もう一つの戦い
順番としては、この話が、238話の前に来た方が良かったですね。行き当たりばったりですいません。
大会まであと1週間となったところで、最終打合せが、アゴラ飛騨の大体育館で行われた。桔梗学園からのスタッフ、分校からの応援スタッフ、高野連の役員、中日ドラゴンズの広報担当者、報道関係者、旅行会社、JR関係者、食堂売店オーナーなどすべての関係者が集まった。
打合せに先だって、高等学校野球連盟の会長から挨拶があった。
「昨年、南海トラフ大地震に続く天災のため、甲子園球場が使用不能になり、高野連においては当初、『秋田こまち球場』を大会会場に予定しておりました。しかし、先日の日本海側を襲った地震と津波によって、球場と周辺の宿泊施設に大きな被害が出ました。今年も夏の大会が開催できないかと・・・・・」
三川は、高野連会長の話の長さに辟易していた。どうもこの後「甲子園球場」の歴史について語るつもりであるようだ。予定時間の10分はとうに過ぎている。三川は、賀来人に、会長背後のスクリーンを下げるように手で合図をした。
会長の話の途中に下りてきたスクリーンに、会場がざわつき始め、会長も話が長かったことに気がついたようだ。
「まあ、そういうことで、私の持ち時間も大分過ぎたようです。次は今回の大会運営総括責任者三川百合さんから、今回の運営について話があります。三川百合さんは・・・」
三川百合という人物の説明について、話し始めようとする会長の横に、三川はすっと立った。
「私の説明は結構です。挨拶ありがとうございました」
そう言うと、三川はスクリーンの前から会長を追い出し、自分もスクリーン脇の椅子に移動した。
ここで最年長の、といっても40歳にはなっていないのだが、三川百合が挨拶をしなければならないのが辛いところである。女性より男性が、若者より年長者が優先される野球界へのデビュー戦なので、「KKG責任者」兼「飛騨GFドーム大会運営総括責任者」という肩書きの百合が、先に話し始めた。
「皆さん。この会場は、男子選手の宿泊場所として提供する大体育館です。皆さんがお座りの簡易ベッドは、先日まで避難者の方が使っていたものです。今回の宿泊でも使用するつもりです」
会場に集められた面々は、何故自分たちはベッドに座らせられているのか、不思議だったが、その理由が分かった。そもそも、簡易ベッドを片付けた後、椅子を並べて、会議後、再び簡易ベッドを並べるなどという非効率なことはしないという意志表示なのだ。
「では、早速スクリーンをご覧下さい。大会当日の時間系列を追ったシミュレーション映像を見ながら、各部署で問題点を洗い出しましょう。最初は、選手の動きです」
そこまで説明した百合はさっさと椅子に座ってしまった。
スクリーンの映像は、1回戦1試合目のR学園が学校を出発するところから始まった。
関西にある本校が津波で流されてしまったR学園は、現在、福井県にある分校に集団移転している。野球部もそこで練習に励んできた。
そのR学園は福井にある分校から、バス3台で前日夕方出発して、2時間半かけて「アゴラ飛騨」までやってきて、大体育館で1泊して第1試合に臨む。そこまでの映像がコンパクトに流れた。
映像の後、宿泊担当の榎田春佳が立ち上がった。春佳は、義姉の舞子に見繕って貰ったパンツスーツで、スクリーン脇のマイクを握った。会場の人々は、高卒の若い事務員が説明を始めたのか?と思い込んでしまった。本当は高校3年生なのだが。
「宿泊担当の榎田春佳です。R学園の選手が乗ったバスは、9時に体育館到着予定です。夕飯は弁当持参。入浴は体育館併設の温泉を開放。朝食は『アゴラ飛騨』の中央レストランに弁当を注文済み。朝、6:30に球場開館。朝食はスタンドで食べて貰います。弁当容器は所定の場所に一括返却」
ここまでの流れを、春佳はよどみなく説明した。マイクの前には、スクリーンの映像と解説原稿が映ったスピーチプロンプターがあるにはあるが、春佳がそれを見ることはほとんどなかった。
「すいません。観客は何時に入るのですか?」
中日新聞の記者の質問を、春佳は一言で止めて説明を続けた。
