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桔梗学園子育て記  作者: 八嶋緋色


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嵐の2回戦

「柊と綾香の俳優デビュー」2025/1/9アップで、二人はTV出演していました。

 岐阜分校の2回戦の相手は、想定どおり九州の強豪K学院だった。

大会も3日目になると、どのチームも球場の特徴を把握し始めた。ホームランが量産できる球場ではないので、塁に出た選手を如何(いか)に効率よく得点につなげるかが、勝利の分かれ目だった。

 K学院の先発は左の速球派だった。コントロールも抜群で、内角の深いところにテンポ良く球を投げてくる。1回戦はこの投手の出来が良く、ほとんど相手チームを塁に出さずに勝利を決めた。


 岐阜分校の野球部監督、雲雀(ひばり)の頭には、1回戦に快勝したチームだからこそ、落とし穴があると考えている。それは、球場の人工芝に慣れていないということだ。天然芝よりもイレギュラーバウンドがなくて良いというが、新しい人工芝は兎に角(とにかく)固く、打球が走る。

 

 1回の表は、岐阜分校の攻撃だ。先頭バッターの三津は、しぶとくファウルを重ねる。K学院のピッチャーはだんだん苛ついて、遂に三津の脇腹にボールを当ててしまった。三津は自分に向かうボールをしっかり見つめて、()けようともせず、ファウルを貰う。球が当たった瞬間、三津が倒れる。


K学院のピッチャーが帽子を取って頭を下げたが、小さな声で呟くのをカメラが捉えた。

「球が来たのに避けないなんて、運動神経が鈍いんじゃないか?」


 AI審判が、電子音声で尋ねる。「代走を立てますか?自分で塁に向かいますか?」

三津は「自分で走ります」と苦しげに答えて、脇腹に手を当てて塁に出た。


 2番目のバッターは、岐阜分校のピッチャー早津貴理子(はやつきりこ)だったが、早い段階でまた()き腕にボールが当たった。冷静さを失ったピッチャーの暴投だった。貴理子は腕を抱えてゆっくりと1塁に進み、三津は2塁に進んだ。


「貴理子ちゃん、大丈夫?」

「三津ちゃんこそ脇腹じゃ痛かったでしょ?」

「貴理子ちゃんは、利き腕じゃない?投げられる?」

「まあ、ノーコンピッチャーよりましな球は投げられるよ」


 1,2塁に進んだ二人の声は風に乗って、ピッチャーの耳に届いた。3番手のバッターがフォアボールで満塁になったのは、その声のせいかどうかは分からなかった。

ただ1回の表なのに、K学院の次のピッチャーが監督に呼ばれているのが、先頭ピッチャーの視界に入った。


そして、4番手の佐曽利虹華(さそりにじか)は打席に入る時に、にやっと笑って自分の腕を触って、ピッチャーに「当ててみろよ」と挑発をした。

当然、K学院のピッチャーは、内角に投げられるはずもなく、球速も不十分なボールを投げてしまった。


虹華の打球は、ホームランとなり、デッドボールで出塁した二人を含め、4人がゆっくり歩いて、ホームベースに戻ってきた。K学院のピッチャーが交代したのは、そのすぐ後で、投球練習もほとんど出来なかった2番手のピッチャーの投球も散々だった。


 長い1回の表に7点を取った岐阜分校が、1回の裏の守備についた時は、K学院のテンションはひどく落ちてしまっていた。しかし、流石に九州の伝統校、力強い応援が選手の背中を押した。


 1番バッターは、九州の「怪物」と呼ばれた選手である。貴理子はデッドボールを受けた腕をさすりながら、マウンドに上がった。育休のため、予選に出ていなかったので、どの学校にも貴理子のデータはなかった。1児の母とは思えないスレンダーな長身の貴理子は、ゆったりとしたフォームで投球を開始した。得意な球種はスライダーとスイーパー。三津がキャッチャーなので、多少曲がり方が変わってもしっかりキャッチして貰える。


貴理子は、ホームランを狙う「怪物」を難なく3球で切って取った。早い回で1点返さねばとの焦りもあった。

続く2番バッターはやっと球に当てることが出来たが、貴理子に軽くさばかれた。3番バッターの打球も、今日はショートにいる虹華に軽くさばかれてしまった。


 2回の表は、投球練習がしっかり出来た状態のK学院の右腕投手からのスタートだ。気持ちの切り替えも出来たようで、コントロールも確かで、多彩な変化球を投げることも出来る。

岐阜分校の打順は1番の三津からスタートだ。

三津は1球目の外角に逃げるアウトボールをしっかり見極めた。

そしてキャッチャーに聞こえるように「左バッターにはまず、シンカーからね」と呟く。AI審判なので、聞こえよがしなバッターの声に注意が来ることがない。


「2球目はスライーダーかな?当り!」

キャッチャーは自分の要求通りの球を予告して、踏み込んで2塁打にしてしまった三津の背を、不気味なものを見るような目で追った。


 いくら変化球が得意でも、バッテリーには慣れた配球というものがある。キャッチャーは、2塁にいる三津にサインを見られているのかと疑心暗鬼になってしまった。ピッチャーもいつもと違うキャッチャーのサインに、首をかしげながら投げると、すっぽ抜けの球が増えてしまう。例えどんな強豪でも、高校生なのだ。

三津の盗塁で、リズムを崩されたピッチャーは暴投をしてしまい、その間に走者が3塁1塁になってしまった。


 3番手はアン・ミナで、1回ではフォアボールで打球を見せることが出来なかったが、1球目からピッチャー強襲の強烈な打撃を返した。ピッチャーはうっかり右手を出してしまい、人差し指を骨折してしまった。

