏の岐阜分校の攻撃が終わった時、無情にも試合時間2時間が過ぎてしまった。
岐阜分校の応援席は立ち上がって、みんなで肩を組んで、「アトムの主題歌」を歌いながら、選手を称えた。桔梗学園には校歌がないので、「アトムの主題歌」を歌っているのだが、誰もそこには気にしていないようだった。お祭り騒ぎに興じた人々は、次も応援に来たいと思った。
準決勝は明日1日の休養日を挟んで、明後日に行われ、決勝はその翌日の午後に行われる。
明日は大会の休養日で、その空いた球場を利用した「中日ドラゴンズのファン感謝デー」だ。
感謝デーの運営はすべて、球団側にお任せだが、球場を貸しだしているスタッフの柊と榎田兄妹、それにドラゴンズとの窓口碧羽には、休日はないのだ。