「選手の動きの説明が終わったら話します。選手は7:45に入場通路整列。8:00入場。選手宣誓後、試合開始。試合は10:00までの2時間。2試合目の学校とすれ違わないように、Bゲートから退出。大体育館の清掃後荷物搬出。女子マネージャーは中体育館から荷物搬出。選手用バスは、11:30にアゴラ飛騨から出発します」
朝日新聞の記者が挙手をした。
「選手への囲み取材は、どこで行いますか?」
想定内の質問だった。賀来人が準備しておいた映像をスクリーンに映し出した。
Bゲートから、囲み取材用に用意しておいた会議室へのルート映像だ。
「場所は映像の通りです。中日新聞さん、朝日新聞さん、NHKさんで取材時間は10:20~10:40を予定しています」
「えー。足りないな。試合後、選手ってすぐ球場から出てこないでしょ?」
「10:30には、2試合目が始まります」
涼しい顔の春佳に、子供に言い聞かせるように新聞記者は話しかけた。
「試合後、土を持ち帰ったり、応援団に挨拶したり、いろいろあるじゃない?」
「この球場は、すべて人工芝なので土は持ち帰れません。応援団への挨拶は20分もあれば終わりますよね。ここまでで、他に質問がある方、いらっしゃいますか?」
新聞記者は不満そうな顔をしたが、春佳は次の質問者を指名した。
次は球場内の売店関係者だった。
「球場内での食品提供や物販は、何時から始めますか?」
「準備は6:00からで結構ですが、販売自体は8:00からでお願いします。容器回収に協力いただける中日ドラゴンズさんについては、高木が説明いたします」
その後の説明を、碧羽がつないだ。碧羽が立ち上がると、「バスケの高木碧羽だ」とひそひそ声が上がった。碧羽もお腹が目立たないようなすっきりしたスーツを着こなしていた。
「8:30から17:00まで、交代で1軍選手に来ていただけるそうです。アゴラ飛騨の駐車場にも、球団関係者の方が来てくださり、誘導や案内の協力がいただけるそうです」
「有り難いです。駐車場の誘導ロボットへのいたずらなどの監視と、エンジン停止、禁煙などの呼びかけをお願いします」
春佳から想定外の言葉が出るたびに、会場はざわつく。
不満を言っていても会議は進んで行ってしまうので、旅行会社の担当者が大きな声を上げた。
「この炎天下、バスのエンジンを止めたら、車内が暑くなります」
「大丈夫です。駐車場入り口で、KKGから車内用クーラーを貸し出します」
賀来人が、車内用クーラーの映像を映し出した。
「1回の充電で、1日涼しく保てます。避難所でも使用してきました。排気ガスで飛騨の自然を傷つけたくないので、今回は無償でレンタルします。また、駐車場近くに、ドライバーさん用の休憩所も用意しました。試合の映像が流れる、畳敷きの休憩所です。仮眠も出来ますし、軽食も食べられます」
「あの?岐阜分校さんはどこに泊るのですか?」
NHKのディレクターが尋ねた。1回戦の大きな目玉は、女子のみの岐阜分校だ。どの報道機関も、岐阜分校の動きを把握し、より良い映像が撮りたいのだ。
「岐阜分校は、学校が近いので日帰りです」
「歩いてくるのですか?」
「朝食も学校で食べてくるようなので、腹ごなしに走ってくるかも知れません」
(本当はドローンで乗り付けるのだけれど)
このように1日目試合を行うすべての学校の動きを、シミュレーションした。バスで来る学校、JRを乗り継いでくる学校、岐阜市内のホテルを取る学校など、様々だったが、監督、選手、マネージャー合わせて、30名程度なので、大きな問題はなかった。問題は、役員、観客、「その他」だった。
春佳の説明は2時間近く続いた。そこでいったん休憩時間に入った。次に説明する涼は、春佳に「いつでも通信できるようにしていたら、飯食いに行ってもいいよ」と囁いた。
休憩後は、榎田涼が応援団や観客の動線についての説明を始めた。
「観客については、私から説明します。1試合目のR学園の他2台のバスも、アゴラ飛騨に前夜から駐車しますが、応援生徒や保護者などは、駐車場から徒歩30分の飛騨駅前のホテルに宿泊します。朝、バスに置いてある楽器などを持ちだし、7:45に入場。8:00試合開始」