K学院は自慢の2枚看板を失い、2時間後には12対3の大きな点差で敗退してしまった。


今日も、岐阜分校は試合後、三々五々(さんさんごご)、寮に戻った。あるものは私服に着替え、そのまま家族と夕飯に出かけ、あるものはジャージに着替えてランニングをしながら寮に帰っていた。チームで行動することしかイメージしていない取材陣は、2回戦目の取材も満足に出来なかった。



 一方観客席では、1回戦に続き牛腸(ごちょう)兄弟が応援に来ていた。2回戦になると、応援団も少しずつ増えてきて、前回観戦に来なかった人達もやってきていた。準備の目処(めど)がついた診療所の仲間も連れだってやってきた。


氷高(ひだか)君、1回戦の先頭バッターの子、その後も試合に出てきていたけれど、あれ絶対に肋骨折れたはずだったよね」

「相馬さんもそう思いましたよね。水月(みづき)さんはどう思いました?俺も軽くてもヒビは入っていると思ったんだよね。1回はゆっくり塁を歩いたけれど、2回は2塁打打った上に盗塁もしたよね」

「えー?普通折れたら、息をするのも苦しいから、2塁に打つなんて無理なんだけれど」


牛腸兄弟は、診療所の4人組のちょうど後ろに陣取っていた。

東雲(しののめ)先輩ですよね」

牛腸恒久(こうく)に後ろから話しかけられた東雲水月は、笑顔のまま振り返り、慌てていつもの仏頂面(ぶっちょうづら)に戻したが、手遅れだった。

「東雲先輩って笑うんですね。一緒にいらっしゃる皆さんは、ドクターですか?」


人見知りしない氷高が、すぐ打ち解けた。

「俺はドクターって言ってもひよこかな?こちらのお二人は歯科が専門です」

紹介されて、相馬(そうま)歯科医と石渡(いしわたり)歯科衛生士がこくんと会釈した。


「俺は、T大学の医学部で、牛腸恒久と言います。東雲先輩の後輩です」

(後輩じゃないし)

東雲水月には2週間指導教官をして貰っただけだったが、どこでも爪弾(つまはじ)きだった恒久は、普通に指導してくれた水月に親近感を抱いていた。


「あっ、狼谷柊(かみやしゅう)がいた。柊――」

氷高に手を振られて、次の仕事に行こうと観客席から離れようとしていた柊が、面倒くさそうにやってきた。

「柊君、最近、先頭バッターの子と結婚したんだよね」

「うん。まあ」

「脇腹にボールが当たって、大丈夫だって?」

「いや?連絡は取り合ってないから、よく分からないけれど、2回戦を見ると大丈夫なんじゃない?」


 柊は、選手達がユニホームの下に、ボールやバッドが当たっても大丈夫な薄型プロテクターをつけていることを知っている。熊に襲われても大丈夫だった装具を軽量化したものだ。桔梗色のユニホームは、体や下着の線以外のものも隠してくれる優れものなのだ。


 平然と答えて、元に戻ろうとする柊の前に、ずいっとマイクが突き出された。

「狼谷柊君。お久しぶりです。インタビューいいですか?」

マイクを持つ女性は、NHKアナウンサー塩澤綾香(しおざわあやか)だった。細身の体にタイトなスカートを着こなし、ウエーブした髪をルーズにまとめて、今日の化粧は以前より濃かった。


「皆さんは、桔梗学園の方ですか?」

綾香に話を振られて、水月はこれ以上ないと言うほど不機嫌な顔をして答えた。水月は、あざとい女性が大嫌いだったのだ。

「いいえ、桔梗村の住民です」


水月が答えている間に、柊は脱出を試みようとしたが、綾香がそれより早く柊の腕を(つか)んだ。

「嫌だぁ。TVドラマで夫婦役をした仲じゃないですか。岐阜分校の選手って、会議室に来てインタビューを受けてくれないんですよ。私達も困っているんです。協力してくださいよぉ」

「柊君、俳優もしているの?」

氷高に構われて、柊はますます不機嫌になった。

「政府の広報番組の仕事に行ったら、無理矢理引きずり出された」


「柊君って、子供の世話が上手なんですもの。若いお父さんの役に適任だわ。奥様との間にお子さんは?」

「男子と野球しているんだから、妊娠している訳ないでしょ?」

「えー?桔梗学園って、妊娠しててもスポーツできる技術があるんでしょ?」

「NHKアナウンサーともあろう人が、根拠のない話を広げるんですか?」

「あー。怒らないで、噂で聞いただけだから」

「だから、それを『根拠がない』って言うんですよ。僕はこの後、仕事があるんで、この腕を離してください」


「あー。最後に!柊君って恋子内親王のお相手候補だったじゃない?それが嫌で偽装結婚したって噂があるんだけれど、本当?」

柊は、腕を振り払って、綾香を(にら)みつけた。

氷高も怒りで立ち上がった。そこへ冷静な水月の声がした。


「ねえ、『元』NHKアナウンサーの塩澤綾香さん。あなた、先月NHKを退社して、フリーになったのよね。SNSを検索したら出てきたけれど。と言うことは、NHKの社員証を不正使用して、球場に入ってきたの?」


水月は、スマホで「現在」フリーアナウンサーの塩澤綾香の動画を取りながら、問い詰めた。


「東雲先生ありがとうございます。至急、警備を呼びます。あー。スクリーンに警告表示を出しておきました」


球場のスクリーンには、「元NHKアナウンサー塩澤綾香が、NHKの社員証を不正利用して球場内に侵入。発見した人は運営本部・電話番号****に一報ください」と大きく表示された。

父親の不倫報道などで、マスコミ嫌いの水月と氷高は溜飲(りゅういん)を下げた。


急いで観客席を離れていく綾香の後ろ姿を、柊は苦々しい顔で見つめた。

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