旅行会社の担当者が頭を捻った。
「15分で応援団などの着席が完成しますか?もっと早く入場させて下さい」
涼は少し首をかしげた。
「会場図はHPで公開してありますので、席を指定にして、事前に着席順に誘導してくれば、着席できませんか?今回、球場の準備をしてくれているスタッフには小学4年生もいますが、労働時間に制限があります。それでも7:30には球場で働き出しているんで、その辺りを考慮して下さい」
「小学生なんて使わずに、もっと大人を使えばいいじゃないか」
「野球場もホテルも開業前なので、まだ、従業員やアルバイトを雇っていません。そこで、現在は桔梗学園の児童や生徒、それにKKGの社員を使って準備しています。
皆さんが座っている簡易ベッドのシーツ等も、選手につけ外しはお願いしますが、外した後のシーツは小学生が洗って、畳むのです。
また、役員の皆さんに提供するホテルのリネン類も小学生がすべてセットをします。
(まあ、洗って畳むのは機械だけれども・・・)」
会場から「小学生のそんな仕事をさせるのか?桔梗学園って虐待をしているんじゃないか」との声が上がる。
突然、大体育館の入り口が開き、リネンを運搬したカートが入ってきた。
「琳君、会議中だよぉ」
「お昼休憩に間に合わないんだから、しょうがないんだろう?おーい。涼君、入っていいよね」
涼が大きく腕で○を作った。
(ちょうど良かった)
折良く、リネンのセッティング担当の琳と風太の仲良しコンビが入ってきた。
作業は、体育館の脇の棚に、順番にリネンの袋をセットするというものだ。大会前日宿泊するR学園の分だけでなく、1日目の夜、宿泊する4校分120組のリネンもセットする。
R学園30人分の枕カバー、シーツ、夏掛けの袋だけでも、とても小学生が運べるような量ではないし、棚まで人力で持ち上げるのも、重労働だ。
しかし、大量のリネンを運搬している自動運転のカートは、あらかじめプログラムされた棚に袋を静かに運んでくれるので、2人はそのカートの上で、棚の上の表示に間違いがないかどうか確認するだけだ。
「風太。女子の分は、中体育館に運ぶんだよね?」
「うん。女子はマネージャーだけだから量が少ないよ。もう、琥珀達が3日分のリネンを全部、中体育館に置いたみたい」
「男子も、3日分置いておけばいいのに」
「琳、シーツが何枚あると思っているの?毎日洗わないと数が足りないよ」
「えー?ホテルの方のリネンは、10日間敷きっぱなしだろう?」
「同じ人が使うからいいんじゃない?嫌なら、部屋の中の洗濯乾燥機で洗えばいいんだから」
「そうだな。大人だから、シーツを外して洗って、また、セットぐらいできるよ」
「でもね。さっき大体育館の男子トイレに行ったら、スリッパぐちゃぐちゃだったから、出来ない人もいるかも」
休憩時間の大人の行動が、スリッパに表れたようだ。
「まあ、その時は10日間同じシーツで我慢すればいいと思うよ」
「アゴラ飛騨」のホテルの部屋には、10分で洗濯乾燥が終わる洗濯乾燥機がセットしてある。
今回、朝リネン類を放り込めば、夕方までに洗濯乾燥が終わる最新式洗濯乾燥機が、各階にセットされた。使い方の説明も、タッチパネルにすべて表示されているのだが、風太の予想通り、初めての機械にチャレンジした役員はいなかった。
風太と琳のコンビが仕事が終わって退場した後、涼は再び説明を始めた。
「さて、少し賑やかでしたが、ちょうど小学生の仕事の様子を見ていただいたので、説明は省けたと思います。また、18歳未満の子達は、1時間働いたら15分休めるように配慮してあります」
涼は続けて、観客の入れ替えの話をした。
「各試合で異なる指定席入場券になりますので、応援する試合が終わったら、観客を入れ替えます」
旅行会社の担当が、恐る恐る手を挙げた。
「少し、球場の滞在時間が短いのですが、買い物したり、球場を見て回ったりする時間を作っていただくことは出来ませんか?」
中日ドラゴンズの広報も、「うちからも球場滞在時間の延長をお願いしたいです」の声が上がった。
新しい球場の宣伝は、KKGに取っても重要案件だ。折角足を運んでくれた人が、球場の様子をSNSにアップしてくれれば、今後の集客に繋がる。
「どのくらい滞在時間を延長したらいいですか?」
「30分、いや、1時間はお願いしたいです」
涼は、脇で座っていた柊に「いけそう?」と尋ねた。柊は、すぐさまタブレットを操作し始めた。
柊は、1時間時間が延びた場合の動線や混雑具合をシミュレーションして、駐車場の出入りや、入り口の混雑具合を担当者に確認した。
最初に確認したのは、ゲートによるセキュリティ担当四十物李都だ。
「|李都?聞いている。観客滞在時間を1時間延長すると、入場ゲートの混雑はどうなる?」
「はい。聞こえているよ。試合後の客が入れる店を外野側に限定して、出口を入り口と完全に変えるといいかもね。ただ、駐車場まで歩く距離が長くなる」
次にKKGにまだ滞在している。古田円を起こす。円は駐車場から球場までの動く歩道の建設担当責任者だ。急に大会がねじ込まれたので、連日会場で奮闘していたが、今日は久し振りの休日で、寮で泥のように眠っているはずだ。
「KKG、古田円さん聞いていますか?」
「はい。起きています」
「球場のGゲートから駐車場までの動く歩道って、大会初日までに稼働できますか?」
「動く歩道はもう使えるんだけれど、暑いから、チューブ型の覆いをつけようとしているんだけれど」
「じゃあ。覆いがなくても、初日に動く歩道は動かせるね?」
「大会3日目は、雨の予報が出ているんだよね。まあ、覆いの設置も頑張るわ。一応歩道は動かすという計画で進めていいよ」
最後に、柊が呼び出したのは食堂で休憩中の春佳だ。ホテルや駐車場についての責任者だ。
「春佳?休憩中、悪い。駐車場はこの形のタイムスケジュールに変えたら不都合はある?」
スクリーンには、苺パフェのスプーンを口にくわえた春佳が映し出された。会場ではその子供らしい仕草に小さな笑いがこぼれた。春佳はそれを気にせず、口元を拭いてから答えた。
「駐車場は大丈夫だけれど、JRの駅や、道の混雑具合は読めないね。特に、第3試合の学校が混雑に巻き込まれて会場に着けない可能性がある。2時間くらい時間に余裕を持ってきて貰うように、旅行会社さんにお願いして欲しい」
「第3試合を扱う旅行会社は、J社とF社ですよね。宜しくお願いします。高野連さんは新しいタイムスケジュールを、警察に報告して下さい」
来客の交通手段については、涼と綿密に打合せをしていたので、総合的問題点も理解できている。
柊は、ネット経由での打合せを会場の人にも見せた。自分たちが、どこまで連携して仕事が出来ているか見せるためだ。また一つの変更が、多くの影響を与えるということを理解して貰った。
柊の打合せを見せた後、最後に涼が午前の話し合いをまとめた。
「球場売店の担当さんは、観客の移動ルートをスクリーンのように変更します。ご了解ください」
「中日ドラゴンズさん、多分、帰りのルートの方にグッズ販売や食器返却の列が出来ますので、その辺の配慮お願いします」
「以上で、滞在時間を1時間延長することは可能になりました」
涼が説明する番になって2時間、昼食時間がやってきた。
「では、いったん昼食休憩にします。球場内を見学しながら、昼食を取ってください。午後の会議は1時半に開始します」
会議の参加者がすべていなくなった体育館に、春佳が食堂から戻ってきた。
「お疲れ様。お弁当持ってきましたぁ」
「春佳、スプーンくわえながら答えるなんて、傑作」
碧羽が簡易ベッドに寝転がりながら、春佳を構った。
「そんなこと言うと、碧羽さんの好きな飛騨牛弁当を他の人に渡しますよ」
碧羽は立ち上がって、春佳を捕まえ、一番上の飛騨牛弁当を取り上げた。
そして、ベッドに寝転んでいる柊を見下ろして、労った。
「いやぁ。全体の意見をまとめるって、本当に大変。柊君はすごいね」
「お褒めにあずかり光栄です」
柊も簡易ベッドに寝転がり目をつぶっていた。大会が近づき、問い合わせも増えてきているので、柊も寝不足だった。隣で、既に弁当を食べ始めていた涼が、柊に話しかけた。
「柊は、三津の試合の方が心配なんじゃないか?」
「それを言うなら、涼は、舞子の試合にドキドキしなかったか?」
「あの時は、1年近く準備期間があったから、『ここまでやったんだから、勝つだろう』って思い込んでいたかも」
「僕は協力しようにも、三津は何も教えてくれないもんな。まあ、それも野球部の作戦なんだろうけれど。でも、舞子と違って団体戦なのが少し、ましかも」
「でも、相手は男子だからな。クロスプレイなんかもあるかも」
「脅かすなよ。格闘技より野球の方が安全だから」
涼と柊が試合の会話をしている一方、春佳は、碧羽と颯太のことが気になっていた。
「碧羽さん、富山分校の3回戦後に、颯太君と会えた?」
「実はお互い忙しくて、会っていないんだ」
「そうだよね。富山分校の人達、試合後すぐこっちに来たらしいけれど、野球部は岐阜分校の野球の手伝いをしている訳じゃないよね」
「颯太達は手伝う気、十分だったみたいだけれど。野球場の準備が忙しくて、それどころじゃないらしい」
「三津ちゃんは逆に準備の仕事から完全に外れて、練習に専念しているよね。柊君?三津ちゃん元気にしている?」
春佳に、腹の上に弁当を置かれて、柊はしょうがなく体を起こした。
「いや、今週から女子寮の方に泊っているから会っていない」
「なんで?」
「秘密の特訓があるんじゃないか?」
柊は、不安をかき消すように仕事に専念しているのだ。
1時間半の休憩はあっという間だった。
午後は高野連の役員の扱いについての話だった。
高野連の担当者は、「休業中のホテルになど役員を泊らせられない」とか、「審判にも岐阜や飛騨周辺のホテルを取る」などというので、柊達はにっこり笑って、「どうぞ、その手配は高野連さんで行ってください」と答えた。
会議の3日後に柊は、高野連から、この近辺のホテルが全く取れないと泣きつかれた。
柊は、「以前貸出を提示していた、会場に近いホテル群はもう満室だ」といったん断った。
今残っているのは、球場から遥かに離れた高台にある高級ホテル群だ。料金が1泊30,000円以上の部屋ばかりである。
高野連は、しょうがなくその半額の15,000円を払って、役員分の部屋を借りることを受け入れた。
選手のほとんどが、1泊1,000円の体育館に宿泊する現状では、高野連の宿泊代に余裕はある。しかし、高野連の担当者は、広大なアゴラ飛騨の敷地を歩いて移動することになった役員から、連日苦情を言われることになった。
そして、試合2日前には、今度は「審判のボランティアがほとんど来られない」という電話が高野連から入った。柊は、その電話に対しても冷淡に対応した。
「はい。それで?」
「あの、以前AI審判システムのお話をしてくださいましたよね」
「はい」
「あのシステムは、まだ使えますか?」
「いつでも使えますが、高野連ではそれを使うことの許可が下りているのですか?」
「会長はまだブツブツ言っていますが、決勝以外の使用は許可されました」
「決勝の審判は、人間が行うのですね?」
「はい。実は、決勝は恋子内親王が試合を観覧するとの連絡が入ったもので」
(またですか?)
「試合を見るのは、内親王お一人ですか?」
「は?」
「以前、柔道の天覧試合の時に、恋子内親王が急にいらしたことがあって、また人が増えないといいなと思いまして」
「それは・・・聞いていません」
「ところで、AI審判は無料ではありませんが、承知なさっていますか?」
「え?地方大会では無料で・・・」
「ああ、あの時は試運転でしたので、モニターとして無料でシステムをお貸ししました」
「では、1日いかほど費用が掛かるのですか?」
高野連の担当者は、役員審判の派遣費とほぼ同額の金額を請求され、渋々支払いに応じた。
電話が終わった後、柊は、すぐさま賀来人に連絡を取った。
「AI審判システムが、準決勝まで導入されるので、準備を宜しく」と。
同様に、岐阜分校の監督、米納津雲雀にも情報を流した。
「AI審判システムが、準決勝まで導入されるので、対策を」と。
1日目第1試合に行われた岐阜分校の快勝で、この日までの春佳達の苦労が報われた。